『一閃』
俺たちは、再びアルタルの街に戻ってきた。
「さて、どうすればいい?」
ミヅキは、はい、とうなずいた。
「そんなに難しくはありません。みなさんにはゴーレムを引き付けていただきたいのです。
私はその間に攻撃します」
「さっきと同じだな。今回は何か違いがあるのか?」
ミヅキはためらいながら言った。
「……私のエクスを使います。ただ、発動までに時間がかかるので、時を稼いでほしいのです」
「なぜ、さっき使わなかった?」
ミヅキがうつむく。いかん、責めるような口調になってしまっただろうか。
「私のエクスは、溜めに時間がかかる特性上、実用的ではないのです。それに、あんまりいい思い出もないので……」
「ミヅキ?」
「ごめんなさい。でも、御恩も返したいのですし、甘えてばかりもいられませんから」
そう言ってミヅキは苦笑いをする。
作戦が始まった。
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ドラミが飛び出してアダマンゴーレムの頭上を飛び回りながら、注意を引きつけ始める。
マールも魔法を撃ちながら、牽制する。
そんな中で、アダマンゴーレムの近くに飛び出していったミヅキは刀を鞘に収めたまま動かない。いや、違う。居合の構えだ。目を閉じ、集中している。しかし、その姿はすごく無防備である。
だが、数秒の後、俺は信じられない光景を目にした。
十分に力を溜めたミヅキが、一足で飛び上がる。そして、高速で抜刀し、アダマンゴーレムの胴体を正面から斬りつけた。
光。
ミヅキの刀から光が走ったように見えた。
一連の動作を終えたミヅキが、地面に着地するのを見届けたあと、アダマンゴーレムに視線を戻す。ゴーレムの胸には確かに深い刀傷が刻まれている。
「やった!」
ミヅキが声を上げる。
俺たちはその光景に見とれていた。
マールの魔法でも傷一つつかなかったアダマンゴーレムに傷をつけた。
俺は思わず声を上げそうになる。
だが、その後。
ミヅキに一撃食らってから動かなかったアダマンゴーレムが奇妙な動作をし始めた。両腕を顔の前でクロスさせている。ガード? 違う! こいつも力を溜めているのだ。次の瞬間、アダマンゴーレムの目から赤い光線が発射される。
狙われたドラミは空中で慌てて身をひるがえした。その光線は城壁を超えて向こうの森に突き刺さると大きな爆発が起きる。
「目から光線出しやがった!」
光線は俺たちに容赦なく降り注いだ。
ドラミはもとよりミヅキやマール、果ては俺にまで狙いを定めて光線を放ってくる。
ミヅキの一撃で警戒モードにでもなったのか。暴れながら光線を放つゴーレムは手がつけられない様子である。ミヅキにはもう一回、あの技を撃ってほしかったのだが、今のゴーレム相手では溜めを作る余裕もないようだ。
「十分だ! 撤退しよう!」
俺たちはその場から逃げ出した。
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馬車まで戻ってくる。
「ミヅキ、あのエクスはすごかったぞ」
馬車で一息ついたあと、俺はミヅキをほめてやる。しかし、彼女はきょとんとした顔を返す。
「どうした?」
「いえ。あれは溜めが長く、無防備な状態をさらすため、使いどころがほとんどない技です。今まで、使う機会すらなくて……」
「そうか。ところで、あのエクスはなんて名前なんだ?」
ミヅキは思い出すように言った。
「『一閃』」
「ちょっとかっこいい感じの名前だな」
それを聞くと、ミヅキは照れくさそうにして「ありがとうございます」と小さく頭を下げる。
正直、お礼を言うのはこちらのほうだ。
『一閃』は、溜めは長いが刃に触れたものを問答無用で切り裂くエクスらしい。アダマンタイトまで斬れるかどうかは、本人も自信がなかったらしいが、結果はこの通りである。
「『一閃』で、アダマンゴーレムの胴体を両断するには何回くらい必要そうだ?」
ミヅキは慎重に答えを選ぶ。
「恐らく、七太刀くらいかと」
「たった、七発か!」
「本当は五発くらいでいけそうなのですけど、無理だった時のことを考えて七発くらいいただければ……」
高レベルな魔術師を集めても都市を消滅できるほど集中砲火を浴びせても、傷一つつけられなかったアダマンゴーレムをたった七発。なぜ、今までの大クの課長はミヅキのようなエクスを持った人間を使わなかったのか。いや、きっと探したはずだ。だけど、見つからなかった。それだけ彼女のエクスは特殊なのだろう。
実際、胴体を切断しても完全に機能を停止させることはできないかもしれない。だが致命的なダメージにはなりうるはず。胴体だけではなく、頭部なども破壊する必要があるかもしれない。完全に破壊するにはその3倍の計21発も叩きこめば、いけるのではないだろうか。
ただ、問題もある。『一閃』を放つまでにミヅキは敵の近くに待機しながら力を貯める必要があるそうだ。集中時間はさきほど見ていた限りでは10秒ほど。
「遠くで集中して近づいてから放てばいいんじゃないか?」
「すいません。力を溜めてから一足で飛び込んで敵を斬りつけないと効果がないのです。それに切り裂ける範囲も狭くて」
「万能ではないという事か」
「特に一対一の戦いでは全く役に立ちません」
たしかに数秒間も動けなくなってしまうのでは致命的だ。敵はその間に間合いを詰め、ミヅキに致命的な一撃を与えるだろう。
しかし。
「一定の範囲の物体を問答無用で両断できる」
頭の中で急速に作戦が組みあがっていく。
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クリルナに戻ってきた俺は早速見積もりを始めた。俺は元の世界ではSE上がりのPMだった。開発案件での見積もりは、いつも成果物の全体像や完成形を想像し、それを作るために必要な作業は何かをブレイクダウンしながら書き出して作っていた。
WBSという手法だ。
俺は、書き間違いをするたびにパソコンがない不便さに頭を抱えながら見積もりを作る。
いつもは作る側だったが、今回は壊す側だ。アダマンゴーレムをどうやって破壊するかを頭の中で想像する。
ミヅキの存在は必須だ。現在、あのゴーレムに有効なダメージを与えられると確信できるのは彼女しかいない。だとしたら、彼女を守りながらアダマンゴーレムを引き付ける盾役が必要になる。盾は何枚必要だろうか。ミヅキに降りかかる攻撃をすべて跳ね除ける盾と、それから囮としてゴーレムを引きつける盾。
後者はドラミに任せてもいい。あの娘には戦闘センスがある。
問題は前者だ。
一撃も重たく、しかも目から光線出してくるゴーレム。
その攻撃をきちんと弾いてくれるような硬い盾を探さなければならない。