エクスは一人一つだけ
先月はゴブリンラッシュ案件で乗り切ることができた。だが、依然として冒険者ギルドのクリルナ支部は財政難である。ここらで少し楽になっておきたいとは思うが、出てきた案件の二つが、どちらもやばそうだった。いや、そもそもやばいから大規模クエストなのだろうか。とにかく、今月を乗り切るためには何らかのクエストを受注しなければならない。一晩、考えてみたのだが、ダンジョンに潜って現地調査は俺にはまだ難しいと思う。やはりアダマンゴーレムを見に行って見積もりを出すことに決めた。
とはいうものの、ギルドには今どれくらいお金が残っているやら。出張費くらいは出るのだろうか。先月のギルド収入がたしか81万Rで、マリンさんの給与に15万、俺が25万、支部長には30万Rほど支払われているはず(支部長ですら30万とか夢がない!)なので、残りはやっぱり10万Rほど。それが冒険者ギルドクリルナ支部の全財産だ。
アダマンゴーレムのいる都市、アルタルまでは馬車を使って2日ほどの距離らしい。
費用としては馬車のレンタル費用2万R。それに俺一人では山賊やモンスターに襲われたら危ないのと、とりあえずアダマンゴーレムをぶん殴ってみて、どれくらい硬いか見ておきたい。そう考えると、冒険者を3人くらい連れていきたい。
すると雇用費が1日1万としても6万R。最低でも、合計8万Rはかかる計算になってくる。そしたら、残りはわずか2万R……。
ぎりぎりである。とてもじゃないけど、ダンジョンまで調査する費用は出ないな。だが、あきらめたらそこで試合終了。おそらくクリルナ支部は潰れ、俺は職を失くして再びさまようことになる。だったら、ダメ元でやってみるしかない。
俺はさっそく近隣の町のギルド支部に頼んで、募集の張り紙を出してもらった。
『アダマンゴーレムに一撃入れるだけの簡単なお仕事 日給1万R 審査あり』
誰にでもできると謳いつつ、審査ありという矛盾した内容。だけど、数人の冒険者がこの応募に集まってくれた。
なんと全部で15人。
全員、魔術師だった。
今回応募してくれた冒険者の中にアダマンゴーレムに一矢報いることができる人材がいることを願うばかりである。
俺は一人ずつ面接をし、町の外で魔法を試し撃ちしてもらって威力を実際に見てみた。
中でも目を引いたのは次の三人だった。
巨大な火球を放ち、大地を穿つ『フレイム・メイス』
雷撃で大木を縦に真っ二つにする『サンダーボルト・ブレイド』
回転する暴風の槍で空を覆う雲を散らした『サイクロン・スピア―』
一緒に見に来ていたマリンさんはそれを見て、思わず拍手をしていた。俺も魔法はあまり見たことがなかったが、ここまで威力があるとは思っていなかった。
「これ、いけちゃうんじゃないのか?」
マリンさんに耳打ちすると、彼女は首を振った。
「いやいや! 前回の例もありますから、油断はできませんよ」
そうだよなぁ。集まってくれた彼らだが、実際、魔術師としてはどれくらいなのかわからない。理由は単純に俺が魔術師というものを知らないからだ。もっと、破壊力のある魔法を使える魔術師もたくさんいるかもしれない。だけど、予算が許さないのだ……。
『フレイム・メイス』は単純に範囲が広いので周囲に被害が出やすいし、『サイクロン・スピア―』も横に射程が長いため、都市そのものを傷つける恐れがある。悩んだ挙句、『サンダーボルト・ブレイド』を使う魔術師を連れていくことにした。
ギルドの登録用紙をみると名前はマール。17歳のエルフ。編み込んだ金髪がかわいいほっそりした女の子だった。
選んだ理由としては、彼女の魔法の性質にある。今回は都市の奪還と、その中にある研究資料の確保もクライアントの要求事項である。『サンダーボルト・ブレイド』は落雷型なので定点攻撃ができるから、地面をちょっと焦がすくらいで済むだろうと思ったのだ。
マールに加えて、今回はドラミと、それにミヅキにも来てもらった。ドラミの重たい一撃や、ミヅキの鋭い剣閃が、アダマンゴーレムに通用するのかも見てみたい。
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レンタカーならぬ、レンタル馬車を借りて都市アルタルに向かう。連れて行くのは人間種、森人種、竜人種の3人の少女たちだ。なんとなく生活しているうちに知ったのだが、この世界には人間種、魔人種、森人種、獣人種の4大種族がひしめき合っているらしい。ドラミのような竜人種は有名ではあるものの、数が少ないため4大種族以外に分類されるそうだ。
俺は荷馬車の中で、マールと話をしていた。ちなみに御者は、ミヅキがやってくれている。乗馬を始めとして馬の扱いには慣れているそうで、非常に助かる。
「ところで先日見せてもらった魔術はすごかった。マールさんは他にはどんな魔術が使えるんだ?」
「一通りは使えますよ。もっとも、面接でお見せしたのはエクスですが」
「エクス?」
マールさんが「え?」と意外そうな声をあげた。
「聞き返されるとは思いませんでした」
驚いた顔のマールさん。俺はどうやらなにかおかしなことを言ったらしい。しかし、それが何かわからない。ここは素直に全部話しておこう。
「俺は先日、別の世界からこっちに来たんだ」
言い訳ではないが、俺の事情も知っておいてほしい。
「なるほど。それで……」
あっさり納得してくれた。彼女の反応を見ても、わりと頻繁に向こうからこちらの世界に来る奴はいるようだ。俺は彼女にさらに聞いてみる。
「よかったら、そのエクスというのを教えてもらえないか」
頼むと、彼女は「そうですねぇ」と口を開いた。
「説明はしにくいのですが、この世界の人間が先天的に一つだけ持っている能力というか。そういう意味では特技と言ったほうがいいのかな。私の場合は『サンダーボルト・ブレイド』に該当します。エクスにもいろいろあって、私の場合はよくある自然干渉系なのですが、それ以外にもさまざまです」
「魔術って、学校とかで教わって、いろいろ使えるようになるのだと思っていた」
「習えるものも確かにたくさんありますよ。基本的な魔術を教えている学校は王都にありますし、僻地などでも村に魔術師がいれば、その人が村人に教えることもあります。自然干渉系のエクスは見た目が魔術と変わらないので、私みたいに魔術師になる傾向が強いです。ただ、やはりエクスは一般的な魔術とは威力や効果で一線を画すところがありますね。威力や効果、性質にもよりますが、切り札になることが多い」
「マールさんはほかにもエクスを持っているのかい?」
「あ、呼び捨てで構わないです。マールでいいですよ。……いえ、先ほども言いましたけどエクスは一人一つだけ、先天的に生まれ持ってくるものですから」
「そうか。たしかに君のエクスなら、攻撃系の魔術師になるのがいいよな。
あれ、まてよ。ということはミヅキやドラミもエクスを持っているのか?」
荷台で眠りこけているドラミは置いといて、御者台のミヅキに声をかけた。彼女は小さな声で「はい」と答える。なんだか、あまり話したくないような声だ。それを察してマールが俺に耳打ちする。
「それほど有用なエクスを持っていないから言いづらいのかもしれません。
水の中で呼吸できるとか、つるつるの壁を登るとか、使いようによっては便利なものもあるのですが、やっぱりわかりやすいエクスじゃないと周囲の理解は得られませんから、馬鹿にされることもままあります」
「ふむ」
そんなことを話している間に、俺たちはアルタルに近づいていた。