今回の案件は
こうして、ミヅキはうちで預かることにした。
同室になるのでドラミに紹介したのだが、反応は悪くなかった。ドラミは最初、ミヅキをじろじろと眺めていたが、急に抱き着いてにおいをかぎだした。
「クンクン、なんかいい匂いがすル!」
ミヅキはドラミに抱きすくめられて唖然としている。ドラゴニカの言葉は、人間の言語と違うので、ミヅキにはドラミが何を言っているのかわからない。ミヅキは抱き着いてくるドラミの背中をあやすようにポンポン叩きながら、苦笑いをしている。姉妹のような関係に見えなくもない。どっちが姉かは推して知るべし。
しばらくの間、俺は二人がうまくやっているか注意してみていたが、心配なさそうだった。そもそもミヅキは遠慮深い性格で、うまくドラミに合わせているようだった。ドラミもそれに気づいていて、自分に気を遣ってくれるミヅキに懐いているようでさえある。お互い言葉が通じないはずなのに、身振り手振りでだけで何かを伝えようとしている姿をよく見る。
たまに朝、二人を起こしに行くと、一つのベッドで仲良く寝ている姿が拝める。俺が借りた2DKの部屋の片方。ドラミの部屋は広さ的に二つもベッドを置くことができなかったので苦肉の策なのである。両手両足でミヅキをがっちりとホールドしながら、よだれを垂らして寝ているドラミ。抱き枕にされたミヅキは、息苦しいのかたまにうめき声をあげている。
「ほんとうに、ベッドは一つでいいのか?」
朝食(当然、俺が作る)の時になど、折に触れて彼女たちに聞くのだが、二人とも「どうして?」という顔でこちらを見るので、もう放っておくことにした。
ちなみに二人は実に対照的な生活を送っていた。
きっちりと朝起きて、ギルドに行き、ちょこちょことした依頼を受けては、それをこなすミヅキ。
逆にドラミは、一日中寝ていたり、その辺をふらふら歩きまわったり、たまにギルドの俺のデスクに来てわがまま言ったりという感じだった。
さらに、ミヅキは稼いだ金を俺に渡そうとすることがたびたびあった。
「宿代というわけでもありませんが、お世話になっておりますので」
それが彼女の言い分。
だが、俺はそれを断っている。
「路銀を貯める必要があるのだろう? 生活費のほうは気にしなくていい」
そんな時、ミヅキは申訳なさそうな目をこちらに向けた後、深いお辞儀をして去っていくのだ。
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さて、生活も落ち着いたところで、そろそろ案件のほうも進めなければならない。マリンさんが、王都のギルド本部に大規模案件の情報を求めて送った書簡の返事は既に届いていた。緊急性のない大規模クエストは手つかずのままいくつか放置されていて、その中からめぼしいものを探して受注しようと考えている。
今、俺の手元には3枚の書類がある。
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『アダマンゴーレム討伐案件』
《依頼者》 アルタル領主ユーノ 《依頼料》― (見積願)
《依頼内容》
場所:アルタル
内容:アダマンゴーレムの討伐
《補足》
アダマンゴーレムは、かつて錬金術の都として栄えたアルタルで製造された拠点防衛用兵器。10年前にヴェルナ王国が国防用に作成したゴーレムで、アダマンタイトを贅沢に使ったゴーレムである。
アダマンタイトは非常に重たい金属であるが、物理・魔法の両面において圧倒的な硬度と耐性を誇る、この世でもっとも硬い物質の一つである。
また、残っていた作成当時の資料から読み取ると、数千~の兵士に対してアルタルを防衛できるだけのスペックがあり、周囲のマナを吸収して半永久的に動く。ゴーレムは完成当初は正常に機能していたものの、命令系統のわずかな乱れにより暴走、都市アルタル内において動くものすべてに攻撃を仕掛けた。現在、都市アルタル内は無人であり、城壁の中でアダマンゴーレムのみが徘徊している、
今まで一度だけ、アダマンゴーレムを討伐するためのクエストが発動したが、火力不足により失敗している。本ゴーレムの討伐に際し、目的は、都市アルタルの奪還とそこに眠る多くの研究資料である。よって、できるだけ市街周辺に被害を出さすにアダマンゴーレムを討伐する必要がある。
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『セブンブリッジ・ダンジョン攻略案件』
《依頼者》 二―ヴァ神殿 《依頼料》―(見積願)
《依頼内容》
場所:セブンブリッジ・ダンジョン
内容:セブンブリッジ・ダンジョンの攻略と、最奥にいる魔導士の説得あるいは撃破
《補足》
2年ほど前からセブンブリッジ・ダンジョンより多数のアンデッドが、王国領内にあふれだしてきており、周辺の村落や都市に被害が出ている。
どうやら原因は、ダンジョン内部に潜む魔導士の仕業らしい。現在、神殿が事態の対処をしているが、応急処置でしかなく根治治療のためには魔導士を説得するか撃破してこの事態に終止符を打ってほしい。
ただし、セブンブリッジは1階層しかないものの、広大な面積を持ち、最奥の扉を開くには7か所にある仕掛けを同じタイミングで操作しなければならない。ちなみに、ダンジョン内は魔法阻害の結界が張られているため、連絡用の魔法は使えない。同時に仕掛けを操作して、最奥の扉を開くには工夫が必要である。
また、内部にはやはり多数のアンデットがひしめいており、最低でも7つのパーティーでアライアンスを編成する必要があるため大規模クエストとして登録する。魔導士の目的もわからないため、最奥の部屋に到達しても説得が不可能なことが予想される。その時はできるだけ捕らえて身柄をこちらに引き渡してほしい。
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3/3
『ブラッド・エリクシルの探索』
《依頼者》 ヴェルナ王国 《依頼料》10000万R
《依頼内容》
場所:―
内容:この世のどこかにあるというブラッド・エリクシルの発見
《補足》
ブラッド・エリクシルは血のように赤い不老長寿の秘薬で、この世のどこかにあると言われる。それを発見し、王宮にもってきてほしい。
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「最後のふわっとした依頼は一体何だ。マリンさん。ブラッド・エリクシルって何か知っているかな?」
受付カウンターに座っていた彼女は、客がいなかったので、俺のデスクまで来た。
「子供でも知っている、おとぎ話に出てくる薬ですね」
「実在はしないのかな?」
「さぁ?」
あ、だめだ。これはない。ありもしないものを探すほど暇ではないのだ。
ということは、今月はアダマンゴーレムかセブンブリッジ・ダンジョンをやらなきゃいけない。ちなみに二つとも依頼料が書いてない。どうやら、依頼人は見積りの提出をご希望らしい。だとしたら、現地を一回見に行く必要がある。
だけど、この歳で広いダンジョンに潜るのは骨が折れそうだ。アルタルのアダマンゴーレムを見に行ったほうがいいのかな……。
「マリンさん、アダマンゴーレムをやろうと思っているのだけど、どう思う?」
マリンさんはカウンターから自分のデスクに戻ってきて、お茶をすすっている。俺の右手前の席だ。彼女は俺から、アダマンゴーレムの依頼票を受け取って目を通しながら渋い顔をした。
「うーん、どうなんでしょう。やっぱり火力と言えば、魔術師なんでしょうかね。だけど、城壁の外におびき出して、都市を壊滅できるんじゃないかってくらい、何発も魔法を叩き込んだそうですが、アダマンゴーレムはケロッとしていたって聞いたことがあります。ちなみにハイレベルで高単価な魔術師を多数雇ったその課長さんは、予算が尽きた時点で夜逃げされたそうです」
「マジか」
「課長、他のにしません?」
不安げなマリンさんに俺は答える。
「いや、あとはダンジョンに潜るやつしかないのだ。しかも、すごく面倒くさそうなヤツ」
「……」
「……」
二人して黙り込んだ。
「ねぇ、俺と同じように本部や他の支部にも『大ク』の課長っているんだよな? なら、その人たちに連絡って取れないかな。情報交換とかもしたいし」
そうだった。横のつながりも作っておきたい。そうすれば情報交換だけじゃない。愚痴も言い合える、励ましあえる……。
だけど、マリンさんは首を振った。
「ごめんなさい。『大ク』の課長は全ギルドの中で、今はシュージさんだけです」
衝撃の事実が発覚した。
「ほ、他にいないのか!?」
「ですから、他の方はすべて、辞職、首吊り、精神崩壊……」
「アッ、モウイイデス」
俺は頭を抱えた。