打ち上げとお別れ?
「ドラミ! 今回はよくやった! 好きなだけ食べていいぞ!」
「いいのカ!?」
「いいぞ!」
「やっター!」
次々と料理の乗った皿を平らげていくドラミの隣で、俺はよくわからん味の酒を飲みながら次々と彼女の好きそうなものを注文していった。同じテーブルについているナルバ支部長も上機嫌で酒をあおり、飲めないというマリンさんはもきゅもきゅとつまみを食べていた。周りのテーブルには今回の案件に参加した冒険者たちもいる。俺たちは、店を一晩借り切って、打ち上げを行っていた。
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あの戦闘後、疲れた体を引きずってゴブリンとキュクロープスの死体を片づけ、さらには壊れた城壁に砂袋を積み上げることで補修した。そこまでやって、俺は今回の依頼者であるクリルナ伯のところに行き、契約書に作業終了のサインをもらった。
「死体のかたづけなんかは、いつもこっちでやるんだけど、そこまでやってくれたんだね。ありがとう」
クリルナ伯のお言葉である。そういえば、この辺りの作業スコープは曖昧だった。日本人的な発想で、仕事をしたら、お片付けまでして終了という意識があったからか、自然とそういうふうにしてしまったのだ。どうりで、片づけしている最中に冒険者のやつらがぶつぶつと文句を言っていたわけである。そうか、例年は片づけなんてしなかったのか。だったら、ちょっと相談してみようかな。
「次回からは片付けも一括して引き受けましょうか? そのほうがクリルナ伯も手間がないですよね?」
「いいのかい?」
「はい。今回は特別に片付けまでいたしましたが、次回からはその分を上乗せしていただければ」
「う~ん、考えておくよ」
そう簡単にはいかないか。来年の収入を増やすチャンスだとおもったが。まぁ、とにかく、これで一件落着である。
俺はサインをもらった契約書をもってギルドに戻った。そこにはドラミを待たせてある。今日はよく働いてくれたので、何か礼をしてやりたいと思っている。あいつは食い意地が張っているから、美味いものでも食わせてやりたい。ギルドから報酬も出るし、銀行口座を作ってやることも考えないと。
考え事をしながら、俺はギルドの建物の中に入った。すると、いつもは閑古鳥の泣いているギルドのフロアにはたくさんの冒険者がいた。みな、さっきの戦闘に参加した者たちだった、ナルバ支部長がバラバラに帰りかけた冒険者に声をかけてギルドに集めたのだそうだ。
俺は不思議に思ってナルバ支部長に聞いた。
「どうしたのです? もう、仕事終わりましたよ」
サインの入った契約書を見せると、支部長は笑いながら言った。
「せっかくだし、みんなで打ち上げしようよ!」
そういうことか。だから、人を集めたのだな。でも……。
「それはいいですが、資金はどこから?」
支部長は俺にしなだれかかった。五十すぎのおっさんが、三十六歳のおっさんにしなだれかかっても誰得である。
「なんですか、やめてください。気持ち悪い」
「ねぇ、シュージ君。今回はうまくいったし、お金、あるんでしょ?」
こ、この人は……! 今のうちの支部の現状を知っているだろうに! だが、上司の命令には逆らえない。
俺は頭の中でそろばんをはじいた。あ、ダメだ。やっぱねぇや。
「ダメです、そんなお金ありません」
「でもさ、全額は無理でも半額くらいは出してあげようよ。みんな頑張ってくれたしさ」
いつの間にか、ナルバ支部長の周りに冒険者たちが集まっている。80人近くいるようだ、って、おい、これ、ほとんど全員じゃないか!
「この町に、飲み放題食べ放題で4000Rのお店があってさ、もう、そこに予約入れちゃったんだよ。ね? シュージ君。半分、半分!」
すり寄ってくるナルバ支部長が気持ち悪かったので、再計算。
2000R×80=16万
あー、これくらいなら出せないこともないかもしれない。それに確かにみんな頑張ってくれたのは見ていてよく分かっている。それにドラミにもなんか美味いものを食わせてやりたいし。しょがねーなぁ、もう……。
「わかりました。今回だけですからね!」
俺の言葉に、その場にいた全員がもろ手を挙げて喜んだ。
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夜も更けて。
酔いつぶれた冒険者が店の中にいくつも転がっている。ドラミは長椅子に横になって、俺の膝を枕にして眠っていた。驚きだった、おっさんの膝枕も、この世界では需要があるらしい。ドラミは、たまに寝言を言う。
「わはハ! ワタシ、最強!」
こいつは夢の中でも戦っているのだろうか。
「すっかり、懐かれましたねぇ」
そんな俺たちを見て、マリンさんがほぅと息をつく。酒は飲めないと言っていたが、今はちびちび舐めるように飲んでいた。
「いや、言葉が通じるのが俺だけだからだろう。山で、一人で暮らしていたみたいだし、人恋しいのだろうな」
ナルバ支部長は思いついたように言った。
「ならさ、その子もこの町で住めばいいじゃない。そしたら、またいろいろ手伝ってもらえるしさ」
「それはいいですけど。彼女の生活費は誰が出すのですか」
ナルバさんは顔を背けた。おい、俺が出すのかよ。
「それに彼女に仕事をしてもらうにしても、この町ではろくな依頼もないでしょう」
そこだよ、とナルバさんは背けた顔をこっちに戻した。
「これから君が大規模クエスト、バシバシとやってってくれるんでしょ?」
「そりゃ、そのつもりですが」
「だったらさ、彼女は手放さないほうがいいと思うな」
確かにそうだ。ドラミはすごい戦力になる。だが、彼女ドラゴニカ。本来は、もっと自由な存在だと思う。それを俺のもとに縛り付けていいものかどうか。
ナルバさんは、こちらを見透かしたように言う。
「相当、悩んでるでしょ? だからこそだよ。君は彼女のいい保護者になる」
翌朝。
俺はクリルナ城門前でドラミを見送りに来ていた。今朝になって、彼女は山が心配だから帰ると言い出し、俺はその見送りに来ていた。
「行くのか」
「ふム!」
「パン、買ってきたから持っていけ。それから、お前の報酬は銀行口座作って入れておくからな。町の食い物が恋しくなったら、いつでも来い」
俺は昨日の支部長の言葉を思い出していた。ドラミを、このまま町で生活させる……。なんか、野生動物を人間のもとで飼うのか、野生に返すのかで悩むのに似ているな。だが、ドラミは野生動物じゃない。それに寂しがり屋でもある。
「ドラミ、実は提案がある」
「なんダ?」
「山には戻らずに、このまま町で一緒に暮らさないか? ここには美味いものもある、俺もいつでも話し相手になってやれる。生活費は、俺の仕事を手伝ってくれればなんとかなるし、問題はほとんどない。どうだ?」
だが、ドラミは首を振った。
「だめダ! 山には一度、戻ル! ワタシは山の主! 責任があル!」
「そうか……」
はたから見たら、いいおっさんが若い女の子に振られているように見えるのかもな。
「シュージ、そんな顔しテ、どうしタ? 寂しくないゾ! すぐ会えル!」
「ああ。そうだナ」
ドラミが手を振ったので、俺も手を振り返した。
ドラゴニカの少女が空に舞い上がっていく。
俺はその光景をずっと見つめ続けていた。
そして。
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「おイ、シュージ! もっと話しロ!」
「いや、だから今は仕事中だ。ちょっとあっち行っていろ」
「シュージ、忙しイ! ワタシ、手伝ウ! シュージ、忙しくなくなル! 話いっぱいできル! シュージ、そう言っタ! でも、また、忙しイ! いつ話できル!?」
「うッ?」
確かにそんなことを言った気がする。だけど、今はほんとに忙しいのだ。
「マリンさん、いつものアレをお願いします」
マリンさんは手に持った紙袋から串焼きを取り出すと、ドラミの口元に持って行った。
「ほーら、ドラミさん。おいしい串焼きですよ」
ドラミは俺をにらみながらも、串焼きをほおばった。みるみる顔が幸せそうになっていく。
「うまイ。肉はやわらかク、たれがいい味を出していル。シュージ、今日はこの辺でゆるしてやル!」
ドラミはペンと紙をマリンから受け取ると、その辺の机に座って絵をかきだした。元の世界に残してきた、五歳の俺の娘よりも下手な絵である。鼻歌を歌いながら彼女はペンを走らせ続けた。
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あの別れの後。ドラミはたった半日で町に戻ってきた。俺は、彼女は山に戻ってそこでまた一人で生活するものだとばかり思っていたが、そうではないらしかった。
「山に一度戻ってきタ! 異常なしダ! そんでシュージ、ワタシはどこに住めばいイ?」
「一度、山に戻るってそういう意味だったのか……」
俺は今回の給料で住む場所を探した。ギルドの仮眠室にはいつまでもいられないからだ。一緒にドラミの住居も探してやろうかと思ったが、彼女の現在の銀行残高は4万R程度だ。一人で部屋を借りるのは無理だろう。ならば、というわけでもないが、俺は日本でいうところの2DKの部屋を借りることにした。家賃は一月で7万R。その部屋の一つをドラミに与えることにした。
「ここがワタシの新しい巣カ! 前住んでいた洞窟より狭いナ!」
そりゃ申し訳ございません。
こうして、俺はこの世界で新しい生活を始めることになった。