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石田三成という男

石田三成に対する私なりの人物像をつめこみました。


短すぎる文章量で、伝わりづらい箇所があるかも知れません。

ご容赦願います。


◇◇

そこは大坂城の一角。

秀頼たちが家族でなごやかな夕げの時間を過ごしていた頃、その場所では一人の壮年が周囲の若い人々を怒鳴りつけていた。


「お主はなんでこんなところで油を売っておるのだ!!今を何時(なにどき)と心得る!!?」


「も、申し訳ございませぬ!」


慌てて頭を下げた若い衆。

しかし一瞬でも手が止まったその様子は、怒声の持ち主にとっては火に油だったようだ。


「もういいから、早く手を動かせ!」


既に夜のとばりは降り、夏の虫と秋の虫が、競うようにせわしくなく鳴いている。

これが普段通りであれば、仕事の時間はとっくに終わり、ゆっくりと家族と共にくつろいでも何ら問題のない頃合いだ。

しかし大坂城の本丸の多くの場所では、その怒声の持ち主によって緊張感を保ったまま、きたるべき大戦に向けた準備にいそしんでいるのだった。


もちろんこの城が大戦の舞台になることを、その男は想定はしていないし、むしろそんな事は絶対にあってはならないと肝に命じている。


ではなぜ戦場の前線から遠く離れたこの城で、そこまで準備に追われているのだろうか。


それは大坂城が、「倉庫」の役割を担っていたからである。


すなわち、武器や弾薬といった物資を西側諸国から大坂城に一旦集約した後に、前線に送るという補給ルートを、その男が一人で整備しあげたのである。


その為に「昼夜問わずに、常在戦場との心得で準備せよ!」と、その怒声の持ち主は達しを出していたわけだ。


しかしその準備は、その怒声の主にしてみれば、全く進んでいない。

その焦りがいらつきとなって表に出てきているというのもある。

しかし何よりも、自分と周囲の「温度差」が、何よりも許せなかったのだ。


青筋を立て、目を血走らせながら指示を飛ばし続ける彼に、背後から音もなく近付いた一人の青年が、肩に手を置いた。


「背中に隙がありましたぞ、治部殿」


「なんだと!?」


治部と呼ばれたその男は、怒りの矛先を背後の人間に向ける。

しかし相手の青年は、どこまでも穏やかににこやかな表情を彼に向けているのだった。


「なんだ…源二郎か」


目の前の青年のどこか抜けたような優しい顔を見た瞬間に、沸騰したやかんのように熱をもっていた彼の頭は、まるで氷水がかけられたかのように、急激に静まっていった。

そして太閣秀吉の存命中であった頃のような、冷ややかな態度に変わっていくのが、彼自身でも不思議に感じられた。

この変化をもたらしてくれたのは、目の前の穏やかに微笑を浮かべる青年であったことは明確であり、プライドの高い彼にとっては、それがたまらなく悔しく「なんだ」という皮肉っぽい言葉となって出てきたのである。


その一方、「なんだ」とつまらなそうに突き放されたにも関わらず、どことなく嬉しそうに笑顔を浮かべる源二郎と呼ばれた男…


そうこの二人こそ、石田三成と真田信繁…西軍の要であり、歴史にその名を燦然と残したその人たちである。


「お久しぶりです、石田様。

よもや大坂に来られているとは、思いもよりませんでした」


「それはこっちの台詞だ。

上田の守りそっちのけに、どうしてこんなところにおる?」


すっかり平静を取り戻した三成は、平坦な口調で信繁を問いただす。

しかしその表情には、友との再開に、うっすらと喜びが感じられた。


それを鋭く察した信繁は、

「まあ、細かい事はよいではありませんか。ここは久々の再開を祝して、いっこん酌みかわしましょう」

と、右手で升を口にする仕草で、三成を誘った。


その様子に大きくため息をついた三成であったが、どこか諦めたように、

「はぁ…全くお前という男は…」

と、肩を落として信繁の背中を追っていくのだった。


◇◇

「明日の夜にはここを発つ。それまでに、出来る限りの事をしなくては…

もう間に合わぬ」


三成は現状を嘆くように、信繁に向けて吐き出している。

誘ったのは信繁の方であったが、しゃべっているのは、ほとんど三成の方であった。

その大半が、周囲に対する愚痴である。


そんな三成をいつも通りの穏やかな表情で見つめている信繁は、彼の二つの悪い癖の事を思っていた。


それは、いつも一人で大きなものを抱え込んでしまうこと、それに周囲に自分と同じ水準を求めてしまうこと、である。


同時に、その三成の癖さえも大きな懐で包容し、長所だけを上手く活かして、その類いまれなる政治手腕を発揮させた豊臣秀吉という人間の大将としての偉大さを、信繁はあらためて感じるとともに、「ああ、惜しい人を亡くしたものだ」と三成とは異なる部分で現実を嘆いていた。


「おい!源二郎!ちゃんと聞いておるのか!?」


その三成は信繁が心ここにあらずといった表情であったのを認めると、つめよってきた。


「あ、ああ…ちゃんと聞いているさ」


と、曖昧な口調でその場をやり過ごそうとする信繁。

そんな彼を三成はさらに問いつめた。


「では聞こう!お主はどう思っているのだ!?」


あまりに端的過ぎる質問で、今までの話を聞いていないと、絶対に答えられないはずだ。

しかし信繁は間髪入れずに答えた。


「それは…わたくしとしても心配でなりません」


「そうか…やはりお主もそう思ってくれるか…」


三成は信繁の答えに満足そうに、しかしどこか悲しげに頷いていた。

信繁はその様子に、自分の考えていた内容通りの質問だったことに、ほっと胸をなでおろす。


彼が的中させたその質問の内容とは、

「豊臣家の今後について」という枕詞(まくらことば)がついていたということである。


なぜ信繁がこの質問を寸分違わずに的中できたのか。

答えは簡単だ。

全く同じ質問をこうして酒をくみかわす度に受けてきたからである。


すなわち、石田三成という男が常に豊臣家を案じている何よりの証であった。


それは秀吉が存命中の時からである。

彼の場合は、大名家への忠義だとか、幼少期から育ててくれたことへの恩義といった、表面的とも言える「義」の心だけではない。

言わば、「豊臣家」に対して、「天下を治める大名」としての、理想を要求し続けているように、信繁には思えた。


そして彼は、その「理想の実現」に向けて、どこまでも真剣なのだ。


信繁はここまで「私欲」ではなく、「主家の利益」の事に真剣に取り組む人間を見たことがない。

人間誰しもが「他人より出世したい」とか「大名になりたい」など、「私欲」はあるものだ。

もちろん人によってその強弱はある。

しかし政治や軍事に対する行動を起こす際は、少なからず「どの選択が、より自分の為になるだろう」という「私欲」は出てくるものだ。


しかし石田三成という男には、その「私欲」が一切ない。

だから、その為なら「汚れ役」だろうと「嫌われ役」だろうと、なんでも自らの意志で買って出てきた。

さらに自分の碌の半分以上を割いて、豊臣家を守る為に懐刀である島左近清興いう名将を雇い入れた。

大坂から東への要所に構えた彼の居城である佐和山城には、万が一に備えた準備を怠りなく行っている。


「全ては豊臣の為」


そんな彼の苛烈とも言える忠義の徹底ぶりに、信繁は惚れていると言っても過言ではない。


しかしそんな彼の性分を理解しようとする人間は、悲しいことに少なかった。

特に幼少の頃から、寝食をともにしてきた加藤清正や福島正則といった、秀吉の子飼いの武将たちとの、埋めがたい軋轢が生じてしまったことが、信繁には残念でならない。

その軋轢につけこんだのが、徳川家康というタヌキであったのだ。


もちろんそのことは、聡明な三成でなくとも、周知の事実だ。

現に今宵この場でも、酒に酔った三成は、

「市松(福島正則のこと)にしても、虎ノ助(加藤清正のこと)にしても、いつまであやつにたぶらかさられているのだ。

徳川のことだ、あの者らの孫の世代までには、必ず家ごと潰すつもりであろうに…なぜ気づかない」

と、遠からぬ未来を言い当て、嘆いていた。


その口調は徳川に対して恨めしいものを含みつつも、加藤や福島に対しては同情的とも言える悲哀に満ちている。


そう、石田三成は信じているのだ。


加藤や福島ら豊臣恩顧の武将たちとは、またいつか手を取り合い、昔のように豊臣を支える力となれる日を…


信繁はそんな日を実現してあげたいと心から願ってやまない。

しかしなぜかその事を思うと、ツンと鼻の奥をつつくような刺激に、目頭が熱くなるのが不思議であった。


それは心の奥では分かっている証拠であった。

そんな日は二度と訪れることはないのであろうと…


こんこんと過ごしていく二人。

どれ程経っても尽きない会話に、二人の関係の深さが感じられる。


その間に様々な感情が信繁の胸をしめつける。なぜかどれも苦しくなるような切ないものばかりだ。しかし、そんな感慨など表情に出す彼ではない。二人で酒をくみかわし始めてからも全く変わらない穏やかな表情を三成に向けていた。


そんな彼に三成は少しだけ声の調子を落として言った。


「源二郎。この世の中、必ずしも正義が勝つとは限らない。

つまり、今回の戦…俺が敗れる事もあろう」


「石田様が弱気とは…これは珍しい」


信繁は極めて自然に驚きの表情を浮かべる。

しかし三成にはそれが何を示すのか、はっきりと理解しているようだ。

口元に苦笑いを浮かべて、続けた。


「よいのだ、源二郎。俺とて負ける気など毛頭ない。

しかし万が一のことは、常に考えておかねばならない」


「そういうことであれば、聞きましょう」


信繁は先ほどまでの微笑から、口元をきゅっと引き締めて、姿勢を正した。


「もし俺に万が一の事があったら…

その時は、秀頼様を頼む。

この通りだ」


そう言って三成は深々と頭を下げた。


立場の上では目上である彼の行動に、

「石田様、お顔をあげてください」

と、信繁は慌ててそれを起こそうとするが、三成はそれを聞かない。

そして彼の前にすすっと座ったまま近づくと、その手を取って、

「一生の願いだ。頼む。『うん』と言ってくれ!」

と、懇願してきた。

その目は真剣さゆえに血走り、うっすらと涙をためている。


「何を今更おっしゃいますか?そんなこと当たり前にございます」


と、信繁は半ば押されるようにして答えた。だが、その答えはもちろん本心である。


そんな信繁の顔をじっと見つめる三成。その目からは、無二の親友でありながらも、「嘘であったら許さぬ」という気迫が感じられる。

それに「嘘などあるものか」と、信繁も負けじと見つめ返した。


「あい分かった。

もっともこんな事は杞憂に過ぎないとは思うが…念のためというやつだ」


と、三成の方から、いつも通りの余裕を口元に浮かべながら離れた。


その様子を見た、こちらもいつも通りの穏やかな表情に戻した信繁が、


「石田様、私はちと酒が入り過ぎたようです。明日も早いですし、そろそろ…」


と、自ら申し出た。無論、彼はほとんど酒に酔ってなどいない。

相手を気遣ってのことであった。


「ああ、そうだな。次は…

いや、よしておこう。今は目の前の戦に集中する時だ。

次の酒の事などに、うつつをぬかしている時ではないからな」


「ええ、しかしまたこの場で石田様にお会いするのを楽しみにしております」


「俺もだ。源二郎。互いに達者でな」


「はい」


そんなやり取りをして、三成は部屋をあとにしていった。


この時、信繁には既に分かっていた。

次の約束を彼がしなかった理由…

それは「次はもうこない」という意味であることを…


「石田様…どうか命だけは、ご自愛くだされ」


と、その声が届かないことなど百も承知の上でも、信繁は口にせざるを得なかった。


その時であった。


「信繁様…淀のお方がお呼びにございまする」


と、襖の外から筧十蔵の声が聞こえてきた。


「はて?こんな時間にどんな用であろう」


「なんでも秀頼様の件で、少しうかがいたいことがあるとか…」


その内容に、信繁の酔いは完全に冷めた。


「すぐに行く」


そう口にした時には、彼はすでに部屋を出ていた。


静かな大坂城の夜に、廊下を大股で歩く大きな音がこだましていたのだった。



▼▼

石田三成について


彼の事を調べていくうちに、その性格について深く想像を働かせたのが、今回の話の内容です。


なお彼は8/14に大垣城に入り、その後の足取りは8/22までは明確につかめておりません。


この間に秀頼へ『西軍への加担』の嘆願をしに、大坂にいてもおかしくないと結論づけて、このシーンを作りました。



なお大坂城を倉庫として利用したという、資料はなさそうです。

完全に私による創作になります。

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