柳川の戦い⑧江上・八院の戦い 少年と猫
全身全霊を持って書き上げました。
つたなく、荒っぽい文章になってしまいましたが、ご容赦いただけると幸いです。
◇◇
翌日に一大決戦を控えたその夜、柳川城の片隅に一人の少年が、一匹の黒猫に餌をあげながら、その背中を撫でていた。
猫は餌が美味しかったのか、それとも撫でられた背中が気持ちよかったのか、幸せそうな顔をして、飼い主の少年を見上げている。
「やい!新五郎!また猫か!?出陣は明日なんだぞ!」
新五郎と呼ばれた少年の名は、十時惟久。
彼はそんな揶揄するような小言にも、優しい表情で答えた。
「黒丸ともしばらくお別れだからね。今宵くらいは、これからの分も可愛がってあげなくちゃ」
黒丸というのは、彼の黒猫の名前のことだ。
「猫を撫でている暇があるなら、槍の一つでも磨けばよかろう、それが侍というものだ」
「それはもう終わっているよ」
そう惟久は笑顔で言うと、ちらりと後ろを見た。
そこには磨き上げられた槍が何本も置かれていた。
「津之助、どんな時でもやることを変えてはならないものだよ。例えそれが戦の前であっても。
毎日槍を磨いていれば、今日慌てて磨かなくても、いつも通りに磨けば、その輝きは失われない。
今日一生懸命槍を磨いている者がいたとするなら、それは普段槍を磨くことを怠っていた者である」
穏やかな惟久の言葉に、苦々しい顔を浮かべる津之助と呼ばれた少年。
彼は安東幸貞、馬廻りの一人で、惟久とは幼馴染の仲である。
惟久少年が色白のやせ型なのに対して、幸貞少年はよく日に焼けてがっちりした体型をしている。
そんな幸貞少年の足に、黒猫はしなやかな動きで近づき、顔をすり寄せている。
まんざらでもない顔で猫を見つめた幸貞は、
「ふん!新五郎はいつも屁理屈ばかりだな!
もうよい!好きなようにするがよい!」
と、口だけは勇ましく、その場を後にしたのだった。
再び少年と猫だけになる。
「黒丸…喜んでくれるかい?それがしは武功を挙げる機会を得たのだよ」
――ニャア
少年の言葉に答えるように、猫は甘えた声を出す。
猫にしてみれば、少年と過ごす今が全てであり、いつも以上に可愛がってもらえているこの時が幸せであることに、喜びを感じていたのだった。
◇◇
翌朝ーー
まだ空が白み始めて間もない時であったが、柳川城の二の丸前の大広場には、多くの兵で埋め尽くされていた。
この頃になると、朝はめっきり冷え込み、兵たちの吐く息も白いものが混じっている。
しかし誰一人として、この場において、この晩秋の空気を冷たいと感じているものなどいなかった。
なぜなら全員が、彼らがこれから向かう戦場に想いを馳せ、使命に燃えていたからである。
その使命とは…
死んで立花の名を刻む…
という悲壮さを伴うものであった。
その中に、惟久と幸貞の二人もいた。
彼らは名のある武者であり、第三陣の足軽大将として参陣することになっているのである。
そんな彼らの前に、一人の若武者が姿を現した。
「おお!お主らはここにおったのか!」
一際目立つきらびやかな甲冑に身を包み、好青年特有の爽やかな笑顔で、こう話しかけたのは、立花三太夫。
弱冠二十五歳の若さで、今回の戦の先鋒隊のうちの一隊を任されているつわものである。
いわば惟久と幸貞にしてみれば、幼い頃からの憧れの存在であり、声を掛けられただけでも、胸が高鳴ったのだった。
「これは、三太夫殿!先鋒を命じられたとのことで、おめでとうございます!」
と、幸貞が大きな声を出して、頭を下げた。
つられるようにして、惟久も頭を下げる。
「いや、お主らもその歳で、組頭を任されるとは、たいしたものだ!
共に存分に戦い、その功を競おうぞ!」
「はっ!ありがたきお言葉にございます!」
「ところでお主ら…もう城にやり残したことはないか?
もうすぐ出立だ。
そうなれば…この先は言わずとも分かるであろう。
心残りがないようにしておくのも、戦に発つ武士の仕事であるぞ。
では、それがしはここで失礼する。
次会う時は、互いにどれだけ首級を挙げたかを数え合おう!」
そう言い残すと、三太夫は栗毛の美しい馬にまたがったまま、自分の持ち場へと引き返していったのであった。
その様子をぼーっとした瞳で、見つめていた惟久であったが、突然何かを思い起こしたように、
「津之助よ。俺は少しだけやり残したことがあるから、城に戻る。
出立前には帰ってくるから、あとは頼んだよ」
と、隣の幸貞に声をかけると、その言葉を終えるやいなや、城の方へと駆けていってしまった。
「おい!待て!何をしに行くのだ!?」
と、慌てて幸貞は惟久の背中に声をかけるが、その言葉が彼に届くことはなかった。
………
……
――ニャァ…
その鳴き声は、どこか寂しそうであった。
「黒丸…どうか分かっておくれ。
俺はもうここに戻ることはないだろう。
だから一人で強く生きなくてはならないのだぞ」
そう話しかけられた猫は、惟久の言葉をどこまで理解しているのだろうか。
全て理解しているのか、それとも全く理解していないのか…
しかし一つ言えることは、主人である惟久との今生の別れが迫っていることに、その猫も抑えきれない感情が込み上げてきているということであった。
そしてそれは、主人もまた同様なのだ。
彼は言葉では別れの挨拶をしているのだが、猫を抱きしめるその力は緩めてはいなかった。
しかし迫る出立の時刻は、彼の決断を無情にも促す。
城の裏手にある竹藪までやってくると、彼はゆっくりとその手を離した。
しかし猫は主人の足にまとわりついて離れようとしない。
――ニャア…
その様子に惟久の中で、絶対に芽吹いてはならない感情が顔を出し始める。
――生きたい
昨晩までの、「死んで立花の為に」という鉄の意志は、いたいけな猫の姿に、もろくも崩れようとしている。
だが、彼はそんな「弱さ」とも言える感情を振り払うかのように、猫から背を向けた。
「堪忍な、堪忍しておくれ…」
あどけなさを残す少年の紅い頬に、一筋の涙が流れる。
――ニャア…ニャア…
その猫の鳴き声は、さながら「泣かないで」と、主人を慰めるようで…
余計に泣けた。
「もし…もし来世というものがあるならば、俺は必ずお前とまた出会おう。
その時は、必ずお前を大事にしようではないか。
だから…だから…今日はさらばである」
そう言い残すと、惟久はその場を走り去った。
たかが飼い猫との別れと笑う者もいるであろう。
しかし彼にとっては、それは大切な家族との別れなのだ。涙なしには成し得ない一大事だったのだ。
そして、彼の行為を、無責任となじる者もいるであろう。
そんな事は彼も分かっている。
しかしそれ以上に、彼のなすべき使命は重いものであった。
「もしも明日が許されるわが身なら、黒丸よ…俺はお前を抱きしめたい…」
それは嘆きなのか願いなのか、惟久自身も分からぬ思いが、涙とともに口から洩れた。
しかし、出立する時間と城が近づくにつれ、彼の身も心も現実へと帰っていく。
そんな彼が幸貞らと合流したのは、まさに出立の寸前であった。
その頃には、惟久の瞳には涙などなく、そこにあるのはいつもの穏やかな笑顔だけだった。
◇◇
柳川城より約二里(約8km)の場所に、八院という地はある。
見渡す限りに田が広がり、それらは米の次に育てる麦の種が蒔かれるのを待つばかりであった。
そしてその周囲には張り巡らされるように、筑後川の支流が流れている。
逃げることも隠れることもできない上に、大胆な奇襲や行軍は川によって制限される。
大軍で寡兵を討ち滅ぼすには、もってこいの地形であった。
すなわちこの地が決戦場となった時点で、三万二千の鍋島勢に対する、わずか三千の立花勢の全滅は、言わば決定事項だったのである。
先鋒を鍋島忠茂、第二陣に後藤茂綱という布陣は、城島城を攻めた時と全く変わらない。
その他、陣を十五に分けた鍋島軍は、大将を鍋島直茂の息子である勝茂、その参謀に鍋島茂里として、五反田という地に本陣を置いて、立花勢を迎えた。
一方の立花勢は、五陣の構えで八院に陣を敷いた。
本陣は、総大将の小野鎮幸で、その陣は筑後川のひと際大きな支流の前に置かれ、鍋島軍からその本陣に向かうには、やらずの橋という橋を渡る必要があった。
その橋の前には、副将格の立花鎮実と親雄の親子が守り、その他の三陣は前線に置かれた。
その先鋒は安東範久と石松政之、さらに立花三太夫の三人が率いて、第二陣には当主立花宗茂と義兄弟にあたる矢島重成と筑紫広門の与力である千手善雲が、そして第三陣に安東幸貞と、十時惟久が控えていた。
こうして前日までのどかな田舎の風景は、両軍合わせて三万五千の兵たちで埋め尽くされた。
そして戦が始まる前特有の静けさが辺りを支配し、そこには馬のいななく声だけが、秋の冷えた朝の空気を震わせていたのである。
そんな静寂の中、立花軍の総大将である、小野鎮幸の大きなかすれ声が響いた。
「えいとう!えいとう!」
彼は言葉を尽すことが苦手な人間であった。
そんな彼が、兵たちを励ますのに唯一出来る事が、この「えいとう」という掛け声だったのだ。
それは、かつて『雷神』として九州一円にその名を轟かせた、立花道雪が兵に突撃を促すのに利用した掛け声であり、立花の家の者にしてみれば、その掛け声を聞くだけで、道雪に叱咤され、尻を鞭で打たれているような衝撃が体中を駆け巡るのである。
――えいとう!
――えいとう!
鎮幸から始まった「えいとう」という掛け声は、いつの間にか立花軍全体へと広がっていった。その言葉を繰り返すことで、死への恐れは吹き飛び、敵陣に飛び込んでいく勇気がみなぎっていく。
そして…
八院の戦いの火ぶたは、わずか三千の立花軍の捨て身の突撃から切って落とされた。
「うおぉぉぉぉぉぉ!!!」
ひと際美しい騎馬武者が、聞く者の鼓膜を痺れさせるような大声を出し、鍋島軍の第一陣を切り裂いていく。
「負けるな!敵は少ない!!囲って殲滅せよ!!」
鍋島軍の先鋒対象の忠茂の声が、三太夫の突撃に足が止まった兵たちを励ます。
しかし、三太夫の突撃は止まらなかった。
第二陣、第三陣と突き抜けて、五反田の方まで突き進む。
その五反田までは三つの橋があり、それぞれ一の橋、二の橋、三の橋と言ったが、そのうち三の橋まで三太夫と彼が率いる軍勢は一気に突き進んだ。
それに負けじと、安東範久と石松政之の先鋒隊も鍋島軍を蹴散らしていった。
『雷神』に鍛えられた立花の兵たちは、まさに雷のごとく敵陣に深く、鋭く斬り込んでいったのである。
しかし、その立花の軍の刹那的な強さは、鍋島直茂と参謀の茂里にとってみれば、織り込みずみであった。彼らは、魚鱗の陣を敷き、第一陣、二陣が崩れたとしても、次々と後方部隊が繰り出せるように陣を張っており、さらに、一度破れた陣も、先鋒大将の鍋島忠茂の督戦によって、すぐに立て直された。
よってすぐに鍋島軍の軍勢に囲まれる立花の先鋒隊は、その勢いを止められて、次から次へと倒れていく。こうして麦畑となるはずのその大地は、立花の血で濡れていった。
その惨劇に立花の第二陣の矢島と千手の軍は躊躇した。
ここで先鋒を助けることと、一旦退いて本陣の小野鎮幸を守る事と、どちらを優先すべきか迷ったのである。
その様子を見た安東幸貞と十時惟久の二人は、
「くそ!このままじゃ三太夫殿があぶねえ!!新五郎!!俺たちも押しだすぞ!!」
「よし!津之助!!三太夫殿を助けに行こう!!」
と、第二陣を差し置いて、先鋒隊の救援に馬を飛ばした。
立花の先鋒隊を取り囲んでいた鍋島軍は、突如として現れた若武者たちが率いる軍勢に面食らい、一の橋から二の橋へと押しこまれていく。
特に惟久は第二陣の先頭に立ち、その細腕からは考えられないほどの大きな槍を、見事な手さばきで振り回し、次から次へと敵を討ち果たしていったのである。
「えいとう!えいとう!」
腹の底から出すその掛け声は、惟久の力となる。
一方の幸貞は、そんな惟久の背中を守るように、ぴたりと彼の背後につき、取り囲まんとする敵を寄せ付けずに、惟久の進む道を助けた。
幼馴染の二人による息のあったその突撃を、鍋島軍はなかなか止めることはかなわない。
するといよいよ、惟久と幸貞の二人の視界に、はっきりと三太夫の戦場の中にあっても美しさを感じさせる立ち回り姿をとらえたのである。
「新五郎!あそこだ!一気に進もう!えいとう!」
「えいとう!えいとう!」
この橋を渡り切れば、もう目の前に助けるべき仲間がいる…
もはや己の体力の限界など、とうに超える程に槍を振るっていた惟久であったが、仲間を助け、立花家を勝利に導くその気迫は、そんな肉体を凌駕していた。
徐々に三太夫の背中が大きくなる。
もうすぐだ。憧れのあの背中を守る名誉は、すぐそこにある。
彼は一歩また一歩と迫りくる鍋島兵を蹴散らしながら、その名誉に向かって進んでいったのだった。
…と、その時だった。
――ニャア
聞こえるはずのない、その鳴き声が確かに惟久の耳に入った。
「黒丸?そんな馬鹿な…」
惟久はその手と足を止めることなく、耳だけをその鳴き声に集中させた。
そこらには逃げ遅れた野良猫だっているはずだ。だが、彼にとって家族同然のその声を、彼は聞き間違えるはずなどなかったのである。
確かにそれは黒丸の鳴き声だ――
そして彼にはその鳴き声が、はっきりとした言葉となって頭に浮き上がってきたのだ。
「これ以上、進んではいけない!」
それは黒丸からの決死の警告のように惟久には思えた。
しかし彼はその声に応える訳にはいかなかった。
なぜなら助けるべき背中を目の前にして、足を止めるなど、彼の本能が許さなかったからだ。
――ニャア!!
「いかないで!!」
もう一度耳の奥に直接響いてくるその懐かしき声。
姿を見ることはかなわない。だが、その声が聞こえただけで、彼は十分であった。
自然と涙が頬を伝い、彼の頭の中には自分に甘える黒丸の姿が浮かぶ。
しかしその闘志は鈍ることなどなく、むしろその足を早めていった。
その速度に背後を守っていた幸貞が少し遅れた。
「新五郎!早すぎる!!」
そんな幸貞の言葉は、再び惟久に届くことはなかった。
そして…
――パァン…
一発の銃声が鳴り響いたかと思うと、惟久の足がぴたりと止まった…
「新五郎!!くそ!どきやがれ!!」
周囲を何人もの鍋島兵に囲まれた幸貞は、わずか二歩ほど前にいる幼馴染の背中に左手を必死に伸ばす。
しかしその手が届くことは許されなかった。
惟久はそのまま膝から崩れ落ちると、そこに鍋島の兵たちが殺到した。
鉄砲の当たりどころが悪かったのだろう。
彼の視界は既に朦朧としており、手にした槍に力を込めることが出来ない。
しかしそれでも彼は必死になって、敵を遠ざけんと体を進めた。
その背中には容赦なく槍や刀が浴びせられる。
「新五郎!!うおおおおお!!」
「来るな!!来ちゃだめだ!津之助!!」
惟久の叫びは、幼馴染の命を助けようとする一心から出たもので、それは彼の中で意識して出たものでは、もはやなかった。
惟久の目線は、彼が地面に倒れると同時に兵たちの足ばかりで埋め尽くされる。
そして、その目の前の足さえも、かすれてきた…
しかし…彼に視線は一つの命に釘付けとなる。
その黒い毛に包まれた小さな命は、消えゆく主人の命を助ける為に、一直線に彼のもとへと進んでくるではないか。
「く…ろ…ま…る…きちゃ…きちゃだめだ…」
彼の視界は遠のく意識と、流れる涙で確かに塞がっているはずだ。
しかし、そんな事はたいしたことではなかった。
なぜならその黒猫の姿は、さながら光の珠のように、命の輝きを帯びて、彼の脳裏に直接届いていたからだ。
――ニャア!!ニャア!!
徐々に大きくなってくるその鳴き声。
もちろん彼にはその他の音が聞こえるはずもない。なぜなら、五感の全てが既にその機能を終えているのだから…
この時、八院は少年と猫だけになった――
黒丸はそのしなやかな四肢を懸命に動かして、惟久少年に向かって真っすぐ駆けてくる。
――死ねない、俺は死ねない…
惟久は必死に生きた。
懸命に黒丸を見つめていた。
黒丸のその体を感じるまでは、彼はその意識を閉じることを許さなかった。
しかし、黒丸がその胸に飛び込む前に…
「く…ろ…ま…る…俺は…俺は…お前がいて…幸せ…で…あった…」
その言葉を最期に、惟久は何も感じなくなってしまった――
その時――
既にぐったりとした惟久の首をはねようと、一人の鍋島兵が、彼の頭を持ち上げていた。
そこに
「ニャアァァァァ!!!」
と、一匹の黒猫が、鬼の形相をしてその兵に体当たりした。
その小さな体からは考えられないほどの衝撃で兵を突き飛ばすと、もはや命の灯が潰えた惟久の前に、全身の毛を逆立てて立ちはだかった。
その姿はまるで仁王。
あまりの眼光に恐怖した鍋島の兵は、なんと猫一匹に向けて一斉に射撃したのだ。
全身を撃ち抜かれても、なおも猫は主人のもとを離れず、その顔を鍋島の兵たちに向けている。
「こしゃくな猫め!!まずはお前を八つ裂きにしてくれる!!」
いい加減に激昂した鍋島の兵は、そう言って、もはや動くことが出来ない黒丸に向けて、槍を繰り出す。
しかし…
その槍は黒丸の体を貫くことはなかった…
次の瞬間、「どうっ」という大きな音を立てて、その鍋島兵は屍となって倒れ込んだのだ。
その目の前には
「貴様らに、新五郎と黒丸に触れさせることなど…
この安東津之助幸貞が許さん!!!」
と、自身も傷だらけで、もはや立っているのもやっとなはずである、幸貞が立ちはだかったのだ。
その気迫に、鍋島兵は襲いかかることすら出来ない。
すると幸貞は惟久と黒丸の遺骸を抱えて、橋の下へと飛び降りていった。
そして、彼らの遺骸をそのまま川へと流したのである。
「何をしている!追え!!」
と、その場にようやく現れた鍋島の足軽大将の声によって、橋の下の幸貞に殺到していく鍋島の兵たち。
幸貞はゆっくりと流れていく惟久と黒丸の遺骸を守るように、その川で必死に戦った。
そして、その姿が遥か下流へと流れていくのを確認すると、
「小さな猫さえも忠義に生きる!!!これが立花だ!!思い知ったか!!」
と、天にも届く大声を上げると、その場で首を掻っ切って、自分も川へと身を投げたのであった。
………
……
…
少年と猫――
もし、世が平和なら、どんな明るい未来が彼らを待っていたのだろう。
そして、彼らが戦で死にゆく運命は、例えどんなに史実が歪もうとも、かなわぬ事であったかもしれない。
ただ、一つ変わらぬ事実として、史実においても佐賀県三根町に『猫橋』という橋が現存している。
この橋は、惟久少年を身を挺して守った黒猫が名前の由来となっているという。
そこには、この時代を必死に生きた少年と猫の確かな足跡が残っていることに他ならないと、思わざるを得ないのである。
若い命が散っていった悲惨な戦いであったことを知って、今の私の生活が変化するということはないかと思います。
しかし、このような埋もれてしまっている史実を知ることで、現代の世の中が、どうあるべきかを考える良いきっかけにはなるのではないかと思ってやまないのです。
そんな強い想いを込めて、書きました。
みなさまにこの想いが届けば、幸いにございます。
次回で八院合戦は終焉を迎えます。
果たして立花軍の武将や兵たちの運命は…
どうぞこれからもよろしくお願いいたします。