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柳川の戦い⑦江上・八院の戦い 任命

なるべく史実の通りにこの戦いは書きたいと思います。

忠義に生きた、立花の若者たちに捧げます。

慶長5年(1600年)10月――

徳川家康と石田三成が激突した天下を揺るがす大一番、関ヶ原の戦いが終わった後であっても、九州地方では、関ヶ原の本戦に参加しなかった黒田如水と加藤清正、そして鍋島直茂の連合軍によって、石田方に与した大名たちが守る城への攻撃は続いていた。


そしてついに残りは筑後の立花家と、薩摩の島津家を残すだけとなった。


こと鍋島直茂は息子の勝茂が、やむを得ない事情によって石田方として戦っていた経緯もあり、徳川家康への恭順を示す意味でも功を焦っていた。

その為、自ら三万二千の大軍を率いて、立花家当主の立花宗茂が守る柳川城を攻めたのである。


対する立花の軍勢は、一万三千。


兵力の差は歴然、しかし名城柳川城に立て籠られたら、早々勝てるものではない、と考えた鍋島直茂は、どうにかして立花宗茂を城から出し、野戦に持ち込もうと考えた。


そこで彼は、宗茂に書状を送る。


――八院にて勝負せよ


その書状の内容は、至って簡素なものであった。

しかし、この書状により、柳川城内は真っ二つに割れた。


「勝負を挑まれて、戦わずして城に籠ったとなれば、臆病者と後世まで笑い物となりましょう!

すでに大勢は決しております!かくなる上は、玉砕覚悟でうって出て、立花の名に恥じぬ戦いをするまでにございます!」


「お待ちなされ!この柳川城は守れば三年は持つ城と謳われておる城であれば、兵力差によって城を出たとなれば、それこそ笑い物になりましょう!

ここはいっときの屈辱をこらえてでも、籠城すべきにございます!」


若い当主である立花宗茂は、この城内の対立に大いに頭を悩ませていた。

しかしこうしている間にも、鍋島の軍勢は着々と柳川城の支城を落として、決戦の指定地である八院へと近づいて来ている。


そこで彼は決意した。

そして、直臣はもちろんのこと陪臣も家中の者を集めて、


「亡き太閤豊臣秀吉に任されたこの城を、自ら放棄することは、忠義に反することである。

しかしこうして勝負を挑まれて、それに応えずに城に籠るのは、立花の名に恥じる臆病者のすることだ。

そこで俺は決めた!

この城には、上席家老である薦野増時と、立花の双翼の一人である由布惟信を残し、引き続き城を守らせることとする!

俺は立花とこの備前長光の名に恥じぬ勝負をして、『立花宗茂ここにあり!』というのを、鍋島直茂の軍に刻みこんで、戦場の華となって鮮やかに散ってみせようではないか!」


と、彼は実父である高橋紹運の形見である刀を掲げて、悲壮な玉砕戦を宣言した。


その言葉に早くも城内は、涙に包まれている。


「立花に臆病者なし!立花は負けぬ!

亡き道雪公の教えの通り、俺はこの戦で負けるつもりはない!

たとえこの身体から全ての血が流れ出ようとも、この魂は常に柳川とともにある!

だから城に残る者たちは、恐れるでない!

よく戦い、よく守るのだ!」


そう宗茂が城中に届くような声を轟かせると、諸将の表情は引き締まる。

その場にいる全員が覚悟を決め、宗茂に伴って死ぬつもりでいたのである。


しかし一人だけは異なっていた。


それは宗茂に城を託された薦野増時である。


「殿!お待ちなされ!

殿に万が一のことがあれば、誰が立花の名を継ぐのでしょう!?

それに当主が死んだとなれば、徳川内府殿は、容赦なくお家を取り潰すに違いありません!

どうかお考え直しを!」


その言葉に、立花双翼の残りの一人、小野鎮幸は顔を真っ赤にして唾を飛ばしながら増時に食ってかかった。


「おい!増時殿!!それは聞き捨てなりませぬ!

まるで殿が鍋島ごときに負けるような物言いではないか!」


しかし増時も負けてはいない。


「現実をご覧なされ!!

例え加藤と黒田の軍勢が動かずとも、鍋島の軍勢は我が軍に比べ大きく、ひとたび野戦に出れば、全滅することは火を見るより明らかにございます!!」


「そんなのやってみなくては分かりますまい!!」


「そんなこと、やらずとも分かります!!

むざむざ当主を死地へ送りこむことが、忠臣のすべきことでしょうか!?」


その激しい言葉は、それまでの部屋の熱気を一気に冷ました。

そして増時は宗茂のもとまで進んでくると、額を床にこすりつけて、涙混じりの大声で言った。


「殿!!殿だけはどうかこの城にお残りくだされ!!」


その必死な頼みにも、宗茂は真剣な眼差しで増時に問いかけた。


「では、お主は臆病者のそしりを受けようとも、城に篭れというのか!?」


「いえ!そうは申しておりませぬ!!」


「では、どういうことか!?申してみよ!!」


「野戦は我ら家臣にお任せあれ!!殿には引き続き、城をお守りいただきとうございます!」


「俺は…俺は自分の家臣をむざむざ死地へと送り込まねばならぬのと、お主はそう申すのか!」


「そうでございます!

しかし、殿!!

この戦は『死地』ではござらぬ!!

殿を守り、立花の誇りを守る為の『活路』にございます!!

そんな戦に喜び勇んで出陣しない者など、この場にはおりませぬ!!」


苦しそうな顔で宗茂が歯を食いしばる。

一方の頭を上げた増時の顔は、涙で滅茶苦茶になっている。


二人の息つまる睨み合いは、しばし続いた。


その場にいる全員が、息を止めてその様子をじっと見つめている。


そして、宗茂は顔を赤くし、悔しさのあまりだろうか、涙を瞳にいっぱい溜めて、絞り出すようにして言った。


「増時… お主の言葉… 実にもっとも…

お主の言葉に従おう」


立花宗茂という人は、忠義にあつい人間だ。

しかしそれは目上の人に対して誠実であるだけではない。

自分の家臣に対しても、いつでも真剣に、徳を持って接していた。

それだけに、死ぬことが必定の戦さ場に、家臣を送るということは、自分がその場に赴くよりも、遥かに彼の心を痛めるものであったのだ。


彼の決断はまさしく心を刻み、血まみれになった末のものであったことは、言うまでもないだろう。


だが増時はあくまでも冷静な判断を下し続け、宗茂に非情な決断を求め続ける。

なぜならそれが彼の仕事だからである。

増時もまた、忠義の塊のような人であったのだ。

だから心を殺してでも、宗茂を正しい道へと導き続けたのだ。

その彼は、低い声で言った。


「次は、誰が城に残り、誰が戦場にいくかを決めねばなりますまい」


宗茂は息も絶え絶えでそれに返す。


「…それは、行きたいものを募り、各々に任せればよかろう」


しかし増時は、あくまで冷静に反論した。


「それはなりませぬ!

それでは戦場に赴かなかった者の心にしこりを残しましょう!

ついては、殿に戦さ場に向かう者たちを、ご任命いただきとうございます!」


宗茂はその進言に言葉を失う。


それはなんと残酷な役目だろう…


例えれば、三途の川へと送る者の背中を押す役割を担うのだ。

しかもそれらは皆、我が子同然の者たちばかり。

これほど辛いことはないはずだ。


宗茂はそれでも涙はこらえた。

涙を流すことが、負けだと思ったからだ。

それは自分にしか出来ない使命であるゆえ、ここで折れるわけにはいかない。


彼は言葉を発することなく、大きくうなずいた。


それを確認した増時は、周囲を見渡し大きな声で言った。


「では、これよりその者たちを誰にするかを、それがしをはじめ、重臣たちで決める!

皆の者!それで異論はあるまいな!!」


無論、反論する者など誰一人としていなかった。

そして、由布惟信、小野鎮幸、十時連貞、そして薦野増時の四人は、静かに部屋を出ていき協議に入ったのであった。


………


……


どれほど時間がたっただろうか…


それは早くもあり、遅くもあったように思える。

ただ一つ言えることは、その間、誰一人として言葉を発する者がいなかったということだ。


数十人いるその部屋は静まり返り、部屋を出ていった四人をただただ待ち続けていた。


そして…


四人が戻ってきた。


議論に議論を重ねたのだろうか…

その顔は一様に疲れを伴っていたが、彼らの瞳は燃えるものを灯したままであった。


上席家老である増時が、四人を代表して、今回の鍋島との決戦に向かう面々の名を記した紙を、宗茂に手渡す。


宗茂は丁寧にそれを受け取ると、覚悟を決めたように、素早くその紙を開いた。



しかし…



それを目にした瞬間…



「これは…」



という一言とともに、今までこらえていた涙が滂沱として流れ出たのだ。


そこに書かれていた名前の多くは…



みな二十歳そこそこの、未来ある若者だったのだ。



宗茂はさながら抗議するように、傍らの増時を涙目のまま睨みつけた。

しかし増時は引かない。

彼も鋭い目つきのまま、宗茂を見つめていた。

それは有無を言わせないものだったのである。


その目に宗茂は、増時と重臣たちの強い想いを汲み取り、もう一度、視線を紙へと移した。


そこに書かれている名前の多くは、分家の者であったり、長男ではなく、次男や三男…

つまり、家臣たちであっても、本家を残すことを第一に考えられていたものだったのだ。


宗茂は目をつむり、心を静めるために、腹に力を込める。

そして、声が震えるのをなんとかこらえて、一人一人読み上げていった。


主将は、立花四天王の一人で、重臣の小野鎮幸。

副将は置かなかったが、全体の戦目付として立花道雪からの近侍衆の頭である、立花鎮実。

そして先鋒隊は安東範久。

この三人は、老齢の者たちであった。


そしてその三人に従う者たちが、続けて読み上げられた。


立花三太夫、二十五歳。

立花善次郎、十七歳。

十時惟久、十六歳…



名前が呼ばれると、皆大きな声で返事をする。


その返事は、若さに溢れ、恐れるものを知らぬかのような、勇ましいものばかりだ。


しかし宗茂にとっては、それらの声は鋭い刃となり、彼の心を刻み込んでいった。


宗茂の試練の時間は、こうして続いていった。


そして、最後の一人を読み上げると、彼は立ち上がり、こらえにこらえていた感情を爆発させるかのように、大声で告げたのだった。


「誇り高き立花の者たちよ!!

そなたらの戦は、柳川の地にて、俺がしかと見届けよう!

存分に戦え!

存分に走れ!

お主らのその働きは、立花家の血となり肉となって、未来永劫語り継がれることとなるだろう!」


ーーおおっ!!


宗茂の言葉に、即座に返ってくるその返事に、死を恐れるものは含まれてなどいなかった。

むしろ、忠義に生き、忠義に死ねる喜びすら感じさせる、実に気持ちの良いものだったのである。


しかし宗茂は複雑な思いを抱かざるを得ない。

なぜなら、彼らは今、喜んで死地に向かおうとしているのだ。

それが忠義だと信じている。

しかし立花宗茂という人間は、彼らが命をかけてまで守ろうするほどの価値のある人間なのだろうか。

彼らのこの想いに応えるには、自分はどう生きて、どう死ぬべきなのだろうか…

そんな風に、自分を顧みていたのであった。



こうして柳川城の評定は終わった。


そして、多くの立花の若い侍たちの血が流れることになる八院の戦いは、もうすぐそこまで迫っていた。






評定の様子はフィクションになりますが、概ね流れは史実の通りになります。


いつの時代も、若者たちが犠牲となって、新たな世を作っていくのは、時代の運命と言えるのかもしれません。


だからこそ、私たち後世に残った人は、彼らを知り、彼らの功績や託した想いを語り継ぐことが必要なのかもしれない…と思わざるを得ないのです。


次回は八院の戦いにまつわる、一つの伝説の話になります。


これからもよろしくお願いします。

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