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柳川の戦い⑤城島城籠城戦(開戦)

鍋島勝茂の軍勢による城島城の攻城戦は、第二陣の後藤茂綱の率いる鉄砲隊三百の一斉射撃で幕を開けた。


無論、門に向って放たれたというよりは、櫓や鉄砲狭間を狙ったもので、牽制と合戦の開始を知らせる両方の意味合いを含んでいたものである。


鉄砲が撃ち終わるとともに、一斉に大手門に殺到する鍋島の軍勢。

しかし門に続く道は細く、みな詰まるようにして突撃せざるを得ない為、自然と突入してくるその足は鈍り、一度に門の方へ向ってくる人数も限られた。


そして先頭を駆ける兵が門の近くまできた、その時であった。


「今だ!!うてい!!」


と、若者の号令がかかる。

それは城主の薦野増時の息子である甚兵衛の掛け声であった。


すると門の上と、櫓から一斉に鉄砲が火をふいた。


先頭を行く人数が少ないため、狙いが絞られたその鉄砲は確実に鍋島軍の出足をくじく。

細い道の上に倒れた兵が、後ろから突撃してくる兵の足をさらに鈍らせ、その間に立花軍の鉄砲術である『早合』によって、鉄砲は弾幕となって降り注いでいった。


みるみるうちに負傷者を増やしていく、鍋島軍だったが、九州はおろか全国に名の知れた彼らもやられっ放しというわけではなかった。


「鉄砲隊前へ!!門の上と櫓を狙って、うてい!!」


そう大声で指示したのは、先鋒大将の鍋島茂忠であった。

彼の号令とともに、狭い道を縫うようにして前に押し出された鉄砲隊が、次々と撃ちかける。


とっさに門や櫓の影に隠れる立花の兵たち。


その隙をついて、再び鍋島の先鋒隊は進軍を開始した。


そうしてようやく門の目の前、すなわち虎口までやってくると、門の内側から今度は別の若い声の号令がかかる。


「門を守れ!!一斉に放て!!」


この声の持ち主は、甚兵衛の弟の弥兵衛である。

彼の掛け声とともに、虎口にある鉄砲狭間から一斉に鉄砲が撃たれると、その攻撃は苛烈を極め、間断なく撃ち続けられたのだ。


「退くわけにはいかんぞ!!みなのもの!なんとしても門を壊すのだ!!」


忠成の激しい号令がこだますが、ただでさえ門にたどりつける人数が少なく、なかなか破壊は進まない。


「これでは、門を破壊するまでに被害が大きくなりすぎる…仕方あるまい!壁だ!壁に登れ!!」


そう茂忠は背後の茂綱に指示した。というのも、龍造寺の軍団は、先鋒大将の権限が大きく、第二陣以降の将はその指示に従うことを求められるからである。しかし、指示された茂綱も茂忠の言うことは「もっともだ」と納得して、すぐに自分たちの兵に城壁の突破を指示した。


周囲の城壁の足元は水で浸かっており、城壁にしがみついてよじ登ることは不可能に近いのだが、指示された兵たちは、士気高いままに、水の中に飛び込んで、城壁を目指した。


しかしそこに、今度は城壁の上から弓を構えた立花の兵たちによる、攻撃が容赦なく浴びせられる。

その弓矢も的確かつ、苛烈であり、膝まで泥につかった鍋島の兵たちはなすすべなく、その攻撃の餌食となっていったのだった。


こうして次から次へと負傷していく兵たちを見て、それまではっぱをかけ続けていた茂忠も、さすがに顔を青くして、


「ぐぬぬ…これはまずい…」


と、うなるより他なかったのである。

それを見た重綱が、彼の肩に手を置いて、努めて冷静に進言した。


「茂忠殿!ここは一旦退き、勝茂殿に指示を仰ぎましょう!」


「しかしここまで来て退くことは、屈辱である!わが軍はこのまま門の破壊を続ける!お主より勝茂殿に戦況をお伝えして、その指示を仰いでくれ!」


「あい分かった!!だが無茶はしてくれるなよ!?」


「分かっておる!!早く行け!」


その言葉に力強くうなずいた茂綱が後ろに下がっていくと、忠成は大声で指示を出す。


「負傷した兵を、後ろに下げるのだ!とにかく門まで押し出せ!!」


そして彼自身も、負傷した兵を助けに前へと進んでいくのだった。



………

……


「なに!?それほどまでに被害を出しているというのか!?」


茂綱の報告を聞いた勝茂は、思わず一歩前に踏み出して、茂綱に詰め寄るようにして問いただした。


「はい!敵の攻撃は、統制もとれており、的確にございます!相当の者が大将に違いありませぬ!」


「一体誰が…」


勝茂は首をうなだれると、傍らの茂里を覗き込んだ。

茂里はその視線を受け止めると、静かに口を開いた。


「それよりも、今は兵を退くべきかと…これ以上の犠牲を出すわけにもいきますまい。

兵を退いたら、使者を送って、開城を迫りましょう。

その為に、城を囲み、威圧をかけるのが肝要かと…」


「うむ、もっともだ。よし!茂綱殿!先鋒の忠成殿に、一旦退くように伝えてくれ!

それに茂里殿!城を囲むように各将に伝言を!」


「はっ!」

「御意にございます」


二人はそう短く返事をすると、それぞれの場所へと急いでいった。

一人になった勝茂は、城島城の本丸を見つめてつぶやく。


「しかし、一体誰がこの小さな城をここまで固くしているのか…信じられん…」


◇◇

鍋島軍が門から退いていくのを確認すると、甚兵衛は、弥兵衛にその場を託して、一人本丸へと戻っていった。


もちろんこの事は、城代である桂広繁の指示によるものであったのは言うまでもあるまい。


広繁は一旦鍋島軍が兵を下げることさえも想定していたのである。

そしてその後、開城を迫る使者が来る事も予見しており、それを自分ではなく、甚兵衛に対応させようとしたのである。つまり徹底的に自分の存在は表に出そうとはしなかったわけだ。


そうして広繁の言う通りに使者がやってきたのだから、甚兵衛も弥兵衛も、さらに広繁に対して尊敬の念を抱かざるを得なかったのであった。


甚兵衛が本丸から眼下を見ると、城の周囲はすっかり鍋島の兵たちで埋め尽くされていた。

もちろん水には入ってはきていないため、鉄砲や弓の射程からは離れているのだが、これも広繁の予見の通りであり、鍋島軍は威圧しているように見せかけていることは、あらかじめ甚兵衛は知っていた為に、さして驚くこともなかったのだ。


そんな中、鍋島生三という初老の武将が、使者としてやってきた。


まるで彼が来ることを予感していたほどに、丁寧な迎え入れに、生三はたいそう驚いた。


そしてそれとなく城内を確認した生三はさらに驚く。

整然としているのだ。

まるで戦時中とは思えないほどに、物は綺麗に片付けられており、下手をすればチリの一つも落ちていないかのようだ。


大手門をくぐり、町屋、そしていくつかの簡素な屋敷を抜けると、比較的狭い通路に出る。

しばらくその通路を歩くと、二の丸に続く門が見えてきた。

大手門に比べると、貧相なその門には虎口もなく、突破するのはそう苦労しないだろう、と生三は考えを巡らせる。


この様子だと大手門さえ突破してしまえば、後は勢いに任せて攻略するのは難しくなさそうだ、と生三は直感したのだった。


そして二の丸を抜けるとすぐに本丸で、生三はその一番上の部屋まで通されると、そこに現れた甚兵衛を見て、再度驚かされた。


なんと若い…

見た目からして、まだ二十歳そこそこであろうこの若者が城代なのだろうか…


そしてその本丸からは大軍が見えているにも関わらず、落ち着きを払っているのだが、その様子に生三は違和感を持った。


不自然なほどに落ち着き過ぎている…


いぶかしい目つきで顔を覗き込んでくる生三の視線をものともせずに、平静を装った甚兵衛が、若さゆえの高い声で言った。


「われは薦野甚兵衛重時である。こたびは何用でお越しになられたのか、お聞かせ願いたい」


若干棒読みとも言えるような、抑揚乏しいその言葉に、生三は裏で糸を引いている者がいることへの疑いをますます強めたのだが、それが誰かまでは全く想像がつかない。

彼ははっきりとした口調で言った。


「それがしは鍋島生三と申す。こたびは勝茂殿に代わって、お願いしたい儀があって参った」


「ふむ、その願いを申してみよ」


あくまでこの城の主人として、毅然な態度で臨んでいる甚兵衛。

しかし彼がそのような態度をすればするほど、生三の心のうちの疑惑が確信へと姿を変えていく。彼はそれを確かめたくなる気持ちを懸命に抑えて、単刀直入に用件を話した。


「既に勝敗は明確。なれば、潔く城を明け渡していただきたい。

もし今降伏すれば、薦野殿も含め、城にいる全員の命を保証いたそう」


「ふむ…確かにそなたの言われる通りではある。

それがしとて命は惜しいし、城兵たちの命が保証されるというのは、この上ない好条件である」


この流れは…

と、生三はこの後の甚兵衛の返事を何となく想像していたのだが、それでも彼は念を押した。


「では、城を明け渡していただけるのですかな?」


その言葉に視線を強くした甚兵衛は、声を低くして言った。


「しかし、わが一存では決められぬ。

城主である父より、それがしを城代として任命はするが、何でも弟の弥兵衛とよく相談して決めるように、と達しを受けておる。

ついては一刻(約二時間)ほどお待ちいただきたい」


やはり生三の想像通りの回答であった。


「一刻というのは、いくらなんでも長すぎますゆえ、半刻(約一時間)で結論をお出しいただくよう、お願いいたしたい」


「承知いたした。では、結論が出たら、今度はそれがしの方からお尋ねいたそう」


「約束ですぞ」


脅しをかけるような、低い声で生三は甚兵衛に言ったが、甚兵衛の顔色は全く変わらない。


「城の者に外まで送り届けさせましょう」


「かたじけない」


そう頭を少し下げると、生三はゆっくりと立ち上がった。


まるで決められたようなやりとり…


開城の勧告にくることを予見し、なおかつ極めて自然な流れで「時間稼ぎ」を取りつける…


この目の前の若者にそこまで一人で思いつき、冷静に対処出来るだけの力量があるとは、到底思えない。

彼は甚兵衛に背を向けたまま、思わず質問した。


「重時殿のお目付け役はどなたかな?」


目を向けていない為、その表情は分からない。

しかし、その口調からは明らかな動揺が感じられた。


「この城は、弟と二人で守るよう、父から言いつけられておるゆえ、特に誰というお目付けはおりませぬ。

あえて言えば…」


「あえて言えば?」


「立花道雪公の厳しい教えにございましょう」


最後の一言は、冷静を取り戻して答えている様子からして、この甚兵衛という男も大した肝っ玉の持ち主だ、と生三は感心して、その場を後にしたのであった。



その後、半刻経ってから、今度は甚兵衛の弟の弥兵衛が、生三の元へ使者としてうかがい、

「結論が出ぬゆえ、もうしばしお待ちあれ」

と、回答して城へ悠然と帰っていった。


もちろんこの回答に勝茂が憤慨した。


彼は「この鍋島をこけにするとは許せん!」と、再び兵を大手門に仕向けた。

しかし結果は、以前と変わらず散々なもので、とうとう先鋒大将である鍋島忠茂が肩を鉄砲で撃たれて、負傷してしまったのである。

幸い傷は浅く、応急処置により再び戦うことは可能であったが、その負傷は頭に血の昇った勝茂を冷静にさせるには、十分な痛手であった。


もちろん負傷したのは彼だけではなく、すでに負傷者は百を超え、うち何名かは致命傷を負ってしまった者まで出る始末だ。


勝茂は、再び兵を退くと、


「かくなる上は、父上の到着を待って、その指示に従うしかあるまい…」


と、すっかり意気消沈してしまったのであった。


………

……


鍋島直茂が、勝茂の軍に合流したのは、10月19日の夕刻になってからであった。


直茂は、大将の勝茂や参謀の茂里、それに使者として城に入った生三や、実際に戦った忠成や重綱と、今回の攻城戦に関わった武将たち全員を自分の陣に呼び、一緒にささやかな夕げを取ることとした。

既に辺りは暗く、陣中ではあるが、彼らと一緒に食事を取りながら、話を聞くことにしたのは、彼らになるべく冷静になって話をして欲しかったからである。

そんな彼の思惑通りに、彼らは自分が感じたことや見たことを、実に客観的に報告をしたのであった。


じっくりと噛みしめるように彼らの言葉を検討する直茂。

そして食事を終えるとともに、彼は重い口を開いた。


「どうやら城に長く引きこもろうとは考えていないようだな…」


その言葉に最も驚いたのは、勝茂である。

彼は食いつくように直茂に問いかけた。


「父上!何を持ってそう思われているのでしょう!?この勝茂にはてんで想像もつきませぬ!」


直茂はそんな息子に冷静になるように促す為に、彼の肩に手をおいて答えた。


「細い道を残し、周囲を水で埋めたのは、一見すると攻め口を絞らせるのに有効かもしれぬ。

しかし、長期で城を守ろうとするならば、その策は極めて愚策である」


「その心は?」


と、その場に呼ばれていた直茂の側近の成富茂安が回答を求める。

その問いかけを予想していたかのように、直重は間髪入れずに答えた。


「もしその細い道を、わしらが潰してしまったとしたら、どうなるかのう…」


「城は完全に孤立してしまいますな」


「その城の中には、たんまりと米があったように思えるか?生三」


「いえ、そうとは思えませんでしたわい」


「ふむ。それが答えでは、不満かな?勝茂」


「いえ…よく分かりました。しかし、ではなぜここまで激しく抵抗してくるのでしょう」


「城を二日か三日もたせたい…という意志が感じられるとしか思えんのう…理由までは分からんが…」


そこまで答えると、直茂は首をひねって、考え込み始めたのだった。

その様子に、今度は茂里が問いかけた。


「理由はさておき…いかがしますか?このまま相手の思惑通りに、城を二日か三日は放置いたしますか?それとも道を水で埋めて、完全に退路を切りましょうか?」


茂里の問いに直茂は首を横に振った。


「退路を断つにしても、その工作に二日はかかろう。そうなれば、いずれにせよ相手の思う壺である」


「では、いかがいたしますか?」


「お主は結論ばかりを求めるくせがあるな…茂里。

まあよいが…

あくまで明日で城を落とす。

そしてその日のうちに、野戦で立花と決着をつけるのだ」


「では、どのように攻めましょう?」


「策というのは、相手の裏をかくから、成り立つものだ。

相手に策を弄されて裏をかかれたのなら、それを表にひっくり返せば、それは相手にとっては裏となる。言いたいことは分かってくれるな?」


その言葉にうなずいたのは茂里と生三の二人だけ…


その様子に「はあ」と大きなため息をついた直茂は、より具体的な指示を全員に出したのであった。



やはり籠城戦は地味でございます…すみません。


しかし寡兵での籠城戦は、いかに兵を減らさず、相手に攻撃させず、そして交渉を有利に進めるか…

これに尽きるかと思い、このような内容になってしまいました。


次回は、少しは派手になるかしら?

籠城戦に決着がつきます。


これからもよろしくお願いします。


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