表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

80/374

柳川の戦い③緒戦

慶長5年(1600年)10月14日――

久留米城から南へ約四里(約16km)離れた、水田天満宮という場所で、加藤清正と黒田如水は陣を張っていた。

柳川城から適度に距離をとったその場所は、戦の日和見をするには最適な場所であったと言えよう。

彼らはその場所で情報収集に努めていたのである。

そして、「立場上は味方」である鍋島直茂も、「裏では味方」である立花宗茂も、彼らの動きを探ることは、さして難しいことではなかったのだった。



「いよいよ、鍋島殿が動き出しましたな!軍師殿!」


そう鼻息を荒くしたのは、加藤清正。彼は今、『軍師殿』と呼んだ黒田如水の陣屋に、情報を共有する為に足を運んでいたのである。


その清正を冷めた横目で見ていた黒田如水は、その視線同様に冷たい口調で言った。


「ふん、単に兵を城から進めただけではないか。その程度でいちいち興奮などするものではない」


そんな如水の小言程度では、清正のすっかり燃え上ってしまった興奮を冷ますには至らなかったようで、彼は早口になって続けた。


「鍋島殿の兵は約三万二千。対して、立花殿の兵は約一万三千。数の上では、鍋島殿が圧倒的に有利ではございますが、果たしてどうでしょうか?」


そこまで言うと、清正は如水の顔を見た。

その瞳は、何かを如水に期待するような輝きに満ちているのだが、無論それは、如水に対する問いかけへの答えをもらうこと、であったことは言うまでもない。


如水は「はぁ」とため息をつくと、彼の瞳に免じて渋々答える。


「柳川城にて立花殿が守りを固めれば、そうやすやすと負けることはあるまい。

柳川城は、凡将でも1年は持つと言われた名城であるからのう。

それをあの宗茂殿が守れば…兵糧さえ持てば五年は守れるかもしれん」


清正はその答えに満足したように、続けて問いかけた。


「では、殿下が望まれている『11月6日まで立花殿を降伏させないこと』というのは、ほぼ確実に成し得るでしょうな」


「果たして、そうやすやすと事は上手く運ぶかのう…」


再び冷水を浴びせるような如水のつぶやきであったが、清正は全く気にする様子はない。かなり肝が据わっていると言うべきか、何も考えていないと言うべきか…


「軍師殿!弱気はいけませぬぞ!何でも良きように考えていれば、それが成るものです!」


「お主…本当にそんな甘っちょろい考えで、生きてきたのか…」


「ははは!何を今更おっしゃるか!それがしの生き様は、軍師殿もよくご存じであろう!」


「うむ… たしかにそうであった。これはしたり」


なぜか如水は清正に負けたような気がして、不機嫌そうに口をつぐむと、それを見た清正は、浮かれた気持ちを少し落ち着かせて、独り言のようにつぶやいた。


「しかし、来月6日に何が起こるのでしょうか…?」


「うむ…それは殿の『未来を言えぬ』という制約があるゆえ、教えてもらえなかったからのう…」


「そうすると、それがしたちは、殿下の『どちらかの肩入れをして、加藤と黒田の兵を戦わせてはならぬ』という言いつけを守るより他はなさそうですな」


その清正の言葉に、如水は表情を引き締める。


「とにかく情報じゃ。出来る限りの情報を集め、不測の事態にはいつでも対処できるようにしておくが肝要と、わしは思っておる」


「はっ!その言葉、肝に命じて情報収集に努めます!」


そう清正は頭を下げると、自身の陣屋へと戻っていったのだった。

そして一人になった如水は、天をあおいでつぶやいた。


「あの鍋島直茂が、考えなしに柳川城を力攻めするわけなかろうて…」



◇◇

慶長5年(1600年)10月15日――


鍋島直茂と勝茂、それに家老の鍋島茂里らは、筑後川の上流にある、栗城に到着していた。


佐賀城から柳川城へは、筑後川を渡ればすぐに着くのだが、立花宗茂ともあろう者が、その川の対岸で待ち伏せをしない訳がない、そうふんだ直茂は、遠回りして久留米城付近から、筑後川を渡ることを決めていた。

既に久留米城は黒田と加藤の手によって落ちており、鍋島軍の進軍には何ら影響はしないからだ。


空は夕焼けに真っ赤に染まり、明日も晴天であろうことを思わせる。


そんな中、鍋島家の古参の武将、石井生礼が遅れて栗城に到着すると、それを直茂は城主の間にて迎えたのだった。


「直茂殿!こたびの件、まことに不甲斐なく存じます!申し訳ございませんでした!」


開口一番、生礼はそう大声で謝罪すると、額をこすりつけるようにして、その場で頭を下げた。


「謝罪するようなことではない。むしろ、被害を最小限にとどめて、合流してきたのだ。

褒めることは出来ても、お主を責めることなど、なぜ出来ようか?」


と、直茂は顔を上げるように促すと、その言葉に渋々従う生礼。

彼の表情には、無念の色が濃く表れていた。


「ぐぬぬ…しかし…おなごの率いる一団に、尻尾を巻いて退却したのは、この上ない屈辱にございます…」


「おなご…と言っても、相手はあの『雷神』の娘、立花誾千代殿である。

それに、もし誾千代殿が戦に出てきた折には、即刻退却をするように命じたのは、他でもない、このわしだ。

責めを負うのは、このわしの方だ。

すまなかった」


と、直茂は生礼に対して、軽く頭を下げたのであった。


そう、直茂は石井生礼に対して、鍋島水軍を率いて有明海から上陸しようと試みるよう指示をしたのだ。


もしその道が開ければ、東西の両側面から柳川城を攻めることが可能となる。

その可能性を、側近の一人である生礼に託したのだった。


しかしその際に、沿岸からの敵の抵抗が、立花誾千代によるものであったら、即刻兵を退いて、この栗城に陸路で向かうように言い含めていた。

それは、誾千代を相手に戦えば、彼女や彼女の父である立花道雪を慕う浪人たちが、九州一円から一斉に蜂起する可能性があったからである。


それ程に立花誾千代という女性は、影響力を持っていた。

それは婿養子である夫の立花宗茂を遥かにしのぐものであったのだ。


まさに眠れる獅子と言っても過言ではないのだ。


それをわざわざ起こしてまで、城の西から攻めるのは、直茂の中で勘定に合わないのであった。



頭を下げた直茂であったが、生礼に慌ててそれを戻されると、彼は一つ質問をした。


「しかし、お主ほどの水軍の手練れが、船一隻と、数名の兵を失うとはのう…」


「はっ… その儀につきましては…」


と、生礼は言いづらそうに報告するのであった。


彼によると、誾千代からの攻撃は、刹那的で苛烈を極めたものであったらしい。


それは生礼の水軍が、彼女の率いる二百の鉄砲の射程に入った瞬間であった。


「うてぇぇぇぇぇえ!!」


という轟く声がしたと思うと、さながら横殴りに吹き付ける吹雪のように、鉄砲の弾が飛んできた。


しかもそれは一発ではない。

彼女の父が編み出した『早合』という、必殺の鉄砲術によって、間断なく鉄砲を浴びせ続けられたのである。


「ぐぬぬ…!いたし方あるまい!ひけい!!」


と、生礼がたまらずその射程から離れると、誾千代は隙を与えず


「いっけぇぇぇぇぇえ!!」


という大地を揺るがす掛け声とともに、今度は『国崩し』という大砲が火をふいた。

そしてそれは、実に正確に生礼の水軍の船に命中したのであったから、たまったものではない。


生礼は背筋に冷たいものを流しながら、有明海を北へと引き返していったのだ。


つまり彼は「立花誾千代だから」退却したのではなく、「立花誾千代の攻撃が凄まじかったから」退却を余儀なくされたのだった。



そして彼女は逃げる生礼の背中に向けて、


「これが立花である!!

直茂殿に伝えよ!!

この誾千代を倒したければ、本気でかかってこい、と!」


と言い放つと、颯爽とその場を後にしたそうだ。



その報告を直茂は渋い顔をして聞いていた。


「それは…すさまじいな…」


と、一言漏らすと、生礼の肩に手を置いた。


「ひとまず今宵はゆっくりと休み、明日からはわしの軍に加わるがよい」


と、彼に指示した。

生礼は頭を下げたのだが、それはさながらうなだれるようであり、彼の無念さが伝わってくるようだった。



生礼が部屋を去り、一人になった直茂は、遠く離れた如水と同じように、天をあおいでつぶやいたのだった。


「緒戦は負け…か」


そして次の瞬間…

彼の顔に影が映る。


「面白い…立花誾千代…その高い鼻っ柱が、家を潰すことにならねばよいがのう…」



いつの間にか日はすっかり暮れて、不気味な漆黒に辺りは覆われていたのであった…



◇◇

慶長5年10月16日ーー


栗城を出た直茂らは、近くの寺で大きな法要があると聞きつけて、それに参加し、戦勝を祈願することにした。

そして同時に柳川城に向けて、八院という場所での決戦を促す書状を持たせた使者を差し出した。

直茂はなんとしても野戦に持ち込み、「短期で決着をつけたい」と考えていたのだった。


直茂は書状の返事を待ちながら、短期決戦を強く望む焦りを敵味方に見せないように、悠然と筑後川を渡り、久留米城の付近を通過した。


その一方で、勝茂には、先鋒を茂里として直茂よりも下流の渡しで、半ば強引に筑後川を渡らせると、目の前にある海津城を攻めさせた。

少しでも早く柳川城へ威圧をかけたい為に、危険を承知で進軍させたのである。

だが勝茂は父の期待に応えようと、必死で働き、海津城をあっさりと落とすことに成功した。




慶長5年10月19日ーー

勢いに乗った鍋島勝茂が率いる約一万五千の大軍は、とある城を目指して、筑後川沿いに進軍を再開した。


その城こそ『豊臣の七星』の一人である「籠城の達人」桂広繁が、立花宗茂に臨時で味方して守っている、城島城である。


しかし、彼とともに城島城を守る兵は、わずか三百…


そのような絶望的とも言えるこの状況であったとしても、広茂はそれを楽しむように、縄張りの絵図を眺めて、籠城の策を巡らせているのであった。


「相手にとって不足なし!この桂広繁、存分にこの力、発揮してくれようぞ!」


と、広繁は一人息巻いていた。



【柳川の戦い 戦前図】

挿絵(By みてみん)




立花誾千代が男前すぎたでしょうか…


次は桂広繁の出番です。

「七星」の割には、地味な彼ですが、どんな活躍となるのでしょうか…


これからもよろしくお願いいたします。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 誤字報告です そのような絶望的とも言えるこの状況であったとしても、広茂はそれを楽しむように、縄張りの絵図を眺めて、籠城の策を巡らせているのであった。 広茂→広繁
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ