表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

78/374

柳川の戦い①勇者と老人

◇◇

慶長5年(1600年)10月14日、佐賀城の鍋島直茂と勝茂の親子は、兵32,000の大軍を率いて、立花宗茂の守る柳川城へと出陣する。

途中、黒田如水と加藤清正の軍勢が合流すると、そのまま柳川城を取り囲み、11月3日に立花宗茂は開城することになる。

そしてそのわずか三日後に、その立花宗茂を助けんと、島津義弘が柳川城に兵10,000を率いて到着するのだが、既に柳川城は、徳川方の鍋島、加藤、黒田の連合軍によって落城してしまっていたのだ。


そして開城した立花宗茂を待っているのは改易の処分。

その後、宗茂がもとの柳川城の城主として戻るまでに、実に二十年の時を必要とする。


この史実を俺…豊臣秀頼は、もちろん知っていた。


つまり俺は考えたのだ。

もし島津義弘の軍勢が、この戦に間に合っていたとしたら…

もし立花宗茂が城を守り切ったとしたら…


そして彼らが最後まで家康に恭順しなかったとしたら…

彼らへの本領安堵の取りなしを、豊臣家が行えば…



これが俺の賭けであった。



それは、これまでとは比べものにならないほどの、大きな歴史の変化を生む可能性を秘めており、落ちゆく豊臣家が再び浮上するきっかけになりかねないほどの、爆発力を秘めているはずだ、と俺は考えていたのである。


その為にも、三日。


わずか三日だけ、宗茂の開城を延ばす必要があるのだ。


俺は大坂からは、遠く離れた九州の地での、宗茂の武運を祈っていたのであった。


いよいよ、俺から仕掛ける家康との勝負が始まった。



◇◇

慶長5年10月12日 柳川城ーー

黒田如水の使者として、桂広繁が柳川城に入った。


彼に対して、当主の立花宗茂が対応した。


宗茂にとって、その来訪の目的は、聞かずとも「開城せよ」という勧告であることは想像するに難しくなかった。


なぜなら佐賀城の鍋島直茂が、ここ柳川城を攻略せんと、大軍を集結させていることは、もちろん分かっていたからである。


しかしこの時の彼は、やすやすと開城するつもりはなかった。

もちろん形勢は圧倒的に不利であり、戦えば戦うほど、自分の今後の立場が悪くなるのは分かっている。


だが、「東の本多忠勝、西の立花宗茂」と太閤秀吉に称されたほどの猛将である。

戦わずして城を明け渡すことは、彼の誇りが許さなかった。

いや、それよりも、彼の人生を厳しく見ているであろう、養父の立花道雪と、近くに居を構えている妻の立花誾千代の鋭い目つきが、彼の脳裏に浮かび、彼に「ただでは転ぶものではない」と、叱咤しているような気がしているのだ。


とは言え、柳川付近の民を戦に巻き込むのは忍びない。


ひとたび戦場に立てば、天下無双で翼のはえたように縦横無尽に駆け抜ける彼であっても、いま城の中にあるその胸の内は、様々な思いが渦巻いており、まるで足枷をつけられたように、身も心も重かったのであった。


そこに広繁が一人で、城主の間に入ってきた。


なお、宗茂の周囲には、彼の側近でもあり、お目付けとも言える三人…由布惟信、小野鎮幸、十時連貞が、横に控えていた。


一通り決まりきった挨拶を終えると、広繁は秀頼からの書状を差し出した。


その包みを見て、宗茂はため息をつく。

その様子を見た惟信は、子を叱るような厳しい顔で、


「殿…秀頼公からの書状ですぞ」


と、ちくりとその態度を注意した。

その小言に、宗茂は姿勢を正すと、ゆっくりと書状を開き、目を通した。


その目は始め死んだ魚のようであったが、みるみるうちに見開かれると、光を灯していった。


彼の周囲もその様子に驚いたようだ。


彼が書状を読み終えると、三人も次々とそれを手にして目を通したのだった。

そして三人とも反応は全く同じであった。


驚愕…


その一言に尽きるものだったのだ。


「なるべく開城を遅らせるように…

11月6日までなんとかもたせよ…ですと!?」


思わず鎮幸が唸った。


彼らは想像していたものとは正反対の内容の書状に、一様に信じられないといった様子だ。


そしてさらに驚くべきことが広繁から告げられる。


「黒田殿と加藤殿は、立花殿を攻め込む事はございませぬ」


その言葉に常に冷静な連貞が反応する。


「では、お味方すると…?」


その問いかけには、広繁が首を横に振った。


「お立場上、お味方をするわけにはいきませぬ」


あからさまにがっかりした鎮幸に対して、表情一つ変えずに連貞は問いかける。


「では、攻める構えは見せておきながら、日和見を決めるということですな」


「おっしゃる通りにございます」


するとそれまで口を閉ざしていた宗茂が問いかける。


「…となると、俺の相手は鍋島殿だけ、ということだな。

しかしこれ以上徳川内府殿に楯突くと、不味いのではないか?」


すると広繁は、抑揚のない声で答えた。


「降伏するには、もう手遅れにございます」


その言葉に、筆頭家老の惟信が、ぴくりと眉を動かして言った。


「それはどういう意味にございますかな?」


その問いかけに、広繁は声を低くして言った。


「この後におよんで、降伏をしてはなりませぬ、という意味にございます」


半ば脅迫しているかのような物言いに、宗茂の目が鋭く光った。そして、ぐっと声の調子を落として、広繁に問いかける。


「降伏せずして、いかがする?

俺一人で徳川内府殿と喧嘩しろとでもおっしゃる気ですかな?」


その眼光は、さながら獅子。

いや、この世のものではないが、『龍』と称した方が正しいであろう。


見る者を一飲みで飲み込んでしまうような、強烈な威圧感であった。


しかし広繁は、飲まれてしまうどころか、その瞳を感心しながら見つめていた。


この時、立花宗茂の歳はわずか三十三。

広繁とは三十以上も異なるにも関わらず、その瞳からは、いくつもの修羅場と死線をくぐり抜けてきた勇者そのものの光を放っている。


ただ者ではない…


そう思うとともに、


なんとしても秀頼様の味方につけなくては、むしろ危険な存在となるであろう…


と、ぞくりとした寒気が、背中に泡となってあらわれる。


「九州一のつわもの」というその噂は、誠であると、その目を見ただけで、そう確信したのだった。


しばしその瞳に見入っていた広繁に対して、宗茂はもう一度たずねる。


「桂殿?どうなのでしょう?徳川内府殿と俺だけを喧嘩させようと、そうおっしゃるのか?」


広繁にとって、ここが勝負所であった。

彼の対応次第で、目の前の勇者は、敵にも味方にもなる。

その緊張が、一筋の汗となって額となって流れる。

しかし彼も数々の修羅場をくぐり抜けてきた老人だ。

肝は誰よりも座っている、という自負がある。


彼は口を真一文字に結ぶと、首を横に振った。


その様子を眉をひそめながら見た宗茂は、


「ほう…その心は?」


と、短く問いかける。


広繁はその問いに、言葉で答えず、目で答えた。


その視線の先は…




豊臣秀頼からの書状…




宗茂、それにその他の三人の顔は、一様に青ざめた。

それは「驚愕」という単語では全く足りないものだ。


今度は広繁の方が、問いつめる。


「…で、書状のお返事は、いかがですかな?」


その問いに対して、惟信が慌てるように答えた。


「それについては、もう少しお時間をいただき…」

「いや、やってみせよう!」


その惟信の言葉を遮るように、快活な声が部屋の中に響くと、四人の視線がその言葉の持ち主に集まった。


もちろんその言葉の持ち主は…


立花宗茂、その人であった。


そして宗茂は晴れやかな表情で続けた。


「一つだけ桂殿にうかがいたい!よろしいかな?」


広繁が、今度は首を縦に振った。

それを満足そうに見つめると、


「俺が降伏せずして、その後はどうなるのだ?」


と、まるで心配することなど毛頭ないような顔で聞いた。


なぜなら彼は分かっていたのだ。


この後の広繁の答えが、何であるかを。



「秀頼様が『俺に任せよ』と…」



その時、宗茂はにんまりと表情を崩すと、


「うわはははっ!!!」


と、大きな声で笑い飛ばした。


驚く広繁をしり目に、惟信は

「また、殿の悪いくせが…」

と、ため息をつく。

鎮幸は、

「うおおおお!それがしもやってやりますぞ!!」

と、鼻息を荒くすれば、連貞は、

「なら早速防備のことから…」

と、何やらぶつぶつと呟いていた。


そして宗茂は高らかと宣言した。


「よし!燃えてきたぜ!

あの徳川内府殿と、大喧嘩しようってわけだ!

鍋島殿相手に降伏してたんじゃ、いずれにせよ、その資格はないってことだ!

秀頼様には、とことん付き合っていただくとしよう!」


するとその宣言に広繁が口を挟む。


「立花殿。秀頼様だけではござらぬ。

この桂広繁、ただ今よりしばしの間、立花殿の配下として働きとうございます」


「なに!?それも秀頼様からの言いつけか?」


「いえ、こちらは黒田如水殿からの言いつけにございます」


黒田如水という人物の名前が出た瞬間に、宗茂の表情が引き締まったのは、彼が黒田如水という人物の偉大さを熟知しているからであり、彼の言葉の重みを受け止める覚悟が必要だったからだ。


「如水殿は何を桂殿に申し付けたのですかな?」


「城を守れ…と」


その言葉に、宗茂の表情が再びやわらいだ。


「つまり、この柳川城をお守りするのに、力を貸してくれる、というわけだな!?ははは!これは百人力を得たり!

久留米でのそなたのご活躍は、この俺にも耳に入っておる!かたじけない、お力を貸してくだされ!」


そう頭を下げる宗茂。


しかし広繁は首を横に振ったのだった。


その様子を宗茂を含めた四人は、訝しそうに見つめると、


「それはどういう意味ですかな?桂殿」


と、宗茂がたずねた。


すると今度は広繁が表情を崩して答えた。


「わしが守るのは、この城ではない、という事にございます!」


「ではどこを?」


と宗茂が聞くと、連貞が素早く柳川城周辺の地図を広げていた。


そして、広繁はその地図の一点を指差す。

それを見て、宗茂は再び豪快に笑った。


「うわはははっ!これはよい!

桂殿が本気で俺に力を貸してくれようとしていることは、よく分かった!

よし!その件、お願いいたそう!!


皆の者!では、早速準備にかかれ!!」


そう指示をした宗茂は、自らも動き出す為に、すぐに立ち上がり、大股で部屋をあとにしたのであった。



そして、その勇者の一歩は、歴史が大きく変わろうとしていることを意味していたのである。





桂広繁が守ろうとしている城とは!?


そして鍋島、黒田、加藤のそれぞれの思惑が、どんな流れを生むのでしょうか…


さらにわずか三日だけ、降伏を伸ばすことが出来るのでしょうか!?


柳川の戦いシリーズの始まりにございます。


次は「出陣」。

どうぞお楽しみになさってください。


これからもよろしくお願いいたします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] うわ、地元だからわくわくしてきた(o^^o)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ