表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

74/374

最後の星⑧鬼宿丸

慶長5年(1600年)10月6日 答志島ーー


豊田五郎右衛門が率いるおよそ百人の兵が答志島の港に降り立った。


「狙いは九鬼嘉隆と大谷吉治!必ず一緒にいるはずだ!火であぶり出して、八つ裂きにしろ!

いけ!!」


五郎右衛門は船から降りるやいなや、大きな声でそう号令した。


大きな声を上げて港近くの漁師の集落へと突入していく兵たち。

朝の漁を終えて、くつろいでいた漁民は驚き、みな家族を連れて散り散りになって逃げていった。


兵たちは、一軒一軒家の中を確認して、無人であることを認めた後に火を放っていった。

それは、攻め込んでいるこの答志島も彼らの領土であり、漁民たちに対する申し訳ない気持ちからくる、せめてもの情けだった。


しかしその様に民が逃げるのを待って進軍していった為、なかなか侵攻は進まない。

結局、港に降り立ってからかなりの時間を費やして、ようやく一つ目の集落から、次の集落へと取りかかっていくのであった。


もちろんその様子を五郎右衛門は、「よし」とはせず、一人降り立った港で怒声をあげている。


「ええい!武器も持たない漁民ごときに、何をそんなに手間取っているのだ!」


しかしそれでも彼が前線に立とうとしないのは、嘉隆や吉治だけではなく、嘉隆の子飼いの侍たちがこの島にいるのを分かっているからで、もし彼らと戦闘になったら、巻き込まれてしまうことを懸念していたからであった。



そして兵たちが向かっている次の集落で、大谷吉治と青山豊前守、それに嘉隆の子飼いの兵五人が、待ち構えていたのだ。


さすがに百人の兵たち相手にわずか七人で何の策もなく突撃するのは危険すぎると判断した吉治と豊前は、唇を噛み締めながら、港近くの集落が焼き払われるのを、高台となっている山から眺めていた。

しかしそれは彼らだけではなく、そこにいる五人の兵たちも、少し前に避難させた村民たちも同じ思いだったに違いない。


「おいらたちの村を滅茶苦茶にしやがって!もう許せねえ!」


そう顔を真っ赤にした村人の一人が高台から飛び出そうとしたのを、吉治が制する。


「やめておけ!今行けば犬死にするだけだ!」


港近くの集落から、次の集落までは田に挟まれた畦道を通る必要がある。

既に稲刈りを終えた田には、藁が敷き詰められている。兵たちは畦道だけではなく、乾いた藁の上を踏みつけて進んできた。


そして次の集落に兵たちが突入しようとした時だった。


「おーい!大変だ!」


白い旗を振って一人の甲冑姿の武者が駆け寄ってきた。

その武者が何者か気づいた兵が足を止めると、それにならって他の兵たちも足を止める。


「あれは青山豊前守殿に違いない!いかがしたのだろう?」


そう彼らは、豊前守が豊田五郎右衛門の使いとして九鬼嘉隆のもとへと足を運んでいったこと自体は知っているが、嘉隆側として豊田五郎右衛門の兵たちと対峙していることを知らない。

むしろ、自分たちの味方であると思っている兵も多かった。


その豊前守が顔を青くしてこちらに駆けてくる様子を訝しく思いながら、兵たちは待ち受けた。

そして豊前守は兵たちの前まで足を止めると、両膝に手を当てて、息を整える。

既に老体の彼にとって、全力疾走は身体にこたえたようだ。

彼がまともに話せるようになるまで、少し時間がかかった。


「ぜえ…ぜえ…た、大変だ!」


「青山殿!どうなされたのだ?」


「ご隠居殿がこちらに迫ってきておる!

兵たちだけでなく、この島の民と合わせると、それはおよそ三百はくだらないほどの人数だ!」


「な…なに!?」


五郎右衛門の兵たちに動揺が走った。

それはそうだ。

彼らは今、およそ百人の兵で攻め込んできている。

その三倍もの兵が、一部は村人たちであったとしても、迫ってきていると言うのだから、驚きおののくのも無理はないだろう。


そして豊前守は、背後の高台の山を指差して告げた。


「もうあの高台の中腹に兵たちが集結しておる!

まともにやり合えば、多勢に無勢であることは、明白。

ここは一旦撤退して、五郎右衛門殿に報告して指示を仰ごうではないか!?」


すると集落の先にある高台の方から、大きな鬨の声が聞こえてきたのだ。


それと同時に、豊前守は顔を再び青くすると、


「これは急がねばならぬ!みなのもの!一旦ひけい!!」


と、号令をかけると共に、自ら畦道を港の方へと駆け出した。

それにつられて来た道を逆に駆け出す兵たち。


「これでは間に合わん!わしがご隠居殿をここで待ち構えて、説得してみよう!

お主らは豊田殿と合流するのだ!」


そう悲壮な決意を漂わせた豊前守が言うと、横に並んで走っていた兵がうなずいて、その足を早めた。


その様子を立ち止まって見送る豊前守なのだった。



◇◇

「なにっ!?兵三百だと!!そんな馬鹿な話を真に受けて、みなで戻ってきたというのか!?

このたわけ者!!」


そう怒声を浴びせたのは、関船にて待機していた豊田五郎右衛門である。

彼は、集落の延焼が思ったよりも激しかった為に、港から船に戻っていた。

そんな時に、進軍していった兵たちが全員戻ってきたではないか。

しかも少し考えれば虚言であることなど想像に難しくないことを、兵たちは信じ切っていたのだ。

彼は半分呆れ、残り半分は怒りに支配されていた。


「しかし、青山豊前守殿がそうおっしゃっておりましたゆえ…」


「ではその豊前はどこにおるのだ!?」


「しんがりにて、ご隠居殿をご説得にあたると…」


「その豊前がご隠居殿と連携しているとは考えなかったのか!?」


その五郎右衛門の指摘に、はっとした表情を浮かべた兵。


「い、いえ…それは…」


その兵の歯切れがとたんに悪くなる。

恐らく兵たちは、青山豊前守のことを信頼していたのだろう。

その為、彼の言うことを信じ切ってしまったのだ。


自分の号令を反故にしてまで…


そんな豊前守と、その彼が危険をおかしてまで慕う九鬼嘉隆に対して、より激しい殺意がわく五郎右衛門。

それは嘉隆への嫉妬によるところが大きかったのかもしれない。


「もうよい!!この俺自ら先頭に立ってくれる!!

もう一度進軍だ!!すぐに支度せよ!」


彼はそう号令をかけると、先ほどと同じく百人の兵を率いて、すっかり焼け落ちた集落へと駆けていくのだった。



一方の吉治たちは、村民たちと高台を降りてきていた。


「さすがは豊前守殿!!実に見事でした!!」


開口一番、吉治は彼らを畑で迎え入れた豊前守に向けて、笑顔で褒め称えた。

しかし豊前守は恐縮して首を横に振る。


「ふむ、これくらいであればたやすい事にございます。

それに先ほどの虚言は大谷殿の案にございますゆえ、大谷殿の手柄と言っても過言ではございますまい」


「ははは!では、二人の手柄ということにしておこう!

さて…もうすぐ奴らは引き返してくるだろう。恐らくそこには豊田殿もいるはずだ。

次がわれらの勝負どころであるぞ!」


そう笑顔から口元を引き締めた吉治に同調するように、豊前守も表情を固くする。

そして彼は背後の方へと向きを直すと、

「みなのもの!

敵を迎え撃つ準備を進める!!

まずは、手にした木の枝をまんべんなく田に並べ、それを終えたら乾いた藁をその上からかぶせよ!

そしてその後、事前の打ち合わせ通り、五人の兵たちのもとへ集まり、それぞれ四方に分かれて身を潜めるのだ!」


そう大声で指示した吉治。

集まっていた三十人ほどの村民たちは、


「おおっ!!」


そう威勢良く答えると、それぞれ抱えるほどの松の木や杉の木を、手早く収穫を終えて乾いた田の上に木の枝をばら撒き始めた。


そして一通りそれを終えると、最後に乾いた藁をその上から被せる。


最後に五人の兵たちのもとへ、わずかな人数ごとに分かれると、奥の方へと駆けて行き、身を潜めたのだった。


………

……


そうして、しばらくすると豊田五郎右衛門率いる一軍が田までやってきた。

五郎右衛門はしんがりで、兵たちを叱咤させて、先を急がせている。


しかし先頭の兵が、一人の男が彼らの行く手を阻まんと仁王立ちしているのを見つけ、立ち止まった。


甲冑すらつけていないその姿は、無防備そのものであるが、その割には全く隙がない。

その上、見たこともない大きな刀を手にしており、不用意に飛び込めば、彼の持つその刀で斬り伏せられてしまいそうだ。


さらにその風貌にも驚かされた。


白い布を頭からすっぽりと被り、鋭く光った目だけをのぞかせているのだ。

それはさながら、噂に聞きし、大谷刑部のそれを彷彿とさせるものだった。


そしてその男は大きく透き通る声で言った。


「われは大谷大学助吉治である!!

豊臣権中納言秀頼様の命により、九鬼嘉隆殿に書状を届けに、ここ答志島に参った。

しかし、この島で、民の暮らしを害する貴様らを見た今、その悪業を放ってなどおけん!!

ここで大人しく引けば、その罪はまだ軽くてすむであろう!

しかしわが忠告を無視して、それがしに刃を向けようものなら、容赦はせぬ!


さあ、選べ!!

不忠義者の豊田五郎右衛門に味方し、その汚名を後世まで残すか、それともこの大谷大学助の命にしたがい賢明にもその罪をつぐなうか!」


その声を聞き戸惑いを隠せない兵たち。

彼らとて侍の一員である。

大義がどちらにあるかを見極め、自分が果たすべきことを判断できるほどの良識は持ち合わせている。

その士気は大いに下がり、誰も吉治に斬りかかろうとする者はいなかった。


しかし、吉治の声に負けじと、五郎右衛門の金切声が後方から響いてきた。


「ええい!何を迷っておるのだ!

ご隠居殿とそこの大谷吉治は、ここ答志島で姑息にも鳥羽城を攻め込まんと、謀議していたのだ!!

どちらが不忠義者かなど、火を見るより明らかであろう!

ここで動かない者は、九鬼守隆殿に対して、謀反の疑いありと報告するが、それでもよいのか!?」


その言葉に、兵たちは再び戸惑いを見せる。


なぜなら末端の兵にとって、遠く離れた大坂城にいる豊臣秀頼や徳川家康といった、いわば雲をつかむような人々よりも、目の前の上官である豊田五郎右衛門や、その主人である九鬼守隆の方が、現実的に恐れを抱く相手なのだからだ。


下手をすれば、この場で叩き切られてしまう。


そう身の危険を感じた兵たちは、恐る恐る吉治に槍の先を向けたのだった。


それを厳しい目で見つめている吉治は、より語気を強めて言った。


「それがお主らの答えか!!

よく分かった!!もう容赦はせぬ!!」


するとその声に反応するように、五郎右衛門の声がこだます。


「相手はただ一人!もし近くにいたとしても、寡兵に過ぎん!!

みなのもの、目指すはこの先のご隠居殿の居場所である!!

愚かな者など、蹴散らして一気に進め!!」


そう号令をかけたものの、兵たちの動きは鈍く、じりじりと吉治との差をつめるのが精いっぱいであった。


そして吉治は天にも届く声で号令をかけた。


「今だ!!一斉に放て!!」


その号令とともに、周囲から一斉に火が投げ込まれた。

その火は乾いた藁に着火すると一気に燃え広がって、兵たちを取り囲む。


「な、なんだ!?」


突然、前から後ろから火の手が上がったことに混乱した兵たちの足が止まった。


すると火は藁からその下にある松や杉に火を移すと、少し湿り気を残したその木々からは、もくもくと煙が上がり、兵たちの視界を完全にふさいだのである。


しかも松の(すす)を含んだその煙は、用心していなかった兵たちの喉と目を潰し、みな咳き込んだり、目をこすったりして、とても戦いどころではなくなってしまったのである。


混乱に武器を持つ手まであやしくなる兵たちに向けて、今度は四方八方から石のつぶてが飛んできた。


これは吉治に付添った五人の兵たちが集めてきたもので、彼らのもとにいる村民たちが手当たり次第投げ始めたのである。


「いてて…!」


その投石にはさしたる殺傷力はないが、兵たちをさらなる混乱に陥らせるには十分であった。それはさながら大軍に周囲を囲まれたような恐怖感に陥らせ、この時点で数名の兵は後退していった。


「こら!逃げるな!げほげほ…」


五郎右衛門は声を上げるが、彼も前後不覚の状態で、その声は兵たちの声にかき消されるほど弱々しかったのである。


そこに、


「大谷大学助!!まいる!!」


と、地面をとどろかせるような大声がしたかと思うと、彼の目の前にいた兵が、吹き飛ばされるようにして地面に叩きつけられた。


吉治は刀を抜かずに鞘に納めたままで、兵たちを叩きつけていったのである。

その衝撃はまるで、太い丸太で殴られたかのようなものだった。


ばたばたと倒れ込んでいく兵たちによって、吉治の進む道は開けられ、彼は一直線に五郎右衛門のもとへと進んでいったのだった。


そして…

彼の目の前までやってくると、咳こんでいる彼の首を左手で正面から鷲掴みにした。


「ぐげっ…」


情けない声を発して、吉治を睨みつける五郎右衛門。

吉治は見る者を震え上がらせるような、鋭い眼光だけをのぞかせたその顔で、彼に言った。


「やられっ放しで平気な顔をしていられるほど、俺は温厚な性格ではないのだ。

やられたら、やり返す…

覚えておけ!大谷吉治とはそういう人間だ!」


喉を持つ手に力をこめる吉治。


一方、喉をつぶされて声が出ない五郎右衛門は、その目を恐怖でうるませ、空気の回らない表情は赤から青に変えていった。


そして頃合いを見て、吉治が荒々しく手を離すと、よろめいて尻もちをついた五郎右衛門は


「げほっ…げほっ… 分かった!それがしが悪かったから、もう許しておくれ」


と、無様な命乞いを始めたのだ。

その情けない様子に仁王立ちをしたまま、冷ややかな視線を送る吉治は、


「では、誓え!その罪を認め、全てを主君である九鬼守隆殿に報告すると!

そして即刻兵を退き、二度と俺たちの邪魔立てをするでないと!」


と、五郎右衛門に向かって怒鳴りつけた。


「は、はい!誓います!」


と、涙を流しながら頭を下げる五郎右衛門。

しかしそんな姿に対しても、どこまでも厳しい視線を送っていた吉治は、くるりと振返ると何も言わずにその場を後にしようとした…



しかし…



突如として腰の刀を抜いた五郎右衛門は、声も出さずに吉治の背中に向かって斬りつけたのである。

濁った目と不気味な笑顔を浮かべながら…


「愚かだ…」


と、ぼそりと呟いた吉治は、昨晩同様、振りかえりもせずに横に一歩だけよけた。


「なにっ!!?」


見事に空を切る五郎右衛門の刀。


昨晩は足をかけて、すっころばせた吉治だったが、この時はそんなに甘くはなかった。


鞘に納めたままの鐘切りの刀を両手で持ち、右足を一歩だけ後ろに引くと、その足を軸にして、ぐるりと回転し始めたのだ。


その回転とともに、「ごう」という空気を切り裂く音を立てる、鐘切りの刀。

そのまま凄まじい勢いで五郎右衛門の兜の側頭部へと吸い込まれていった。


「天誅!!!」


吉治の雷鳴のごとき大声とともに、鐘切りの刀は振りぬかれた。


ゴン…


まるで大きな槌で、大木を勢いよく叩いたかのような鈍くて重い音が周囲をこだます。


斜め下からかち上げられるようにして鐘切りの刀を受けた五郎右衛門の体は、綺麗な弧を描いて横に吹き飛んだ…


そして倒れ込んだ彼は、そのまま失神してぴくりとも動かなくなってしまったのだった。




仰向けになって泡吹いているその姿を見た吉治は、周囲の兵に対して、


「大将の豊田五郎右衛門は、この大谷大学助によって倒された!!

これ以上無駄な抵抗をしていると、全員焼け死ぬぞ!!

俺の横で気を失っているこの不忠義者を連れて、ここを立ち去れ!!」


と、雷のような声で退却を命じる。

すると兵たちはほうぼうの体で逃げ出し、そのうちの数名が五郎右衛門を抱きかかえるようにしてその場を後にしたのだった。


兵が去っていくのを確認した吉治は集落の方へと急ぎ、火の届かぬ場所に立つと、高々と勝利を宣言した。


「みなのもの!!兵は退いた!われらの勝利だ!」


その一声に、どっと沸く村民たち。

漁民の集落は被害を受けたものの、死者を出すことなく、吉治を含めてわずか七人の侍と三十名ほどの武器を持たない村民たちの手で、約百名の敵兵を追い払ったことに、みな驚くとともに、大谷吉治のその胆力と用兵術に感服したのだった。


周囲が歓声で沸く中、五人の兵と青山豊前守が吉治のもとへと駆け寄る。

そして豊前守は、表情を引き締めて吉治に告げた。


「大谷殿。そろそろご隠居殿のもとへと向かいましょう」


「うむ。では、案内をお頼み申す」


そして最後に吉治は、続々と集まってきている村民たちに向けて言った。


「それがしがこの島に来たせいで、そなたらの大切な集落を焼かれてしまった。

この償いは必ずすると約束しよう。

しかし今は急ぐこの身なのだ。

後日までその約束は取っておいてはくれまいか?」


その問いかけに村民たちは口ぐちに感謝の言葉を述べ、そこに集落を焼かれてしまったことへの罵声は一つもなかった。


吉治は頭を下げると、


「感謝を言うのはこちらの方だ。お主らの協力なくして、今回の勝利はなかった。

では、そろそろ行かねばならぬ。

集落に飛び火しないように気をつけておくれ。

では!」


と、感謝の言葉を別れのあいさつとして、彼とその他の者たちはその場をあとにしたのだった。



◇◇

大谷吉治と川面右近がたどり着いた港とは反対側にも小さな船着き場があり、そこが九鬼嘉隆の指定した待ち合わせ場所だった。


その小さな船着き場で見る光景に、吉治は圧倒されてしまった。


「な…な…なんなのだ?これは!?」


その驚く様をニヤニヤしながら見つめる嘉隆。

右近や豊前守も吉治の反応に満足そうな表情を浮かべている。


そこにあったのは…

横幅は約五間(およそ9.m)、長さは約十七間半(約32.0m)、高さは約二間(約3.6m)の見たこともない巨大な船であった。


あちこちに生々しい傷が残り、船の上に何か建てられていたであろう残骸だけが残されている、非常に痛々しい姿であった。

しかしその姿は傷を負った獅子が、なおも牙をむくかのように、船の王者と呼ぶにふさわしい堂々としたものだ。

さらに、見た者をのけぞらせるような圧倒的な威圧感と、吸い込まれるような不思議な魅力を兼ねそろえ、見ているだけで船酔いをもよおしてしまいそうな感覚がする。



これこそ芸術。

これこそ魂。

これこそ「九鬼嘉隆」。



そう訴えかける声が、吉治の心を、まるで大太鼓を叩くように、ドンドンと打ちつけていた。


「これが『鬼宿丸』だ。どうだ?驚いたか?」


「これを見て驚かない人があるのでしょうか…」


「がははは!出来たばかりのこいつを見たら、もっと驚いていたに違いねえ!」


「いや…今でも十分だ」


そんな風に驚き動けないでいる吉治に、嘉隆は手招きをした。


「さあ、来い。大谷殿を安全な場所まで、こいつで送り届けてやる」


「な…なんですと!?」


その嘉隆の招きに、吉治はさらに驚いた。


この船が動く…


そう考えただけで、胸が震えない男は、男とは言えない。

そこまで吉治は思えたのだ。


そしてゆっくりと船に近づく吉治。

嘉隆の手の届くところまで来たところで、嘉隆は吉治の腕をつかんで、一気に船の中に押し込んだ。


「よし!!では出港だ!!野郎ども!!気張りやがれ!!!」


「おお!!!!」



ゆっくりと…少しずつ動き出した鬼宿丸。


九鬼嘉隆にとっても、鬼宿丸にとっても、最後の航行が今、鳥羽の緩やかな風を受けて動きだしたのだった。



目の前に鬼宿丸を見たら、多分泣くと思います。

復元されないかしら…無理でしょうけど…


さて次回はいよいよこのシリーズのクライマックス。


「最後の航行」

になります。


じっくり書きます。

じっくり読んでいただけると嬉しいです。



たくさんの励ましのお声を頂戴し、誠にありがとうございました。

これからも皆さまと一緒に作品を作っていきたいと思っております。


読者様あっての本作です。


みなさまが本当に力となっております。

これからもよろしくお願いいたします。



大谷吉治のスピンオフも作りたいです。。。


正体を隠す為に、頭から布をかぶった彼が、

「天誅!!」

を決め台詞に、悪い輩を鐘切りの刀でぶっ飛ばす…


クールすぎる…


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ