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初めての評定②存在意義

久々に主人公視点になります。

◇◇

俺が豊臣秀頼の体の『中身』となってから、まだ一ヶ月と少ししか経過していない。


しかしその期間で体験したことは、もしかしたら元の世界で十七年間で体験したことと比べると、勝るとも劣らないほどに、濃いものであったように思える。


そしてそれら全てが、俺のこの世界に対する考え方を大きく変えるものであった。


それは、俺の知っている史実の表面的な出来事だけにしか目がいかなかった自分が、いかに薄っぺらい人間であったのかを、痛いほどに味わってきた。


全ての出来事には、その『根』となっている、人々の想いがあり、その『根』が時代の求めるものでないと、淘汰されていくように出来ていた。

そんな時代の歯車の精巧さに、俺はいたく感心していた。


そうなると今の豊臣家、いやもっと言えば、俺自身、豊臣秀頼は、時代が求めるような『根』を持ち合わせているのだろうか…


俺はこの時代にやって来た当初、とにかく「この時代を満喫したい」という、至って単純かつ自分本位な目標を立てていた。

そして、あざみと出会い、今度は自分の守るべきものを守ろうと決心した。


しかし、それは時代の求めているものなのか?


と問われれば、それは「否」と答えざるを得ないであろう。


俺は今、徳川家康という『怪物』と対峙している。

彼は言わば『時代の審判者』たる人物だ。

もし俺が、これから先、時代に必要ない存在であったとしたなら、彼は時代の歯車を容赦なく回し、俺の存在を史実通りに消し去ってしまうだろう。


そんな風に心の中でもやもやしているものを抱えていた時に、北政所の一喝は、俺の心を貫いた。


俺の父である豊臣秀吉の想い…

それが、

「全ての民が平和に暮らせる世を作る」

というものであり、それが時代の歯車に選ばれたものならば、俺がなすべき事はおのずと決まってくるのではないのか…


そこまで考えた時、俺の頭の中で、様々な可能性が溢れかえってきたのだ。


そしてそれこそ、俺が徳川家康という時代に選ばれし者と、対峙する資格を持つに至る道なのだと確信した瞬間であった。



「ちょっと、秀頼ちゃん。さっきから気持ち悪い笑顔を浮かべているようですけど、母の言う事をきちんと聞いておりますか?」


ん…?

そうか、俺は今「あの部屋」で、母である淀殿から説教を受けている最中であったのを、すっかり忘れていた。


「も、もちろんにございます!母上!」


慌てて思考を現実に戻して答える俺。

そんな俺を淀殿は容赦なく追い込むのであった…


「では、さっき母が申し上げた事を、もう一度繰り返してみて頂戴」


どの時代にも、この手の常套句は変わらないらしい。


「げっ…!」


と、思わず声を出してしまった俺を待っていたのは…


「では、この『器具』の使い方を教えて差し上げますね」


という淀殿の凍りついた笑顔であった。



◇◇

さて、そんな地獄の時間を終え評定に臨むと、天才軍師である黒田如水の仕切りにより、俺の味方を九州に求める作戦が決められた。


さすがは如水。

そのまとめ方や進行の仕方は流れるようで、俺は思わず見とれてしまう。

そしてこのまま評定はお開きになりそうな雰囲気が漂ってきたのだが、俺は必ずやらねばならぬことを、危うく忘れるところであった。


それは、今後彼らが俺とともに時代を歩んでいく上で、最も大事な存在意義について、俺の考えを述べることだったのである。


俺は少年らしく、飛び降りるようにして、座っていた異国の椅子から立ち上がると、大きく息を吸い込んだ。


この考えが正しいかなんて分からない。

そして、もし仮に正しかったとしても、それでも『時代の歯車』は俺を飲み込むことになるのかもしれない。


そう弱気の虫が騒ぎ出すと、俺は思わず、目をつむってしまう。


すると、幻影となって一度だけ現れた父太閤秀吉の姿が、頭の中に浮かび、「弱気になるな」と叱咤してくる。

そして、痩せたあざみの姿。

彼女はそれでも「あざみは、とうきちを応援しとる」と励ましてくれる。

俺は、俺がここにきたことで、出来ることをして、守るべきものを守ろう、そう心に誓った。


ゆっくり目を開けると、俺を見つめる六人の男たちの熱い視線が、目に入ってくる。

俺にとっては、彼らは憧れの星々であるが、彼らにとってみれば、俺は唯一無二の、いわば太陽のような存在なのだろうか。

その視線からは、俺の言葉を一言も聞き漏らすまい、という気迫のようなものまで感じられた。


俺は、ゆっくり息を吐き出し、もう一度吸い込むと、一気に語り始めた。


それほどまでに、緊張し、気合いを入れたのは、この宣言こそが、俺にとってみれば、『関ヶ原の合戦』のような、大舞台であるように感じられたからである。


「みなにこれからの豊臣家について話しておきたい。


知っての通り、蔵入り地も削られ、知行としては一大名とさして変わらぬところまで、落ちぶれてしまった。


それでもこうして、俺のもとに集まり、忠義を尽くしてくれることに、誠に感謝しておる。


ありがとう。


ただ、時代の流れや運命とは、時に残酷なものである。

いかに忠臣が、粉骨砕身の努力を重ねたところで、消えかけた火が再び灯るには、至らないであろう。

しかもその火を消そうとしているのが、稀代の英雄と名高い徳川内府殿なのだから、なおさらである。


昔の人が言う、諸行無常のことわりは、この豊家にとってもみても、避けては通れぬものだと思っておる。


しかしだからと言って、諦めて時代の流れに身を委ねてしまうほど、俺は素直な男ではない!


それは亡き父太閤秀吉がそうであったのと同じだ!


だから俺はこの時代の流れにあがなう為に何をすべきかを考えた。


そしてそれこそが、豊臣家、いや豊臣秀頼という男の存在意義であると確信したのである。


それを語るには、過去を振り返ねばならない。


源頼朝公が平氏を破り、鎌倉幕府を開いたときも、足利尊氏公がその鎌倉幕府を倒したときも、いつでも時代は、そこで必要とされる、すなわち日の本が前に進む為に必要な者を選び、その歯車を進めてきたように思う。


今、徳川内府殿は時代に選ばれようとしている。


それは彼の目標である、『天下泰平』を時代が選ぼうとしている何よりの証なのではないか。


ではわれら豊臣家は何を目標としているのか。


それは、豊臣家が亡き太閤殿下のご遺志を引き継ぎ、お家を守ろうとしているという、天下から見れば極めて小さな志にすぎないと思われるが、いかがであろう。


このままでは、いかに味方が増えようとも、いかに知行を取り返そうとも、時代に選ばれることはないだろう。すなわち、徳川内府殿に勝つことはかなわない。


そこで俺は考えた。


時代に選ばれる為に、俺が豊臣秀頼であるがゆえに、なすべきこととは何か…」


ここまで一気に話し終えると、ぐっと息を飲む。

みな固唾を飲んで、俺を見つめている。

加藤清正などは、既に涙を流し、石田宗應(三成のこと)も神妙な面持ちだ。


俺は持てる力を全て込めて語り続けた。


「それこそ『豊臣の世』を作ることだと、俺は考えたのだ!


豊臣の『臣』とは、『天皇家に仕える者』との意味であることは承知しておる。


しかし別では、『世の中の人民たち』という意味も持つと心得ておる。


すなわち、『人民たちを豊かにする』、この『豊臣』にはそういう意味があってもよかろう。

俺はそんな世の中を作りたい。


俺はこの時代にて過ごした短い時間の中においても、貧困にあえぐ農民たちを、この目で確かに見てきた。

そして、北政所殿から父である秀吉公の想いを、この耳で確かに聞いた。


その目と耳から得たものが、俺に問いかけるのだ。


お前でなくては出来ないことはないのか?と。


そして俺はある疑問に当たったのだ。

俺が持てる知識を活用し、今の民の暮らしを豊かに出来る手立てはないものかと。


それこそ、遠い未来から来た俺でしか、なし得ないことなのではないか…と。


すなわち、民を貧困から守り、生活を豊かにすることに、尽くすことこそ、俺がこの時代にいる存在意義なのだ、と結論に達したのだ。


人々を豊かにしていく豊臣の治世と、

天下泰平を目指していく徳川の治世…

時代の歯車がどちらを選ぶか、見ものではないか!


これで初めて、徳川内府殿の待つ土俵に立てた気がするのだ!


もちろん、理想郷を築いていくだけで、徳川に勝てるなどと、夢物語は抱いてはおらぬ。


つまり、一方では、味方を増やし、敵をくじく為の、軍備や調略は進めていきながら、一方では、領内で徳政を敷き、民が望む世を作っていく…


この二つをもって徳川と対峙していきたい!


方々!いかがであろうか!?」


俺の熱弁は、みなへの問いかけで終わったのだったが、それに対してしんと静まり返る一同。


しまった…

長すぎる話の割には、たいした宣言ではなかったのか…

と若干後悔と言うか、恥ずかしいと言うべきか、複雑な心持ちになる。


しばらく余韻に浸るように、沈黙が続く。

その間、俺の心臓は飛び出さんばかりに、大きな音を立てていた。


俺にとっては永遠にも感じるほど、長い時間…


すると大声で一人の男が笑い飛ばした。


「カカカ!こいつは面白い!豊臣の世か!言い得て妙ではないか!わしは気に入ったぞ!

そんな世を見てみたい!

いや、見せてくれ!

その為だったら、わしをこき使ってくれて構わない!

みなはどうか!?」


如水だ。

やはり彼が真っ先に俺に同意を示してくれたのだ。

しかも、場の空気を一変させるような、高笑いをもって。


すると堰を切ったように、熱い言葉とともに、次々と同意を示してくれた。


「おお!この主計頭!今まで以上に、殿下にお力を尽くします!

なんだか燃えてきましたぞ!」


「宗應も同じにございます。生まれ変わったつもりで、豊臣の世を一緒にお作りいたしたく存じます」


清正や宗應だけではなく、その場にいる全員が同意とともに固い決意を口にしてくれている。


「ああ…なんて俺は果報者なのだろう…

未熟者な主君にも関わらず、みな賛同してくれるとは…

ありがとう!ありがとう!」


と、俺は安堵感と感動に包まれ、涙を流しながら、一人一人全員に頭を下げたのだった。


しばしそんなやり取りが続いていると、如水が熱し過ぎた空気に、冷水を浴びせるように、俺に問いかけてきた。


「しかし、殿。

掛け声だけでは、どうにもなりませんぜ。

具体的にどうなさるおつもりで?」


その言葉に、濡らした頬を袖で荒々しく拭き、表情を引き締めた俺は、


「もちろん考えはある」


と、答えた。

そんな俺に、頼もしそうに口もとを緩める如水は、続きを求めてくる。


「そのお考えをお聞かせくだされ」


その問いを「待ってました」とばかりに、俺も口もとを緩めて、通る声で答えた。


「早速だが、今から当面の目標について述べさせてもらおう」


再び表情を引き締める面々。

もう走り出したのだ。

後には引けない。

グッと腹に力を入れると、俺は高らかに宣言した。


「民の生活を豊かにする為、まずは研究開発に力を注ぐことにする。


言わば、俺の号令のもと、日の本一の学府を作るのだ!


研究の対象は、農作物、農具、漁具、海運、医療そして鉄砲としよう!」


「な、なんと…」


これにはさすがの如水も驚いたようだ。

鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、俺を見つめている。

そして、俺はその様子を横目に、より具体的な指示を出した。


「ついては、宗應!」


と、宗應の方へ顔を向けて、力強く呼びかける。

それに反射するように、彼の切れ長の目が鋭く光り、彼は頭を下げた。


「はっ!」


「お主には、太閤御所の隣…すなわち、聚楽第跡地に、学府を作るよう命じる。

既に粗方構想はこの頭に浮かんでいる。

また、人足と必要な金銀は豊臣家より調達するゆえ、拡張を前提として、可能な限り年内をめどに書物庫といくつかの屋敷をたてるように、手配せよ。

その際、外観などは気にする必要などない。

よいな」


「御意にございます!」


「次に、全登!」


「はっ…!」


俺は声のした方をキョロキョロと見回し、全登を探す。

すると奥の方で彼の姿が目に入った。


「そちには、堺におるであろうフェレイラ神父を始め、医療に心得のある者たちを、その学府に招き入れるよう、口説き落とせ!」


「それがしに出来るでしょうか…」


伏し目がちに、答える全登。

彼は未だ宇喜多秀家を守れなかったことが、心の傷となっているに違いない。

俺はそんな彼を大きな声で叱咤激励した。


「お主は自分のことを低く見積もりすぎである。

バテレンの宣教師たちの中において、お主の影響力たるや、絶大なものである。

それは、この権中納言が保証しよう。

ついては、自信を持って望んでおくれ!

絶対にお主なら平気だからのう!」


その言葉に感動したように、顔を赤くしてうつむいている全登。そしてつぶやくように答えた。


「御意にございます… もったいなきお言葉、ありがとうございます」


そして彼にはもう一つ言っておかねばならないことがあったことを思い起こし、この場で指示することにした。


「それから全登。お主の家族は、大坂城で面倒を見よう。母にもそう申し伝えるゆえ、急ぎ家族を招き入れるがよい」


彼はキリシタン一家だったはずだ。


ただでさえバテレン追放令が出されている中で居場所に困る上に、敗軍の将の家族だ。

その行き先はかなり限定されており、困っていることだろう。

俺はその事を不憫に感じて、彼に手を差し伸べたのだった。


その言葉に全登の表情が固まる。

その彼に、如水が声をかけた。


「よかったじゃねえか。これで家族に辛い思いをさせることはねえぞ。殿の慈悲に感謝しろよ」


如水に肩を抱かれると、涙を滂沱として流し、顔を覆う全登。


「あ、あ、ありがとう存じます…

このご恩、一生忘れませぬ…」


と、絞り出すようにして答えるのが、精一杯だったようだ。


俺はその様子に満足し、彼の家族が幸せに暮らせることを願わざるを得なかった。


ちなみにこの決定が、この後の俺の人生に大きな影響を与えることになるのだが…


それはまだ先の話である。



そして俺は評定の仕上げに入ることにした。

そう、もう一人残された者への指示だ。


「吉治!」


「はっ!」


ようやく名前を呼ばれた大谷吉治が、跳ねるような軽い声で返事をした。

そこからは、待ちわびた指示がくることへの喜びが感じられた。


「そなたには、一つ書状を届けてもらいたい」


「はぁ…」


その簡単すぎるとも言える指示内容に、吉治はいささか不満そうに返事した。


それはそうだよな…


一方には「学府を作れ」やら「医療に明るい者を集められるだけ集めよ」で、 もう一方には「書状を届けよ」では、その重みが違っているととらえられても仕方のないことだ。

しかし俺はそんな吉治に、厳しい口調で続けた。


「この仕事は簡単なものではないぞ!

なぜなら、この書状の相手を、絶対に死なせてはならぬからだ。

これは厳命である!

見事にその命を救ったあかつきには、その者を大坂城に招き入れるがよい。

そしてこれは、お主でなくては出来ないと俺は思っている」


そう言われ、責任の重さを感じたのか、吉治は厳しい表情で答えた。


「御意にございます!」



よし…

これでひとまずは、全員への指示が行き届いた。


あとは、俺がすべき事を行い、その結果を待つだけだ。


そう思い、肩の力を抜いた俺は、全員に向かって熱を込めて言った。


「では、方々!くれぐれもよろしく頼む!」


全員の目が輝いている。

そして、声を合わせて、


「はっ!!」


と、短く返事をくれた。


俺はこれまでにない手応えを感じていた。

そしてそれこそ、もはや追い込まれてしまった鼠のような状況にある豊臣家の逆襲を告げる時なんだと、ようやく思えたのである。


「いよいよだ。いよいよ、始まるんだ!」


そうつぶやいた俺の言葉に、その場にいる全員が力強くうなずき、俺の部屋を熱気でこもらせるのであった。



少しくどく感じられたかもしれませんが、重要な場面でしたので、ノーカットで書かさせていただきました。


次は、大谷吉治の書状の行方の話になりますが、その前に、幕間と人物紹介を挟みます。


これからもよろしくお願いします。


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