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秀頼と家康…対決の始まり②試験

慶長5年9月18日――


とある三人の武将が大坂城に入ったのは、徳川家康が大坂城に到着する三日前のことであった。


そして今、その三人と俺は、大坂城の俺の部屋にて、初めて顔を合わせている。


そこには淀殿と千姫はいない。


なぜなら俺は、彼女と千姫の前だけでは、「元の豊臣秀頼」でありたかったからで、その他の者たちに対しては、彼女たちとこの大坂城を守る為には、例えこの身が怪しまれようとも、容赦なく「史実を知っている者の特権」をもって対峙しようと覚悟を決めている。


彼女らに対して、片桐且元から「絶対に俺の部屋には入らぬように」と申し付けさせたのは、昨日俺を見捨てて、あの場を去った報いを受けさせたかったからだ。


恐らく今頃彼は、千姫と淀殿の「秀頼となぜ顔を合わせてはならぬのか」という詰問に真っ青になりながら、対応していることだろう。



そして、彼女たちだけではなく、三人を招き入れている間は、この部屋に誰も通さないように、七手組にきつく申しつけておいたのである。


「よくぞ来てくれた。この権中納言、まずは感謝を申し上げよう」


俺は三人を座らせ、自分もその前に腰を下ろすと、そう頭を下げた。


「殿下!頭を上げてくだされ!この加藤主計頭、殿下の為なら、たとえ火の中であろうとも駆けつけるは必定!

ましてや、殿下自らの書状を受け取ったとなれば、それを無視して九州で留守を続けるなど、拙者には出来ませぬ!」


そう大きな声で言うと、俺の頭を起こそうと身を乗り出してきた大男こそ、加藤清正である。

彼の真っすぐな忠義心は、後世に伝わる通りのものであるようだ。


その熱意のこもった言葉に、俺は不覚にも思わず涙してしまった。


「ああ… 俺はなんて幸せ者なのだろう… このような忠義者たちに囲まれる日が、こんなに早く来るなんて… これも全て亡き父の人徳がゆえ。この権中納言、お主らの忠義に応えねば、父に申し訳がたたぬ」


「殿下…その言葉だけで、十分にございます!この主計頭、これからも獅子奮迅の働きで尽くします!」


そんな清正と俺の「熱い」やりとりを、存外冷めた目で見守っていた一人の男が、割り込むようにして、口をはさんだ。


「ところで殿下…いやまだ天下人でない以上は、殿と呼ぶのがふさわしいですかな… このわしらへの書状は、誰が書いたものですかな?この如水、それが聞きたくここまではせ参じた次第にございます」


そのように口では笑いを浮かべているが、鋭い目を向けて問いかけてきたのは、黒田如水である。そして俺の目の前で、書状を取りだし、床にそれをおいた。


俺は隠すこともないので、素直に答える。


「そこに控えておる霧隠才蔵という者じゃ」


ふと、三人が俺の背後に目を向けると、いつの間にそこに一人の男が直立していたのだから、驚くのも当たり前の話だ。

三人とも目を見開いていたが、三人が三人ともただ者ではない事を示すように、すぐに元の表情に戻す。


如水は質問を続けた。


「ふむ… ではそこにおる霧隠殿が、この書状の内容も全て考えた…ということですかな?」


鋭く切り込む如水。


しかし、くどいようだが、俺の覚悟は既に決まっているのだ。

何の躊躇もなく、答えた。


「いや、全て俺が考えたものである」


この回答には、先ほど才蔵を見た時以上に三人を驚かせたようだ。

特に如水にいたっては、額に大粒の汗まで浮き上がらせている。


そして…


核心をつくような、端的な質問を俺にぶつけてきた…



「お主は何者だ?」



そしてこの答えも、もう決めている。


俺が何者なのか…その答えは一つだ。



「俺は豊臣権中納言秀頼である」


「いや、待て!そういう事を聞いているのではない!」


そう口を挟んできたのは清正の方だった。


「はて?主計頭、俺は何かおかしい事を申しただろうか?」


「殿下!それは通りませぬ!弱冠七歳の殿下が、このような書状を作るなど、信じられませぬ!

どなたなのですか?殿下を裏であやつっているものは!?

この主計頭!断じてその輩を許しはいたしませぬ!」


と、清正は鼻息を荒くして、俺に詰め寄った。

敵意がないのは分かってはいるが、「鬼」とも称された加藤清正に詰め寄られると、その迫力に思わず顔がこわばる。


さすがに、加藤清正と黒田如水を前にして、しらを切り続けるのは、無理か…


そう観念した俺は、本当の事を話すことにした。


亡き太閤秀吉が、その命を落とす間際に、怪しげな女に「二番目に大切なもの」と引き換えに、俺の「中身」を代えさせたこと。

そしてその「中身」は、遠い未来からやってきた十七歳の少年であること。

もちろん未来に何が起こるかは知っているが、それを話そうとすると呼吸が出来なくなること…


そしてこの事を知っているのは、真田信繁ただ一人であること…


話をしている間の三人の表情はそれぞれであった。


一人は顔を赤から青に変え、ついには涙を流す。

一人は始めは驚いていたが、愉快そうに笑みを浮かべてうなずいている。

そして…俺の知らないもう一人のいかにも屈強な老人は、ほぼ表情を変えない…


俺が話終えた後、一番最初に声をあげたのは、加藤清正であった。


「ううっ… ここにいるのは、もう拙者の知っておる殿下ではないということなのですね… ああ… 拙者は仕えるべき主人を失ってしまったのか…

これから先、誰に忠誠を尽くせばよいのだ…」


そう嘆き、悲しむ清正。


俺はかけるべき言葉を失っていた。

なぜなら、清正の言い分はもっともだ、と感じていたからである。


自分が忠誠を尽くしてきた相手が、すでに「中身」が全く異なる人間だとしたら…


それは悲嘆にくれても仕方あるまい。

俺は急速に加藤清正が俺のもとから離れていくのを感じる。


もう彼を味方につけるのは無理なのか…


そんな風に考えていた、その時だった。

清正を、横で笑い飛ばす者がいた。


如水であった。


「カカカ!これはしたりかな、虎之助!」


いきなりそう言われて、流した涙をぴたりと止めた清正は、少年がむくれるように、如水に言い返した。


「軍師どの!それは心外にございますぞ!軍師どのは、殿下が殿下でなくても、忠誠を誓えると申すのか!?」


もっともな理由で反論する清正。

しかし如水は、即座に返した。


「ではお主に尋ねるが、お主は「前の」殿のことをどれだけ知っている?

どんな性格であったか?

好きな食べ物はなんであったか?

口ぐせは?

どうじゃ?答えてみよ!」


その問いに言葉を詰まらせる清正。

すると如水は続けた。


「知らなくて当然じゃ。ほとんどお会いしたことすらないのだからな。わしなんか殿が産声を上げた翌年の年賀で一目お目にかかった時以来かもしれぬ」


「しかし…だからといって、どこの馬の骨とも分からぬ者に、忠義を尽くすなど…」


「虎之助、お主は固いのう…その辺は佐吉にそっくりじゃ」


石田三成と似ていると評されて、あからさまに顔を赤くする清正。

しかしそんなことなど気にも留めずに、如水は続けた。


「虎之助…では少し見方を変えて聞くぞ。

お主は、太閤殿下の大恩を忘れたわけではあるまいな?」


その問いかけに、清正は激昂すると、立ち上がって足を踏み鳴らした。


「軍師どの!!言っていいことと、言ってはならぬ事がありますぞ!今の問いは、拙者を侮辱したも同じ!いくら軍師どのでも許せませぬ!」


それでも如水は全く動じずに、座ったまま、清正を見上げて続けた。


「カカカ!すまぬ、すまぬ。怒らせる気など毛頭ない。では、次の問いじゃ。その太閤殿下が、例え『中身』を変えてでもお守りしたかったものを、お主は『守れぬ』と申すのだな?」


その問いかけに、清正の顔色が再び青に変わった。

言葉を失った清正を、如水は畳み掛ける。


「それに…太閤殿下に最後にお会いになった時に、お前は何を頼まれた?言うてみよ」


「秀頼公を頼む…と…」


「もう答えは出たのではないか?お主が亡き太閤殿下の大恩に報いる為にすべき事が…」


その如水の言葉に、何かを決意したように、口元を引き締めると、俺の目の前に腰を下ろし、額を床につけた。


「殿下!先ほどのご無礼、どうかお許しくだされ!この加藤主計頭清正、心をあらたに殿下にお支えいたしますゆえ、どうかお許しを!」


曲がったことが許せず、しかし自分に非があれば、すぐにそれを直し、謝る…


接したことはないが、豊臣秀吉という偉大な人物が、残したものが、確かにそこにはある気がした。

それは、先の福島正則にも同じものを感じた。


そして、石田三成にも…


俺はそんな彼らの「星」となって輝くことが出来るのだろうか…


そんな事など全く分からない。

でもやるしかないんだ。

それは、自分が守りたいものを守り抜く為には、彼らの力が絶対に必要だからだ。


そして、俺は今、さながら「試験」を受けているような心地だった。


それは俺という人間が、この後、彼らが力を貸すに値するものなのか…そう問われている気がしてならないのだ。


その第一関門は、如水の援護もあって、今乗り越えられそうなところまできている。


ならば、ここが勝負どころだ。


俺が出来る精一杯の誠意と、本音をぶつけよう。


俺は彼を真似るように額を床につけ、


「主計頭殿!どうかこの通りである。必ずお主が忠誠を尽くすに相応しい男になってみせる!

どうかしばらくの間は、亡き父上への恩返しのつもりで、この権中納言に力を貸してくだされ!」


と、大声で懇願した。


まさか天下にその権勢をふるった太閤秀吉の忘れ形見が、床に額をこするとは、みな想像していなかったのであろう。


清正だけではなく、如水とその隣の老人まで思わず体を動かしているのが、床が大きく震える音で分かった。


「殿下!!」


大声で俺に呼びかけた清正は、俺の肩を優しくつかんで、頭を上げさせた。


清正と俺が向き合う形になる。


彼の瞳には炎のような熱い決意がうかがえる。

俺もそれに応えるようにして、強い視線を彼に送った。


それは、豊臣七星の一つが、その光をこうこうと携えた瞬間であった。



さて、では次の「試験」か。



そんな風に俺が気持ちを切り替えるのを待っていたかのように、如水は俺に尋ねてきた。


「殿はこの先、どうするおつもりで?」


「どう…とは?」


「何を目指して生きていかれるおつもりですか?」


そんなことは決まりきったことだ。


「俺は、俺が守るべきものを守りたい」


「ほう…それはなんでございますか?」


「亡き太閤殿下の残してくれたものだ」


「ふむ…具体的には?」


「この大阪城からの眺めと、家族…そして豊臣家そのものだ」


そう答えると、如水はニヤリと笑みを浮かべ、再び避けては通れない質問を投げかけてきた。


「もはや天下は徳川殿の手に移りつつある。

そんな中、殿はどうやって、それらを徳川殿から守るおつもりで?

懐柔…

恭順…

それとも…

対抗… いずれですかな?」


やはり徳川との今後の付き合い方を突いてきた。

如水としては「抵抗」を選んで欲しいのだろうか…

その単語だけ少し力んでいたような気がする。


しかし俺は本心で答えることにした。


「臨機応変…になると思う。相手の出方次第」


その答えは予想していたのだろう。

如水は即座に次の質問に移った。


「では『仮に』、相手が牙を向いて襲いかかってきたら、どうするおつもりで?」


「守るべきものの為なら、その牙を抜くまで、徹底的に戦うつもりだ」


如水の笑顔が口もとから顔全体に広がる。


「カカカ!良いぞ、その心意気!では、次じゃ。

もし相手がどちらかが倒れるまで、勝負を挑んできたらどうなされますかな?」


俺は瞳に強い決意をのせて、答えた。


「くどいぞ、如水殿!亡き父上の遺したものを守るためなら、鬼にもなろう!敵が潰しにかかってくるなら、こちらが相手を潰すまでよ!

売られた喧嘩を放っておく程、豊臣は落ちぶれてはおらぬ!違うか!?如水殿!」


自分でも驚くような、透き通った響く声で、高らかと宣言した。


それは、徳川が豊臣を潰しにきたら、逆に徳川を潰しにかかる、という宣言ともとれる、大胆な発言であった。

目の前の三人だけではなく、背後の才蔵まで驚いているのが、雰囲気で分かる。


「カカカ!気に入った!その考えにわしは乗るぞ!

わしは亡き太閤殿下と夢を見て走ってきた。

その夢を今度は守るために走る…

しかも相手はあの徳川!相手にとって不足なし!

これほど胸が震えることはない!」


そう話す如水の顔は、とても老人のそれとは思えないほど、活き活きしている。


如水という男は、根っからの「軍師」なのだろう。

しかも自分で言うのもおかしいが、彼の胸を震わせるのは「弱きを助け、強きをくじく」舞台なのだろう。


そして彼の課した俺への「試験」は、俺に「強きに歯向かう覚悟があるか」というものだったに違いない。


そして…最後の一人。

白髪の老人だ。

しかし背筋は伸び、瞳からは強い光をはなっている。


只者ではないことは、明確なのだが、果たして誰なのであろう…

そして俺は、この老人の期待に応えることが出来るのだろうか…


俺があれこれ考えているその間に、如水が老人に問いかけた。


「さて、桂殿はいかがいたす?」


と、横の老人に声をかける。


「ふむ…では一つだけ、考えをお聞かせいただきたい」


桂殿だって…

まさか…


俺は一人の武人を頭に浮かべながら、質問を許すべく、うなずいた。


「権中納言殿は、この大坂城が大軍に攻められたら、玉砕覚悟でうって出ますか?それとも城と運命をともにいたしますか?」


「おいおい!桂殿!そんな事があってたまるか!」


と、清正が口を挟む。

彼にしてみれば、天下の豊臣家を象徴するこの城が、大軍によって囲まれるなど、想像もしていないのだろう。


しかし実際にそれは近い将来起こることだ。

もし全てが史実の通りなら…


そしてその答えも、もう決まっている。


「俺が守るべきものの一つが、この大坂城だ。ついては、大坂城の行く末を見ずして、自分だけ戦場の華となるわけにはいかない…つまり、最後まで城とともに戦うぞ!」


その答えを聞いて、桂殿と呼ばれた老人は、顔をほころばせた。


「うむ!わしも何か燃えてきましたぞ!この桂広繁、豊臣権中納言殿をお助けいたそう!この齢で、最後に奉公すべき人と出会えた事を、天に感謝せねばなりますまい」


やはりそうだ!


城主が相手方に寝返っても、一人で徹底抗戦を続けて城を守った伝説の武人…


「桂広繁殿だったのか!!これは失礼した!おお!城を守らせたら天下一の男が、俺に力を貸してくれるとは!」


俺の驚きで輝かせた瞳を見て、広繁の方が余計に驚いたようだ。

彼は照れるようにうつむいて、


「それがしを買いかぶりすぎでございます」


と、小さな声で恐縮している。


それを見た如水は、非常に満足そうな笑みを浮かべていた。


そして、


「カカカ!これは広繁殿を連れてきたかいがあったわい!よし!我ら三人は、殿にお味方しますぞ!

これからよろしくお頼み申す!」


と、如水が頭を下げると、つられるようにして、残りの二人も頭を下げるのであった。


築城の達人…加藤清正。

軍略の達人…黒田如水。

守備の達人…桂広繁。


三人の「試験」はこうして幕を閉じた。


いよいよ俺の戦いが始まろうとしている。


そして俺は高らかと切り出した。


「では早速これから『軍議』を始める!」


その宣言に、如水が首をかしげる。


「はて?戦など起きておりましたかな?」


俺はその問いに、ニヤリと口もとを緩めて、三人を見回した。


「ああ… 早速、これからすぐに、でかい戦が待っておる」


「はて?ますます分かりませぬが…」


三人とも困惑を隠せないようだ。

そして、俺はその答えを告げる。


「徳川内府殿との会談だ。これこそ、この権中納言の『初陣』と言えよう!」


如水だけは、その重要性に気付いたようだ。


「兵と兵がぶつかり合うことだけが戦ではござらぬ、外交もまた戦、ということですかな?殿」


「さすがは如水殿!その通りである。では始めるぞ。

内府殿相手の『戦』。相手に不足はあるまい!」


こうして、きたる家康との会談に向けての準備が始まる。


あと三日…


何よりも先手が重要だ。


この場にいる全員が、家康迎撃に向けて心に火をともした瞬間であった。



次回から、展開を一気に動かします。



お楽しみになさってください。


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