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秀頼と家康…対決の始まり①仕置き

完全に「幕間」でございます。

肩の力を抜いてご覧くださいませ。

◇◇

慶長5年9月17日――


関ケ原を発って三日後、俺は大坂城に帰ってきた。

すでに西の丸から毛利輝元は発っていたらしく、もぬけの殻となったその場所は、次来るべき人を待っていた。


言わずもがな、徳川家康である。


もし史実が一日早くなっているとするならば、あと四日後に、新たな西の丸の主人はやってくる。


そして…



俺…豊臣秀頼と対面することになるのだ。

俺がこちらの世界にやってきて初めての彼との対面だ。


そこがこの後の俺の、豊臣秀頼としての人生の進むべき道を決めるであろう。


それには見極める必要がある。


家康が敵か味方か…


その為にはどんな情報が必要なのかは、これからしっかりと考えることにしよう。



とりあえず…

久方ぶりに帰ってきたのだ。


自分の寝床で、ゆっくりと休みたい…


そんな風に肩の力を抜きながら、そびえ立つ大坂城の天守閣を下から見上げるのだった。


この後に待ち受ける「地獄」など、つゆとも知らずに…


◇◇

「おかえりなさいませ、殿下」


そう俺を迎え入れてくれたのは、片桐且元であった。


「ふむ。出迎えご苦労である。しかし、お主… 顔色が優れないようであるが…どこか調子でも悪いのではないか?」


と、俺は、なぜか顔色が白く、唇が紫色の且元に問いかけた。


「い、いえ… ご心配にはおよびませぬゆえ…」


「そうか…ならばよいのだが… そうだ!これを煎じて飲むとよい。効くぞ」


と、俺は林蔵主のじいさんから餞別として頂いた「特製の薬湯の素」を且元に渡した。


「は、はぁ…ありがたき幸せにございます」


「ふむ!なにか分からぬが、お主はまだまだ若いのだ。元気を出せ」


と、俺は上機嫌に且元の背中をバシバシとたたいた。

無論、背が低いので、彼の腰のあたりをたたいたのだ。


この時もまだ俺は気づいていない。


なぜ且元の顔色がここまで悪かったのか…


そして俺は、もう一つ命じた。


「この花をいけて、俺の部屋に置いておいておくれ」


「御意にございます」


と、且元に(あざみ)の花束を渡した。


あ…言い忘れたことがある。

しかし、それはもう遅かったようだ。


「いったぁぁぁい!」


俺が忠告する前に、薊の鋭いトゲが且元の指を無惨にもつきささったのだった。



「すまぬ、東市正。忠告するのが、ちと遅かったようだ」


と、俺は素直に頭を下げる。

それを涙目で見た且元は、


「い、いえ。拙者の方こそ、何も聞かずに受け取ってしまったのがいけなかったのです…殿下のせいではございませぬ」


と、かえって恐縮してしまうのだから、この律儀さはたいしたものである。



さて、そんなやり取りをしているうちに、且元の背中を追っていた俺は、とある事に気付く。


「ところで… これはどこに向かっているのだ?」


その問いかけに、ちらりと俺の方を振り向く且元。

その顔からは完全に血の気が失せている。


俺はその顔を見て悟った。



これは「罠」だ…



何者かが、巧みに俺を死地へと追い込んでいる…


俺は身の危険を察知し、ここから逃げることにした。

その為には、なんだってしてくれよう!


「あっ!あんなところに美女がおる!」


と、とても七歳とは思えない、古典的な引っ掛けを且元に仕掛けた。


「なっ!なんですと!?どこです!?殿下!」


ふむ、なかなか単純な男である。


且元が、周囲をキョロキョロとしている隙をついて、素早く振り返った俺は、全力で来た道を駆け出した。


七歳の体力だ。


それは底知れぬものである。

俺はうる覚えではあるが、自分の部屋へと続く道を探そうと、まずは入り口まで戻ることにした。


しかし…


その時…


凄まじい速度で背中から追い掛けてくる音がしたと思うと、俺の首は見事につかまれた。

しかも、その力は「絶対に逃がさん!」という気迫がこもっている。


「ぐぬっ…離せ!この権中納言をなんと心得る!?」


と、俺はここでも「権中納言」の威光を利用して、抜け出そうとした。


しかし…それには相手が悪かった。


「権中納言殿下… 身分は高くても、人の子であることには変わりませぬ」


その声は… まさか…


聞き覚えのある声だ。

しかし俺の聞いたそれとは、はるかに異なる低いもので、そこには確かに殺気をまとわせている。


その声は続けた。


「ゆえに、親として、悪さをした子には仕置きをせねばなりますまい」


俺は、そろりとその声の持ち主の方へと振り返った。


………


……




淀殿だった…




白い足袋を履き、赤い袴と軽装にたすきを掛けて、額には鉢巻を巻いている。


「は、母上… その格好は、戦にでも出られるのですか?」


「あら?さすがは殿下。その慧眼に母は驚きです」



なんだ?本当にどこかに行くつもりなのか…



さすがにそれはないよな…

では、淀殿の指す「戦」とはなんだ?


次の瞬間、俺はその「相手」が何者であるか閃いた。

それは、もちろん…


「ふふふ。戦と言っても、一方的な『蹂躙』になりますけど…秀頼ちゃん」


「ぎゃぁぁぁぁぁ!!片桐殿!お助けを!」


俺は近くにいるであろう且元に助けを求めた。


且元は…


ちらりとこちらを見るなり、頭を一つ下げて、早足でどこかへ行ってしまった…


「おい!待て!片桐!この不忠義ものぉぉぉぉぉぉ!」



そして…


俺が連れてこられたのは、一室の暗くてかび臭い部屋であった…


「は、母上?ここは何の部屋にございますか?」


俺は嫌な予感しかしないその不気味な部屋について、淀殿にたずねる。


「ふふふ。慌てなくてもすぐ分かるわよぉ。怖がってる秀頼ちゃんも可愛いわぁ」


先ほどの能面のような凹凸のない声とは全く異なる、妖艶さを醸し出す声…

とても同じ人とは思えない…


なんなのだ… この母は…


そんな恐れを抱いて、おののく俺をしりめに、淀殿は窓の方へと足を運ぶと、勢いよくそれを開いた。


「うぅっ…」


突然部屋の中へと入ってくる外のまぶしい光が、俺の目をくらませる。

そして、ゆっくりと瞼を開けると、そこに飛び込んできたのは…



様々な「武器」が所せましと並べられた棚であった…



しかもその棚も一つではない。

さながら大きな書棚のようなものが、十や二十ではきかない数並んでいる。


「な…なんなのだ… ここは…」


開いた口がふさがらない…


俺は現実的にその状態を体験することになるとは思ってもいなかった。

壮大な光景と、鋭い刃物が並ぶ威圧感に、腰をぬかしそうになる。


「きゃはは! すごいよね!すっごいよね! ここは、お猿が作った武器庫らしいよ! やっぱりお猿はただ者じゃなかったのよ! きゃはは!」


今度は少女のような高い笑い声で、亡き太閤を「お猿」と揶揄する淀殿…


目の前の無数の武器も怖いが、この七変化の淀殿はもっと怖い。


俺は淀殿の方に顔を向けないようにしながら、ただただ震えていた。

すると背後から「ぬっ」と顔を出してきた淀殿が、そっと耳元でささやいた。


「じゃあ、始めましょうか… お仕置き。 同時に、亡き太閤殿下が集めた、異国の『拷問』用の道具の使い方も、この母が教えてあげますゆえ… ふふふ」



「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!」



こうして、淀殿による「お仕置き」という名の「実践講義」が幕を開けたのだった…



◇◇

「ああ… さんざんな目にあった…」


淀殿の「お仕置き」はあの後、半刻(1時間)にわたり、俺はようやく解放され、自分の部屋に戻ってきた。


拷問器具で傷つけられはしなかったが、たっぷりと脅しをかけられて、反省の弁を述べさせられると、「最後に現れた」淀殿によって、「もう母に心配をかけさせないでおくれ」と泣きつかれたのだ。


しかしあの七変化は、一体なんだったのだろうか…


明らかにまともな精神状態とは思えない淀殿の様子が、どんな拷問器具よりも、俺の心を恐怖に震わせたのだった。



「今日はもう疲れた…」


そう独り言をつぶやくと、俺は寝床である「ベッド」の上に、ぼふっと、うつ伏せになって寝そべった。


ふと枕のそばに立てられた花入に目がいく。

そこには俺が且元に渡した薊の花が活けられていた。


「あざみは元気にやっているかな…」


彼女と別れてから三日しか経っていないが、なぜか遠い昔のように感じられる。

そして、目の前の紫色の花を見ていると、彼女の愛くるしい笑顔が浮かんでくるようで、俺の表情も思わずほころんでしまうのだった。



「なぜそのように嬉しそうな顔をされているのですか?殿」


「なぜって…そりゃあ、あざみの笑顔を思い出すと、思わず笑みがこぼれてしまうんだ…なぜだろうな…自分でもよく分からん」


ん? 今の問いかけは俺自身の心の声かと思っていたのだが、なんだろう…

この感じは…

実際に頭上から声が聞こえた気がする。

まあ、疲れと先ほどの淀殿の恐怖による、一種の幻聴のようなものだろう。

俺は無視して、薊の花を見つめ、疲れた心を癒すことにした。

すると、再び頭上から声が聞こえた気がした。


「ふ、ふーん…その『あざみ』というのは、おなごの事ですか?殿」


「当たり前だろ。あざみは可愛いおなごに決まってるだろ」


「か、か、か、可愛いですと…」


どうにも頭の中の「人」としては反応がおかしい、俺はちらりと頭上に視線を移す。



そこには、ふるふると怒りに震えた、少女の顔があった。



………


……



ああ…これは見なかった方がよかったものだ。

そう考えた俺は、そっと視線をもとに戻す。


「さあ…今日はもうこのまま寝てしまおう」


と、何も見なかったことにして、そのまま顔を、異国の柔らかな枕にうずめた。


しかし、俺の「見なかったもの」は許しはしなかった。


いきなり背中に強い刺激を感じたと思うと、その「見なかったもの」は俺に馬乗りになって、背中や頭を殴りつけてきたのだ。


「むぅぅぅ!!殿のばかぁぁぁ!!千がどんな気持ちで、殿を待っていたのか、知りもしないで!」


「ぐわぁぁぁ!!やめろ!痛い!痛い!」


俺はうつ伏せのままだと、抵抗が出来ないと思い、必死に仰向けになる。

しかし、それがまずかった…


「秀頼様なんか、だいっきらいじゃぁぁ!!」


どこかで聞いたその台詞…

そしてこの展開は…


そう俺が思った瞬間、


ドゴォォォン…


千姫の右の鉄拳が、俺の顎を打ち抜くと、あまりの衝撃にそのまま気を失った。


恐るべき三歳児だ…さすがは天下の徳川家の血を引くだけある…


………


………



俺が、目を覚ました頃には、既に夕暮れを迎えていた。


まだ顎がじんじんと痛む。

むしろ千姫の拳は大丈夫だったのだろうか、と思ってしまうほどの衝撃であった。


ふと、枕の先にある花入の方へと目をやる。


そこには…



薊の活けてある花入の横に、別の花入に黄色や白の色鮮やかな花が大量に活けられていた。

そして、その竹の花入には、大きな字で「千」と書かれている。


それを目にした時、


「ああ… 帰ってきたんだな…」


と、懐かしくて暖かい気持ちに包まれた。



「殿下、夕げのお時間にございます。淀殿がお呼びです」


部屋の外から、そう俺を呼ぶ声がする。


「うむ。今行く」


と、返事をすると、自分でも驚くほどに軽い足取りで、淀殿と千姫が待つであろう、その場所へと向かったのであった。



◇◇

翌日――

慶長5年9月18日――


俺に対して、驚くべき来訪者たちが、この大坂城に到着した。


そして、この来訪こそが、徳川家康と俺との長きにわたる戦いを決定的に後押しすることになるのだが…



さて、「来訪者たち」とは、果たして…

と、いっても大方の予想通りにございます。


どうぞこれからもよろしくお願いいたします。

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