もう一つの関ヶ原④秀頼の逆襲劇
「そ…それは…まさか…」
俺の刀を見て驚愕に色を失った福島正則が平野茂吉から、それを奪い取る。
しかしそれは、荒々しいものではなく、まるで珠を扱うかのごとく、丁寧な手つきだ。
「こ…この刀は… 小僧… どこでこれを手に入れた…?」
正則は恐らく気付いているのだろう。
その刀が豊臣家に伝わるものであることを…
そしてそれを持つ者の意味も…
しかし、彼はどうやら俺がかすめ取って逃げてきたとでも疑っているようだ。
その目つきは鋭く、気に食わぬことがあれば斬り捨てられそうなほどの殺気を発している。
一方の俺はこの時すでに、とある覚悟を決めていた。
もう、なりふりなど構っていられない。
ここで俺によくしてくれたあざみや蔵主のじいさんを守れなくて、どうして大坂城が守れよう。
そう…俺は「覚悟」を決めたのだ。
「何も知らない少年」を捨てることを…
俺は一歩正則に近づくと、ぐっと顔を上げ、彼にきつい視線を送る。
「どこで手に入れた…だと? そんなこと決まっておろう。亡き父上からさずかったのだ」
「そ…そんな…なぜ…」
俺の毅然とした態度に、急速に殺気をなくしていく正則。
その額からはみるみるうちに、玉のような汗が浮かんできた。
もしかしたら、この泥だらけの顔からも、豊臣秀頼の面影を感じているのかもしれない。
それでも確信が持てないのか、目は泳いでいるが、俺のことを立ったまま見下ろしている。
頃合いを見て、俺は止めを差すことにした…「言葉」で。
「ええい!頭が高いぞ!左衛門大夫!! お主はこの顔を忘れるほど、不忠義者であったか!!」
その一喝の瞬間、条件反射のように、彼は大慌てで膝をつき、その額を地面にこすりつけた。
「も、申し訳ございませぬ!!この左衛門大夫! 一生の不覚!まさか殿下とは気付きもせずに…」
その様子に訳が分からず、ぽかんと口を開けたまま立ちつくす茂吉たち雑兵の三人。
それはそうだろう、つい先ほどまで、その圧倒的な威圧感で、周囲を恐れさせていた大将が、一人の少年を前にして、汗を垂らしながら、最敬礼をとっているのだ。
誰が見ても異常な光景である。
俺はニヤリと笑みを浮かべた。
驚くのは早いぞ…
俺の逆襲はこれからだ。
俺は大切なものを守る為なら、何でも使ってやる。
「戦のならわし」とて、変えてやる。
例え「汚い」とののしられようとも…
俺はずかずかと正則に近づき、その顔の目前に自分の顔を近づけて、小声で言った。
「そこに無礼者が三人ほどいるようだが… まさか、お主の兵ではあるまいな?」
その言葉に顔を上げた正則が、慌てて茂吉たちに絶叫した。
「おい!てめえら!この方をどなたと心得る!! かの太閤豊臣秀吉公のご子息にして、天下の後継人であられる豊臣権中納言殿下その人であるぞ!!
何を突っ立っておる!早く座れ!」
目玉が飛び出るほどの驚き、というのは今の茂吉の様子のことを表しているのだろう。
彼は驚愕に口をぱくぱくと開けたり閉めたりさせたまま、まるで尻もちをつくように、その場に座り込んでしまった。
急いで、その他の二人も膝をついて座った。
まずは制札の件だ。
あざみたちの身の安全を確認せねばなるまい。
俺は再び立ち上がると、正則を見下ろしたまま、大きな声で告げた。
「左衛門大夫!お主に問おう! お主は誰に仕える身か!?」
「もちろん今ここにいらっしゃる殿下にございます!」
「では聞こう! この権中納言が、戦の勝ち負けだけで、狼藉を容認する愚か者とでも思っておるのか!?それでもお主は胸を張って天下人の後継ぎなる権中納言に仕える忠義者と言えるのか!答えよ!左衛門大夫!」
「い、いえ!」
「では、即刻すべきことがあろう!」
正則はすぐには思いつかないようで、目を泳がせ、俺の顔から視線をそらしている。
この機転の利かないところを、徳川家康はいいように利用しているのだろう。
もっとも、今ここにいる俺もそんな彼を利用しようと考えているのだが…
正則は絞り出すような声を出した。
「も、申し訳ございませぬ… それがしは何をすべきなのでしょう…」
「こののろまめ! そんなことも分からぬのか!?今すぐ、ここにいる村人に対して狼藉を許さぬ触れを出せ!そしてそれを制札とせよ!
この村だけではないぞ!全ての村に対する狼藉はこの権中納言が許さん!つまらぬ戦の定めで、民を苦しめる輩は、天下の不忠義者と、こころがけよ!!」
正則は、はっとした表情を浮かべて、頭を低く下げた。
「ははーっ!! 御意にございます!!」
これであざみや蔵主たち村人が、傷つくことはないし、食料や金品が奪われる心配はないだろう。
そして少なくとも正則の軍が通る村人たちが襲われることはあるまい。
しかし、俺は一つの事をやり終えた達成感に浸ることなく、続けて正則を言葉でつめる。
「もう一つある! この『隠畠』のことだ!」
「はっ! 『隠畠』は禁じられているゆえ、燃やすのはもっともかと!」
俺は正則の言い分に対して、さらに声を大きくして、もはや叫ぶようにまくし立てた。
「たわけが!! この畑は亡き織田信長公自ら命じて作らせたものであるぞ!知らなかったとは言え、それを『燃やせ』と申すとは、無礼千万!!」
この言に顔をさらに青くする正則。
「も、申し訳ございませぬ!!」
俺は彼の顔に自分の顔を近づけて、声の調子を落として続けた。
「それにここに生えている薬草で作った薬湯で、この権中納言は救われたのだぞ… そんな、織田と豊臣にゆかりのある畑を、お主ごときの一存で燃やせると思っておるのか?」
「い…いえ…それは…」
さすがの福島正則といえども、俺の恐喝に近い言葉の連続にだいぶ弱ってきたようだ。
俺は頃合いと見て立ち上がり、高らかと告げた。
「しかし、亡き太閤の命を守ろうとする左衛門大夫の心意気は、実に天晴れである!」
その言葉に、まるで鞭をさんざん打たれた後に「飴」を与えられた後のような、喜色を浮かべて正則は俺の顔を見る。
それに俺も笑顔で応えて、一つ提案した。
「では、こうしよう!
そこに建つ廃寺を、この権中納言が借り受け、再建することとする!
そしてこの畑を寺の所領と定め、この地を治める竹中殿が、手厚く保護するように手配せよ。その仲介を左衛門大夫がいたせ!」
「は、ははーっ!!」
「この地と寺を守るのは引き続き、ここにいる林蔵主殿とする!それでよいな?蔵主殿」
俺はちらりと蔵主のじいさんの方を向いた。
もはや放心状態の蔵主は、ただうなずくことしか出来ないようだ。
ならばもっと驚かせてやろう。
「なお、権中納言はこの借り受けにつき、2万石を、蔵主殿に支払う!」
「に、に、2万石ですとぉぉぉ!!?」
思わぬところから声が聞こえたと思うと、それは茂吉からであった。
見ると正則も蔵主も驚愕に言葉を失っているようだ。
それもそうだな…
2万石と言えば、元いた俺の世界では、約20憶円(1石を10万円とした場合)に相当する。
これで、あざみや蔵主じいさんが飢えることもないだろう。
苦い薬湯で驚かされた返礼としては、十分な程に、蔵主じいさんの驚愕に満ちた顔が拝めたことには、満足だ。
「2万石もの米を一度に渡しては、その使い道に困ろう。ついては、毎年400石ずつ、大坂からここに届けるようにいたす。 才蔵!その旨の書状を代筆せよ!」
「御意」
相変わらず才蔵は冷静に俺の言葉に反応している。
しかし少しだけその声色に高揚が見られるのは、気のせいだろうか。
そして、これで大坂城を50年は持たせねば、義理が果たせないことになるな。
俺の守るべきものに対する決意を固める、よいきっかけだ。
さて、では仕上げだ。
これは絶対に成し遂げておかねばならない。
あざみや権兵衛の無念を晴らすためにも…
俺は正則に声の調子を落として問いかけた。
「ところで… 命知らずにも、この権中納言に刀を向けた者がここにおるようだが… しかもその者は、俺の命の恩人である林権兵衛殿を、こともあろうことか背後から襲い、その命を無惨にも奪った。
そんな男の風上にもおけぬ者が、まさか天下の名将、福島左衛門大夫の軍におるとはのう…」
正則の額に滝のように汗が流れ落ちている。
俺はさらに追い詰める。
「この落とし前、主人としてお主はどうつけるつもりなのだ? 左衛門大夫」
正則は観念したように、頭を落とした。
「部下の無礼は、主人であるそれがしが犯したも同然。かくなる上は、ここで腹を切りたく…」
そう言うと、正則は腰の刀を鞘ごと彼の目の前に置き、自害の覚悟を決めたように、口を真一文字に結んだ。
しかし、自分でそこまで追い込んでおきながら、慌てる仕草で彼の肩に手を当てた。
「早まるでない、左衛門大夫。お主は父の頃からの忠臣の中の忠臣である。今、ただ一人の狼藉者の為にお主を失ったともなると、天にいる父に面目が立たぬ。
俺はお主を許そう。顔を上げよ、左衛門大夫。
これからも『何があっても』この権中納言の為に働いてくれるな?
お主を心より信頼しての言葉であるぞ」
「ううぅ…ありがたきお言葉… この左衛門大夫…命に代えても、殿下をお守りいたします…」
そう言って顔を上げた正則からは涙が滂沱として流れている。
俺は本当の仕上げをすることにした。
言わば最後のひと押しだ。
「ただし本人の罪は放ってはおけぬ。
その狼藉者の処置はお主に一任して構わぬな? 左衛門大夫、よろしく頼むぞ」
「ははーっ!御意にございます!」
そう頭を下げたかと思うと、正則は少し遠くにいた、彼の数人のお供に指示をした。
「おい!そこの無礼者たちをしょっぴけ!市中引き回しの上、天下にあだなす大罪人として処刑するよう、手配せよ!」
「ひぃぃぃぃ!!お助けを!」
思わず悲鳴をあげた茂吉だったが、正則自慢の精鋭たちは、そんなことは全く気にも止めずに、座ったままの三人の腕を抱えるように掴んだ。
しかし、俺はそれを見て正則に助言した。
「これこれ…左衛門大夫。狼藉を働いたのは、ただ一人よ。その他の者たちは、彼にそそのかされただけ。寛大な処分にしてやれ」
「はっ!流石は太閤殿下の忘れ形見でございます!懐の深さに、この左衛門大夫、恐れ入りました!」
そう言った正則の視線は、尊敬のまなざしそのものだ。
俺が7歳とは思えないような裁定を下したにも関わらず、そこに疑惑を持っている様子などない。
さらに、この一連のやりとりによって、彼の中で豊臣秀頼への忠義と畏怖が、心に深く刻まれたはずだ。
俺を真剣に見つめる福島正則という男は、素直で実直な素晴らしい人間だ。
何かあった時に彼を味方につけられたら、どんなに心強いであろう。
少々意地悪なやり方だったかもしれないが、多少強引であっても気を引いておきたい、というのが率直な考えであった。
ふと背後から恨めしそうな視線を感じる。
そこには俺をじっと見つめる茂吉の姿があった。
俺は、ずかずかと彼のもとに近づくと、茂吉はその態度を一変し、涙を流して許しをこいている。
そんな彼の耳元で、俺はそっとささやいた。
「刀の使い方を教わることができなくて、残念じゃ。来世で会うことがあれば、そのときはよろしく頼むぞ」
そして彼だけに分かるように、満面の笑みを浮かべて向き合った。
「鬼…鬼め…」
ガクガクと震えながら俺を見つめる茂吉。
俺は立ち上がるとそんな彼を見下ろしながら、正則に駄目を押した。
「この平野という家は、わが恩人である林家を、略奪目的で襲い、その主人と長男の命を奪ったとのことだ。
左衛門大夫!その事を領主である竹中殿に伝えよ。
『権中納言が、その処置を忘れるでないぞ』と申しておったと添えてな」
その言葉に「お家の取り潰し」を理解した茂吉が、激しく暴れだした。
しかし正則の精鋭は、そんな彼を一撃のもとに気絶させると、彼は口を開けたまま、ぐったりと動かなくなってしまった。
その様子に正則は素早く指示を出す。
「おい!早く連れていけ!汚らわしいものを殿下の前にいつまでおいておくつもりか!」
こうして豊臣秀頼という立場をどこまでも利用した俺の逆襲劇は幕を閉じた。
余談ではあるが、この後、福島正則の軍はさながら見回りをするかのように、関ケ原一体の村々やその人々の隠れ場所を回り、狼藉を働いているものを見つけ次第、敵味方関係なく手討ちにしたという。
その功績は後の世でも、激戦の後の美談として語り継がれることになる。
さらに、毎年400石の米を贈られる林家は、その施しを周辺で困窮した農民たちにも分け与えた。
林家は男子の直系は途絶えたものの、蔵主の兄妹の子孫を養子にとり、後に「名庄屋」としてその名前を残すことになる。
そしてそれらが全て、幼い豊臣秀頼公から命じられたものだと、福島正則や林蔵主たちが広めた為に、関ヶ原一帯の農民たちの間では、豊臣秀頼の名声は次第に大きくなり、それはいつしか美濃と近江の二国にまで広まることとなるのだった。
さて、気づけば秋の日差しはすっかり傾いており、緑の絨毯は、金色にその姿を変えていた。
秋の虫が奏でる歌は、さながら俺の目の前に横たわる男への鎮魂歌のようだ。
爽やかな秋風に、汗がひくと、寒気すら覚える。
そんな中、俺はその亡骸のもとで、はらはらと涙を流し、日が暮れるまでの間、合掌したのだった。
そしてこれまでの経緯の中で、俺は一度もある人物の顔を見ることが出来なかった。
そう、それは「たいこうが嫌い」と公言していた、あざみの顔のことである…
なぜなら俺は、その太閤の息子であることを知られてしまったのだ。
俺には、この顔をあわせる勇気はなかった。
一つの殻を破った秀頼。
これからの成長と活躍も、見守っていただけると幸いでございます。
少し話の進行がペースダウンしてしまう可能性もございますが、
今後も何卒よろしくお願いいたします。
※スピンオフ短編の公開予定についての情報を活動報告にてご案内いたしております。
どうぞこちらも完成いたしましたら、ご一読いただけると嬉しいです




