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もう一つの関ヶ原①権兵衛とあざみ

◇◇

「怪物」徳川家康と、「正義の忠臣」石田三成の激突が、まさに始まった頃まで話は遡る。


俺…豊臣秀頼は、情けないことに、霧隠才蔵に手を引かれて、北国街道の方へと逃げのびる為に駆けていた。


そんな中、俺は鬱憤を晴らすように、理不尽にも才蔵に向けて文句をたれる。


「才蔵!お主の忍の技でどうにかならんのか!?」


「無茶なことをおっしゃらないでくだされ。とにかく目立たないようにして、ここを早く抜けましょう」


と、才蔵は俺の愚痴を鮮やかに受け流し、背の高い草の合間を足元を確かめながら進んでいくのであった。


俺の背が低すぎるだけだろうか…周囲の視界はその草によって完全に遮断されている。しかし才蔵は何の迷いもなく、ずんずんと進んでいくのだから、たいしたものである。

しかも俺の背丈と同じくらいまで姿勢を低くさせて沈みこんでおり、その足音だけではなく草をかきわける音も全く立てていない。

俺の元いた時代に伝わる、いかがわしい忍術のたぐいが、才蔵にも使用できるかどうかは現時点でも不明であるが、その進み方からして、隠密行動の熟練者であることは、素人の俺でも十分に理解できた。

とは言え、後ろからついてくる俺は大きな足音をたてて、草を思いっきりかき分けながら進んでいるのだから、才蔵の隠密行動を台無しにしている。

むしろ彼の方から俺に愚痴をこぼされても、文句が言えないだろう。

だが、彼は俺と違って、無駄口などたたかずに、ひたすら前へと道をひらいていくのだった。



そんな中である…とうとう来るべき時が来てしまったのは…



「誰だあ!?そこにいるのは!?」



少し訛りをふくんではいるが、鋭い声が正面から俺たちに向かって発せられた。

その声に俺は思わず声をあげそうなくらいに驚いたが、才蔵が素早く俺の口を塞いだ。


声質からいって、若い男性と思われる。しかしその姿を確認することがかなわず、この戦いに参戦している兵なのかすら分からない。

もっとも、兵でもない青年がこんな時に戦場にうろついているなど、普通に考えればありえない話だ。


身の危険を察知したのか、才蔵はぴたりとその足を止め、体を小さくうずめて様子をうかがっていた。ぴくりとも動かず、気配も完全に消している。

俺もそれに真似て、膝を抱えて小さくうずくまる。


この態勢は、まさか…


何かの本で読んだことがある。

身を隠す忍術の一つ「うずら隠れの術」に違いない。

うずらのように丸くなって、じっと動かない事で、敵をやり過ごす…確かそんな忍術だったと記憶にある。


俺は、妙に気分が高揚し、心臓の音を大きくしながら、まるで路傍の石になった心持ちでその場で待機していた。


このように心も無にすることで、存在そのものが無となり、気配を完全に消す事に…

「おい!こんなところで何をやっているんだあ?おまえさんたち」


俺の心の中での虚しい解説を遮るように、声の主の青年は草をかきわけて、俺たちの目の前に姿を現したのであった。


背格好としては才蔵と同じくらいであろうか、ひょろっとしており、かなり痩せている。

また大方の予想通り、兵のようだが、その装備は至って簡素だ。

形ばかりの胸当てに、細くて長い槍。兜は装着しておらず、もちろん直垂もない。

足元は素足に草履をはいており、その姿からして身分は相当低い者であろう。

まさに「雑兵」と表現するにふさわしいいでたちであった。


俺たちを見るその表情は驚きを浮かべているが、殺気は感じられない。

むしろ優しさを感じるのは、間延びした口調によるところなのだろうか。

俺はその雰囲気から少しだけ警戒を解き、その顔をじっと見つめていたのだが、隣の才蔵は違ったようだ。才蔵のただならぬ雰囲気を察知した俺は、ちらりと彼の方へ視線を移すと、なんとその手はいつでも懐の得物に届くような位置にある。

それは隙があれば、いつでも斬りかかる準備が整っていることを表しているようで、俺は思わず身震いした。


「おまえさんたちは何しにこんなところにいるんだぁ?」


そんな才蔵の殺気に気付いていないのか、相変わらず間延びした口調でゆっくりと近づいてくる雑兵。


相手に警戒させまいと才蔵は表情をゆるめているが、雑兵に気付かれないように手は完全に懐にかかっている。


このままでは俺の目の前で凄惨な光景が繰り広げられる…

今更考えるのも遅いかもしれないが、人の殺生など、元の世界では全く経験などない。もっと言えば、自分が転んで膝をすりむいて血を見ることすら、立ちくらみを覚えてしまうほど、「血」というものに免疫がないのだ。

もし目の前で人が殺められるようなことがあれば、俺の心に深い傷となってしまうかもしれない。

俺は戦の場に身を置いているにも関わらず、自分の覚悟の甘さに今更ながら、愕然とした。


しかし、そんな覚悟を決めるために自分を説得させている間に、おそらくこの優しそうな雑兵は才蔵の刃にかかってしまうだろう。


しかも万が一、その雑兵が騒ぎでもして兵たちに囲まれてしまったら、俺たちの今後はどうなってしまうのだろう…もしかしたら殺されてしまうかもしれない。


かくなる上は、俺が雑兵と才蔵の間に立って…など大それたことは、もちろんかなわない…


困った…


俺はわずかに残された時間で、子供にも出来る、この場の乗り切り方を考える。

しかし、全く思い浮かばない。汗だけが虚しく垂れ落ち、焦りで体が震えた。


「おい、小僧!震えてるじゃねえか?大丈夫かぁ?」


心優しそうな雑兵の矛先が俺に絞られ、静かな殺気を放つ才蔵など見もせずに、のんきに近づいてくる。


「なんで小僧みたいな、ちっこいのが、こんなところに?しかも綺麗な着物さ着て…」


まずい、どうやら俺の着物で、身分がばれてしまうようだ。

そして雑兵のその言葉に、ますます才蔵の殺気が強くなった。


あと一歩近づいてきたら、才蔵は彼の首筋めがけて飛びかかるに違いない。


俺は解決の糸口になるかもしれない言葉を一生懸命浮かべる。

しかしそれらしいものが浮かんでくることはなかった。


もう、時間がない。


その時…二つの言葉が、まるで水面に浮き出るように、浮かび上がってきた。


ちっこい…

優しい…


この二つの言葉で、俺は「賭け」を閃いた。


もうこれしかない!


ここで、「お得意」の芝居をうつことにしたのだ。

もちろん以前と同じような三文芝居であるには変わりないが…


俺は下に向けた顔を手で覆うと、


「うええん…かか殿たちと、はなればなれになってしもうたのだ…こわいよう…助けてよう」


と、突然泣き始めた。


さも、親とはぐれた哀れな武家の子供を演じて…

心優しき雑兵の青年なら、泣いている子供を見れば、助けたくなるに違いない。

そう信じて…


すると才蔵もこの芝居にのってくる。


「この子の言う通りにございます。私は旅の者で、この子が一人でいるのを見つけ、こうして一緒にこの子の親の待つ大坂まで行くことにしたのです。しかし、どうも危ういところに紛れてしまったようで…なんとかお助けいただけないでしょうか…」


これほどまでに大きな戦の戦場なのだから、例え旅人であっても、紛れる前に兵に止められるだろうに…と冷静に思いながらも、小さな声でひたすらおびえる子供を演じる俺。


すると、雑兵の青年は、困ったような表情を浮かべ、同情の言葉をかけてきた。


「あらら…それは大変だぁ。なんとかしてあげたいのだがのう…」


誰がどう見ても胡散臭い芝居であったが、なんとこの心優しき雑兵は、まんまとひっかかってくれたのだ。

しかし、ここで気を許してはならぬ。俺は引き続き「こわいよう…」としくしくと震えながら、泣きべそをかき続けた。才蔵はそんな俺をあやしながら、背中を優しくなでている。


その様子に雑兵の青年は、


「と、とにかくここは危ねえ。よし!ここは一つこの権兵衛に任せな!お主たちを安全なところにかくまってやらあ!」


と、胸を一つたたくと、「俺についてきてくれ」と、慣れた足取りで、ずかずかと進み始めたのだった。


俺は顔をあげ、ちらりと才蔵を見る。才蔵も俺の顔を見ると、こくりとうなずいた。


さて、なんとか怪しまれることもなく雑兵の青年をたぶらかした訳だが、このまま彼の背中についていくべきか、という次の問題に当たる。

才蔵であれば、足音を立てることもなく、いつの間にか姿をくらませることは可能であろう。

しかし俺という、言わば「足手まとい」がいる中でそれが出来る確証はないし、万が一見つかりでもしたら、もはや交戦となることは確実であろう。


俺の今いるこの関ヶ原において、徳川家康や石田三成は、大軍を動かして相手を負かそうと、壮大な策略を張り巡らせているのに対して、俺は一人の雑兵と交戦にならないように頭を巡らせている…

自分でも情けなくなる気持ちを抑えられないのは、「男子」として仕方があるまい。


なにはともあれ、交戦だけは絶対に避けねばならぬ。


相手の雑兵は信頼してもよさそうな優しい目をしているし、安全なところへ連れていってくれるというのだ。

ひとまず彼についていくのが最善策と考えた俺は、その痩せた背中を追いかけていくのだった。



◇◇

その雑兵の青年の名は、権兵衛。付近の村の名主の次男坊とのことだ。

名主…すなわち村の長のような身分ともなると、名字もあるらしく、彼の家では「林」と名乗っているらしい。

彼の村は、宇喜多秀家や小西行長の陣が置かれた場所も含まれており、その為に、彼は小西行長の軍の一員として、参戦しているとのことだ。


隣の村とのいざこざは、権兵衛の村でもやはり存在していて、特に「平野」という名主と仲が悪いとのことだ。

その「平野」は福島正則にくみしており、同じく名主の息子である「茂吉」という青年が、正則の軍に属しているとのことだ。


この頃の領民たちのいざこざは、秀吉の刀狩り以降、急速に影を潜めたが、一時的に社会情勢が不安定になった今、再び表に出てきているようだ。


村同士のいざこざの理由はすごく単純で、食料の略奪だそうだ。

特に今回の戦は、異例とも言える「稲刈り」の時期に行われた。

これから訪れる長い冬のことを考えると、生きるためには奪わねばならない、と権兵衛は辛そうな表情を浮かべて、教えてくれた。


農民たちは農民たちで必死なのだ。


もしかしたら「忠義」だとか「大義」などの目に見えないものを掲げる武将たちと比べると、「食べ物」を目的に争う彼ら農民たちの方が、現実的な戦争をしているのかもしれない。


一見すると派手な関ケ原の戦いの影に、このような泥臭い戦いが潜んでいようとは…

ある意味「もう一つの関ケ原」と言っても過言ではない争いの真っ只中に、権兵衛はいるのであった。


ちなみに俺は「藤吉」と名乗り、その名字は適当に「近藤」と言っておいた。

まさか「豊臣」姓を名乗るわけにはいかないからだ。


権兵衛はそんな俺を疑うこともなく、気軽に雑談に応じてくれ、すでに戦が始まってしまっているとは思えないほどに、穏やかな平原を進んでいく。

あたりはまだ深い霧に包まれており、本格的な戦闘はまだ先なのかもしれない。

むしろ史実では、霧が晴れた後に始まったと記憶していたのだが、ここでも何かがずれていたのかもしれない。

俺はその「ズレ」が、自分の起こした行動の結果などとは、露とも知らず、頭をかしげたのであった。



権兵衛とともに平原を抜けると、なだらかな山道に入る。最初は高い木々に囲まれていたのだが、徐々にその背の高さが低くなっていくと、いつの間にか、うっそうとした草ばかりが生えている場所にでた。

それでもずんずんと進んでいく権兵衛。

「もう足が痛い」と弱音を吐くことが出来ない雰囲気に、俺は汗で着物の中を濡らしながら、必死についていくのだった。


どれほど進んだだろうか。

あたりの霧はすっかり晴れ、秋の空とやわらかな日差しが、大戦の最中であることを忘れさせる。

爽やかな風が草木を揺らし、葉がこすれる音に季節を感じる、そんな風景がしばらく続いた。


そして…


急に視界が開けたと思うと、山の斜面全体に小さな植物が敷き詰められていて、それはまるで緑の絨毯のような、美しい光景が広がっていたのだ。


「わぁ…」


俺は思わず感嘆の声が上がってしまうのを抑えられなかった。

その顔を見て満足したように権兵衛は、


「カカカ!驚いたか?小僧。ここが村自慢の薬草の畑よ。ここらに生えているのは、全部薬になるんだぜ!すげえだろ!」


と、自慢げにその薄い胸を張る。


確かにどこまで行っても緑の地平線が広がる、この壮大な風景は「すごい」の一言につきる。

よく見ればそれぞれ異なる葉がついており、その種類も多いのだろう。


「実はこの畑は、あの織田信長公が、命じて作らせたものなんだぜ。やっぱり、天下を治めるお方は、やる事がでけえや!」


なんと…あの織田信長がこの山に薬草の畑を…


恥ずかしい話ではあるが、この時代の産業のことなど、無知であった俺にとって、薬草の畑まで考えが及んでいた、織田信長の細かさや偉大さを目の前で感じる機会となった。


そんな感嘆にひたっていると、急に背後から高い声がこだました。


「あっ!!ごんにいが、帰ってきたあ!!」


ふと声のした方を振り返ると、そこには一人の少女が権兵衛に向かって、笑顔で駆けてきている。その少女を見つけると、秋の空のごとく晴れやかに破顔した権兵衛が、


「おお!あざみ!達者であったか!?」


と、あざみと呼んだ少女を抱きしめた。


その少女も権兵衛と同じく、痩せているが、顔は丸く可愛らしい。

歳は俺と同じくらいであろうか…ただ、着ている服はボロをつなぎ合わせたようであり、御世辞にも綺麗なものとは言えない。


「はい!元気にやっておりました!ごんにいも元気そうで!」


と、再会を喜んでいるようだ。

いつから戦にかりだされたのかは分からぬが、久方ぶりに顔を合わせたのだろう。

俺は微笑ましい気持ちになって、その様子をしばらく見つめる。

すると、権兵衛の方から俺に話しかけてきた。


「おう!小僧。こいつは俺の妹のあざみって言うんだ。仲良くしてやってくれ。

あざみ。こちらは近藤家という武家のご子息である藤吉だ」


と、あざみの頭をごしごしとなでながら、紹介してくる。

俺は、精一杯にこやかな笑顔をあざみに向けた。


しかし…

この時代でも俺は女の子には好かれないのは変わらないのだろうか…


俺をちらりと見たあざみは、先ほどまで兄に向けていた笑顔を一変させて、攻撃的な口調で、一方的に言い放った。


「あざみは、おさむらいのことが嫌いじゃ!!」


「えっ…??」


突然の罵倒に俺は、思わず一歩下がり、顔を青くした。

その様子に、逆にあざみは一歩前に出て追い討ちをかけるよう、驚くべき言葉を放ったのだ。


「特に、『たいこう』とかいう男が、だいきらいなのじゃ!!」




散々な出会いになってしまったが、このあざみと権兵衛の兄妹との出会いは、この後の俺の人生を大きく動かすことになるのだが…


それはまだ先の話である。



舞台は伊吹山にございます。

しかし、私に土地勘がない為、違和感があってはならないと思い、地名は伏せさせていただきました。

ご当地の方にとりましては、イメージとかけ離れる部分もおありかと存じますが、何卒ご容赦願います。


そして、三成と家康の壮大なドラマの後にして、雑兵と子供(主人公)との駆け引きを描くことになるとは…


本当に申し訳なく思っております。


ただ、歴史の教科書には絶対スポットがあたらない、「戦国時代の農民」について書きたかったのです。


あまり長くはならない予定ですが、どうぞ今後もお付き合いいただけると幸いです。

※名前等は全てフィクションになります


なお、拙作の感想欄や、私の活動報告にて、多くの励ましのお声をいただいております。

重ねがさね感謝の言葉を述べさせていただくとともに、執筆の力となっていることを是非お伝えさせていただきたく存じます。


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