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風雲!関ヶ原の戦い!⑬突撃開始

大変お待たせしました。


三成の決死の突撃。


ご堪能いただければ幸いでございます。

◇◇

笹尾山から石田三成が見た風景。

それは迫り来る敵軍の兵の旗印であった。


黒田長政、細川忠興、加藤嘉明、竹中重門…

そして目にすることは叶わなかったが、福島正則に浅野幸長、池田輝政の旗もこの戦場ではためいているはずだ。


さらに遠く九州に掲げられているであろう、加藤清正の旗…


皆幼かった頃は三成と寝食を共にしてきたものたちばかりだ。


三成は佐吉と呼ばれていた頃の事を思い起こす。


「佐吉は、かたぶつでつまらぬのう」


どこまでも正直者に育てられた彼らは、陰口など叩かない。

正面きって三成にそう小馬鹿にするようにぶつけてきた。

そんな時いつも彼は思っていた。

「つまらなくて何が悪い?」

と…

しかしそれは彼が斜に構えていたことにより出てきた言葉ではない。

単純に彼には出来なかったのだ。

つまり「周囲驚かせるような」能力がなかったのである。


しかし笹尾山から見下ろす彼は違っていた。


「今から面白いものを見せてやる。覚悟しろよ!」


幼い頃の彼が抱いていた想い…


それはいつも自分を「つまらない」と馬鹿にしてきた奴らに、あっと言わせる事であった。


それがまさに今、叶えられようとしている。


そして恐らく陰で最も三成の事を「つまらぬ男」と馬鹿にしてきたであろう、家康が恐怖におののく顔を見たい。


それを冥土の土産に持っていこう。


そんな風に彼は、この極限とも言える状況の中にあっても、楽しむように軽い気持ちでいたのである。


確実に彼はこの戦で成長をとげ、家康にも劣らない器の持ち主となったのだった。


その彼が見せる芸術とも言えるような突撃。


今始まる。


その一部始終をあますことなく、ここに書き連ねることにしよう。


◇◇

霧が徐々に晴れ、視界が開けた頃、ようやく徳川方の本格的な侵攻は始まった。


徳川方から見て左手、つまり松尾山の方は既に激戦が繰り広げてられており、藤堂や京極、それに福島といった軍勢は、大谷と明石に釘付けとなっている。

すなわち笹尾山を攻略し始めたのは、その他の軍勢であった。


まず山に入ってきたのは加藤嘉明と細川忠興の軍であった。

そしてその後ろからは田中吉政の軍が続いている。


「黒田はつられぬか…」


三成は少し残念そうに下から迫ってくる敵を眺めていた。

確かに黒田はその旗印こそ左手に確認出来るが、笹尾山を登ってくる様子はない。

島左近隊と戦っていたが、彼が退いたのを見て、何か勘づいたのかもしれない。


「さすがは軍師殿の息子…か」


このまま黒田を引き付けるのは無理だ。

すなわち黒田は三成の突撃を横から止めにくると思われる。

しかし三成はそれでも笑顔を崩さない。

むしろより逆境に陥った事を楽しんでいるかのようだ。


「だが思い通りになると思うなよ…吉兵衛(黒田長政のこと)!」


そしてすぐさま機転を利かせて、とある将へ早馬をとばした。


「さて…これで後顧の憂いはない…あとは時を待つだけだ…」


そうつぶやくと、突撃の号令を出す機会をじっと待った。

それはまるで、ぎりぎりまで引き付ける弓のような、独特な緊張が石田方の軍を支配していた。

みな一様にその表情は引き締まり、静かにその時を待っている。


そして何も知らない細川と加藤の軍は、周囲を警戒することなく続々と山を登ってきており、それを逸る気持ちで待つ麓の田中の軍勢は声だけは高らかと上げている。


「もう少し…もう少し…」


細川の軍と先鋒の島津軍との距離がかなり近づいてきている。

しかし、まだ島津の鉄砲は届かない。

もう少し接近させる必要がある。


待ち遠しいその時を前に、時は遅く流れる。


その時、三成の周りから音が消えた。

いや音だけではない、嗅覚から味覚にいたるまで、五感の全てが痺れたように鈍っていく…


目の前が白くなり、浮遊感に包まれた彼。


一昔前の彼であれば「こんな事が現実にあるわけがない」と屁理屈を並べて、目をそらしていたであろう。


しかし今は、素直に自分の心に委ねる。


そしてそれは、まるで目に見えない誰かに手を引っ張られて、「夢」の世界に迷い込んだような気分だ。


そんな三成に飛び込んできたのは…


秀吉と見た大坂城の天守閣からの風景…


天下泰平を、「主君」であり「父」であった人と一緒に夢見た…


あの頃…


「なにわの事は夢のまた夢…ですか…」


そうつぶやいた時、急速に自分が置かれている「今」に引き戻された。




そして…




その時はきた。



カッと目を見開いた三成は叫んだ。


腹の底から突きあがるような感情とともに。


その声は天まで届き、天空から降り注ぐ槍のような鋭さをもって石田方の全軍の心を突き刺す。


突き刺さった部分からは、三成の情熱の炎が移ったかのように熱く燃え上がり、鬨の声となって笹尾山、否、日本を震撼させた。



「いけぇぇぇぇぇぇ!!!狙いは内府!!!全軍!突撃!!!」



「おおおおおおお!!!」


その雷鳴のごとき鬨の声とともに、島津軍の鉄砲から放たれる爆裂音が響き渡る。


突然の砲撃に面食らった細川と加藤の前線の兵はその前進が鈍り、戸惑う。


「二段目!!うてぇぇい!!」


そこに再び容赦なく浴びせられる鉄砲。


苛烈な鉄砲攻撃に完全に足が止まってしまった細川と加藤。


そこに…



島津が来た――



義弘の甥にあたる島津豊久を先頭に、右備えには山田有栄、最後尾から島津義弘の布陣で、一筋の雷光のように細川と加藤の軍勢の中へと突入していく。


「耐えろおおおお!!!」


普段は滅多に声すら出さない細川忠興が、血相を変えて鼓舞する。


しかし島津は止まらない。


細川の軍をえぐり、横にいる加藤の軍を麓へと押し返していく。


「突き抜けろおおおお!!」


最後尾から轟く義弘の怒声。


それに応えるように、わずか1,000に満たない島津軍は、細川軍5,000と加藤軍3,000を合わせて8,000の兵を圧倒していった。


その勢いすさまじく、島津軍が突撃したところには、切り取ったように道があけられる。


そこに間髪開けずに小西、島、宇喜多の軍勢が島津に負けじと濁流のように押し寄せると、島津の作った「穴」がこの3隊によって大きく広げられ、そこへ仕上げの三成の軍勢が蹂躙された後を駆け抜ける。


「おのれ!冶部め!こしゃくな!!くそ!!一旦退け!!山から下りるのだ!」


たまらず加藤嘉明は恨めしそうにそう命じると、

時同じくして細川忠興も笹尾山からの撤退を指示していたが、その表情は「佐吉ごときにやられるとは」と苦渋の色が濃い。


山を一斉に駆け下りてくる細川と加藤の軍であったが、山麓からは山の様子など露とも知らない田中吉政の軍勢が山頂めがけて駆けあがってきていた。

異変に気付いた田中軍の兵が、思わず目を見開き、驚きの声をあげる。


「なんだあれは!?加藤と細川の軍が、こちら目がけて駆けてくるぞ!!」


懸命に山を下る加藤、細川の軍勢と田中の軍勢はぶつかり合い、さながら同士討ちのような大混乱が巻き起こった。


そこに島津軍が稲妻のごとく、三軍まとめて切り裂かんと突っ込んできた。

しかし田中吉政の軍を加えればゆうに1万は超える大軍である。

さすがの島津軍でもその足は鈍る。


「いかせるか!!島津兵庫!!覚悟!!」


混乱のさなかにおいても、様々な逆境や苦難を乗り越えてきた田中吉政は努めて冷静に兵を指揮し、島津義弘の軍を足止めにかかる。


「鬼島津と称されたこの俺をなめるな!!一同!!構え!!」


島津軍は山麓付近で急に足を止めると、それまでの突撃に適した陣を即座に変え、方円の陣を取る。その手際の良さに、周囲の徳川軍は攻撃するのをためらってしまった。


「何をしておる!!陣形を変えた今が好機!!包囲して殲滅せよ!!」


隙を与えてはならんと、田中吉政は後方から懸命に声をあげるが、島津義弘にしてみれば、この一瞬の隙が出来ただけで十分であった。


「弾ごめ用意!!」


その合図とともに、背にした鉄砲を手に持ち銃口から弾と火薬をつめる島津の兵たち。その素早さは長年の厳しい訓練のたまものとしか言えないものだった。


そして全員が弾をつめたのを確認した島津義弘は、雷が落ちるかのような叫び声を響かせて、命じた。


「うてぇぇぇぇい!!!!」


三度轟く爆裂音とともに、膝を打ち抜かれた兵たちがばたばたと倒れていく。

島津軍の周囲に立ち込める硝煙の中、空間が生まれた。

しかしこの射撃は敵軍を叩く為のものではない。島津義弘は時が止まったかのように、足がすくんだ徳川軍に態勢を整える隙を与えないように、間髪いれずに次なる指示を出した。


五本鑓(ごほんやり)ども!!貴様らの出番だ!!気張(きば)りやがれ!!」


川上忠兄、川上久智の兄弟とその甥である川上久林、押川公近、久保之盛の五人が槍や薙刀を持って、田中吉政の軍勢に向かって勇躍した。

後の「小返しの五本鑓」と呼ばれることになる彼らは、鉄砲ではなく刀、槍、薙刀の扱いにたけており、砲撃で作った隙をついて、彼らが敵に斬り込んでいくという戦法は、島津義弘にとっては、絶対的に自信をもったものであった。


「ようやく俺たちの出番だ!!遅れるんじゃねえぞ!」


その中でも彼らを引っ張る川上忠兄が大きな声で鼓舞すると、壁となって立ちはだかっている田中吉政の兵たちを次々と斬り伏せていく。長い得物の餌食となっていく田中吉政の兵たちは、彼らに近づくことすら叶わずに、その命を虚しく落としていくのであった。


「よーし!!道が出来た!!陣を戻せ!!豊久!!有栄!!行くぞ!!」


五本鑓の五人が作った道は、島津の通り道としては十分な広さとなり、再び先鋒に豊久、右備えに有栄とした突撃の陣に変えると、前方の突破を試みて猛牛のごとく進みだした。


こうなるともう誰も止められない。細い道をこじ開けるかのように島津軍は一気に突き抜けていく。


「ぐぬぬ…鬼め…」


一度は足止めに成功した田中吉政であったが、次の瞬間には歯ぎしりをするしかなかったのだった。



そしてついに…


「島津維新!!!笹尾山の敵軍を突き破ったり!!」


突撃開始してからわずかの時間で、島津義弘の軍は細川、加藤、田中の軍を大混乱に陥れ、その包囲を突き破った。


島津義弘はふと背後に目を移す。


そこには自分たちから少し遅れてはいるが、石田軍が大きな濁流となって続いているのが目に入ってきた。

それを見て口元を緩めると、良い意味で胸騒ぎが彼の心をくすぐる。


「これは…もしかすると…もしかするぞ…」


義弘は思わずぞくぞくっと身震いしてしまうほどの興奮が、腹の底から沸き上がってくるのを抑えられないでいた。


しかし、義弘が背後を見た隙を山田有栄は見逃さなかった。

素早く先鋒の島津豊久のもとまで駆け寄ると、彼に耳打ちをした。


「殿を死なせてはなりませぬ…豊久殿、いざとなれば、家康の本陣ではなく、伊勢街道の方へ抜けていきましょう!」


有栄の必死の形相に豊久は押されたように、ごくりと唾を飲むと、静かに頷いた。


無論このまま徳川家康の本隊に向けて決死の突撃をして、華々しく散ることしか考えていない島津義弘。しかしそんな彼の思惑をよそに、彼の二人の忠臣の画策によって、その命は救われることになる。


後世に語り継がれる「島津の退き口」はくしくも史実通りに行われようとしていた。



そして…意気上がる島津の前に立ちはだかったのは…


「調子に乗るのもそこまでだ…貴様らの命、この赤備えの槍の錆としてくれよう!」


徳川最強の軍団の一つ。

井伊直政の軍団であった。



史実とは異なる展開が、石田三成を「人間として成長」させたという設定になります。

その「人間として成長」したことで、より素直に、より柔軟になった三成が見せる、大博打。



その一方で、残酷で凄惨な「戦争」でありながら、美しさを表現したいとも思っております。

そして、それを表現するには「人」でしかないと思い、私の勝手な創作ではありますが、各将の「内面」に焦点をあてて描いております。


無論、人によって感じるところは異なるでしょうが、この後もこの三成が演出する「大立ち回り」を読者様にはご堪能いただければと思っております。


最後に、多くの励ましのご感想をお送りいただいております。

誠にありがとうございます。

本当に励みになっております。


これからもよろしくお願いいたします。


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