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供養

◇◇

顔を赤らめる千姫と別れ、城中の者に案内してもらって天守閣の部屋に戻った俺は、状況の整理と次に起こすべき行動を考えることにした。


しかしそんな俺の思考を、視覚と嗅覚がとらえてやまないものが邪魔をしているのだ。


「なんで俺の部屋には、こんなにも菓子ばかりが並んでいるんだ?」


俺はその甘い臭いに鼻をつまみながら、顔をしかめた。

部屋の中には大小様々なテーブルがあり、そこには西洋菓子から和菓子まで、様々な菓子が所せましと並んでいる。

中には寝床であるベッドの上と枕の横に置かれているものまであるのには驚きだ。

俺はひとまず目につくものや、食い散らかされたものを片付けながら、この部屋の「元の」持ち主に思いをはせたのだった。


伝承によれば豊臣秀頼は身長197cmの体重は161kgもある巨漢だったようだ。


「小さい頃からこんな食生活をしていれば、そうなるわ…」


と、呆れたようにため息をついた。

そして「ここから歴史を変えてやろう」と思い、余計なものは口にしないと決意したのである。

それはすなわち「豊臣秀頼は背の高い好青年だった」と教科書に載ってみたい、というささやかな野望を意味していたのだ。



さて…

そんなどうでもいい豊臣秀頼の将来の容姿の事はさておき、重要なのは俺の将来の運命であり、言わば俺の立場がどうあるべきか、という点である。


まず間違いないのは、大坂城の落城とともに命を落とすのはゴメンだ。

それだけは絶対に避けねばならない。


そうなるとおのずと答えは一つだ。

「豊臣家の復権」である。


それは「徳川政権」を作らせないことを意味するのだろうか…

しかしそうなった場合であっても、本当に俺の立場が保証されるという確信が持てない。


つまり俺という存在はあまりにも大きすぎて、実力者たちがもてあましている事は間違いないのだ。

言わば目の上に出来た大きな腫れものだ。

切り取れるものなら切ってしまいたい、と考えるのが普通である。


これは困った…


秀頼が生き残るには、天下人の後継者となって、実力者たちを従わせるより他ないのかもしれない。

しかしそうならば、それは日本の歴史を大きく変えることを意味する。

本当にそれでいいのだろうか…


思いのほかに重いものが俺の両肩にのしかかってくるのが分かると、先ほどまでの心躍るような気分から、一気に憂鬱な黒い影が心を覆っていった。


そして…


ガリ…


それは無意識に起った。


俺は右手にある西洋のテーブルに置かれた皿から「コンペイトウ」を手に取り、口に放りこんでいたのである。


俺は先ほどの「余計なものは口にしない」という誓いを、無意識に破っていたことに俺は自分で自分の行為に驚きを隠せなかった。

そしてそれは、俺の数ある歴史の疑問の一つの答えを導いた瞬間でもあったのだ。


「そうか…昔の秀頼も、こんな風にプレッシャーを紛らわせる為に、甘いものに手を出していたのかもしれないな…」


俺は書籍やネットでしか知らない、「本物」の秀頼に同情を寄せた。


生まれた時からの天下人であり、多くの執政の傀儡であり、庶民のピエロである…

常に「自分」を持つ事を絶対に許されなかった彼の、唯一の心のよりどころであり、自らの意志で行動できること――それが「食」であったとしたならば…


彼はひたすら食べ続けたのであろう。

その時だけは誰も彼の意志を止める事は出来ない。

籠の中の小鳥である彼が自由にその翼をはばたかせる事が出来る、唯一の時間であったのかもしれない。


俺は彼の心のうちに思いを馳せる。


自然と涙が頬を伝った。


「本当に秀頼公がやりたかった事を、俺が叶えてあげたい…」


それが何なのか、今の俺には全く分からない。

しかし少なくとも「自分の意志」で時代の荒波に挑む事が許されなかったのは、歴史の事実である。


まずはそこから始めよう。


俺は俺の意志でこの難局を打開してやろう。

それが何よりの秀頼への供養になると、そう信じてやまなかったのであった。


小さな決意が大きな波紋を生むのかなど、この時点で知ったことではない。

それでも、一歩踏み出さねば何も変わらないのなら、一歩踏み出してみよう。

内向きではなく、外向きに、少しずつでも這い出してみよう…

そんな風に覚悟を決めたのだった。



豊臣秀頼はかなりの巨漢であった事は事実なのでしょうか…?

一説によると彼のガタイを一目見た徳川家康は、その姿に恐れを抱き、豊臣家討伐を決意したとか…

流石に風評だとは思いますが、それがもし本当だったら、すごいことです。

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