風雲!関ヶ原の戦い!⑨憧れが憧れを生む
一人の少年が明石全登の軍の鼠の一人として森の中でひっそりと待機していた。しかしその顔にはまるで赤子が駄々をこねるときのような、ひどく不満な色を浮かべている。
そもそもなぜこんなところに少年が宇喜多の軍勢の一員として参戦しているかと言えば、小さな村の出身であった彼は、立身出世を目指し、頭数だけは揃えようと雑兵を大量に雇い入れていた宇喜多の軍に入れてもらったからだ。
幼いながらも大人顔負けの腕っぷしと、刀を振る素質があった彼は、名のある将の首を取らんと、若さからくる根拠のない自信をのぞかせて、意気揚々と従軍していたのだった。
しかしそんな彼であったが、いざ戦が始まるとその役目は彼の期待を大きく裏切るものであり、それが彼を不満顔にする原因なのだ。彼が命じられたその役目とは、目で見たものを報告し、伝令があればそれを伝えに森の中を駆け巡るというもの。
それは彼が想像していた大軍同士との派手なぶつかり合い、猛者たちとの斬り合いといった血も踊るようなものとは大きくかけ離れていたのである。
そんな悲嘆にくれる中に訪れた突撃の号令。
彼が喜び勇んだのは言うまでもあるまい。
全登の本陣とは少し離れた場所にいた彼は、草木を分けて鬨の声がする方へと、その足を懸命に動かした。
そしていよいよ自分も敵兵の中に突撃をしようとしたその瞬間であった。
彼は目に飛び込んできた光景に釘付けになり、その場で固まるように足を止めてしまったのだ。
少年をそこまで引きつけたもの…それは二人の男による壮絶な果たし合いであった。
一方は誰もが目を引くような派手な格好で大きな朱色の槍を巧みに操っている。
その表情は明るく楽しんでいるようだ。とても真剣同士の命のやり取りをしているようには思えない。
そしてもう一方は至って地味な黒の甲冑姿で、一軍の将とは思われるが、誰なのか少年には分からない。見た目だけはどこにでもいそうな男であるが、その目は血走り、表情は対照的にこわばっており、怒りのような燃える感情は、常人のそれとは思えないほどで、少年の心を鷲掴みにしていた。
この時、その少年には彼らが花房職秀と明石全登であることは全く分からず、むしろその名前すら知らないのであったのである。
一方は彼の所属する軍勢の総大将であるにも関わらず…
二人の果たし合いは、少年が目にした時は、刀で攻撃をしかけている全登が一方的に押し込んでいる状況であった。
その剣は荒々しく、
憤り、不満…
全登のありったけの「負」の感情をぶつけているように少年には思えた。
しかしその剣筋はやぶれかぶれではなく、綺麗に整っており、全く隙がない。
父が兵法者で物心ついた頃より剣の厳しい稽古を受けてきた少年にとって、それは手本通りとも言えるようなものであった。
一方、槍でその攻撃を受け止め続けている職秀。
その表情には笑みを浮かべるほどに余裕がある。しかし自分から攻め立てようという構えは見せずに、全登の剣をただひたすら受けている。その様子はまるで、全登の感情を受け止めているようにも思えた。
手にしている大きな得物にも関わらず、軽々と扱い、高速の剣を受けているのだから、職秀も相当な使い手であることは、一目瞭然だ。
この二人以外でも、周囲ではあちこちで斬って斬られての命のやり取りは行われている。
しかし今少年の心を奪っている二人のそれは、全く異質のものであった。
美しい…
一言で表すなら、その言葉がぴたりとはまるであろう。
そして仮にもっと長い言葉で形容を許されたとしても、少年はその一言より他は無用なように思えた。
二人の「喧嘩」の邪魔をしないように、その周囲の空間は大きくあいており、その中に口を開けてそれを見ている少年に、敵味方関係なく興味がないようだ。
味方に戦場に引っ張り出されることも、敵に襲われることもなかったのは幸いである。
彼は腰に差した刀を抜く事すらせずに、二人の後ろについて見惚れていたのだった。
じっと二人の様子を見ていると、不思議なことに彼らは会話を交わしているように思えてくる。
少年には全くその内容など理解出来ないものであったが、それは全登の方から一方的に鬱憤をぶつけ、職秀はそれを受け止めるように相槌を打っているようであった。
事実、この時全登は今まで彼がなめてきた辛酸や背負ってきた苦労を、あますことなく剣に込めてぶつけていたのだ。
どうして俺ばかり嫌われなくてはならなかったのか…
どうして俺ばかり苦労しなくてはならなかったのか…
どうして秀家様は最後の最後で俺を一緒に死なせてくれなかったのか…
どうして?どうして?どうして?
誰かに聞いてもらいたかったが、誰にも話すことなどできなかった様々な想いを、全て職秀に投げかけていく。
それを職秀はただただ「うん、うん」と頷いて聞いているようだ。
なぜ突然、全登は職秀に思いをぶつけるようにその剣を向けたのか…
そのゆえんは全登が常に孤独だったことにあった。
「彼が最後にやりたい事」…それは誰かに自分が今までどんな思いで過ごしてきたのか、それを話したかったのである。すなわち孤独から解放されたいという彼の切なる願いでもあったのだ。
そしてそれを彼は「口」ではなく「剣」にのせた。
なぜなら「口」から発せられる言葉など、信頼に値しないことを、彼は経験上知っていたからである。
そして今、念願叶って、こうして「剣」を通じて、他人に自分の想いを話す事が出来ている。
しかもその相手は、彼が憧れる職秀なのだ。
それだけで彼は満足だった。
もうこれで思い残すことなどない…そんな風に思っていた。
しかし…
職秀は彼に剣を置く事を許さない。それどころか「もっと打ってこい」と催促してくるように、槍を挑発的に動かしている。
それはまるで
「これくらいで満足などさせぬ」
と、全登を叱咤しているようであった。
全登は不思議に思いながらも、彼の誘いに乗るようにして剣を流れるようにふるい続ける。
攻めて押していく全登、それを防ぎながら後退していく職秀…その構図は全く変わることなくしばらく続いた。
剣と槍がぶつかる音は独特の旋律を作り、それから生み出される興奮が、部外者である少年も含めたその場にいる全員の心臓の鼓動を早めていく。
そしてその鼓動の速度が頂点に達したその時…
全登と少年の目は、急に注がれた太陽の光にくらんだ。
「森から出たのか…」
少年が思わずそう口にした通りで、三人は全てを暗く包む森から、日が高く、大きく視界の開けた平原へと出てきたのである。
変わったのは視界だけではない。
秋を感じさせる心地よい風が頬に当たる感触。
戦の中であることをあらためて思わせる血の臭い。
そしてあちこちで兵たちがぶつかる騒がしい音…
今まで閉ざし続けてきたそれらの感覚が、急速に全登と少年の中で芽吹いていった。
ふと、職秀が少し距離を取ると、全登と職秀は見合う形でその手を止める。
すると職秀が息を整えながら、槍ではなく「声」をもって全登に話しかけた。
「おう!もぐら!どうよ!?真っ暗な巣から這い出た気分は?」
「眩しい…」
「ははは!そりゃそうだよな!ずっとひきこもっていたお前にしちゃあ眩しすぎるだろうよ!
だがな、お前のいるこんなちんけな戦場なんか、広い世界の一部に過ぎねえ!
もっと知りたいと思わねえか!?もっと色んなやつと話したいとは思わねえか!?」
その職秀の問いかけに全登はただ黙って、剣を正面に構えて息を整えていた。
全登が「口」で答える気はないようだと理解した職秀は、槍を構える。
「その答え、てめえの剣に聞いてやらあ!」
今度は森の中とは攻守が逆転し、職秀の方から攻撃を仕掛ける。
強くて速い突きが、うなりをあげて全登へ襲いかかってきた。
それをすんでのところでかわす全登。しかし職秀の攻撃は一度で終わるはずもなく、一撃で全登を貫かんとする強烈な攻撃が幾度も繰り出された。
彼らは再び「剣」で会話をする。
「ここで退けばお前は『巣』に後戻りだ。どうする?」
全登が後ろに退くのを嫌がるように、ぐっと足を前へ踏み込む。それは相手の槍に身を寄せるような危険極まりない行為だが、まるでそんな事は考えていないように、強い決意の色がうかがえる。
それを見て職秀は緩めていた口元をさらに崩し、もはや笑顔に近い表情だ。
「この先はお前が唯一頼りにしていた備前宰相(宇喜多秀家のこと)なしで行かなきゃならねえんだぞ?それでもいいのか?」
その問いにも、また一歩近づくことで答えとする。
「この大戦の後、お前には、地位も領地も何も残らないだろう。それでもお前は先に進むのか?」
もはや答えなど聞かなくても職秀には結果は分かっていた。無論、全登もそれに応えるようにまた一歩近づく。
そしてその一歩で、いよいよ全登の刀の間合いに職秀が入った。
その時「声」を持って職秀は最後の問いかけをする。
どこまでも届くような澄んだ大きな声で。
「では聞こう!!お前は先に進んで何を望む!?」
その質問が終わるやいなや、全登は手にした刀を大きく振りかぶった。
そして…
「俺はお前を超えるんだ!!!」
と、職秀に負けるとも劣らないほどの叫び声をあげると、全身全霊を持って刀を振り下ろした。
それは今までの刀と槍がぶつかり合う音とは異なり、「スッ」という無音に近い小さな音だった。
「ごとり」と重い音がする。
職秀、全登、少年の三人は固唾を飲んで、音がした方を見つめていた。
その重い音は、職秀の槍の穂先が地面に落ちたことによって生じたものだった。
次の瞬間、職秀は喜びが爆発したように、満面の笑みを浮かべて
「ははは!!こいつは愉快!!もぐらが化けおったわ!!」
と、大きな笑い声をあげた。
一方の全登は隙を与えないように急いで剣を構え直す。
しかし職秀はそれを制するように
「おい、おい!これで勝負はついた!これ以上やるのは野暮ってものよ!
今日の所は一勝一敗の痛み分け、この続きはまたやろうや!」
と、戦場とは思えないような提案をしたのだ。
さすがの全登もそれには目を見開いて驚きを隠せない様子であったが、何かを理解したように刀を鞘に納めた。
それを見て満足そうにうなずいた職秀は、ゆっくりと全登に近寄ると、彼の肩に手を乗せて
「今日のお前は最高にかぶいていたぜ!あっぱれだ!」
と、とても敵方とは思えないような称賛を全登に浴びせ、それに全登も照れるように赤くした顔をそむけていたのだった。
そして二人の「喧嘩」をずっと見ていた少年に職秀の視線が移る。少年は思わず身構えたのだが、そんなことは構いもせずに職秀は大きな声で話しかけた。
「おう!ぼうず!名前はなんて言うんだ!?」
突然の問いかけに唖然とする少年。その表情をこわばらせたまま、
「べんすけ…宮本村のべんすけって言うんだ」
と、小さな声で答えた。
「ははは!!そうか!よし!べんすけ!お前も命を粗末になんかするんじゃねえぞ!」
そうべんすけ少年に声をかけると、職秀はひらりと全登から離れ、その場を後にし始めた。
慌てて全登は
「ま、待て…これから俺はどうしたらいいのだ…」
と、思わず敵である職秀に見当違いとも言える問いかけをする。
しかし怪訝な顔一つ浮かべず、職秀はその問いに答えた。
「そんなことは自分で考えろ。お前の人生、お前の好きなようにやったらいいさ!」
何のことはない。当たり前とも言える答えのようにしか聞こえないのだが、その言葉で全登は何かを決意したようだ。
彼は乱戦となっている戦場の方へは戻らず、人の少ない方へ足を向けると、元より薄い存在感をより薄くして、影のように戦場をあとにしたのだった。
そしてこのべんすけという少年は目の当たりにした光景に人生を変えるほどの憧れを抱いた。
「俺もあんな果たし合いをしたい」
そんな夢をもった彼は、自分と相手に理想を追い求めて、剣の道に励むことになるのである。
そしてそれはついに、ここから遠く離れた小さな島で彼の認める最高の相手と叶えることになるのだ。
そう…彼の名は…
宮本武蔵。
後の世に剣豪として名を馳せることになるその人であった。
ちなみに宮本武蔵は黒田如水とともに九州にいたとする説が有力だとか…
あと「たけぞう」という呼び名は、とある歴史作家の創作だそうです。
ちなみに明石全登の「ぜんとう」という呼び方については、「てるずみ」「たけのり」とも呼ぶとか…
彼の洗礼名が「シュスト」とのことで、「全登」を当て字に使ったとの説もあるそうです。
名前って難しいです…
さて次回はいよいよ石田三成本陣に話が移っていきます。
家康の「攻め急ぎ」がどんな影響と結末をもたらすのか!?
この後も是非お楽しみいただければと思います。
ちなみに関ヶ原の戦いも含めて、フィクションが占める割合はどんどん大きくなります。
ご了承いただけると幸いです。




