大坂夏の陣⑥ 日の本一あきらめの悪い男
◇◇
――井伊、藤堂、前田の軍団総計三万が大坂城の東に進軍!!
――将軍秀忠の軍勢が岡山に布陣!
その一報は、大坂城の西側をかためていた伊達政宗にも届けられた。
「なるほどのう……まだ少しは『理性』が残っておったか」
と、政宗はその報せを聞いて、にやりと口角を上げた。
だが彼はすぐに険しい顔に戻すと、天を仰ぎながらつぶやいたのだった。
「これからが正念場だぜ。さあ、てめえらの『かぶき』を見せてみやがれ」
◇◇
徳川秀忠の指揮下にあった井伊直孝らの軍団が動いたのは、俺、豊臣秀頼にとっては意外だった。
なぜなら彼と徳川家康の間で意見が割れているのは明確であり、家康が息子に頭を下げてまでその軍団を動かすとは想像していなかったからだ。
なお大坂城の城下町の中心は、城の西側に広がっている。
今は伊達政宗が西側を抑えていることで、街に戦火はおよんでいない。
しかし三の丸の堀が埋められてしまったことで、中央ないしは東側が崩されれば、三の丸から城下町へと兵がなだれ込んでいくのは目に見えている。
言いかえれば、幕府軍が三の丸までたどり着いた瞬間に大坂の街は、火の海へと化してしまうということだ。
そして、街には豊臣家を慕っている大勢の町民たちがまだ残ったままなのだ。
――秀頼様と大坂城を置いて出て行けるか!
と、頑固な人々が多いのは、江戸も大坂も変わらないらしい。
言わば『商人気質』というものなのだろうか。
とにかく俺は彼らの命を絶対に守らなくてはならない。
そのためにも、幕府軍を三の丸の中に入れずに、早期に決着させる必要があるのだった。
――もう少しだけ耐えれば、必ず勝機は訪れるはずだ!
そう強く信じて、俺は本陣に桂広繁を呼んだ。
「広繁! 吉治と全登の救援を頼む!!」
「御意」
彼は静かな闘志を秘めた瞳で小さく頭を下げると、すぐさま本陣をあとにしていった。
そして俺は彼に八千の兵をつけた。
するとそれを隣で耳にした甲斐姫が目を丸くしたのだった。
「秀頼殿。これでは本陣に残されたのはたったの二千だぞ」
「ああ、分かっている」
「もし敵が中央突破を敢行してきたらいかがするのだ?」
彼女には珍しく心配そうな口調だ。
だが俺には確固たる自信と信頼があった。
「馬鹿を言うな。中央には二人も名将がいるではないか」
そうなのだ。
戦場の中央には二人も『豊臣が誇る名将』いるのだ……。
真田幸村と石田宗應――
彼らは絶対に負けない。
負けるはずもない。
なぜなら彼らは……。
俺にとっての『ヒーロー』なのだから――
◇◇
一方、『中央』では、『赤備え』の真田隊の烈々たる突撃がなおも続いていた。
彼らの背中を守るように後藤又兵衛と大野治房の二人が、『鬼日向』水野勝成らを抑えている。
もはや援軍が来ぬと腹を括った松平忠直は、交戦開始直後に比べればまるで人が変わったかのように、冷静に軍勢を指揮している。
しかし、真田幸村の勢いはすさまじく、たとえ忠直が本多忠勝や山県昌景といった伝説的な名将であったとしても、彼の足を止めるのは不可能であったと断言できよう。
そしてついに……。
真田隊が忠直隊を突破した――
――ウオォォォォォ!!
大軍を突き抜けると急に幸村の視界が広がる。
そして彼の目に飛び込んできたのは……。
金の扇――
それは徳川家康の本陣を示す『馬印』だった――
乱れた呼吸を一旦整える幸村。
そして再び腹に力を入れると、高らかに告げたのだった。
「全軍!! 目指すは家康本陣!! われに続けぇぇぇぇぇ!!」
――ウオォォォォォ!!
再び真紅の龍となって戦場を翔けていく真田隊。
もう遮る大軍はなく、散らばっている所属不明の徳川兵たちを蹴散らしていくだけであった。
だが……。
――えいとぉぉぉぉぉぉう!!
という突き抜けるような声が、真田隊の足を一瞬だけ鈍らせた。
そしてその隙に乗じて、雷光のごとき一軍が突っ込んできたのである。
――ドシャァァァァ!
甲冑同士がぶつかり合う轟音とともに両軍の足が完全に止まった。
そして陣頭に立っていた幸村の前に現れたのは、一人の『勇者』だった。
右手に立花を示す『雷切』、左手に髙橋を示す『長光』。
二刀を携えて現れたのは、『西国無双』立花宗茂だった――
「立花の名にかけて、ここを通すわけにはいかない!! 真田幸村!! 覚悟!!」
「相手にとって不足なし! 真田幸村、推して参る!!」
――カアァァァァン!!
幸村の十文字槍と、宗茂の『雷切』が激しくぶつかると、高い金属音が周囲の空気を震わせた。
彼らの一騎打ちが始まると同時に、互いの兵たちもまた交戦状態へと突入していったのだった――
◇◇
――真田隊が松平忠直隊を突破。現在は立花隊と交戦中!
という報せを受けた石田宗應。
彼はそれまで閉じていた目をゆっくりと開いた。
――徳川家康に二度喧嘩を売って、二度負けた男……。
政宗に言われたあの言葉が頭を離れない。
そして彼は自分を卑下するように言った。
「二度あることは三度ある……ですか」
しかし同時にもう一つの故事が浮かぶ。
「三度目の正直、とも言いますから」
彼は自分自身にそう言い聞かせると、静かに立ち上がった。
自然と熱い血が全身を巡っていくのが分かる。
言い得ぬ興奮が、わずかに残された弱気の虫を飲み込むと、彼の瞳には過去二度ともった炎が再びともった。
「私はあきらめめの悪い男……いや、日の本一幸運な男とも言えるかもしれません」
ゆったりとした動作で栗毛の馬にまたがると、それまで緩めていた表情を引き締めた。
――パカッ! パカッ!
天王寺の前に敷かれた石畳を馬の蹄が叩く音が、静寂の中に響き渡る。
そして彼は一万の軍勢の先頭に立ったところで、かっと目を見開いた。
「敵は徳川家康ただひとぉぉぉぉり!! 進めぇぇぇぇ!!」
――オオオオオオッ!!
『日の本一あきらめの悪い男』石田三成、いざ出陣――
明日の公開は12:00からです!
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