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大坂夏の陣④ 迷いを消すもの

◇◇


――松平忠直様が抜け駆け! 真田隊と激しく交戦中!


 との一報を徳川家康が受けたのは、彼が天王寺の真正面に本陣を移した直後のことだった。

 そして、何ら指示を与える暇もなく、続々と伝令が急報を告げてきたのであった。

 

――真田隊の勢いすさまじく、忠直様の軍勢が大いに乱れております!

――伊達様に援軍を求めたものの、伊達様はいっこうに動く気配がございません!


 そこまで聞いた家康は、顔を真っ赤にして立ち上がると、荒々しく椅子を蹴り飛ばした。


――ドカッ!!


 大きな音を立てて、陣幕の下まで椅子が転がっていく。

 その直後に、厳しい表情の立花宗茂が本陣に入ってきた。

 

「大御所様。 まだ慌てる時ではございません」


 宗茂がゆったりとした口調で、家康を落ち着かせると、家康は蹴り飛ばした椅子とは違う椅子に腰をかけた。

 

「ふんっ! 言われずとも分かっておる! して、この後どうする?」

「はっ! 作戦を変えずに引き続き両翼を広げていくように兵を展開いたしましょう」

「うむ、それでよい」


 家康は真っ赤だった顔を元に戻して、すんなりと宗茂の意見を取り入れた。

 ただ、宗茂の進言はそれだけではなかった。

 

「大御所様、そこで一つお願いがございます」

「なんだ?」

「このまま真田隊を好き勝手させては、忠直様の軍勢は敗れてしまいましょう」

「まったく……なさけないのう。あの世で秀康も嘆いておろう」

「そこで、隣の本多忠朝殿と酒井家次殿を援軍に向かわせ、東の攻めは、前田殿らにお任せいたしましょう」


 宗茂は、はっきりと言い切った。それは彼が最初に献策したものと、全く同じものだ。

 その進言に家康はギロリと宗茂を睨みつけた。

 無言のまま、びりびりとした威圧をかける家康に対して、宗茂もまた一歩も引かずに、彼を見つめ続けた。

 

 互いに「絶対に引かぬ」という覚悟を秘めた睨み合いがしばらく続いた。

 

 ……だが、内輪で睨み合っている暇もなく、戦況は刻一刻と変わっていったのである。

 

――松平忠輝様の軍勢が進軍を始めました!!


 それは予定よりも半刻(一時間)も早い進軍であった。

 しかし問題はそこではないというのは、先ほどまでいがみ合っていた家康と宗茂の顔色が青くなったことが如実に示していたのだった……。

 

 それは直後のことだった……。

 

――本多忠朝様、酒井家次様が松平忠輝様に呼応するように、東に向かって進軍を開始しました!


「なりません!!」


 宗茂はそう叫ぶやいなや、陣幕から外へと駆け出していった。

 

 一人本陣に残された家康は、電光石火とも言うべき戦況の変化に、頭の中の整理が追いついていかなかった。

 しかし彼は『稀代の英傑』である。

 一つだけ呼吸を整えただけで、こんがらがった糸がひとりでにほぐれるように、脳内がすっきりとしていったのである。

 

――まずは……忠直の抜け駆け……あれを裏で手引きしたのは誰じゃ?


 ここまで従順に家康の指示に従ってきた忠直が、敵の挑発に乗って軍律をおかすとは考えにくい。

 となれば、やはり『内側』の働きかけがあったとしか思えない。

 

 そして忠輝の進軍。

 まるで忠直が抜け駆けをするのを計っていたかのようだ。

 

 それにつられるように本多、酒井が動いたのは、単に彼らが「出遅れ」を危惧したからだろう。

 

 忠直をあおり、忠輝をけしかけることが出来る者……。

 

 もはや一人しかいなかった。

 

「伊達めぇぇぇ! 謀りおったなぁぁぁ!!」


――ガリッ!


 彼は籠手を脱ぐと、親指の爪を強く噛んだ。

 だがここで我を忘れて暴挙に出ては、ますます相手の術中にはまっていくのは、彼も分かっている。

 一つ深呼吸をすると、再び頭を先のことに巡らせた。

 

 もし、政宗が豊臣と通じているとするならば、『西の攻め』は無効化されよう。

 ただ、政宗が完全に『寝返っている』わけではないのは、彼が反転して家康の本陣へ向けて攻めてこないことから明らかだ。

 

――わしからは離れ、秀忠に味方した……という訳か。


 となると、秀忠が本腰を入れて大坂城を攻めぬ限りは、政宗は動かないはずだ。

 いや……、もう一つだけ政宗を動かす手立てがあるとすれば、家康の軍が大坂城の間近まで迫ること。

 すなわち『家康の勝利が明らか』となった時点で、政宗は再びてのひらを返すだろう。

 

「食えぬ男よ……」


 家康は苦々しくつぶやくと、次へ頭を向けた。

 

――あとは東からの攻めか……。しかし……。


 家康は自分で東の攻めを本多、酒井の二人が率いる軍団に任せたものの、全く自信がなかった。

 なぜなら本多隊、酒井隊ともにわずか一千の軍勢であり、総勢一万五千の軍団ではあるものの、戦功に飢える諸将たちが大勢集まっているからだ。

 つまり、まとまりに大きく欠けた軍団と言えよう。

 もしその軍団を率いる大将が、本多忠勝や井伊直政のような、『絶対的な存在』であったなら、仮に大将の軍勢が寡兵であったとしても、軍団はまとまりを欠かないだろう。

 

 しかし今の状態では、もし本多忠朝か酒井家次のどちらかの身に何かあれば、瞬く間に崩れかねない。


 ただし、一つだけ東の攻めを有効にする手立てはある。

 それは……。

 

 言わずもがな、奈良街道に控える将軍、徳川秀忠を動かすことだ。

 

 正確には秀忠の本隊を動かす必要はない。

 

「前田と藤堂、それに井伊。この三人を動かすか……」


 外様大名の中でも『加賀百万石』を有する前田利常、百戦錬磨の名将、藤堂高虎、さらに『井伊の赤牛』と渾名された猛将、井伊直孝。

 この三人が東の攻めをけん引したならば、戦況は一変する可能性が高い。

 

 しかしそのためには、息子に援けを請わねばならぬ……。

 

 家康は額に珠のような汗を浮かべながら考え込んだ。

 彼は目の前で繰り広げられている戦場とは全く別のところで、彼自身と激しく戦っていたのである。

 

 勝利とは何か。

 敗北とは何か。

 

 一体自分は何と戦っているのか――

 

 ……と、その時だった。

 彼の迷いを粉砕するような報せが届けられたのは……。

 

 

――本多忠朝様、大谷吉治の手によって討ち死!!

 

 

 そして、それは無意識のうちだった。

 

 

「正信を呼べ」



 と、彼は伝令にそう命じたのであった――

 

 



次は21:00に公開です!

今日は最終回の前夜祭ということで、たっぷりとお楽しみください!


いよいよ明日(1/27)、書籍版の『太閤を継ぐ者』が発売となります!

どうぞよろしくお願いいたします!!

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