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逆襲の光は独眼竜

◇◇

 

 慶長一七年(一六一二年)一月五日 大坂城――


 城内は近頃見かけないほどの緊張感に包まれていた。

 それをもたらしているのは『仙台藩当主、伊達政宗の訪問』だった。

 

 関ヶ原の戦いの戦後処理が終わり、徳川家康が西の丸から立ち去って以降、いわゆる『大物』が大坂城をたずねてきたのは、初めてと言っても過言ではない。

 確かに年賀のあいさつであったり、豊国祭礼の際は、多くの大名たちが、大坂城をたずねたが、それでも政宗ほどの存在感のある人ではなかったのだ。

 

 胸をはって、堂々と廊下を歩いていく政宗。そのすぐ後ろには、精悍な顔つきの美丈夫、片倉重長の姿もある。

 人々は彼らの放つ強い威圧感に押されたように、頭を下げながら廊下のはじに寄っていたのだった。

 そんな彼らにギロリと鋭い視線を向けた政宗は豪快な声をあげた。

 

「随分と大人しいじゃねえか。太閤殿下の頃は、もっと賑わっていたのにのう!」


 それでも顔に満面の笑みを浮かべていることからも、彼がたいそう上機嫌であるのがうかがえる。

 一方の重長は口を結んだまま、何も答えずに彼の背中を追っていた。

 丁寧な出迎えに上機嫌な政宗と、緊張からか固い表情の重長。

 まったく対照的な主従は、廊下を足早に進んでいくと、ついに秀頼の待つ謁見の間へと姿を現したのだった――

 

 

◇◇


「お初にお目にかかります。秀頼公」


 こう切り出した、『独眼竜』政宗。

 俺が豊臣秀頼となってから、様々な偉人を目の当たりにしてきたが、ここまで自分の欲望に素直な目をした人を見たことがない。

 たとえば織田有楽斎にしたって、腹の中ではいやらしいものを抱えているが、表には出していない。それは、いわば『たしなみ』のようなものだと思う。

 いや、一人だけいたか……。

 『魔王』泰巌。彼だけは剥き出しの野望を瞳に映していたように記憶している。

 しかし決定的に違うのは、泰巌の場合は『敵対』を前面に押し出していたのに対して、政宗からは『友好』が感じられる。

 つまり彼が今、行おうとしているのは『なんらかの取引』であろうと、容易に想像がついた。

 

「うむ、どこかですれ違っているかもしれぬが、こうして会見するのは初めてだな」


 俺はあたりさわりない言葉を返して反応を見る。

 しかし、政宗はちゅうちょせずに本題へと話を移してきた。

 

「出城が破却され、堀が埋められれば、大坂城は平和の象徴となる……。とんだ綺麗事ですなぁ」


 その言葉に、同席している真田幸村と石田宗應の二人の眉がピクリと動いた。

 彼らは、政宗の動きが今回の『和睦』の起因となったのをもちろん知っている。

 そして、その功績からか、仙台藩は六二万石から一〇〇万石へ加増され、さらに仙台港はスペインとの交易を許されたことも、頭の中にしっかりと入っているのだ。

 

――どの口が言うか!


 と、二人とも声を荒げたいに違いない。

 俺はちらりと二人に視線を送り「こらえてくれ」と、無言のメッセージを送る。

 すると二人は、険しい顔つきのまま姿勢を正した。

 そんな俺たち主従の無言のやり取りを、ニヤニヤしながら見ていた政宗は、頃合いを見計らって続けた。

 

「ところで、秀頼公。一つおうかがいしたい旨がございます」

「なんだ? 申してみよ」

「はい。では、はっきりと申し上げましょう! もし大御所殿が再び攻めてきたら、いかにして大坂を守られるおつもりか!?」


 この問いかけには、さしもの宗應と幸村の二人も大きく目を見開いた。

 俺にいたっては目だけではなく、口まで半開きのまま言葉を失ってしまったくらいだ。

 それほどに強烈かつ直接的な問いに、しばらく沈黙が続く。

 すると政宗の方から再び踏み込んできた。

 

「守る堀がなければ、大坂の町は『敵兵』によって蹂躙されましょうな。多数の死者がでて、多くの建物は焼けましょう」

「なにが言いたいのだ?」


 俺は何とか気持ちを立て直して、彼に問いかけた。

 すると俺が食いついてくるのを待っていたかのように、政宗はさらに一歩踏み込んできたのだった。

 

「大御所殿は、たとえ大坂の町が地獄絵図と化しても決して諦めませんぞ」

「なにをだ?」

「大坂から豊臣を追い出すこと。そして、豊臣秀頼公を亡き者にすること!」

「この無礼者め!!」


――ガタッ!!


 宗應が顔を真っ赤にしながら、政宗に詰め寄ろうと膝をあげる。

 しかし、隣の幸村が必死に彼を制した。

 

「石田殿! 殿の御前ですぞ!」


 宗應は悔しそうに唇をかみながら、俺の方へと視線を送る。

 俺は彼を見つめたまま、ゆっくりと首を横に振った。

 

――こらえよ!


 と、視線で訴えながら……。

 

「……失礼いたした」


 宗應は納得いかないものを顔に浮かべながらも、渋々座り直す。

 一方の政宗はそんな彼に一瞥もくれずに、俺をニヤニヤしながら見つめ続けていた。

 すると俺たち二人の間に口を挟んできたのは幸村だった。

 

「大坂の町が火の海になるのも、秀頼様が命を落とすのも、江戸将軍家の本意ではないと思うのですが、いかがでしょうか?」


 この言葉の瞬間に政宗の顔が驚きの色に染まった。

 そして今まで俺だけに向けられていた視線を幸村へと移したのである。

 

――江戸将軍家の本意ではない――


 この言葉の持つ意味は今までの会話の流れからして、とてつもなく重いものだと、俺でも十分に理解出来た。

 つまり『徳川家康は豊臣家の滅亡を強く望んでいる』のに対して、『徳川秀忠は豊臣家との共存を望んでいる』ということを意味しているのだ。

 それを徳川家から離れている幸村がずばりと指摘したのだから、政宗の顔色が変わったのも無理はない。

 

「うわっはははは!! 以前から思っておったが、やはりお主は『できる』男よのう!」


 政宗は大股で幸村のもとへ近寄ると彼の肩を抱いた。

 

「おいっ! 小十郎! お主はまだ妻を持たぬ身であったな! この男の娘を妻に迎え入れよ! きっと良い子をうむであろう! うわっはははは!!」


 政宗の思いつきとしか言いようのない発言に、後ろに控えていた青年が顔を真っ赤にそめている。

 俺は口には出さなかったが、心の中で感動していた。

 なぜなら『史実』によれば、大坂夏の陣で助けられた真田幸村の娘は、伊達家の片倉重長なる家臣の妻となって、共に救われた幸村の男子、大八とともにその血脈を後世に残すのだから。

 まさに世紀の瞬間を見た気がして、本題とは全く関係ないところで、大興奮してしまったのである。

 そして思わず口を出してしまった。

 

「うむっ! それがよい!! それに生まれたばかりの大八も、小十郎殿のところで世話になるといい!」


 その発言に、全員が俺の顔を目を丸くして見つめてきた。

 しまった! つい興奮のあまりに、余計なことを口走ってしまった!

 あきらかに不自然な話の流れになってしまったではないか!

 ここは早く話題を変えて、場の空気を戻さねば……。

 俺はそう思い立って、口早に言った。

 

「ゴッホン! では、おじじ上とちち上の間で意見が割れておる、そう言いたいのだな?」


 しかし……。

 このあまりにも直接的な言い方は、余計に場の空気を凍らせてしまったのだった――

 

「あれ……? ど、どうかしたのか?」


 突如として重々しい雰囲気に包まれたのをさとった俺は、冷や汗をたらした。

 そして全員をきょろきょろと見回していると、政宗が重い口を開いたのだった。

 

 

「俺は『江戸将軍様』に勝って欲しくてのう」


 

 政宗がニタリと笑った瞬間に、宗應と幸村の目が大きく見開かれた。

 一方の俺は、政宗の真意が分からずに口を尖らせた。

 

「おいっ! ここまで期待させておいて、結局お主は『豊臣』ではなく『幕府』に勝ってほしいというのか!? では、なんのためにここにきたのじゃ!?」


 すると政宗は俺に向き合って、軽い口調で答えた。

 

「もちろん、秀頼公にお願いしたい儀がございまして、やってまいりました」

「それはなんじゃ? もう、もったいぶらずに早く申せ!」


 あきらかに政宗、宗應そして幸村の三人は、共通した『思惑』があるように思える。

 しかし俺にはさっぱり分からないのだ。

 だから政宗に対して、はっきりと物を言うように促したわけだ。

 だが、彼の次の言葉で、腰を抜かしてしまうとは思いもよらなかった――

 

 

「学府と学長をいただきたく存じます」

「な、なんだとぉぉ……!? 豊国学校と学長の明石全登を!?」



 一体この男は何を言っているのだ……?

 豊臣ではなく、幕府に勝って欲しいにも関わらず、学府と学長は欲しいだと?

 

 ますます意味が分からない。

 混乱に陥った俺は、どう答えていいものかも分からずに、顎に手を当てて考え込んでいた。

 

 ……と、その時だった。

 

 

「お受けなされ、秀頼様」



 と、透き通った声が部屋に響き渡ったのである。

 全員がその声の持ち主に視線を移す。

 その先には、背筋を伸ばした石田宗應の姿があった。

 

「ほう……かたぶつとばかり思っておったが、意外と物分かりがいいじゃねえか」


 政宗がニヤニヤしながら今度は宗應の肩を抱き始める。

 すると宗應はその手をそっと離しながら言った。

 

「学府の研究ではなく、スペインとの交易が有利になるような『人質』と『つながり』が欲しいだけでしょう。あさましい男だ」


 宗應は冷たい目を政宗に向けながら言った。

 だが政宗はまったく気にせずに言葉を返した。

 

「そうと知っていながら『話に乗れ』と当主に進言するお主も、たいがいだと思うがのう」

「ふふ、なんとでもおっしゃるがよい。しかし、ここまで大口をたたいたからには、絶対に失敗は許されませんぞ」

「うわっはははは! この独眼竜もなめられたものよ! 俺がいくつの修羅場をくぐり抜けてきたと思っておるのだ!」

「ふふ、そんなことは小田原に伊達殿が白装束でお見えになった頃から存じ上げております」

「うわっははは! さすがは石田冶部よ。徳川に二度喧嘩売って、だてに二度敗れてねえな!」

「ふふ、喧嘩すら売れぬ臆病者に言われたくはありませんね」


 いがみあっているのか、それともたたえあっているのか、さっぱり分からない二人の会話だ。

 しかしそれ以上に不思議なのは、なぜ宗應は政宗の言葉に乗っているのか……。

 するとそんな俺の疑問を晴らすように、幸村が話をまとめてくれたのだった。

 

「では、次に幕府が大坂を攻めた際には、伊達殿は『大御所殿からは離反』し、『江戸将軍殿にお味方される』ということですね。そして、その条件として『豊国学校と学長の明石全登殿』を頂戴すると」


 政宗は言葉で答える代わりに、何度か小さく頷いた。

 しかし、俺にはまだよく分からないことだらけだ。

 そこで幸村にたずねた。


「おじじ上から『離反』して、ちち上に『味方』するとはいかなる意味か?」

「そのままの意味でございます」

「いやいや、意味がよく分からんから聞いておるのだ! それではまるで、『家康殿には勝たせない』けど、『秀忠殿には勝たせる』と聞こえるでは……」


 そこまで自分で言って、ハッとした。

 そしてようやく気付いたのだ。

 

「そういうことか!!」


 これから確実におとずれるだろう、『大坂夏の陣』。

 幕府軍の総勢は二十万とも言われている大軍勢だ。

 そこには諸大名の他に、総大将の徳川家康率いる軍勢と、副大将の徳川秀忠率いる軍勢も含まれている。

 しかし、この二人の『船頭』は、互いに目指す場所が異なっているというのが、今までの会話でよく分かった。

 そして、『総大将が家康』のまま、大坂の陣が幕府の勝利で終われば、それは『家康の思い通りに豊臣を処罰できる』のを意味する。


 ところが一方で、もし家康が敗走し、代わりに総大将となった秀忠が勝ったとしたならば……。

 『秀忠の思い通りに豊臣を処遇できる』となるではないか。

 すなわち、幕府の面目は保たれるうえに、豊臣もまた生き残れる――

 

 もちろん素直に豊臣が勝利するのが豊臣にとっては最も良いのだが、仮にそうなってしまえば、世の中は再び『乱世』に逆戻りになってしまうだろう。

 つまり、政宗の考えの前提は、『天下泰平の世を続けるには、幕府を勝たせねばならない』。

 そのうえで、豊臣の生き残る道を模索したならば、家康ではなく秀忠に勝たせるのが最善策となる。

 

 しかし、そんなに都合よく事が進むだろうか……。

 

 そもそも一体となって攻め込んでくる幕府軍のうち、家康だけを孤立させて敗走させるなんて、どのような『策』を用いたらいいものか……。

 

 そんな風に考えを巡らせていると、政宗が低い声で言った。

 

「伊達が動かねば他も動かねえ。ゆえに、時間稼ぎはできる。だが、もし大御所殿が自ら大坂城へ突撃をすれば、従わざるをえないからな」

「つまり、それまでに家康を戦場から追い出さねばならぬ、ということですか」


 そのように宗應がつぶやいたところで、政宗は「そろそろいくぞ!」と、片倉重長に声をかけて席を立ち始めた。

 

「あとは豊臣の底力しだいじゃ。お主らが『豊国祭礼』で見せた、かぶいている姿をもう一度見せてもらえるのを期待しておるからな」


 政宗は最後に俺に一礼すると、大股で襖の方へ向かっていった。

 俺は慌てて彼に言葉をかけた。

 

「政宗殿! 最後にひとつ聞かせてくれ!」


 政宗はぴたりと足を止めると、顔だけこちらを向けた。

 その顔に向けて、俺は大きな声で問いかけた。

 

「なぜだ!? なぜわれらの肩を持ってくれるのだ?」


 政宗はニヤリと口角を上げると、幸村へ視線を移しながら軽い調子で答えたのだった。

 

「少し前に肩をもんでくれた男がいてのう。その恩に報いたいだけだ」


 すると横やりを入れるように宗應の大きな声が響き渡った。

 

「それだけではないでしょう!」


 政宗が宗應を見て、口元を緩める。

 宗應もまた政宗を見つめながら、かすかな笑みをもらした。

 そして政宗は諦めたかのように肩の力を抜くと、驚くほど大きな声で言い放ったのだった。

 

「俺は『今の』徳川家康という男が、だいっ嫌いでかなわんのだ!! もはや、あやつをぎゃふんと言わせられるのは、お主らしかおらんでのう! 頼んだぞ!! うわっははははは!!」


 なんという恐れ知らずの放言だろうか。

 俺は伊達政宗という男の底知れぬ器に圧倒されてしまった。

 しかしなんだろうか……。

 この心の奥底から湧きあがってくる興奮は!

 圧倒的に不利な『和睦』が成立してしまってから、どこか塞ぎこむことが多かった宗應と幸村の二人もまた、希望に目を輝かせているではないか!

 

 

 伊達政宗を味方に引き入れた――

 

 

 この事実は、真っ暗闇の豊臣家の未来に、確実に一筋の光をもたらしたのだった――

 




いよいよ最終章のスタートです!


どうぞ最後の最後まで、お付き合いをお願いいたします!


書籍版は2018年1月27日に全国の書店で販売開始となります!

挿絵のイラストには、石田宗應や黒田如水の姿もございます。

そしてあのシーンがイラストに……。

どうぞ、おたのしみに!


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