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風雲!関ヶ原の戦い!⑤激戦!松尾山の戦い!

◇◇

父の大谷吉継がまだ自分の足で動ける頃の事を、大谷吉治は敵に囲まれる危機的な状況の中であったにも関わらず思い返していた。


それはとある日の早朝の事である。

突然寝床にやってきた父吉継の「ついてこい」の一言で、居城近くの小高い山に登らされた時のことである。


まだ幼く、手足が今よりもかなり短かった吉治にとって、小さな山の頂上を目指す事は一大事であった。

この頃すでに勝ち気に溢れ、滅多に弱気など見せない彼であったが、登山の厳しさにめげそうになると、


「父上…もうここらでよいのではありませんか…?遅くなると母上も心配いたします」


と、半ばで引き返すことを後ろからついてくる父に訴えている。それを聞いた吉継は、大きな声で笑い声をあげると、


「ははは!お前は思いのほか意気地なしだのう?もうへばったのか?」


と、彼を挑発するように問いかける。

根っからの負けず嫌いの彼にとって、この言葉は前へ進む発奮材料となったようで、唇をかみしめると、額に浮かぶ汗を拭くことなく一歩また一歩と小さな足で山道を進んでいくのだった。


そんな彼の背中から、今度は励ますように声をかける父。


「いいか、山があるならてっぺんを目指せ。てっぺんに行けば景色が変わる」



「てっぺんに行けば景色が変わる」



それを彼はまじないのように、何度もつぶやき、疲労で意識がもうろうとする中、足を止めることなく登り続けた。


そして…


「わあ!すごい!すごいです!父上!」


とうとう山頂にたどり着いた親子。

そこからは城下町の風景が朝日に照らされて、色鮮やかに浮かびあがっていた。


「この風景はここにたどり着いた者しか拝めぬ。言わば特権のようなものだ。

苦しくてもその先にしか見えぬ景色を思って進め。

よいな、今日のことを絶対に忘れるでないぞ」


あの時の父の顔を吉治は今でも鮮明に覚えている。


豊臣家の屋台骨を支える一員としてその名を知られる、大谷吉継の誇り高き横顔を…


それから僅か半月後の事だった。

父がこの時すでに冒されていた病の為に、足の自由が利かなくなってしまったのは…


◇◇

今は場所も違えば、状況も全く異なる。

しかし大谷吉治にとって、すべき事はただの一つだった。


「てっぺんに行けば景色が変わる!皆のもの!我に続けえ!!」


松尾山の麓、吉治は大声で号令をかけていた。

戦の開始とともに徳川方に寝返った小早川秀秋隊が、大谷吉継の軍勢に襲いかかってきたのである。


そして彼は周囲とは明らかに異なる巨大な刀を軽々と振り回し、最前線に立って襲いかかる敵をバタバタと斬り伏せていく。そんな彼に負けじと、大谷隊の精鋭たちが目の前の小早川秀秋隊に向けて突撃を繰り返していった。


この時の小早川隊の兵力は約15,000。

対する大谷吉継と吉治を合わせたは約3,000。

残りの2,700は平塚為広、戸田勝成、そして吉継の息子である木下頼継が率いて、山麓で反旗を翻した赤座、小川、朽木、脇坂の4隊合計約5,000と激戦を繰り広げている。


史実においては、合戦開始後しばらくしてから秀秋の軍は寝返った為、温存していた吉継の直属兵600で秀秋の15,000と対峙したようだが、家康の「恐れ」がこの局地戦おいても史実を歪めた。



さて、既に戦の火蓋が切って落とされてから、約30分が経過しているが、松尾山の戦況は一進一退を繰り返し、その戦線は膠着状態にあった。


「ええい!何をもたもたしておるのだ!大谷ごとき早く蹴散らしてしまえ!」


戦況報告を聞いて、小早川秀秋は山頂の本陣で金切り声で怒鳴り散らしている。


「しかし大谷軍の勢いすさまじく…」


頭を下げた伝令は実際にその目で戦闘の様子を見てきたのだろう。

鬼神のごとく大きな刀をふるう吉治と、雷のごとく凄まじい声で周囲を鼓舞する吉継を目の当たりにして、震えが止まらない様子である。


「ああ、情けない!お主らは天下の豊臣の名を汚す気か!?

ええい!もうよい!この金吾中納言自ら戦の手本を見せてくれようぞ!!」


そう叫ぶと、額の先まで真っ赤に染めた秀秋は、我を忘れたように本陣を出ようと立ち上がった。


「なりませぬ!金吾中納言殿におかれましては、ここを離れてはなりませぬ!

いかに大谷強しといえども、多勢に無勢。もう少し辛抱すれば、きっと戦況は良い方に傾きます。

それにわれら内府殿の藤堂、京極の軍も助太刀にきますゆえ、その後は確実に大谷勢は総崩れとなるはず。

しばしお待ちなされ!」


そう秀秋を制止したのは、奥平貞治。

秀秋のお目付けとして、家康から派遣されてきた男だ。

彼としても小早川の軍勢と運命を共にする身である。

「絶対に負けられない」という気持ちがこもったかのような、真剣な眼差しで秀秋に訴えた。

しかし小早川秀秋という男は、その能力の割りには、妙に自尊心が高いようだ。

こともあろうか貞治の言葉を「藤堂と京極の力添えがあれば大谷を倒せる」ととらえたのだ。


「お主はわれを誰と心得る?藤堂、京極の加勢なくとも、大谷ごときわれの采配で蹴散らしてくれるわ!!」


と、高らかと宣言すると大股で本陣をあとにしたのだった。



「攻めよ!攻めよ!攻めよ!!

相手は不忠なる逆賊の軍よ!我らの敵ではない!!いけえ!!」


軍の最後尾から大谷吉継が輿の上から采配をふるい、とても死に瀕した病を負っているとは思えないほどの、燃えるような大声で突撃を命じ続けているかと思えば、


「父上の気迫に負けるな!!大谷の強さを小早川に刻みこんでやれ!!」


と、その息子の吉治がこちらは最前線で号令をかけている。


まるで急坂を転がるような火の玉と化した大谷の軍は、一人また一人とその数を減らしながらも、それ以上に小早川の兵を蹴散らして、山頂目指して突き進んでいた。


そしてようやく山の中腹まで差し掛かった頃、秀秋が前線近くまで山を降りてきたのだ。


その無駄にきらびやかな兜や甲冑の装飾は、吉治とは少し離れた場所からでも彼の目にはっきりととらえる事が出来た。


「逆賊金吾!!のこのことその首を斬られに来たのか!!皆のもの!!狙いは一つ!!奴の首である!いくぞ!!」


既に約半刻(1時間)は戦い続けているとは思えないほどの力強さで、斜面を秀秋に向かって一直線にかけ上ってくる吉治とその兵たち。

皆その目は殺気にみなぎり、燃えるように充血して真っ赤であった。


山頂であれほど息まいていた秀秋であったが、いざ吉治の気迫を目の前にすると、一気に顔を赤から青にかえた。


「ひぃ!!皆のもの!われを守るのじゃ!!」


狭い山道での戦いである。

数人が秀秋の前に押し出されるように出てくると、やむを得ずに吉治の方へと突撃していった。


しかしその勢いの差は歴然。


吉治の前に出てきた数名の兵は、彼の一刀のもと、斬り伏せられてその命を散らしていく。


「ひいいい!!な、な、なんなのだ!?その太刀は!?ずるいぞ!!」


秀秋は動揺のあまりに、戦場にいるとは思えない罵倒を吉治に向けた。


「ははは!豊臣を名乗る者でこの刀を知らないとは…笑止!!

これこそ亡き太閣殿下にたまわりし『鐘切の刀』である!その切れ味、その身を持って味わうがいい!!」


群がる敵兵をもろともせずに、秀秋にぐんぐんと近づく吉治。

それに恐れをなした秀秋は、


「やつじゃ!やつだけに襲いかかるのじゃ!そしてあの刀をわれのものとせよ!」


と、吉治を集中的に攻撃するように命じた。しかもここに至ってまで、物欲をあらわにして…


しかし狭い山道にあって一人を集中的に攻撃しようとも、一度にそれが可能な人数など限られている。

その上、吉治以外の兵たちも十分に精鋭であり、秀秋の号令通りに作戦は進まなかった。


「ええい!鉄砲隊は何をしておるのじゃ!今すぐここまでこさせろ!」


もはや狂った秀秋は、山頂付近で待機させていた鉄砲隊を前線に送るように命じた。

この鉄砲隊は、万が一山頂付近まで押し込まれた場合に、敵を迎え撃つために、奥平貞治が配置させた兵である。

その配置を勝手に変えるよう指示しただけではない。前線までやってきた彼らに秀秋は即刻射撃を開始するように命じたのだ。


「うて!やつらを撃ってしまえ!」


「しかし!お味方がまだ交戦中にございます!」


見ると吉治たちの勢いにおされながらも、小早川の兵たちは槍と刀をもって彼らの前に立ちはだかっている。

それはまさしく大将である秀秋を守る為だ。

その兵ごと撃ち抜く事を、秀秋は指示したのである。


「ええい!われの言うことが聞けないのか!?いいから撃て!撃て!撃て!!」


その狂気に満ちた声に、一斉に鉄砲が放たれる。その耳をつんざくような爆裂音とともに、敵味方関係なくバタバタと兵たちが倒れていった。


一瞬の静寂に包まれる戦場。

そこに秀秋の勝ち誇ったような狂喜の笑い声が響いてきた。


「ひゃっひゃひゃ…どうじゃ!思い知ったか!さあ、あの刀をわれのもとへ持ってこい。われの戦利品としてしんぜよう」

と、近くにいた兵に命じた時だった。


倒れた兵の間から、むくりと起き上がった一人の男が一気に前へと駆け出したのだ。


「ば、ばかな!なぜ生きておる!!」


起き上がった男こそ吉治であった。

見るとその他にも数名の大谷兵が起き上がり、吉治と一緒に敵陣へと突っ込んでいく。


彼らはとっさに目の前にいた数人の敵兵を壁にして、その弾丸を防いだのであった。


「味方ごと鉄砲の的にするとは、卑劣な男め!成敗してくれる!!うおおおお!!」


弾を放ったばかりで無力な鉄砲隊を蹴散らすと、いよいよ秀秋に一撃を加えんと、吉治は大きく刀を振り上げる。


「ひぃぃぃぃ!誰かお助けを!!」


情けない声を出して、助けを懇願する秀秋。しかし周囲の兵たちは、あまりの吉治の気迫に槍を構えるのが精一杯で近づくことすらかなわなかったのである。


カンッ!!


まさに吉治の刀が秀秋の首をはねようとしたその時、高い金属音とともにその刃の勢いが完全に止められた。


「何者だ!?」


吉治が驚きに満ちた顔で、彼の刀を受け止めた相手の顔を眺める。

彼が驚くのも無理はない。

なぜなら彼の刀が受け止められたのは、この戦に入って初めてのことだったのだから。


「拙者は徳川内府殿が家臣、奥平貞治と申す!」


「内府の手の者か!!おのれ!最初から貴様は裏切りをはかっておったのだな!」


と、吉治の怒りの矛先はなおも腰を抜かして、袴を濡らしてしまっている秀秋に向けられる。


すると貞治の方から、秀秋に向けて、


「金吾殿!!早く山頂へ移りなされ!

大将の貴殿が本陣でどしりと構えておらぬと、兵たちの士気が上がらぬ!その大きな懐で、前線は我らにお任せくだされ!!」


と、秀秋を立てながらも、山頂の本陣へ戻るように、言葉巧みに命じたのである。


その言葉に気を良くしたのか、それとも命の危機に面してようやく我に返ったのか、秀秋は逃げるようにして山頂の方へと去っていった。


そして吉治との距離を少し開けた貞治は、自分の背後にいるすっかり怖気づいた小早川の兵に向かって、大きな声をあげた。


「この戦、必ず徳川内府殿が勝利いたす!

皆のもの!恩賞に預かりたくば、ここを乗りきってみせよ!

大谷を倒したとなれば、抜群の働きぞ!!いけえ!!」


「恩賞」を餌としたのは、この軍の大将が大将だからである。

そして貞治の鼓舞はものの見事に、小早川の兵たちの心をとらえ、先ほどまでとは比べものにならないほどの鋭い突撃となって表れた。


「ええい!餌でつられるとは、さすがは金吾の軍団よ!義はわれらにあり!

進め!山のてっぺんを目指すのだ!!」


吉治も負けてはいない。

彼も声を振り絞って兵を励まし、兵たちは彼の気持ちに応えてさらに苛烈な突撃を繰り出していく。


両軍の激しい激突が再び始まったかに思えた。


しかしそれはもはや小早川軍の総大将といっても過言ではない奥平貞治が、大谷吉治の刀に致命傷を負わされる、という事態で一変した。


「ここが勝負どころだ!!みなのもの!!一気に進め!!」


貞治の負傷で一気に士気が下がった小早川軍は、ずるずると山頂の方まで後退していく。


「てっぺんに行けば景色が変わる!」


大谷吉治は気を緩めずに、そうつぶやき疲れを感じさせない動きで、前へ前へと進んでいった。

もう少しで山頂。

あそこにたどり着けば…


しかし…


その時であった…


すぐ横で鬨の声が上がったと思うと、山道の横の麓の方から、敵兵が突然現れたのである。


これにはさすがの吉治も後退せざるを得なかった。


「なんだ!?何が起こったのだ!?」


ふと背後…つまり来た道を振り返るとあちこちで横からやってきた敵兵と交戦が始まっている。


「われらは藤堂高虎殿が軍の一隊である!小早川殿の加勢に参った!」


と、一軍の将らしき男が丁寧に名乗りでると、吉治めがけて襲いかかってきた。

奇襲を受けた吉治の軍。


「一旦態勢を立て直す!!ひけい!!」


それでも冷静に吉治は指示を出した。

もうすぐ山頂というところで、無念の後退とも言えるが、これ以上の犠牲は彼にとっては払ってはならぬものだと考えたのである。

しかし相手も百戦錬磨の藤堂隊である。


「この機を逃すな!一気にたたみかけよ!」


と、奇襲の勢いそのままに一気に押し込んできた。


「こしゃくな!!ここで倒れたら今までの事は水泡よ!みな!踏ん張れ!!」


と、吉治も声を上げ、ようやく藤堂隊から少し離れることが出来たのだった。


既に戦が始まってから、およそ二時間がたつ。

疲弊しきった大谷吉治の軍勢は、その数を既に半数以上減らしてひとかたまりとなっていた。


そして…悪いことは重なるものである。


麓で戦っていた平塚為広らの軍勢が全滅したとの報が吉治の耳にも入ったのである。


上からはまだ1万以上はいると思われる小早川の大軍勢。そして加勢にきた藤堂の援軍。

さらに下からは平塚隊を破った赤座、小川、朽木、脇坂に加え藤堂の本隊と京極が一団となって駆け上がってきている…


行くも地獄、退くも地獄とはまさにこのことである。


「万事休すか…」


さすがの吉治にも「敗北」の二文字が心に暗い影を落とし始める…


もう駄目だ…


そんな風に諦めかけていた。



その時であった。



背中からかけられる父の叱咤する声…



「てっぺんに行けば景色が変わる」


ふと見ると、既に数名となってしまった父直属の親衛隊。その中から吉継が輿の上から、彼を見つめて声を絞り出していた。


負けるな!諦めるな!


あの時の最初で最後となった父との山登りの記憶が蘇る。


父があの時見せたかった風景、夢がこの先に待っている。


そう思った時、彼の瞳に消えかかった炎が再び灯った。


そして彼は心に強く決めた。


山頂に向かって突撃することを…




本当は一話でこの戦いは終わらせたかったのですが、この先も少し続きますので、二話に分けました。


鐘切の刀については、参考となる資料が見当たらず、フィクションで「釣鐘を切れるほどの斬れ味と大きさを持つ刀」という設定にしました。


最後に一言だけ御礼を申し上げさせていただくことをお許しください。


励ましのご感想を書いてくださる皆様。

本当にありがとうございます。

そのお言葉が私の執筆の大きな原動力になっております。

この場をお借りして御礼申し上げます。


何卒これからもよろしくお願い申し上げます。




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