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大友の乱①

◇◇

 慶長一六年(一六一一年)一二月九日 夜更け――


 笹倉から命からがら抜け出した泰巌直属の兵の一人が、大友義統の本陣へと転がり込むようにして入っていった。

 なお泰巌直属の兵たちは皆、西洋風の鉄製の鎧を身に纏っている。

 その姿を見た義統は、泰厳の身に何かあったのではないかと直感した。

 そして人払いをした後、その兵がもたらしたのは、


――泰厳討死。


 と、いうわずか一言だけの情報だった。

 しかしその報せは、義統を仰向けに倒れさせるには、十分に衝撃的なものだったのだ。


「殿!」


 泰厳の死を報せた兵が、慌てて義統の元まで駆け寄ってきたが、義統は右手を上げてそれを制した。

 その後、なんと静かな闇夜を震わせるような、大笑いを始めたのだった。


「あははははっ! ついに、ついに死におったか! あはははっ!」


 怪訝そうに見つめている兵に対し、体を起こした義統は、彼の肩をポンと叩いた。


「ご苦労であった。しばらくゆっくりと休むがよい」

「御意! では失礼いたします」


 不気味な義統の雰囲気を察知した兵は、そそくさと本陣を後にする。

 そうして一人陣幕の中に残った大友義統は、水をぐいっと口に含んだ。


――ブッ!


 口の中を湿らせた後に、残った水は全て地面に向かって勢い良く吹き付ける。

 彼はゆったりとした動作で再び自分の席に座ると、目を細めて呟いた。


「これでようやく解放された……」


 そして彼はすぐに一通の書状をしたためた。

 それを陣幕の外に待機していた小姓に手渡すと、送り先を口頭で伝えたのだった。


「これを豊臣秀頼公へ頼む」


 と――


◇◇


 慶長一六年(一六一一年)一二月一〇日 夜更け――

 

 俺、豊臣秀頼が率いる豊臣軍は、まだ笹倉に残っていた。

 笹倉奇襲戦が勃発してから、丸二日もの間同じ場所にいたことになる。

 周囲からは「何を考えておられるのだ?」と俺の考えを訝しむ声まで聞こえ始めていた。


 しかし俺にはれっきとした理由があって、ここに残っていたのだった。

 そしてついに待ち望んだものが俺の手元に届いたのである。

 それは『大友義統からの降伏状』だ。

 俺は早速、真田幸村ら重臣たちを集めて評議を始めたのだった。


 幸村がその書状を広げながら目を丸くしている。


「なぜ、大友殿は圧倒的に有利にも関わらず、降伏を決意されたのでしょうか?」


 俺は自分の考えを端的に答えた。


「戦う理由を失ったからだろうな」

「戦う理由とは、どういうことでございましょう?」

「そもそも大友義統はなぜ熊本城を攻めたのか、誰か知っている者はおるのか?」


 俺は周囲を見回しながらたずねた。

 しかしこの場にいる全員が首を横に振った。

 俺は想定通りの状況に、微笑を抑えきれない。そして淡々とした口調で続けたのだった。


「大友義統は……いや、『泰厳』は、としておこうか。彼は狙ったんだ」

「何を狙ったのでございましょう?」


 俺はぐっと腹に力を込めると、力強い口調で言った。


「第二の『黒田如水』を……!」


 全員の視線が驚愕の色を映す。

 俺は彼らの反応をじっくりと見ながら続けた。


「かつて黒田如水は、関ヶ原の戦いにて東西の激突の隙をついて、ここ九州で一旗挙げようと画策した」

「そんなことは初めてうかがいました」

「そりゃそうだろうな。何せ『こっちの史実』には一切残ることはなかったのだから」


 そう俺は黒田如水の動きを知っていたからこそ、彼の軍勢を大坂城に向かわせて、関ヶ原の戦いを阻止しようと画策した。

 結果として俺の策は上手くいかなかった訳だが、その結果、彼の目論見もまた史実に残ることなく終わってしまったという訳だ。


 そこまで話を進めていった後、甲斐姫の口から核心をつくような疑問が発せられた。


「しかし今は天下泰平の世であろう。なぜ泰厳は『第二の黒田如水』を、目論んだのだ? これでは単に大友が世を乱したとしか言いようがないではないか」


 俺は再び微笑を浮かべて、甲斐姫そして幸村を見た。

 勘の良い幸村は、その視線で何かを察知したようだ。

 さっと顔色を青ざめさせた。


「まさか……そうか、だから援軍が来なかったということですか……」

「どういうことだ!? しっかりと説明いたせ!」


 甲斐姫がたまらず声を荒くして、俺たちに問いかけてきた。

 

 俺は一度深く深呼吸をする。


 そしてとめどなく湧き上がってくる憤りをどうにか押さえ込みながら、



「今、俺たちがこうしている間、大坂城は徳川の大軍に囲まれている、ということだ」



 と、震える声で言ったのだった――

 


◇◇


 同じ頃、大坂城は天地をひっくり返したような大騒ぎとなっていた。

 それもそのはずだろう。

 徳川家康と全国の大名たちの率いる大軍が、大坂城を目掛けて進軍中との報せが届けられたのだから……。

 しかもこのような大事に、当主の豊臣秀頼や側近の真田幸村が不在なのだ。

 大黒柱のない城は、揺れに揺れていたのだった。


 もちろん城に残った評定衆は、夜を徹して今後の対応について協議を続けている。


――秀頼様が戻られるまで、徹底的に抗戦すべし!

――もはや交渉の余地なし! ならば即刻降参し、城を明け渡すべし!


 だが両者の意見はついに噛み合うことなく、多数決にて決めることにしたのだった。


 なお、この時城に残っている評定衆は、桂広繁、津田宗凡、大野治長、大蔵卿、片桐且元、織田老犬斎、織田有楽斎の七人だ。

 そのうち態度を明らかにしているのは四人。

 広繁と宗凡の二人は『抗戦』、老犬斎と有楽斎の二人は『降参』であった。

 ただ、残りの三人は態度を決めかねており、彼らはどちらの意見に挙手することもなかったのだ。

 その為、結局多数決ですら意見がまとまらなかったのだった。


 完全に行き詰まる評定衆たち。

 いたずらに時は過ぎ、彼らの体力と気力を奪っていく。


 そしてついに大阪藩の代官である大野治長が一つの決断をくだした。


「秀頼様に指示を仰ぎましょう」

 

 と――


◇◇


 慶長一六年(一六一一年)一二月一一日 笹倉――


 俺たち豊臣軍は一路西へと進軍を再開した。

 目標は阿蘇山の麓にある阿蘇神社。

 そのあたりは豊後街道沿いでも平原が広がっている。

 そこで大友義統と落ち合うことになったのだ。

 笹倉を早朝に出て、昼すぎには目的地へと到着する予定だ。

 出発してすぐに幸村が俺と馬を並べる。そして不思議そうに問いかけてきた。


「秀頼様。大坂城が徳川軍に囲まれているというのがまことであれば、わざわざ降伏してくる相手を迎えにいく必要などないのではありませんか?」


 俺は彼の問いに静かに首を横に振った。

 なぜなら俺には一つの確信があったからだ。

 

 それは『歴史は変わらない』ということ……。


 つまり笹倉奇襲戦を乗り切ったとは言え、「大友の乱」はこのまま収束していくとは考えにくかった。

 それは俺が『豊臣秀頼』として何度も経験してきたことだ。

 となればもし豊臣軍が大坂城へ戻ったなら、その先に待ち受けている未来はただ一つ。


――熊本城陥落。加藤清正と堀内氏善が戦死……。そして豊臣秀頼もまた死ぬ。


 それだけでは絶対に避けねばならぬ未来だ。

 そしてこのことから導かれるのは……


「大友義統は降伏してこないはずだ」


 と、いうことだ。

 俺の発言に幸村と甲斐姫がぎょっとした顔となった。

 それもそうだろう。昨日『降伏状』を受け取ったばかりなのだから。

 俺は続けた。


「そもそもなぜ大友義統は降伏を決断したのか。それは戦う意味を失ったのだ」

「ええ、それはうかがいました」

「しかし昨日は言わなかったことがある。それは彼が『誰と』戦う意味を失ったのか、ということだ」

「はて……? それはもちろん『豊臣』ではないのか?」

「いや、違う。『徳川』だ」

「徳川だと……!?」

「思い出して欲しい。豊臣軍がなぜここにいるのか」

「徳川家康の命令によって派遣された……つまりそう言うことか!」


 俺は甲斐姫の言葉にコクリと頷いた。

 そうなのだ。俺たちは『幕府の名代』としてここにやってきている。

 つまり『豊臣』でありながら、同時に『徳川』でもあるのだ。

 

 しかしもし、その『徳川』から『豊臣を討て』という命令がくだされたら……。


「まさか……徳川家康殿は大友に我が軍を討てと書状を送られたというのですか……?」

「それは分からない。しかし、一つだけ言えることがある。それは……」


 俺は険しい顔つきで言葉に怒気を込めて言った。


「『今の』徳川家康という男は、どこまでも狡猾で汚い手を使う男ということだ!」


 俺は『今の』という部分を強調した。

 なぜなら俺は『前の』彼を知っている。

 まだ伏見にいた頃の、優しい祖父であった頃の彼を……。

 だからこそ、憎悪すら感じるほどに強引なやり口で豊臣家を潰しにかかっている彼のやり方が許せなかった。


「なんとしても家康の野望を打ち砕く! こんなところで死んでたまるか!」


 俺の力強い言葉に甲斐姫がニヤリと笑った。


「いい顔だ。千殿やあざみでなくても、惚れ惚れしてしまうな」


 俺は思わず口をへの字に曲げて、顔を真赤にして恥ずかしがった。

 その様子を見て甲斐姫はケラケラと笑っている。

 

 と、その時だった。

 和やかになりかけた雰囲気を打ち崩す一報が俺の耳に届いたのは。


「細川忠興様をはじめとする東九州諸藩の軍勢二万が豊後街道に入られました! 西に向かって進軍中! 恐らく援軍に来られたと思われます!」


 俺の周囲の兵たちが「ワァ!」と喜びに湧き上がる。


――これでもし大友軍が攻めてきても、細川軍が助けてくれる!


 と、彼らは考えているに違いない。


 しかし俺、幸村、甲斐姫の三人は違った。

 眉間に皺を寄せながら、俺たちは頷きあった。

 声に出さなくともそれは明らかだった。



 細川軍が豊臣軍の背後を襲いにきたという残酷な現実は――


 

 もし笹倉奇襲戦の直後に豊後街道を東へと戻っていったなら、確実に二万の軍勢とぶつかっていたに違いない。

 わずかな選択の誤りが『死』に直結する現実を、まざまざと思い知らされた瞬間でもあった。


 ますます崖っぷちへと追い込まれていく俺。

 しかしもはや前に進むしか道は残されていないのだ。


 俺は、戸惑う心に鞭を打って、阿蘇神社へと続く道を急いだのだった――


 

逆境去って、また逆境。。。


では次回は大友義統の視点で描きます。

彼のドラマをお送りします。


最後に書籍版の情報を少しだけお伝えいたします。


イラスト化されるのは、

豊臣秀頼、徳川家康、千姫、真田信繁、石田三成、本多正純。

とお伝えさせていただいたかと思います。

彼らに加えて挿絵の中で以下の方々が登場する予定となります!


淀殿、あざみ、明石レジーナ、木村重成、大野治徳


です!

どうぞお楽しみに!

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