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笹倉奇襲戦②

◇◇


「豊臣秀頼よ!! 必ず見つけ出して八つ裂きにしてくれるわ! はははっ!」


 という恐ろしい声が辺りにこだますと、俺、豊臣秀頼は思わず顔を青くした。

 

「ぜ、ぜ、ぜ、全然怖くなんてないからな! ははは……」


 俺は隣にいる木村重成に向かって乾いた笑みを浮かべて見せた。

 すると重成は冷たい口調で言った。

 

「秀頼様。わざわざ口に出さなくても大丈夫です」


 恐らく重成は「落ちついてください!」と言いたいのだろうが、それでは俺が怖がっていることが露見してしまうと考えて、気を使ってくれたに違いない。

 するとそんな彼の気遣いなど露とも知らぬだみ声が、俺の隣からこだました。


「そうだぜ! あんな野郎! 逆に俺が八つ裂きに……! もごっ!」

「馬鹿! 治徳!! 大声出したら見つかってしまうだろ!」


 重成は真っ青な顔をして、大野治徳の口を塞ぐ。

 一方の治徳は顔を真っ赤にして暴れている。

 

 戦場の真っただ中にあっても、大坂城にいた頃と変わらぬ友人たちの様子に、俺の恐怖と緊張は和らいでいった。


「ありがとう」


 俺はしおらしい声で、二人に向かって礼を言うと、二人は動きを止めて怪訝そうに俺を見つめている。

 俺は急に恥ずかしくなって「ゴホン」と咳払いをした後、一度深呼吸をした。

 そして十分に冷静になったところで、背後にいる堀内氏久に声をかけた。

 

「氏久。本当にここに隠れておれば問題ないのだな?」


 氏久はコクリと頷くと、静かな声で答えた。

 

「ここならすぐ近くに逃げ道がございます。それに……」


 彼は隠れている穴からひょっこりと顔を出して辺りをうかがった。

 実は俺たちは彼の指示で笹倉の近くにある小さな洞穴に隠れているのだ。

 氏久は父の堀内氏善に従って肥前国に入ったこともあり、この辺りの地理に詳しい。

 そこで彼に隠れる場所を見つけるのを委ねたという訳だ。

 そして一旦言葉を切った彼は、周囲に人の気配がないことを確認した後、力強く続けたのだった。

 

「それに『火』を避けられますゆえ」


 と――

 

◇◇


「うらぁぁぁぁ!! てめえらも男ならかかってきやがれ!!」


 気を吐きながら、なおも全力で刀を振り続ける甲斐姫。

 しかしいかに彼女が一人で鬼神のごとき働きをみせても限界はあった。

 もちろん真田十勇士の面々や、数十人とは言え精鋭部隊を率いている真田幸村も奮戦している。

 ただ相手も泰巌によって徹底的に鍛えられた屈強な兵たちなのだ。

 混乱のさなかならまだしも、平静を取り戻した彼らが簡単に倒れることはなかった。

 

 こうなると数百人と数十人では完全に分が悪いのは明らかだが、泰巌は彼らとはまともにやり合うつもりはないようで、一進一退の互角の戦いが続いている。

 その理由は泰巌の目的が『豊臣秀頼の首』の一点に絞られている為だと、幸村は考えていた。

 それは、彼らを無視して山中へと消えていく兵たちの数が証明している。

 豊臣軍はどうにかして泰巌の軍勢を引きつけようと猛攻を加え続けたが、捜索の網はどんどん広がっていく一方。その状況を危惧した海野六郎が血相を変えて真田幸村の元へ駆け寄ってきた。

 

「幸村様! このままでは秀頼様が見つかってしまいます! 何とかしてここを離れましょう!」


 しかし幸村は強気の姿勢を崩さなかった。

 

「諦めるな! 一人でも多くの兵をわれらに釘付けにするのだ!」

「御意! やれるだけやってみます!」

 

 海野六郎は幸村の激励に表情を引き締めると、再び敵軍の中へと消えていった。

 その背中を見て幸村自身も腹に力を入れる。

 確かに六郎の進言の通りに、ここを離れるのが得策かもしれない。

 だが彼はその選択を取らなかった。

 いや、取れなかった、と表現する方が的確だ。

 

――泰巌は我が軍が退却していく瞬間を狙っているに違いない!


 つまり秀頼が逃げ伸びていく時を狙って、彼の精鋭たちが猛烈な突撃を繰り出してくることは明らかなのだ。

 

「秀頼様……どうか御無事で……もう少しの辛抱です」


 彼は祈るように呟くと、ぎゅっと口を結んで前を向いた。

 そして天に轟かすような咆哮を上げた。

 

「われこそは真田幸村ぁぁ!! 全軍、突撃ぃぃぃぃ!!」


――オオオオオッ!


 散兵戦術によって、周辺に散っていた彼の率いる兵たちが一斉に喊声を上げると、銃に刃を取り付けて決死の突撃をしていったのだった――

 

◇◇

 

「まだ見つからぬか……?」

「も、申し訳ございません。恐らくここらの土地に明るい者が敵にはいるようでございます」

「……で、あるか……」


 既に交戦が開始されてから四半刻は経過している。

 そして兵たちの捜索の網は周辺の山中を張り巡らされていた。

 それでも豊臣秀頼を見つけられないとの報告に、さすがの泰巌も内心では苛立っていた。

 だが彼はそれを表には出さずに、いつも通りの能面のような無表情を貫いていた。


「いかがなさいましょう? これ以上辺りが暗くなっては、兵たちを無駄に疲れさせるだけです。ここは一度引いて、また明日にでも……」


 そう言いかけた兵に、泰巌はぎろりと一瞥をくれた。


「貴様。余に指図するつもりか?」

「い、いえ! 滅相もございません! では、引き続き捜索にあたります!」


 兵は慌てて頭を下げると、即座にその場を後にしようと試みた。

 だが泰巌は「いや、待て」と、彼を引きとめた。

 そして彼に次の一手の指示を出したのだった。


「火を放ち、あぶり出せ」

「し、しかしまだ山の中には味方も多く……」


――ドカッ!!


 兵が言いかけた瞬間に泰巌の足が彼の腹を蹴り飛ばした。


「誰が余に指図せよと命じた?」

「ぐふっ……も、申し訳ございません……」

「分かれば早く火を放つよう命じよ」

「ぎょ、御意」


 逃げるように去っていく兵の背中に、突き刺すような冷たい視線を浴びせる泰巌。

 彼は気持ちを落ちつけようと目を瞑ると、小さな声で呟いたのだった。


「比叡山と同じ……か……くくく」



 そして間もなく彼の視界には橙色の光が、ぽつぽつと見え始めた。

 それは徐々に広がっていき、ついには周囲を囲む火の輪と変わっていった。

 

 彼はその様子を見ながら両手を広げた。


「うわはははははっ! 燃えろ! 燃えてしまえ!!」


 その笑い声に混じっていたのは、火に巻き込まれて死んでいく泰巌の兵たちの叫び声。

 まさに地獄絵図のような光景が、阿蘇山の麓の小さな平野で繰り広げられていったのだった。


◇◇


「おいおい、まじか……あの野郎、本気で火を放ちやがった……」


 先程まであれ程息巻いていた治徳も、目の前に広がる光景と、聞こえてくる兵たちの叫び声に、顔を青くしている。


「だ、だ、大丈夫なんだよな!? ここにいれば火を避けられるんだよな!?」


 俺は声を裏返して氏久に問いかけた。

 すると冷たい口調で答えたのは、重成だった。


「大丈夫です。ここは水場ですし、周囲より少し低い位置にございますので、火の手が届きません」

「そ、そうか。ならよいのだ」


 俺は彼の言葉に平静を取り戻して、穴の中で体育座りをして上空を見上げる。

 頭上で真っ赤なな炎が飛び交っている光景はなかなか見れるものではない。

 幻想的とも言えるその光景を、頭を空っぽにしてじっと見ていたのだった。


 ‥…と、その時だった。


「ううっ……たすけて……」


 と、穴の外から助けを求める声が聞こえてきたのだ。

 俺たちは互いに顔を見合わせた。

 すると重成が、小さな声で言った。


「敵兵としか考えられません。なので絶対に様子を見に行ってはなりませんぞ!」


 俺たちは一斉に頷く。

 その直後に再び声がしてきた。


「ああ……おっかあ……どうやら俺はここまでじゃあ……親不孝な息子であったことを許しておくれ……」


 と、すすり泣き始めたのだ。


 次の瞬間…・…


――バシャッ!


 俺は足元の水を全身に振りかけた。

 その様子に重成が目を丸くする。


「秀頼様? 何をなさっておられるのですか?」


 俺は腰から手ぬぐいを取り出すと、それを口元に巻いた。

 もちろん煙を吸い込まないためだ。

 そして低い声で重成に告げたのだった。


「目の前で死にかけている人がいる。それを助けずして、太閤を継ぐ者と言えるか!」

「お、おやめなされ! 相手は敵なのですぞ!」


 俺は重成の制止を振り切って穴に手をかけた。

 そして振り返らずに言った。


「相手は敵である前に人だ。馬鹿者が」


 そして俺は燃え盛る山の中へ足を踏み入れたのだった――


 

 


秀頼くん……

大人しくしていればいいものを。。。

さあ、次が笹倉奇襲戦のメインです!


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