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風雲!関ヶ原の戦い!④激突開始 ※挿絵あり

本作品における、関ヶ原の戦いの布陣図を掲載いたします。


史実と異なる箇所は、架空の事とお考えいただければと思います。


また非常に低いクオリティの図ではありますが、ご容赦願います。


◇◇

慶長5年(1600年)9月14日 辰二つ時(午前七時半) 笹尾山――


濃い霧が立ち込める中、豊臣秀頼と霧隠才蔵を見送った後、石田三成は深いため息をついた。いつも傍らにいた島左近は、既に戦場の前線にて目の前の黒田隊とにらみあっている。

彼は静寂の中で孤独とも戦いながら、これからの事を考えていた。


「この霧が晴れるまでは攻撃は加えてこまい…」


深夜の中での戦いと同様、この濃い霧の中において、敵が見えない中で戦う事は大きな危険を伴う。

あの慎重な家康が早々安易には動いてこないはずだ、そう踏んでいた。


「そうなると、殿下の書状が届くかもしれぬ」


ふとその事を思うと肩の力が抜けてくる。


もしそうなれば戦は始まらずして終わる…

そう考えると、少し気が軽くなるのはなぜなのだろう。

もしかしたら心のどこかでは、家康との決戦を避けているのか…

それはなぜだ?怖いのか?

自問するうちに明らかになる自身の本心。

弱気、不安、願い…それら全てに彼は不快を感じていた。

そしてそれらを振り払うように、ぶるぶるっと首を振り、パンと両手で頬を張る。


「今更和睦など…どちらかが死ぬまで雌雄を決するべし!」


と、声に出すことで、今一度自分で気合いを入れ直すのであった。


彼は状況の整理を始めた。


遠くに見える桃配山には徳川家康の本隊の大軍勢が控えているはずだ。

その背後の南宮山には味方の毛利秀元。しかし家康に対して山を越えて背後から攻撃するのは不可能であろう。山を下りる必要がある。その麓には吉川広家が控えている。

そしてその軍勢を牽制するように、山を下りた先には浅野幸長と池田輝政の徳川軍が陣を張っていた。

戦の開始とともに毛利と吉川は合流して池田と浅野を攻め立てる。さすがに軍勢の大きさが異なる。いかに池田と浅野が善戦しても、圧倒的な数の差で崩れていくことは必定だ。

そしてそれを破った後は、徳川軍の右から一気に攻撃をしかける想定だ。


中央は石田三成の本隊を守るようにして左に島左近。中に島津義弘、小西行長。右に宇喜多秀家とその家臣を配置した。彼らは徳川軍の本丸とも言える諸将と正面からぶつかる。その諸将とは、黒田長政、細川忠興、福島正則といった豊臣恩顧の武将たちに加え、井伊直政や奥に控える本多忠勝といった徳川譜代の武将たちの布陣だ。ここでは死闘が繰り広げられるだろう。

ここは互角であれば良しと考えていた。


そして最後に三成から見て右側。

そこには西軍の中でも宇喜多勢と並び、最大の兵力を誇る小早川秀秋が松尾山に陣を構えている。

その松尾山の麓には赤座、朽木、小川、脇坂隊が控え、中央よりの大谷吉継の軍勢を加えて、徳川軍の左脇を攻め立てる手はずとなっている。

もちろん小早川秀秋が三成の思い通りに動いてくれれば…の話ではあるが…

しかし、仮に彼が動かずとも大谷隊を始め、戦力は十分だ。


右、中央、左と包み込むようにして攻撃をしかければ、さすがの戦上手の家康でも退かざるをえまい。


これが三成のはじいた勝算であった。


しかし不安材料はもちろんある。

それは言わずもがな、小早川秀秋の動向だ。それに吉川広家と毛利秀元も怪しい。

左右の翼がもし機能しなかったら…

ただ三成には彼らに対しても「こちらが有利と見れば、彼らはさらに翻意するはずだ」という推測をしていた。


つまりは緒戦が肝要。


その一端が昨日の杭瀬川での勝利であった。そしてこの本戦に対しても、序盤でこちらが有利に進められれば、彼らもそれに乗ってくるに違いない。


「霧が晴れるまでが和睦の期限…」


それがなされなければ、この笹尾山の視界が鮮明となると同時に、法螺を吹かせるつもりだ。

例え秀頼が家康の元に書状を届けていたとしても…


先制攻撃――それが自分たちの命運を握ると三成は考え、霧で覆われた関ヶ原を見つめるのであった。


◇◇

徳川家康は桃配山の本陣の中にあってまだ「恐れ」に心が静まることがなかった。

それはもちろん「もしかしたら今すぐにでも秀頼からの使者が和睦状を持参してくるのではないか」という不安からである。

籠手で覆われた親指の爪をかむことは叶わない。そのため、足を小刻みにゆすって、その不安をあらわにしているのであった。

もちろん彼がそんな気弱な姿を見せることが出来る人間など限られている。


言わずもがな、傍らに坐する本多正純もそのうちの一人であった。

正純はそんな家康などお構いなしに、憎たらしいほど冷静沈着なすまし顔で、静かに前を見つめていた。


「お前はとことん憎たらしい奴よのう、弥八郎(本多正純のこと)」


たまらずに家康は自分とは対照的な正純をなじった。

しかし正純は今や日本一の大大名に対しても皮肉で返すほど、その肝はすわっているようだ。


「殿が弱気すぎるのです。何を今更、怖がっておられるのでしょうや。もはやこの時点で使者がこようとも、『大一番の前ゆえ、お引き取り願いたい』と一蹴すればよいのです」


「しかし、もし石田冶部が和睦状を持ち、わしがその使者を無碍にしたと世にさらされたら、それこそわしの立場が危うくなるではないか?」


「その時はしらを切ればいいのです。お得意でしょう?」


「ふん、とことん可愛げのない奴だわい」


そう言うと家康は正純から目をそらして、より一層いらついた様子で足を小刻みに揺らすのであった。


「ああ…いっそ早く戦が始まってしまえばいいのだがのう…」


本陣の中にも立ち込めている霧に対して、恨めしそうに家康は漏らすと、その言葉に耳を動かした正純は、「待ってました」と言わんばかりに家康に向き直った。


「そんな事でございましたら、この正純が何とかしましょう」


なんでもないように、あっさりと言い放つ正純に、驚きの表情の家康は足を揺らすのを止め、身を乗り出すようにして問いかけた。


「なんだと…?しかし霧が晴れるまで、福島には『動くな』ときつく申しつけてあるし、先鋒は彼と決めてあるではないか?どうするつもりなのだ」


その問いかけに口元を少し緩めた正純は、意味ありげな言葉で答えた。


「この霧の中です。何かが偶然起ってしまっても、それは仕方のないことでしょう」


「偶然か…」


家康はその言葉で何を意味しているのか理解したようで、正純の視線を受け止めると、静かに頷いた。

そして自分の進言が認められたことに、すまし顔の正純の頬は、喜色でほのかに紅くなった。


「では、私が行ってまいります。それと金吾中納言様にも動いていただきましょう。

早く決着させたいとお見受けしますので…」


「ふん、無茶だけはしてくれるな。戦場である事をゆめゆめ忘れるなよ」


「御意」


口達者で憎たらしい正純だが、家康にとっては寵愛している子飼いの将だ。

その身に何かあってはならぬと気を使って、心配した顔で彼の背中を見送るのであった。


◇◇

「井伊の赤備え」と言えば、この時代にあっても世に知られた軍団だ。

その軍律は厳しく、譜代の家臣でさえも出奔してしまった事もあるくらいだ。

その井伊隊は福島隊と並ぶようにして、最前線で待機していた。

その布陣は縦に長く、殿に位置する直政から前線の兵を確認する事は出来ない。その中腹ほどに西郷重員が率いる約50人の一個隊が、出陣を今か今かと心待ちにしていた。

この西郷重員は老齢の父の名代として参戦している。主君直政に絶対の忠誠を尽くす、実直な男である。

その彼に本多正純が馬を飛ばして、伝令にやってきた。最初は霧の中にあり区別がつかない様子であったが、めざとく彼をみつけると、すぐに近づいて馬を下りた。


「重員殿!殿からの伝言にございます!」


正純の徳川家康からの伝言という言葉に身を固くしている重員に向かって、


「この霧の中だ。間者が紛れていないか、特に前線の方を注意するように。

とのお達しである!」


と、正純はもっともらしい言葉をかけて、暗に見回りをするように促したのだ。

実直な重員はその言葉の意味を理解したのか、


「御意にございます!」


と、返事をして、そのまま彼の軍勢を率いて前線の方へと駆けていったのだった。


正純は霧の中へ消えていく重員を見て、ニヤリと口元を緩めた。


「あら…言い忘れておりました。霧の中ゆえ敵と遭遇してしまうやもしれぬので、くれぐれも馬飛ばしすぎるな…と…ふふふ」


思わず笑い声が漏れてしまうのを抑えきれずに、次の目的地へと馬を急がせたのであった。


◇◇

前日、秀頼たちが足止めされた不破の関に、一人の武者が馬に汗をかかせて、先を急いでいた。そして彼は馬上のまま、


「拙者はお味方の脇坂安治殿の者である。火急の用件で、金吾中納言殿に伝令がございます!

ここを通らせていただく!」


と、通り抜けていった。

霧の中にあって対応が遅れた大谷の兵は、その背中を呆然と追うより他なかったのだが、「お味方の兵であるし、まあよいか」とさして重要視はしていなかったのである。

しかしすでに徳川方と内通している脇坂隊のこの兵は、本多正純から小早川秀秋へ「合戦開始とともにすぐに石田へ攻撃を開始すべし」との伝言を持ってそこを通過したのだった。

同じ達しは小早川だけではなく、麓に陣を構える四将…赤座、小川、朽木、脇坂にも伝えられた。

つまり大谷隊は自分たちを合戦開始とともに窮地に追い込む要因を、みすみす先へ行かせてしまったのであった…


◇◇

明石全登は宇喜多勢16,000のうち、半分にあたる8,000もの兵を任せれていた。

ここに秀家がいかに全登のことを頼りにしていたかがうかがいしれよう。

そしてこの全登隊は大所帯にも関わらず、最前線で音も気配もなくひっそりと待機していたのである。

さすがにこの大軍で伏兵というわけにはいかないが、背の高い草むらの中にあって、近づいてきた敵を驚かせて足止めすることは、彼なら可能なのかもしれない。そう思わせるほど、彼らは静かに時を待っていたのである。


「むむ…ここにはもうお味方はいないのか…?」


と、そこに50人程の小隊が列をなしてやってきた。

その頭と思しき男が馬を止めてあたりを見回している。後から追いついてきた兵たちはみな馬には乗っていないが、素早く彼に追いつくとそこで足を止めた。


「少し深入りし過ぎたようだ。戻るぞ!」


重員はそう号令をかけると、馬の首を反転させてもと来た道へと駆けていく。それを歩兵たちが駆け足で追っていくのだった。


…とその時であった。


ガサガサッと草の揺れる音がしたと思うと、

「なにやつ!?ぐわあっ!」

と、重員の背後の兵から叫び声が聞こえてきた。


「敵兵か!?皆の者!走れ!退くのだ!」


彼はそう命じると馬の腹を蹴り、兵たちの道しるべとなって前へ前へと進んでいく。

その間にも彼の背中からは、自分の兵たちが討ち取られていく音や声が耳をついていた。


「むう…かくなる上は…」


一度馬を止め彼は、自分の兵を助けるべく殿(しんがり)を務める覚悟を決めた。しかしそれは自分からの交戦をしかけることであり、総大将の家康から固く禁じられている「抜け駆け」を意味していた。

それでも彼は懲罰を覚悟の上で、自分の兵を守りにいく事を決めたのだった。

そして再び馬の腹を蹴ろうとしたその時だった。


「おお!いたいた!正純殿の言う通りであった!無事であったか!?」


と、大きなかすれ声の大男が重員の前まで馬でやってきた。


「井伊の小隊が霧の中を迷いこんでしまったのを見かけたゆえ、様子を見に行って欲しいと頼まれたのだ!

お主の兵はみな無事か!?」


お家の将以外には(うと)い重員であるが、さすがに目の前にやってきた男を知らないわけにはいかない。

なぜならこの人こそ、徳川方の先鋒という名誉を勝ち取った、福島正則その人なのだから。


「これは…福島殿か!?馬上でかたじけない!まだわが兵が敵に襲われております!」


救援を求めるような重員の言葉に、正則は顔をすぐに赤くして大声を張り上げた。


「むむっ!また奇襲か!おのれ、佐吉め!!どこまで小汚ない手を使うのだ!もう許せん!!

おい!皆の者!敵はすぐそこにおる!

赤備えの兵以外を全員討ち取ってしまえ!!」


「おお!!」


正則の背後にいた彼の精鋭たちは、その正則の号令に従って、一斉に突撃を開始した。

そしてその突撃とともに、戦の開始を告げる貝が吹き鳴らされ、辺りは東西の兵たちによる鬨の声で大地が揺れた。


ここに関ヶ原の戦いがきって落とされる。


徳川家康の「恐れ」と、本多正純の「偽言」によってそれは史実よりもかなり早く開始されたのである。


そしてこの「徳川の攻め急ぎ」は、この後の戦の流れに大きく影響し、史実からかけ離れる結果となるのだが…


この時、徳川家康も石田三成もそんなことなど知る由もなかったのである。



【関ヶ原の戦い布陣イメージ(戦前)】

※参戦している武将の一部

挿絵(By みてみん)


次回は、大谷吉継と吉治親子の軍の奮戦の模様になります。


これからもよろしくお願いします。


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