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さらば! 豊臣秀頼!

◇◇


 慶長一六年(一六一一年)一〇月七日――

 

 ついに俺たちは駿府城に到着した。

 そして、俺の『豊臣秀頼』としての人生の終着点でもある。

 俺は駕籠から降りると、雄大な天守を見上げた。

 

――さあ、いよいよ仕上げだ。


 と、気合いを入れると俺は自分の足で一歩、また一歩と踏み出した。

 そして笑顔で両手を広げている徳川家康の元へと急いだのだった。

 

◇◇


 その日の夜――

 

 盛大な饗応が催された後、俺は通された部屋ではなく人気のない中庭で真田幸村と甲斐姫と共にいた。

 

「周囲には誰もおりません」


 真田十勇士の一人である猿飛佐助が幸村に報告した後、俺はゆっくりと口を開いたのだった。

 

 

「俺は元の時代に戻ることにした」



 俺の突然の告白にも、動揺することなく、じっと俺を見つめている二人。

 その様子から「いつかはこうなるのではないか」と二人とも予想をしていたことが分かった。

 そして俺は謎のフードの少女との会話の内容を全て語ったのだった。

 

 

「なるほどね……で、いつこの時代から去るのだ?」

「明日……」

「明日なのか! また随分と急なことだ。……で、千殿には話したのかい?」


 甲斐姫の問いかけに、俺は首を横に振った。

 すると彼女は首をすくめて言った。

 

「まったく……まさかこのまま何も言わずに『中身』だけすり変わろうって考えているんじゃないだろうね?」

「いや……きちんと話すつもりだ」

「なら今すぐにでも話してきな。どうせここから去る寸前にでも話せばよい、とでも考えているのだろうが、少しでも早く話してやる方が彼女にとっては幸せなことだと心得よ」

「そ、そうか……」

「何をぐずぐずしておるのだ! 早く行かないと、彼女は寝てしまうぞ!」

「あ、ああ! 分かった!」


 俺は彼女に背中を押されるように歩き始めた。

 そして最後に二人に向かって深々と一礼し、

 

「今まで御世話になりました!」


 と、言い残してその場から立ち去ったのだった。

 

◇◇

 

「お千や。起きているかい?」


 俺は千姫の部屋の前まで来ると、静かな声で中に向かって呼びかけた。

 ただ、心の中では「寝ていてくれれば、告げるのを明日に引き延ばせるのに……」と、意気地のないことを呟いていた。

 しかしそんな俺に対し、いよいよ逃げ道がなくなる一言が部屋から聞こえてきたのである。

 

「秀頼さま……?」


 少し寝ぼけた声。

 恐らくうとうととし始めたところだったのだろう。

 長旅を終えたばかりな上に、多くの人が集まった饗応にも参加して気を使ったのだ。

 非常に疲れているに違いない。

 俺は申し訳ない気持ちになりながらも、腹を決めて語りかけた。

 

「少し話したいことがあるんだ。ちょっと外に出てこれるかい?」

「え、ええ。少しだけお待ちください。上掛けを羽織って参りますので」


 驚きながらも、俺の誘いに対する喜びが感じられる声だ。

 俺は胸が苦しくなるのをどうにか抑えながら、彼女が部屋を出てくるのを待ち続けた。

 そして、静かに襖が開けられると同時に彼女が出てきた。

 

 秋の月夜の光が彼女を青白く照らす。

 出会った頃に比べると当たり前だが、随分と大人っぽくなったものだ。

 

 俺は思わず目を細めながら、彼女の手を優しく取った。

 

「秀頼さま?」

「少し歩こう」

「え……はい」


 暗がりの中でも彼女の頬がほんのりと赤みがかかったことが分かる。

 俺は彼女の少し汗ばんだ手を、しっかりと握ると足を早めた。

 

「ど、どこへ行かれるのですか?」

「どこでもよいではないか。われは二人でただ歩きたいだけなのだ」


 これは俺の本心であった。

 結局俺たち二人は最後まで、二人きりで大坂城の外へ出ることはかなわなかった。

 どこへ行くにも必ず侍女がおり、二人で部屋で過ごしている時も、襖の外には小姓が待機していた。

 

 だから、こうして誰の目に止まることなく、二人で歩むことは俺の願いだった。

 

 もっと二人とも大人になって、二人の子供が出来て、江戸や京の街を家族だけでのんびり歩く、そんな日が来ることを願っていた。

 

 でも……俺は結局負けてしまったのだ。

 

 歴史の歯車と徳川家康に……。

 

 それでも俺が負けることで、彼女が幸せになれるなら――

 

 

「秀頼さま! 何かお話があるのではなかったのですか!?」


 

 俺は彼女の言葉にはっとして、足を止めた。

 そして彼女の手を離し、わずかに距離を取った。

 彼女にとっては足が速すぎたのだろうか。息が少しだけ荒くなっている。

 俺は彼女の息が落ち着いたのを見て、ゆっくりと口を開いた。

 

「ああ……大切な話がある。心して聞いて欲しい」


 俺がぐっと目に力を入れると、彼女は心配そうな顔をしてごくりと唾を飲み込んでいる。

 

 俺は一度目を閉じた。

 

 すると在りし日の彼女との思い出が、さながら走馬灯のように駆け巡っていく。

 

 

――だいじょうぶですか!?

 出会いは、心配する顔だった。

 

 

――秀頼さまなんて、だいきらいじゃ!!

 あの鉄拳は今思い出すだけでも顎が痛くなるな。

 

 

――むぅぅぅ!! 殿のばかぁぁぁ!!

 はじめは怒らせてばかりだったよな。

 

 

――秀頼様! また千をのけものにするおつもりですか!?

 いつでも俺の背中を追いかけてきていたな。

 

 

――千は嬉しいです! 秀頼様!

 そして共にいるといつでも喜んでくれた。

 

 

――馬鹿! 馬鹿! 秀頼さまの馬鹿!! どれだけ千を待たせるのですか!!

 ごめんよ。今思えば、いつも君を待たせてばかりだった。

 

 

――千と…… 千と夫婦になることを喜んで欲しい…… 千と同じくらいに……。

 ああ、俺は君と共にこの時代を過ごせたことが、本当に嬉しかった。

 

 

――千も幸せにございます!

 本当に俺は君を幸せに出来たのだろうか。

 

 

 そして……

 

――秀頼さまぁ! だいっ好きじゃ!!


 この笑顔に俺は何度も救われたんだ。

 

 どんなに逆境の中にあっても、一寸の曇りなく俺だけを見つめてくれていた。

 どんなに周囲が騒がしくなろうとも、ひまわりのような笑顔を向けてくれていた。

 

 俺はそんな彼女が、愛おしくて仕方ない。

 それは恋愛感情とか家族愛とか、そんなありふれた言葉では全く足りない。

 

 

 無限に広がる愛――

 

 

 ゆっくりと目を開けて、千姫を見つめる。

 彼女はこれから俺が話す内容の見当もついていないだろうが、既に目にいっぱい涙をためていた。

 

 

 俺はついに意を決して口を開いた。

 

 

「俺は……俺は本当の豊臣秀頼ではない。見た目は変わらぬが、中身は遠い未来からやって来た近藤太一という男なのだ。そして俺は明日、再び未来に戻る。つまり本当の豊臣秀頼と再び中身が入れ替わるんだ」



◇◇


 翌日――

 

 俺は伊茶と、そして事情を知る真田幸村、甲斐姫と共に部屋に入った。

 伊茶の手には『悠久の時を超える石』がしっかりと握りしめられている。

 俺は彼女と頷き合うと、そっと彼女の手に自分の手を重ねた。


 すると甲斐姫がわずかに怪訝そうに問いかけてきた。


「おい! 千殿にはしっかりと話したんだろうな?」

「ああ、昨晩話をした」

「ではなぜここにいないのだ?」


 そう彼女の言う通り、今この場に千姫の姿はない。

 しかし俺は本当に彼女に全てを話したんだ。

 その間、彼女はただ泣いていた。

 そして最後まで一言も発することなく、自分の部屋へと消えていったのだ。


 今朝の朝げにも姿を見せなかった。

 心配した彼女の侍女の蘭が様子を見に行くと、布団を被ったまま、「少し気分が優れないだけだから心配しなくてよい」と、声を出したらしい。



 なおも眉をひそめている甲斐姫に代わるようにして、幸村が俺に近寄ってきた。


 そして彼は右手を差し出してきた。


「握手をいたしましょう」

「えっ……?」


ーーガッ!


 彼は強引に俺の手を取る。

 分厚くて、硬いてのひらだ。

 

 すごく大きくて……

 すごく強くて……

 すごく熱い……


 俺の大好きな手だ。


 俺たちは言葉を交わすことなく互いを見つめ合った。


 そして幸村の方から話しかけてきた。


「初めてお会いした時を覚えてらっしゃいますか?」

「ああ、よく覚えている」

「あの時はそれがしの方からお別れいたしました。そして秀頼様はお一人で豊臣家を守ってこられた。今度は秀頼様からお別れをされますね。ならばそれがしが守ってみせましょう。豊臣家を」


 幸村の手がゆっくりと離れる。

 すると代わって俺を覆ったのは甲斐姫の抱擁だった。


「さらばだ。安心しろ。秀頼殿は必ずわらわが守ってみせる」

「ああ、頼んだぜ。師匠……」


 甲斐姫が離れる。


 そして伊茶の手に今度は両手をしっかりと乗せた。


 『悠久の時を超える石』から眩い光が放たれる。


 いよいよ俺は『豊臣秀頼』でなくなる。


 今までありがとう。


 そして、さらばだ! 豊臣秀頼!



 …‥と、その時だった。



「お千!!」



 千姫が姿を現したのだ――



 お気に入りの……俺が贈った『黄色』の小袖を着て――



「秀頼さまぁぁぁぁ!!」

「お千!!」



 彼女がこちらに駆け寄ってくる。

 しかし光は強くなっていく一方だ。


――バッ!!


 彼女は俺の胸に両手を広げて飛び込んできた。


 しかし……


 彼女は俺をすり抜けて床に倒れ込んだ……。


「秀頼さま!! いやっ! 行かないで!!」

「お千!! 心配するな!! 秀頼は必ず君を幸せにする!! だから泣くな!!」

「いや! いやなの! 秀頼さまは秀頼さまじゃなきゃいやなの!!」


 懸命に俺に触れようとする千姫。

 しかし……


 ついに俺の体を彼女が触れることは出来なかった――


 俺は……


 光の彼方へと意識を飛ばしていったのだった――



◇◇


 こうして俺の豊臣秀頼への転生ライフは幕を閉じた。


 


 



 ……かに思えた。


 しかし……


 元の時代に戻った俺は、わずか数時間後に叫んでいたんだ。

 その右手には『歴史の教科書』。




「おのれぇぇぇぇぇ!! 徳川家康めぇぇぇぇぇ!! 俺を本気で怒らせたな!!」




 そして……


 再び俺の前に現れた謎のフードの女。


 彼女は顔を上げると、俺に告げた。



「いい目をしてるじゃねえか。男なら根性見せな!」



 迷うはずもなかった。



「待ってろよ、家康!! 俺が貴様をぶっ潰してやる!!」



~第二部 完~


お待たせしました。


ここから待ちに待った展開の開幕です。


大阪の陣をぶっ飛ばすぜ!!


応援の感想をくださると嬉しいです。。。

お手間をおかけしてしまいますが、秀頼くんへの応援でもよいので、一言いただけませんでしょうか。

何卒よろしくお願いします!

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