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決闘の時

この章の山場です。

ご一読のほどよろしくお願いいたします。

◇◇

 

 甲斐姫と幸村が部屋を出ていくと、俺は一人で今後のことを考えることにした。


――徳川との対決を避けて、彼らに屈するべきか……。


 いや、『屈する』というのは語弊があろう。

 正確には徳川と豊臣の『共存』の道だ。

 それは俺が常々考えていたことだ。

 その『共存』の形を少しでも優位なものとすべく、領内の富国強兵に努めてきたのだ。

 全て『天下万民が笑顔で暮らせる世を実現する』という大志のためだ。


 そして今、『千姫の幸せ』という一つのきっかけを元に、徳川家康から『共存の形』が示された。

 それが『武蔵国転封』と『豊臣秀頼と千姫の江戸定府』だ。

 このうち『江戸定府』だけをのみ、領地は引き続き大坂とする。

 その理由は徳川による豊臣家の政治介入をなくすことと、俺の父太閤秀吉の大切にしてきたものを守るためだ。


「ここらが落とし所か……」


 しかし、もしこのまま軍備強化を進めていったら数年後には徳川と対等に渡り合えるだけの国力となるのではないか。

 そうなればいくつかの大名たちは豊臣方に加担するのではないか……。

 そんな野心が全くないか、と問われれば嘘になる。


 だがもし豊臣と徳川が真っ向勝負で互いを消耗させたなら、必ず出てくるはずだ。


 第二の『黒田如水』が――


 かつて彼は関ヶ原の戦いにおいて、徳川と石田の両者が潰し合った後に、漁夫の利を狙っていた。

 そして今、もし史実の通りに大阪の陣が勃発したらどうなるか。

 史実よりも激戦が繰り広げられることは確実である。

 そこを突いて天下を狙わんとする勢力があるとすれば……


 大友か!


――余を失望させるでない。


 この言葉の裏には、『徳川と良い勝負をすることを期待している』という意味が隠されていたのではないか。


 そしてもし、彼らが他の勢力……例えば毛利や伊達らと秘密裏に手を結んでいたなら……



 天下は再び騒乱の世となってしまう――


 

 ここまで考えると、俺の腹はようやく決まった。

 そして部屋に再び、幸村を呼んだのだった。


 全幕僚を京の学府に集めるために……。

 

 


◇◇


 慶長一五年(一六一〇年)四月二〇日 豊国学校学長室――


「お待ちしておりました。皆お揃いでございます」


 石田宗應が去り、新たな学長の座についた明石全登が、俺の入室を出迎えてくれた。

 俺は彼の背後にずらりと顔を揃えている人々を彼の頭越しに見る。

 そこには豊臣の全幕僚が顔を揃えていた。

 彼らは一様に緊張の面持ちで、俺のことを見つめている。

 ぴりぴりとした威圧感に思わず足がすくんでしまいそうになるが、逃げる訳にはいかない。

 なぜなら俺は……


 これから彼らとの『決闘』に向かうのだから――


 俺が席につくなり、まず口を開いたのは石田宗應だった。


「では早速、秀頼様の口より、徳川殿との会見に対するお返事をいかがしようとお考えか、お話しいただきましょう」


 逃げ道を早くも防ぐ宗應。

 彼の視線からは明らかに俺が考えていることに対する反対の色が濃い。


 実は今回の幕僚会議については、前もって議案だけではなく俺の考えが伝えられていた。

 それは『豊臣秀頼と千姫、さらに淀殿や側室たちは、江戸城に移ること』と『大坂城には代官を置き、大阪藩の藩政はその者に任せる』ということだ。

 つまり言い換えれば『豊臣家は天下を徳川家に譲ること』を意味しているのだ。

 なお幕僚は、真田幸村、甲斐姫、石田宗應、加藤清正、堀内氏善、大谷吉治、明石全登、桂広繁、大崎玄蕃。

 そのうち俺の意見を応援してくれそうなのは真田幸村と甲斐姫の二人のみ。

 石田宗應と加藤清正の二人は『断固反対』の立場を会議前から表明し、残る面々は態度を明らかにしていないが、少なくとも全面的に賛同してくれるはずもないだろう。

 なぜなら今まで彼らが粉骨砕身となって働いてきたのは全て『対徳川』のためだったのだから。


 全てを燃やし尽くすような業火の視線を俺に向けている加藤清正。

 触れるものを凍らせてしまいそうな冷酷な目をしている石田宗應。

 二人の視線の前に俺はごくりと唾を飲み込むと、腹を決めて口を開いた。


「われの最大の目標はみな知っての通り、『天下の全ての民を笑顔にすること』である。その為にわれが成すべきこととは何か。みなが『幸せ』に暮らせるようにするには、豊臣と徳川がどうあるべきか、それを真剣に考えたのだ」


「その結果が『徳川への降伏』なのでしょうか?」


 突き放すような宗應の口調。

 膝が自分のものではないのではないかと思ってしまう程に笑っている。

 正直言って立っているだけでも辛い。

 だが俺は俺の貫くべき信念のために続けた。


「宗應よ。降伏ではない。『共存』だ。徳川はすなわち豊臣であり、豊臣はすなわち徳川。そのような関係を作れば、互いに傷つけることなく天下泰平の世を築けるのではないかと、考えたのだ」


 すると横から明石全登が淡々とした口調で発言した。


「物は言いようでございます、秀頼様。世にはついに徳川が豊臣を飲み込んだと捉えましょう」

「世間の風潮など何とでも言わせておくがよい。徳川と豊臣が互いの意地の為にぶつかり合い、得をするのは誰だ? 日本には誰もおらぬ。むしろ西洋の国々が疲弊した日本を飲み込まんと押し寄せてくるのではないか? それを分かっているのは、全登。他でもなくお主であろう」


 俺の言葉に全登は口を引き締めて頭を下げる。

 次に彼に代わって口を開いたのは大谷吉治だった。


「しかしこうして仲間を集め、軍備を強化してきたのも、全て徳川に勝つため! もし秀頼様のお考えの通りに進んでは、今までの労苦は全て水の泡でございます!」

「そんなことはないぞ! 徳川殿の出してきた『武蔵転封』と『江戸定府』の二つの条件。このうち一つを反故に出来るならば、それはお主らが今まで行ってきた強兵の結果であろう! ならば今までの努力は決して無駄ではない!」


 次から次へと人を変えながら俺を攻め込んでくる幕僚たち。

 まさに銃弾を浴び続けているような心地であったが、俺が逃げることは許されない。

 俺には彼らの言葉と魂を受け止めなくてはならない『責任』があるのだから。


 次は桂広繁だった。


「今まで作ってきた銃および長居の砦はいかがなさるおつもりか?」

「無論、わが大坂藩の手元に残す。そして領内での軍備強化は引き続き進める」


 俺の回答に大崎玄蕃が口を挟んだ。


「それを徳川が認めるとお思いか?」

「認める、認めぬという話ではない。豊臣家は畿内および西国を守る砦。それなりの軍備を整えずして、天下泰平が守れるだろうか。これは誰かによって制限されるものではない。富国強兵は我が藩の礎である」


 次は堀内氏善。


「船はいかがなさるのか!? そして琉球とのことや造船所は!?」

「無論これも今まで通り。ついでに言えば、島津との盟約も堺からの貿易もだ。つまり今までと何ら変える必要などないのだ。これは大坂や豊臣を強くする為の政策ではない! 日本を強くし、民を豊かにするための天下の政策である!」


 一旦そこで話が切れる。

 俺の顔は真っ赤に紅潮し、汗がしたたり落ちている。

 もし今が冬ならば恐らく湯気も出ていたことだろう。

 それほどに俺は熱くなって彼らに対峙し続けていた。

 そしてその間、ずっと頭の片隅にあったのは、謎のフードの少女の涙であり、千姫の哀しげな瞳だった。


 ただ一人の幸せの為に――


 そんなの都合の良い言い訳かもしれない。

 俺は彼女の悲劇を利用して、単に徳川家康から逃げているだけかもしれない。

 それでも俺は譲れないのだ。

 一人でも多くの民が『幸せ』になるには大阪の陣を回避するのが最善であるという確信を。


 そして、次は加藤清正だった。


「太閤殿下の……親父殿の『夢』を潰す気かよ……赤の他人のてめえがよぉぉぉ!!」


 彼の『赤の他人』という言葉が胸に突き刺さると、思わず目を瞑ってしまった。

 明らかに苦悶の表情を浮かべた俺を見て、真田幸村が口を挟んだ。


「加藤殿。今のお言葉はあまりにも度が過ぎるかと……」

「いや、よいのだ」


 俺は幸村の言葉を遮って彼を制した。

 そして真っ直ぐに清正を見つめて言った。


「太閤殿下の『夢』はただ豊臣が天下を掌握するというちっぽけなことではない!」

「な、なんだとぉぉ! 殿下の『夢』を小さいとぬかすか!?」

「だから違うと言っておろうが!! このわからず屋め!!」


 俺の一喝に目を丸くする清正。

 しかしすぐに元の仁王のような表情に戻すと、牙をむいて咆哮してきた。


「俺の何が間違っていると言うのだ!」

「太閤殿下の『夢』は、天下万民が笑顔で暮らせること、ただ一つ!! その為に天下を束ねるものを『豊臣』に固執することなど到底あり得ぬ!!」

「なぜそう言い切れる!! なぜ殿下が豊臣家に固執していないと言い切れるのだ!」

「答えは簡単である!!」


 俺は一つ大きく深呼吸する。

 そしてかっと目を見開いて声を轟かせた。



「殿下も織田家から天下を奪ったではないか!!」



 かつて『本能寺の変』で非業の死を遂げた織田信長。彼の覇業を継いだのが豊臣秀吉であることは紛れもない事実だ。

 もちろん彼も人の親だ。俺、豊臣秀頼が天下人であることを望んでいたことには違いない。

 しかし彼はそのことに本当に固執していたのだろうか。

 

 俺は手に一枚の書状を掲げた。

 それは黒田如水が死の間際に俺に残した書状。

 そこには彼の想いだけではなく、太閤秀吉の『夢』についても書かれていた。

 俺はそれを読み上げたのだった。


「黒田如水いわく、太閤殿下の強さは『他人を笑顔にすることを絶対に諦めないところ』であり、殿下の夢は『全ては目の前にいる人を笑顔にしたいと願ったこと』とのこと!」


 黒田如水の言葉に清正の目から涙が滂沱として流れ出す。

 彼の感情が俺の胸にも流れ込んでくると、張り裂けそうになる。

 だが俺は続けた。


「そして彼はこう締めくくった! 『例え歴史を変えることにならなくとも、秀頼様の周囲には笑顔の花が満開となるその景色を、わしは見守っておる!!』と!」


 全員の息が止まる。

 いつの間にか俺の両目からも涙が溢れて止まらなかった。

 しかしこの口だけは止める訳にはいかない。


 俺は口を止める訳にはいかないんだ!!


「今の豊臣は強い!! もしかしたら徳川と戦っても負けぬかもしれぬ!! しかしだからこそ、戦を起こしてはならないのだ!! 戦を起こさずして決着出来ることを誇りに思わなくてはならないのだ!!」


――バンッ!!


 俺は机を強く叩き、身を乗り出した。

 次の言葉を口に出すわずかの間に様々な人のことが思い出される。


 親父、すまん。これが俺の出した答えなんだ。

 如水、すまん。戦う相手が違うかもしれない。でもこれが俺にとっての天下分け目の戦いなんだ。

 『兄上』結城秀康、すまん。徳川家康と俺は手をつなぐことを選んだ。

 そして……違う未来からやってきた千姫。見てるか! お前を幸せにしてやる!!


 俺は全身全霊を込めて言葉を続けた。


「俺たちが学んだ異国の技術はこれで天下万民に行き渡ろう! 俺たちの軍備は日本を守る盾になろう! そして俺たちの結束は、江戸幕府を監視する目となろう! 今はそれで良いのだ! 天下万民を笑顔に出来るなら、それが俺の『夢』なのだ!! だから、この通りだ!!」


――バッ!!


 俺はその場で膝を床につくと、頭を地面にこすりつけた。

 そして魂を声に乗せて締めくくったのだった。



「俺の『夢』を叶えさせてくれぇぇぇ!! このとおぉぉぉぉり!!」



 誰も何も口にしない。重い沈黙が続く。

 ただ聞こえてくるのは、加藤清正がすすり泣く声だけであった。


 そして、しばらくたった後、口を開いたのは石田宗應だった。

 彼は変わらぬ冷たい口調で、俺の頭から言葉を落としてきた。


「徳川がその条件を飲むとは思えません」


 するとその言葉を待っていたかのように、幸村が発言した。


「ここに一通の書状がございます。読み上げさせていただきます」


――バッ!


 幸村が書状を広げる音が頭上から響いてくる。

 俺は頭を下げたまま、彼の言葉に耳を傾けた。


「豊臣秀頼公および千殿が江戸に移り住むこと。それが成されれば、大坂城および畿内は引き続き豊臣家が治めることを認める。また軍事、経済の政策についても今まで通り認めるが、他国への侵攻や江戸幕府の決定にそぐわぬ行動は慎むこと」


 俺は急いで顔を上げた。

 この書状のことは一切聞かされていなかったからだ。

 驚愕の色を浮かべる俺に対して、幸村はニコリと微笑んで続けた。


「以上は全て、将軍徳川秀忠公の上意である」


「ば、馬鹿な……徳川秀忠公だと……」


「ええ、秀頼様。勝手な真似をお許しくだされ。それがしは井伊殿、そして亀姫殿を通じて江戸将軍家に直接掛け合った次第でございます」


「ううっ……ば、馬鹿者……勝手な真似をしおって……うわぁぁぁん!!」


 まるで赤子のように泣き出す俺。

 そんな俺の背中を優しくさする甲斐姫。

 そして彼女は全員を睨み付けて言った。


「これで全て決着したのではないか? もしまだ文句があるなら、この甲斐がお相手いたそう」


 豊臣秀頼の『盾』と『剣』が、号泣を続ける俺の代わりとなって全員と対峙する。

 すると明石全登が口を開いた。


「これまでの話をまとめるに、私は秀頼様のご決断こそ理にかなっていると思います」


 そして彼は俺の側にやって来てひざまずいた。


「秀頼様、天下万民のために私も一層努めて参ります。どうかよろしくお願い申し上げます」


 この言葉を皮切りに次々と俺の周りに人が集まり始める。

 そうして最後まで残ったのは加藤清正と石田宗應の二人だけとなった。


「くそっ! くそぉぉぉ!! でも負けた訳じゃねえからな! 豊臣家が徳川に負けた訳じゃねえからな!」


 清正がついに一歩、また一歩と俺の側に歩み寄ってきた。


 しかし石田宗應だけは最後まで動かなかった。


 そして……



 石田宗應は大坂城を去っていったのだった――

 






 


今までで最も執筆するのが苦しいシーンでした。

なぜならこの物語の分岐点だからです。

最後の最後まで悩み抜き、もし『近藤太一』ならどんな道を選ぶのか、それだけを研ぎ澄まして考え抜いた結果です。


なお感想返しは一旦終了とさせていただきます。

本編が完結いたしましたら、再開いたしますので、どうかご容赦ください。

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