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秀頼の九州訪問① 誓紙

◇◇


 慶長一三年(一六〇八年)七月二五日 大坂城――


――ピシャリッ!!


 突然開けられた襖の音に、俺、豊臣秀頼は思わず飛びのいた。

 

「のわっ!? なんじゃ!?」


 見れば真っ青な顔をした片桐且元が「失礼いたします!」と早口で言ったかと思えば、俺のすぐ側までやって来てどかりと腰を下ろした。

 

「ど、どうしたというのだ!? さように慌てて!」

「い、い、い、一大事にございます!!」


 と、彼は一通の書状を俺の前に差し出した。

 そして俺はまず送り主を確認した。


「徳川家康……だと……!?」


 中身を急いで確認する。それは驚くべきものだった。

 

 

――幕府設立より今年で五年。江戸将軍を中心として泰平を取り戻したと言えよう。今後も平和な世を続けていく為にも、大名同士でいがみ合いや争いは避けねばならぬ。そこで、この機会に、諸藩の大名は将軍家に恭順する誓紙を出す事。そして皆が心を一つにして天下泰平の世を作っていこうではないか。なお提出の期限は年内とする。



 読み終えた瞬間に胸の動悸が一気に早くなり、体温が急激に上昇した。

 どうやら且元はこの書状を持ってきた使者から先に内容について知らされていたらしい。

 彼が顔面蒼白になるのも仕方ない。

 

 俺は隣の石田宗應、そして真田幸村の二人が書状に目を通している間、気持ちを鎮めようと目を閉じた。

 

――ついに来るべき時が来たか……


 不思議と恐怖は感じない。むしろ興奮に胸が高鳴っている。

 そんな俺の心情を言い当てるように宗應が口を開いた。

 

「家康はいよいよ焦ってまいりましたな」


 俺はゆっくりと目を開けると宗應を見つめて小さく頷いた。

 落ち着きを払っている彼であったが、頬がほのかに赤くなり始めている事からも興奮しているのは俺と同じなのかもしれない。

 ちらりと幸村を見れば、彼もまた瞳をぎらぎらと燃やしていた。

 

 そんな中、片桐且元だけは相変わらず恐怖と焦りに声を上ずらせていた。

 

「ど、どうやら駿府に立花宗茂殿と伊達政宗殿が入られたとの事! 西と東の雄が同時に大御所の補佐に回ったとなれば、もはや誓紙を出さぬは自害するも同じ事にございます!」


「なるほど……」


 俺はぼそりと呟くと共に、家康の心情に心を傾けていた。

 

 史実では徳川家康の補佐に彼らが回ったという記憶はない。

 つまり俺の起こした行動は、確実に家康の計画を狂わせていると言っても過言ではないのだ。

 その象徴が『本多正純の早すぎる失脚』と言えよう。

 家康にしてみれば翼をもがれたのと同じ痛みを感じているのかもしれない。

 今まで『子犬』程度にしか考えていなかった豊臣家に、我が身を傷つけられたとなれば、彼が焦り、本気で潰しにかかってくるのも当然の事だ。

 


「これで『恭順』か『抗戦』か、年内には決断を下さねばなりますまい」



 幸村がいつも通りの涼やかな調子で、とてつもなく重い内容を口にする。

 そして俺は彼の言葉をやんわり否定した。

 

「幸村。『共存』が抜けておる」


 宗應と幸村の二人が俺の事を目を細めて覗き込んできた。

 恐らく二人とも「それはありえません」と言いたいのだろう。

 そんな事は百も承知だ。

 しかし俺は『謎のフードの少女』すなわち未来の千姫の涙を知っている。

 彼女の存在がある限り、ぎりぎりまで『共存』の道を探っていく事を模索していくつもりなのだ。

 

 すると宗應がさらりと告げた。

 

「立花、伊達が向こうに回ったという事であれば、こちらも急がねばなりません」

「ああ、元よりそのつもりだ」


 俺は大きく頷くと、未だに冷や汗をかいている且元に命じたのだった。

 

「来月に順延していた九州訪問および島津との会談を行う。且元。準備を進めよ!」

「御意にございます!」


 且元は素早く頭を下げると、にわかに退出していった。

 どんな事があろうとも命令が下されれば即座に従うあたり、彼の身にしみついた『奉公魂』がうかがえるというものだ。

 

 そして彼が去ったところで、俺は声を低くして残った二人に告げた。

 

「言うまでもないが『脅し』には屈しない。しかしいつ徳川が攻めてこようとも対処できるように、軍備は進めておくように」


 二人は小さく頷くと、それぞれの持ち場へと移っていった。

 

 こうしてまた一段と、歴史の歯車が速く回り出した。

 俺は目の前に迫ってくる徳川家康の脅威に対して、真正面からぶつかる覚悟を胸に秘めながら、来る九州訪問の日を待ったのだった――

 

◇◇

 

 慶長一三年(一六〇八年)八月一〇日 江戸城――

 

 徳川家康はこの頃江戸につめていた。

 

 本来であれば少しでも涼しい場所で夏をやり過ごそうと考えていた彼だが、今はそんな悠長な事を考えている場合ではなかった。

 いかんせん大久保忠隣、大久保長安、本多正純という徳川家の屋台骨が次々と表舞台から去っていったのである。

 傍目から見れば盤石とも言える徳川将軍家だが、ぽかりと空いた権力の穴を埋めようと、いつ内乱が起こってもおかしくない状況だったのだ。

 さぞかし江戸は混乱している事だろう、そう心配してわざわざ駿府から足を運んだ訳である。

 

 しかし家康の心配とは裏腹に、将軍秀忠はけろっとした顔で政務にあたっているではないか。

 そして若い家老たちもまた彼と同じように普段通りに職務を遂行し続けていたのだった。

 

 家康は目を丸くして秀忠に胸の内をたずねた。

 すると「我らの目指すべき場所は天下泰平唯一つ。ならばどうして心乱されましょうか」との回答が返ってきたのだから驚きだ。

 

 そうして彼は何の口出しをする事もなく、さながら追い返されるように政庁を出ると、彼の為にあてがわれた離れで過ごす事にしたのだった。

 

 

「うむ、若い者たちとわしらでは、ちと考え方が違うのかもしれんのう」


 と、家康は目の前の本多正信に愚痴をもらす。

 すると正信は思いの外冷めた口調で返した。

 

「殿が子離れ出来ていないだけにございましょう」

「わしが子離れ出来ておらんだと?」

「はい、子離れ出来ていないから、いつまで経っても心配ばかりしてしまうのです」

「ふむ……そういうものか……」


 家康は納得いかないように眉間に皺を寄せると、腕を組んで黙り込んだ。

 これ以上何かを口にしてもぼろが出るだけと直感していたからである。

 正信はそんな家康の様子に口元を緩めて、彼の心情をずばりと言い当てたのだった。

 

「しかし、若い者たちの成長とは、老いぼれが考えもつかない程に早いものですな」


 家康はちらりと正信を見る。

 何も言葉を発さないのは否定をしていない何よりの証だ。

 それを理解した正信は淡々とした口調で続けた。

 

「そして思いもよらぬ方向へと枝葉を伸ばすもの」

「何が言いたい?」

「ほほ、曲がった場所へ伸びた枝は早めに切らねば、幹の成長を妨げましょう」


 家康は正信が「曲がった場所へ伸びた枝」と表現した相手が誰を指しているのか、もちろん分かっている。

 これまでいびつな形で『共存』してきた豊臣家だ。

 

「殿、あまり枝が太くなると切るのに苦労しますぞ」

「ふんっ! お主に言われんでも分かっておるわ」


 家康は『愛』を捨てて駿府に移った時から既に覚悟を決めている。

 それでもなお心の片隅では『共存』の可能性を探り続けていた。

 なぜなら大坂城には、可愛い孫娘、千姫がまだ残っているのだから。

 

 さてそんな主従のやり取りをしているうちに、立花宗茂と伊達政宗の二人が部屋へと入ってきた。

 家康は二人の顔を見るなり、すぐに問いかけた。

 

「例の『誓紙』の件は進んでおるのか?」


 すると膝を進めてきたのは伊達政宗の方だった。

 

「大御所殿、御心配には及ばねえぜ。ちとばかり脅しをかけたら、北から南までほとんどの大名がその場で出してきおった。はははっ!」

「ほとんど……じゃと? という事は出していない大名もおるのか?」


 その問いは立花宗茂が答えた。

 

「四家ほどございます……まずは豊臣、加藤、浅野」


 彼らから出てこないのは想定通りと言えよう。

 では残る一つはどこか。

 考えられるのは『福島』かそれとも『島津』か。

 家康はそんな風に逡巡していた。

 

 しかし、宗茂の口から出てきたのは意外な大名家であった。

 

 

「大友でございます」

 


 と……



人気投票の結果を見て驚きました。

実は今回書籍化させていただくにあたり、イラストになるキャラクターが数名おりますが、その多くがランキング上位の人物になります。

(豊臣秀頼と徳川家康を除く)


是非こちらもお楽しみになさっていただけると嬉しいです。


あらためてイラストレーターは神だと思います。

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