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忍びよる影! 秀頼の危機!!③病魔

まずはご報告がございます。

この度、書籍化が決定いたしました!

これも全て読者様のおかげだと思っております。

この場を借りて御礼申し上げます!

◇◇

「なんなのだ……ここは……」


 霧隠才蔵は忍びとして、様々な城、屋敷、戦場を見てきた。そして天国も地獄も味わってきたという自負もある。すなわち常人よりも遥かに多くの場所や場面を見てきたつもりだ。

 しかし今、屋敷の様子を目にした瞬間、まるで異次元に飛ばされたような感覚に陥った。

 ふと隣を見れば、滅多に表情を顔に出さない筧十蔵ですら、目を丸くして口を半開きにして、驚愕を前面に押し出している。

 

 それもそのはずだろう。

 

 この屋敷は確かに人が暮らしている場所。しかし『ない』のだ……

 人が人として生きる為に必要な全てが……

 

 それは台所であったり、水場であったり、火を起こす場所であったりと、人間らしい生活を続けるには必要不可欠なものだ。

 しかしそれらが一切ない。

 あるのは…… ただ『場所』。襖で区切られた無機質な部屋だけ。

 

 そして唯一存在するものと言えば、点々と続くこぼれたばかりの血の跡だけだった。

 

 風魔小太郎を追って来た彼と筧十蔵の二人であったが、この屋敷にたどり着いたのは、実に二日後の事だった。深手を負った小太郎であったが、なんと逃げ道に様々なかく乱を隠していたのである。

 それらを一つ一つ見破った頃には、小太郎の気配はすっかりなくなり、あるのは血の跡だけ。

 その血の跡を追って、ようやく彼の隠れ家と見られる屋敷にたどり着いたのであった。


 決して広くない屋敷のはずだが、足を踏み入れた瞬間に前後左右が不覚となる感覚に、才蔵は恐怖し、背筋を凍らせた。しかしそれでも口元に不敵な笑みを浮かべる事が出来たのは、彼が長年生死をかけた場所に身を置き続けた賜物であろう。

 そして屋敷の奥へと続く血の跡が、彼らを迷わせる事なく目的の場所へと導いていたのだった。

 

 足音と気配を消し廊下を慎重に進んでいく才蔵と十蔵。

 屋敷の中には唯一人を除いて人の気配はなく、急に背後を襲われる心配もない事は分かっている。それでも彼らは全身に汗をかきながら、一歩ずつ慎重に足を運んでいた。

 

 そして……

 

 ついに血の跡は、とある部屋の中へと彼らを誘ってきたのだった。

 

「ここか……」


 才蔵は声とも判別のつかぬ位に小さな声で十蔵に話しかける。

 すると十蔵は黙って一つ頷いた。

 

 それを見て、襖に手をかける才蔵。

 手がかすかに震える。

 そっと唾を飲み込み、腹に力を込め、全身に神経を張り巡らせた。

 

――大丈夫だ。襖の前に気配はない……


 彼はそう確信をして、そおっと襖を開け始めた。

 

 すると……

 

 その光景を目にした瞬間……

 

「うっ!!」


 と、背後の十蔵が思わず手を口に当て、吐き気をこらえる仕草をしたのだ。

 才蔵も吐き気こそもよおさなかったものの、口をきつく結んでその光景をじっと見つめる。

 しかし二人に共通している事は、部屋から一歩離れた所から全く動けくなってしまった事であった。

 

 その光景とは……

 

 風魔小太郎と呼ばれた少年の見るも無惨な姿……

 

 顔はつぶれ、全身は鋭い刃で切り刻まれていた。

 

 そして斬り飛ばされた両腕はだらりと落ち、柱にもたれかかるようにして座ったまま、ぴくりとも動かない。遠目から見ても、心臓が動いているようには思えなかった。

 

 そして『白』一色だった少年は、血が変色したのか『黒』一色に染まっている。

 


「ここまでやらなくても……」



 思わず十蔵が言葉に出してしまう程、原型を留めていない『ナニか』と目の前の少年は化していた。

 

「何者かを分からなくする為であろう。恐らく息を引き取った後に斬られたに違いない」

「抵抗の跡がない……からか。それに、斬り口からして素人……」

「ああ、普段は碌に剣を振らない者の仕業だな」

「しかし……」


 十蔵が何やら戸惑いを見せる。

 その理由を才蔵は正しく理解していた。

 なぜなら彼も戸惑っていたからだ。

 無数とも思える斬り口から感じるものに……

 

 それは……

 

 

 『愛』であった――

 

 

 わずかに躊躇いが見られるのだ。そして無造作な切り傷は、目をつむって斬ったのだろう。

 

 きっと彼の体を切り刻むのが苦痛で仕方なかったに違いない。

 儚い命を散らした事に嘆き哀しんだに違いない。

 

 それが誰かは分からない。

 

 それでもその者にとって風魔小太郎がかけがえのない存在であった事が、彼に刻まれた傷から痛い程伝わってきたのであった。

 

「一体誰が……」

「小太郎を裏で操っていた者……つまり秀頼様を害しようとした人物という事だ」


 才蔵と十蔵は部屋の中を見渡した。しかしその部屋もまた他の部屋と例外ではなく、何一つ物らしい物が残されていなかった。

 

「手掛かりはなし……か……」


 そう十蔵がつぶやいたその時だった。

 

――ガタリ!


 と、玄関先で音がしたのは。

 

 その瞬間には才蔵と十蔵は影をも消していた。

 そして音を立てた者と思われる男の声が響いてきたのである。

 

「おうい! 食べ物を持ってきたぞぉ! 今日もここへ置いておくからなぁ!」


 そしてその男は、玄関先に野菜やらにぎり飯やらを置いて、立ち去ろうとしたその瞬間……

 

――ガシッ!


 と、彼の首を背後から才蔵が腕で締めた。

 

「うげっ! だ、誰だ……離せ……」

「大人しくすれば命は助けてやる」

「わ、分かったから……だから離してくれ!」

「誰に頼まれた? ここに食料を運べと誰に命じられた?」

「し、知らねえ……おいらは近くの村の農民の身。お侍の顔なんか区別がつかねえ」

「では聞く。侍なら袖に家紋があったはず。その家紋はなんであった?」

「わ、分からねえよ! そ、そんな事聞かれたって!」

「なんでもよい! 思い出して、答えよ!!」


 才蔵の腕の力が強くなる。

 首を絞められた男は顔を白くしながらも、懸命に何かを思い出そうとしていた。

 そして……

 

「そうだ! 木……! 木に三つの枝が分かれた紋だった!」

「木……三つに分かれていた……」


 才蔵の頭の中に図形が徐々に浮かび上がってくる。

 そしてそれがはっきりと頭に現れたその時だった――

 

「うがあぁぁぁぁ!!」


 と、背後からこの世のものとは思えない叫び声が聞こえてきたのである。

 

 才蔵はとっさに身を上空へ翻す。

 すると眼下にはっきりと見えたのは……

 

 真っ黒な小太郎……

 

 なんと足の指と指の間に鋭い刃物を挟み、足から突っ込んできたのである。

 

――ドスッ……!


 鈍い音が先ほどまで才蔵に掴まれていた男の腹の辺りから響く。

 

「ぎゃああああ!!」


 男は絶叫を上げながら倒れた。

 

 一方の才蔵は空中で一回転すると、小太郎の背後に立つ。正面からは十蔵の姿もあった。

 

 そして……

 

――ズバッ! ズバッ!


 と、二人から同時に放たれた剣が小太郎の首と胴体を切り離し、そして腹にも深い傷をつけた。

 

――ドサ……


 まるで黒い塊が落ちるように、地面に転がった小太郎。

 

 それを確認した才蔵と十蔵の二人は、次の瞬間には屋敷から遠く離れた場所を疾風となって駆けていたのだった。

 

 

「木に三つの枝が分かれた家紋……そして秀頼様に敵対する家。俺の記憶には一つしかない」



 才蔵は既に確信していた。その家紋が何かを……

 

「十蔵、今日見た事は、幸村様以外は口外無用であるぞ」

「才蔵……家紋の事だが、まさか……」


 どうやら十蔵も家紋の持ち主に関して心当たりがあるようだ。

 才蔵は一つ頷くと、低い声で彼の言葉の続きを答えたのだった。

 

 

「立ち葵の家紋……本多家しかあるまい」



 そして本多家の中でも、剣に疎く、京に身を置き、秀頼と敵対する可能性がある人物……

 

 もはや本多正純より他にいなかった。

 

 もし、本当に本多正純が小太郎を雇って秀頼様を害そうとしていたと世間に知れたら、それこそ徳川と豊臣の間で大乱が起きかねない。

 才蔵と十蔵の二人の考えは一致していた。

 そして二人とも「絶対に口外出来ぬ」と固く誓ってその場を後にしたのであった。

 

 

 

 ……が、しかし……

 

 

 彼らの後を追って一人のしのびが、一部始終を見ていた事に、不覚にも才蔵と十蔵は全く気付かなかったのである。

 

 それは彼らが立ち去った後の事。

 腹に深手を負った農民の男の元にその忍びは立っていた。

 

「これでもう大丈夫です。幸い毒は塗られていなかったようね。命拾いしたわね」

「あ、ありがとうございますだ。しかし何で見ず知らずのおいらの事を助けてくれたんだ?」

「ふふ、それはあなたには重要な役目があるからですよ」

「重要な役目……? なんだぁ? それは?」

「それは……」


――ガツッ!


 その忍は最後まで言い終える事なく、彼の後頭部に一撃加えると、彼は即座に気絶した。

 そして忍は若い女性とは到底思えない程、軽々と男を背負うと、その場を後にした。



「きっと宗應様はお喜びになられるに違いありません」



 女の口元に艶やかな微笑がもれる。

 そして彼女は背負った男と共に学府の中へと消えていったのであった。

 

 その女の名は……

 

 初芽……

 

 石田宗應の使い忍であり、彼の為なら命をも惜しまぬ程に心酔している。

 そして彼女は確信していたのだ。

 

 豊臣秀頼が暗殺されようものなら、石田宗應は修羅となって、相手を地獄の底へと誘うであろうと――

 

 

◇◇

 

 そしてそれは豊臣秀頼が風魔小太郎の口から液体を吹きつけられてから十日後の事――

 

 

――豊臣秀頼様が病に倒れる!!



 と京や大坂だけではなく、遠く江戸まで報せが走った。

 

 そして病の名は……

 

 死病と恐れられた『疱瘡』であった――

 

 

 


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