初めての好敵手⑫ 叶わぬ恋の行き着く先は……
「わらわは国吉の事をお慕いいたしております!!
だから聞かせて欲しいのじゃ!
国吉の気持ちを!! 」
鷹司光による一世一代の愛の告白ーー
真っ赤に染まった顔に輝く涙。
解き放った万感の思いは、寺の空気の温度を上げる。
その熱は国吉の心にも届くと、彼の体温をぐっと引き上げた。
自分の体の変化に戸惑う彼であったが、それもつかの間。
表情を柔らかな春の陽気のように、優しいものに変えると、穏やかな口調で彼女の問いかけに答えたのだった。
「ええ、私も光様の事をお慕い申し上げております」
とーー
その瞬間……
光の顔が晴れ渡った!
そして……
ーーザッ! ザッ!
砂利道を力強く踏み出すと、
ーーガシッ!!
と、国吉の胸に飛び込んだのだった。
そんな彼女をしっかりと両手で抱きしめる国吉。
それは、京の青空のもと、見事に恋の華が咲いた瞬間であった……
そんな二人の様子を物陰から見ている三人。
蘭、青柳、そして途中から合流した伊茶の三人だ。
そのうち蘭が冷めた口調で呟いた。
「作り物にしては良く出来た華だこと……」
「ちょっと! 今一番いいところなんだから、そういう事を言わないで頂戴! 」
「全くです! 青柳さんの言う通り! 蘭さんにはデリカシーが足りません! 」
「でりかしい? 何なのですか? それは? 」
「ま、まあ、何でもよいではありませんか!
ほらっ! 国吉さんがいよいよ動きますよ! 」
伊茶が指差した通りに、国吉はゆっくりと光を引き離した。
その顔は緊張のせいか、若干引きつっているように見える。
しかし興奮の坩堝にある光には、もはや彼の表情のことなど気にとめるような対象ではないようだ。
夢見心地にうっとりとしている光。
そんな彼女に対して、国吉は震える声で告げた。
「み、光様! に、逃げましょう! わ、私と共に! 」
その言葉に仰天したのは、物陰の三人であった。
「ちょ、ちょ、ちょっと!! 何の脈略もなく『逃げましょう! 』じゃないでしょ!!
なんで練習の通りにやらないのよ! 」
「ら、蘭! 声が、声が大きい!! 」
「待って!! 光様が何か言いそうよ!! 」
突然の国吉の言葉に、初めは目を丸くしていた光であったが、みるみるうちに顔を赤らめて言ったのだった。
「もしや……国吉は明日には江戸へ発つ身。そしてわらわは大坂へ嫁ぐ身。
もはや今生では結ばれぬ二人なれば、このまま二人で京を出て、どこか静かな場所で……」
それは国吉が口にするべき台詞であった。
「光様、やるわね!! 」
蘭の表情がカラッと晴れる。
そして国吉も首を何度も縦に振って、彼女の言葉に肯定をしている。
……が、しかし……
次の光の言葉に、全員が凍りついた……
「やはりそうなのね!!
京を遠く離れ、『心中』をするつもりなのね!!
いいわ!! 二人で心中いたしましょう!! 」
「な、な、な、なんですってぇぇぇぇ!! 」
思わず絶叫する蘭、青柳、伊茶の三人。
その声は当然のように光と国吉の耳にも届いた。
すると光の顔が一変した。
「あっ!! 伊茶!! その者たちは……もしや、豊臣の!!
わらわたちの仲を引き裂こうとする鬼共め!! 」
「なっ!!? 人の顔を見て『鬼』とは無礼にも程があるわ!!
それっ! 皆の者!! 早くあの二人を捕まえておしまい!! 」
「ふんっ!! そう簡単に捕まるものですか!!
行くわよ!! 国吉!! 」
ーーガシッ!!
光は強引に国吉の手を掴むと、土煙りをあげながら、猛烈な速さで寺を後にしていった。
「ちょっ!! 待ちなさい!! 」
蘭たちも慌てて二人を追いかけ始めたのだが、全く追いつく気配がない。
人間というものは、逆境に追い込まれると、尋常ならざる力を発揮出来るようになるのは、どの時代も同じようだ。
今の光はまさしくそうで、彼女の場合は、その力は両脚に宿ったようだ。
さながら疾風のように、目にも留まらぬ速さで京の街を疾走していく光と国吉。
決して蘭や伊茶の足が遅すぎるというわけではない。
光の足が速すぎるのだ。
彼女らの距離はみるみるうちに開いていくと、ついに蘭たちの視界から二人の姿が消えてしまったのだった……
しばらく両膝に手を当てて、荒れた息を整える三人。
そして少し落ち着いたところで、伊茶が沈んだ声を出した。
「はぁ、はぁ……ど、どうしよう……このままでは二人は……」
「くっ……まだそう遠くは行っていないはず! とにかく手分けをして探しましょう! 」
三人は顔を合わせて頷き合うと、それぞれ異なる方角へ歩き出そうとした。
……と、その時……
「げげっ!? そこにいるのは蘭か!? 」
と、若い武士が声をかけてきた。
その声の持ち主の方に顔を向けた蘭。
そして次の瞬間……
彼女はニタリと口角を上げたのだった……
「あら、これは奇遇ですわ。織田頼長様……」
それは織田頼長であった。
彼は蘭の顔を見るなり、即座に彼女に背を向けた。
「お、おう……奇遇であるな。では、それがしは急いでおるので、これにて! 」
その場をそそくさと離れようとする頼長。
しかし既に大蛇の如き蘭の影は、頼長の背中に巻きついていたのだった……
「この間の貸しを返していただきましょうか……」
こうして蘭たち三人に加えて、頼長の知り合いである貴族や武士たちによる、光と国吉の大捜索が始まったのだったーー




