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初めての好敵手⑩ 二つの衝撃

◇◇

 蘭と青柳が大坂から京に向かっていたその頃――


 

 若狭屋の丁稚の一人が主人の言いつけによって鷹司屋敷を訪れると、

 彼を迎え入れた鷹司家の女中は、目を丸くしてたずねた。

 


――あら? 今日のお使いは国吉さんではないのですね? 珍しいこともあるものです


――ええ、実は今日からあっしが鷹司様のところへ出入りするように、旦那様より言いつけられているのです


――あらまあ? それはどうして?


――へい、実は……



 そこでなんと国吉が三日後に江戸へ発つ事が伝えられたのだから、鷹司家内に衝撃が走ったのは言うまでもない。

 

 特に光が大いに乱れたのは想像するに難くないことだろう。

 しかし、伊茶は必死に彼女をなだめると、こう提案したのである。

 

 

――恋の決着をつける時にございます!! 



 と……

 

 そして彼女はこう続けたのだった。

 

 

――恋焦がれる想いを告げる機会は、この時をおいてはございませぬ!



――恋焦がれる想いを告げる機会……



――はいっ! それに、国吉様の光様へのお気持ちは、光様が一番良く分かっておられるでしょう!?



――そ、それは……



――逆境から始まる恋物語!! その主役は、光様! 貴方様でございます!! 必ずや国吉様は光様とともに生きる事を御決意されることでしょう!!



 と、まるで焚火に枯れ木をくべるように、これでもかという程に、光の恋の炎を煽ったのである。

 

 ここまで焚きつけられれば、燃え上がるなという方が無茶があるというものだ。

 

 それは普段は周囲に冷たくあたっている光とて同じこと。

 

 

 彼女は爛々と目を輝かせると、

 

 

――やってやるわ!! この想い! 必ずや成就してみせる!!



 と、鼻息を荒くして『愛の告白』を固く決意したのであった。

 

 

――では私が国吉様の元へ行き、光様との逢瀬の時間と場所を決めて参ります!


――場所なら宝鏡寺にしておくれ! あのお寺でよく二人で遊んだのです!! 時は明後日の正午がよいでしょう!!


――かしこまりました!! よしっ! 光様!! 頑張りましょう!!


――ええ!!



 こうして光と国吉の最後の逢瀬を成立させる為に、伊茶は国吉の元へと走ったのであったという訳である。

 

 

◇◇

 そして偶然を装って国吉への接近に成功した伊茶は、若狭屋の彼の部屋で話をする為に、彼と共に店までやってきた。

 そこでばったりと顔を合わせたのが彼女のよく知る顔だったのである。



「あら? 蘭さん? それに青柳さん? どうしてこんなところに? 」



 伊茶が目を丸くすると、蘭と青柳の二人も目を大きく見開いた。

 しかし彼女たちの視線は、どうも伊茶ではなく、彼女の隣に立つ長身の色男にあるようだ。

 


「あなたが国吉殿ね! 主人! ちょっと国吉殿を借りるわよ! それから伊茶! あんたもついて来なさい! 」



 蘭はそう言い終える前に国吉と伊茶の腕をがしっと掴むと、大股で若狭屋の外へと出た。

 そして混乱している彼女らをよそに、ずかずかと歩き出す。

 

 

 そうして、人気ひとけのない寺の境内へと二人を連れだしたのであった。

 

 

「ここでいいわ……」



 蘭は辺りを見回して誰もいない事を確認すると、うんうんと一人頷いている。

 そんな彼女に伊茶は首をかしげて尋ねた。

 

 

「蘭さん、一体どうなさったのですか!? 」



 すると蘭は伊茶の方に顔を向ける。

 いつになく険しい彼女の顔つきに、伊茶は思わず息を飲んだ。

 

 

「伊茶にうかがいます。あなた、もしや光殿と国吉殿の恋路に首をつっこもうとしているのではありませんか? 」



「えっ……!? 」



 思わず目を丸くした伊茶に対して、蘭は大きなため息をついた。

 


「はぁ…… やはりそうでしたか……

伊茶。それはおよしなさい」



 低い蘭の声。

 

 伊茶は返す言葉も忘れ、ただ蘭の厳しい視線を受け止めるより他なかった。

 

 そして蘭はそんな彼女に釘を打ち込むように続けた。

 

 

「この世には叶わぬ恋があることくらいは、いくら世間に疎いあなたでも知っていることでしょう」



「そ……それは……」



「いいですか。もはや国吉殿と光殿の恋は絶対に実らぬ恋なのです。

ならばその恋心は燃やさぬが一番」



「でも……それでは……」



 なかなか首を縦に振らぬ伊茶に対し、蘭は強い口調で言ったのだった。

 

 

「伊茶は光殿を殺す気ですか!?

叶わぬ恋を燃やしたなら行く着く所は心中! 

伊茶は、光殿を殺してまでも秀頼様との婚約を破棄させたい、そう言いたいのですか!! 

落ちてはならぬ恋に落ちてしまったのがいけないのです!

それをさらに深い所へ落とすことは非道というものです! 」




 さながら喧嘩を売るような挑発的な蘭の言葉。

 

 その言葉を聞いた瞬間……

 

 

 

 ついに伊茶は切れた――

 

 

 

「それではまるで恋をする事が『悪』のような物言い!! 到底、納得がいきません!!

実るにしても、散るにしても、しっかりと答えを出さぬままに、恋を終わらせねばならないなんて、それこそ非道というものでしょう!!

二人が互いの想いを知った上で、新たな道に踏み出させる事が、そんなに悪い事でしょうか! 」



「伊茶は甘い!! 男女の事は綺麗事ではすまないのです!! 

叶わぬ想いを抱えた時の絶望を知らないで、理想ばかりを掲げるものではありません! 」



「絶望を知らないですって!? 知っているわよ! 絶望なら!! 

叶わぬ想いに涙したことだってある!!

それでも私は諦める事が出来なかったの!!

だから… だから… 」



 いつの間にか伊茶の目からは大粒の涙が溢れている。

 

 そして彼女は、叫ぶように悲痛な想いを打ち明けたのだった――

 

 

 

「だから私は未来からこの時代までやって来たのよ!! 」




 と――

 

 

 

「はっ……? 何それ……? 」




 蘭と青柳の二人の顔が、まるで地蔵のように固まる……

 

 

 

「あっ…… 言っちゃった……」




 二人の様子に伊茶はようやく我に返ると、顔を青くして弁明を始めた。

 

 

「いや、今のは『なし』ってことでいいかしら? そうだ! ちょっとやり直しましょう!

なんでしたっけ? 確か蘭さんが、私に絶望を知らないくせにって言ったところだったわね!?

そこから! もう一度、そこから!! ねっ! お願いっ!! 」



 しかしそんな願いなど通じるはずもない。

 

 少しずつ蘭と青柳に近づく伊茶に対して、二人はゆっくりと後ずさりしている。

 

 

「ちょっと、青柳さん! 何か言ってよ! 」



 伊茶は当てつけるように青柳に助け舟を求めたが……

 

 

 

「伊茶…… あなた…… 何者……? 」



 

 それは逆効果であった……

 

 

 気まずい沈黙が流れる間、じりじりと蘭たちと伊茶の距離が離れていく……

 

 

 このままではまずい……!

 

 どうにかしなくては……!!

 

 

 しかしもはや伊茶が何を口にしても無駄であろうことは容易に想像がつく。

 

 ……となれば逃げ道は唯一つ!!

 

 

「国吉さん!! 何か言ってください!! 」



 きりっと国吉に鋭い視線を向けた伊茶。

 しかし国吉という男は、急に話を振られたところで、すぐに何か機転の効いた事を口にできる人ではない。

 

 彼は首を横に振りながら、無言で「無理です! 」と伊茶に訴えている。

 

 しかし……

 

 伊茶が逃がすはずもなかった……

 

 彼女は叱りつけるように問いかけたのだった。

 

 

「国吉さん!! あなたは光様の事をどう想ってらっしゃるのですか!!? 

あなたも光殿に強い恋心をお持ちなのですよね!!? 

光様と国吉さんは想い合う仲なのですよね!? 」



 その問いに顔を真っ赤にした国吉は思わず後ずさる。

 

 だが……

 

 

――バッ!!



 伊茶は勢いよく国吉の元へ飛び込むと、がつりと胸倉を掴んだ。

 

――絶対に逃がさない!!

 

 という鬼気迫る眼光に国吉の顔色が青くなる。

 

 そして伊茶は彼の耳元で懇願したのだった。

 

 

「国吉さんの光様への想いを打ち明けてくださいませ!! 

そして光様の事が諦めきれぬとおっしゃってください!!

お願いでございます!! 」



 すると……

 

 

 国吉はぼそりと答えたのだった……

 

 

 

 

「私は…… 光様に恋をした覚えはございません…… 昔から……」




 その言葉が発せられた瞬間……

 


 

 全てが凍りついた――



………

………

………



 そして伊茶、蘭、そして青柳の三人の口から一斉に絶叫が発せられたのであった――

 

 


「はあぁぁぁぁぁぁ!!? 」




 と――




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