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弟よ!幸あれ! 【幕間】 秀頼の冬休み(3)

◇◇

 慶長11年(1606年)12月22日 夕刻ーー


 俺の冬休み初日は、夕げの時間を迎えると、俺は軽い足取りで、いつもの部屋へと入った。

 その場にいるのも言わばいつもの面々で、母の淀殿と、千姫。そこにこの日は甲斐姫も加わり、俺と合わせて四人で食事を取ることになっている。そして配膳が済み、皆で食事を始めた直後のこと。



「あら?秀頼ちゃん、何かいいことでもあったのでしょうか?今日はやけに機嫌が良さそうだけど」



 淀殿が、思わずにやけ顔の俺の様子につられるように笑顔になりながら、問いかけてきた。一方の千姫は、食事を一杯に頬張りながら、いぶかしそうに俺を見ている。どうやら彼女は、「また千の知らないところで、何やら面白いことをしているのですか!」と、むっとしているのだろう。

 俺は特に隠すこともないので、素直に上機嫌の理由を話すことにした。



「実は明日は鷹狩りに出かける予定となっているのです!」


「あら。それはそれは。秀頼ちゃんにとっては、初めての鷹狩りではありませんか」


「はい!母上!なので、楽しみでならないのです!」


「ふふ、それはよかったですね」



 そんなどこにでもありそうな母子の微笑ましい会話なようにしか思えないのだが、そこに甲斐姫が何か不満を言いたげに、刺すような鋭い声で突っ込んできた。



「ところでその鷹狩りは、いつ決まったのだ?」



 その質問の意図があまりよく分からず、俺はきょとんとしながら即答する。



「今日…でございますが…」


「はぁ…だから片桐殿が紫色の顔をしていたのか…」



 俺の答えに「やれやれ」っといった感じで、大きなため息をつく甲斐姫。そんな彼女の様子の意味するところが今ひとつ分かっていない俺は、「どういうことでございますか?」と問いかけた。



「まったく…明日になればその意味も分かろう。

とにかくこれからしばらくは片桐殿を労ってやらねばならぬぞ」


「はぁ…」



 そんなに俺は変な事を言っただろうか。その重大さが全く分からないままに、食事に手をつけはじめる。すると、ようやく頬の中の食べ物を「ゴクンッ!」と喉に押し込んだ千姫が大声で言った。



「千もご一緒いたします!!」



 そう目を期待に潤ませている彼女の左の頬には、大きなご飯粒がついていたのだった。



………

……

 翌日ーー


 白地に紫色の藤の刺繍があしらわれた「エガケ」と呼ばれる大きな手袋を左手にはめる。なんでも鷹が手に止まる際に怪我をしないように、この厚手で丈夫な素材のものを装着するそうだ。

 別に狩り場で装着しても問題ないのだが、気分が高揚した俺は鷹匠の中村から献上されたその直後からそれをはめて、興奮に身を委ねていたのだった。

 

 しかし、俺の気分に水を差すような、金切り声がすぐ隣から上がると、俺は思わず顔をしかめた。

 

 

「むむぅ…!秀頼様だけずるい!なんで千がついていってはならないのですか!」



 それは顔を真っ赤にさせて抗議する千姫。昨晩、俺とともに狩り場に行くことを懇願した彼女であったが、甲斐姫を始め周囲の人によって制止されたのだ。

 

 

「鷹狩りは言わば、武士としての鍛錬の場。お千がついていっても足手まといになるだけですから、仕方ございませんね」



 穏やかな微笑みを携えたまま、淀殿が千姫をたしなめる。しかし、彼女のぷくりと頬を膨らませたまま、口を尖らせている様子から察するに、到底納得していないのは明らかだ。


 いかにも爆発寸前といった千姫。


 もしここでそのはち切れんばかりに膨らんだ頬が爆発したその時は、もう誰にも止められないに違いない。そして「おじじ様に言いつけます!」という、文字通りに豊臣家に取って必殺の切り札をかざしてきたら、余計にややこしくなることは明らかなことだ。


ーーはて…いかがしたものか…


 そんな風に頭を悩ませていたその時…


 俺の頭の中にピンと一つのことが閃いたのである。


 それはまさしく「とっておき」…


 昨日あの悪魔のような女の口から聞かされた事を上手く利用すること…


 俺は千姫に向き合うように膝を曲げて視線の高さを合わせると、優しく頭をなでて一つお願いをしたのだ。

 

 

「きっと立派な獲物をしとめて、持って帰ってくるから楽しみに待っておいておくれ。

それに…もし、お千さえよければ、俺が帰ってきた後に、お千が作った料理を食べさせてはもらえないだろうか」



 その言葉に千姫の目が驚きに大きくなると、みるみるうちに顔が真っ赤に染まっていく。彼女にしてみれば「なぜ秀頼様がこの事を!?」という疑問と同時に、「ここで日ごろの修練を披露する絶好の機会!」と胸の鼓動が一気に高まっていることだろう。

 その事を示すように彼女は先ほどまでのむくれ顔から急にしおらしい物に変えて、うつむきながら首を一つ縦に振ったのである。


 あの悪魔に魂を売ったような気がして、わずかな罪悪感がないわけではない。

 それでも俺の言葉に、嬉しそうに顔を赤らめている千姫を見て安心した俺は、あらためて気持ちを切り替えた。


――よし!これで全ての支度は整った!

 

 そして、俺は意気揚々として、出立に向けて待機している片桐且元と鷹匠の中村の元へと足を進めていったのだった。

 

 こうしていよいよ豊臣秀頼にとって、人生で初めてとなる鷹狩りが幕を上げたのである。

 しかし俺はこの時全くの無知だったのだ…

 鷹狩りがあんなにも大がかりなものだなんて…

 

 

………

……

「えええええっ!!!なんじゃこりゃ!!」



 俺は目の前の光景に、思わず目玉が飛び出てしまうほどに驚愕した。


 しかし、それも無理はないだろう。

 なぜなら…

 

 

「鷹狩りはかように人数が必要なものなのか!?」



 そう、大手門の広場まで足を運んだ俺を待っていたのは、なんと総勢二百人はいるであろう家中の者たちであったのだ。しかも彼らは単に俺を見送りにきたという訳ではなく、むしろ俺の鷹狩りに同行するという…

 てっきり数人のお供を引き連れていくだけのことと軽く考えていた俺は、綺麗に整列している人々を見て眩暈すら覚えるほどであった。

 

 そこに、片桐且元がやってきた。


 酒でも飲んでいるのだろうか。ふらふらと今にも倒れ込んでしまいそうな足取りで近づく彼に、俺は眉をひそめた。しかし俺の不可解な顔など、頭に入っていないように、且元は言った。

 


「秀頼様。全ての支度は整っております。あとは出立の号令をかけるだけ…うっぷ…」



 と、いかにも体調が優れない様子を隠しきれない彼は、決して酒におぼれていた訳でないことは、俺にもすぐに分かった。なぜなら前日は徹夜で全てを手配したことを示すように目の下に大きなくまを浮かべているからだ。しかも、単純に人数を集めただけではない。おそらく、ここに集まっている二百人の今日の仕事にめどをつけ、政務に穴が出ないように、手を回すことも行ったのだろう。

 心身ともに衰弱しきった彼の唇はもはや紫色から土色に変わり、あとひと吹きすれば、その魂は天に向かって旅立ってしまうのではないかと思われるほどに、瞳には光がないのだから、先ほどとは異なる理由で俺は眉間にしわを寄せていたのだった。


 それでも口元では必死に取り繕うような笑みを浮かべているのだから…

 

 

「且元よ… お主こそ忠臣の鑑である。今日はゆっくりと休むがよい」



 と、彼の肩に手をかけて労いの言葉が口をついて出てきたのは、無理を無理と知らずに申しつけた罪悪感からくるものだ。

 しかし彼は首を横に振った。

 

 

「お帰りになられた後の支度がございますゆえ、休んでなどおられませぬ…おえっ…」



 ああ… これで史実よりも数年ばかり寿命を縮めてしまったかもしれない…

 

 彼のお腹を抑える痛々しい姿を見て、いたたまれない気持ちになるだけ俺には人間味があるものだと、妙なところで自分に感心をした。しかし、これ以上彼の事を見ていると、こちらまで腹が痛くなりそうでかなわない。


「そうか。ではあとはよろしく頼む」


 あっさりと彼の言葉を聞き入れると、そこで俺はくるりと彼に背を向けた。その背中に向けられる恨めしい視線を俺は忘れることはないだろう。

 それでも俺はめげずに、

 

 

「では、一同!!出立じゃ!!!」



 と、大きな号令をかけて大手門をくぐっていったのだった。

 

 

………

……

 さて、大手門を揚々と潜り抜けた俺たち一行が向かったのは、大坂城から淀川を上る事わずか半刻(1時間ほど)もしない場所だ。

 そこは「枚方」と呼ばれる地域で、古くは都が長岡にあった頃…つまり平安時代と呼ばれる頃から狩り場として有名な場所らしい。なお少し川から離れた場所には「禁野」と呼ばれる平坦な場所が広がっており、そこは古くは天皇家御用達の狩り場として、その他の者たちが一切の立ち入りを禁じられていたことからその名の由来があるそうだ。

 古いしきたりのこととは言え、その狩り場で堂々と鷹狩りをすることはさすがに控えたものの、その近隣も家屋や田畑のない平坦な地がつらなっている為、且元と中村はそこを今回の狩り場に定めたようだった。

 

 そして、その狩り場に到着したその時…

 

 

「豊臣右府殿!お待ち申し上げておりました!」



 と、にこやかな笑顔をこちらに向けている二人の男の姿が見えてきたのである。

 一人はすでに齢六十は超えているだろう。髪が真っ白に染まった老人だ。もう一人は四十くらい。いかにも親子であることが、顔の作りや表情から見てとれる。そして、二人とも細身の体でありながら、しっかりとした骨格の持ち主であることが印象的であった。

 特に年老いた方の男は、年齢を感じさせないほどに背筋が伸びているのだが、それは普段から体を鍛えている何よりの証だろう。

 

 二人とも立派な鷹を左拳に乗せている。その様子から察するに、彼らは俺の鷹狩りの指南をする人々で、その来訪も且元が手配したに違いない。

 

 俺は彼らの手前で馬を下りると、年長者への礼として、ぺこりと頭を下げた。

 

 

「お初にお目にかかります。もしやわれに鷹狩りのいろはを教えてくださるお方であろうか」


「ははは!いかにも!ご丁寧な挨拶を賜り、かたじけない。

それがしは近衛前久(このえさきひさ)と申します。そしてこれがせがれの信尹(のぶただ)

以後、お見知りおきをお願い申し上げます」


「なんと…!お主が近衛殿であったか!!

ややっ!これは失礼いたした」



 そう慌てて俺が姿勢をあらためたのも無理はない。

 なぜなら目の前の近衛信尹は、つい先日左大臣に復帰し、その役職はなんと「関白」であるからだ。官位の上では「右大臣」である俺の方が下であり、役の上でも年齢からしても近衛信尹は俺の目上にあたる人なのである。

 しかし、近衛前久と信尹の親子は、手を振って恐縮する俺を制した。

 

 

「おやめくだされ!今日は、新たな狩りの仲間が増えると聞いて喜んでいたところなのです。

堅苦しいのは抜きにいたしましょう」


「むむ…さようか。では、よろしくお頼み申す」


「うむうむ!ならば、早速始めましょう!!ささっ!こちらにお越しくだされ!」



 にこやかな近衛前久と信尹の親子に手招きに、俺は鷹匠の中村とともに応じる。向かったのは少しだけ小高くなった場所。そこは狩り場全体が見渡せる絶好の場所だったのであった。

 


………

……

「よいですか、右府殿。ここは狩り場と言う名の戦場にございます。

敵はいずれかに潜む雉… その敵を見事に仕留める為に、『勢子』と言う名の軍勢を率いるのです!」



 先ほどまでの穏やかな顔を一変させ、鋭い目つきの近衛前久は、そう俺に低い声で語りかけた。

 なお、この近衛前久は「鷹狩りの達人」と名高く、かつては徳川家康や豊臣秀吉にもその極意を記した書を贈ったという逸話の持ち主だ。



「では、まずは手本を見せますゆえ、じっくりとご覧くだされ」



 そう声を低くして言った近衛信尹は、まるで彼自身が鷹のように鋭い眼光を目の前に広がる平原に向けた。


 そして…


 何かをとらえたかのように、彼が一点をじっとみつめる。

 俺もその場所にじっと目をこらすと、確かにいたのだ。



「あれは…!?」


「しっ!あれが獲物でございます。では、まずはあの獲物をこちらのほうへとおびきよせます。

そして鷹がとらえるに適した場所まできたら、仕留めるのです」


「しかし…どのようにしておびきよせるのだ?」


「そのために勢子がいるのですよ。では、見ていてください」



 そう近衛信尹は言うと、背筋をしゃきっと伸ばして、右手を挙げた。


 そしてそれをぐるんと回したのだ。


 すると…


ーードドド!


 と、平原上の右手の方から地響きのするような足音が聞こえてきた。

 何事があったのかと、俺だけでなく、目当ての雉も慌てて周囲を見回す。


 その瞬間…


ーーわぁぁぁぁぁ!!


 という喊声がちょうど雉の背後から巻き起こったのだ。


 それを確認した瞬間に信尹は、今度は右手で左前方を指さして、ぐるりと回す。


 一方の雉は、突然背後に出現した人の群れに驚き、左手に飛び出した。


 その時…


ーーわぁぁぁぁ!!


 今度は左手から行く手を防ぐように人が雉を追い立て始めたのだ。それは息のぴたりとあった絶妙なタイミングと言えた。


 こうなれば雉は前に飛び出すよりほかない。


 「バッ」と羽ばたかせて前方に飛び出したその次の瞬間…



「いけっ!!!」



 と、信尹の短い号令とともに、鷹が疾風のように雉に目掛けて一直線に飛んでいった。


 そして…


ーーキィィィィ!!


 という短い雉の声が辺りに響いたかと思うと、見事に鷹の鋭い爪はその雉の首筋に立てられていたのだった。



「おおおおお!!!すごい!!お見事じゃ!!」



 俺は思わず歓声を上げる。すると、近衛前久は俺に笑顔を向けて言った。



「勢子を操り、雉を思うがままに追い込み、そして時を逃さずに仕留める…

すべては戦場での大将の振る舞いに通ずるところがございます。

ささ!今度は右府殿の番ですぞ!わしが手助けいたしますので、共に獲物をとらえましょうぞ!」


「おお!!やってやるぞ!!」



………

……

 近衛信尹の狩りがひと段落し、二百人の勢子たちが元の配置につくと、辺りは再び静寂に包まれる。

 そんな中、俺たちは獲物となりそうな雉をじっくりと探し始めた。


 鷹狩りが冬に多く行われるのも納得できるほどに、葉を落とした木々は獲物の隠れ場所を奪っている。

 俺は、狩るべき相手が潜んでいないか目を凝らしていた。

 

 その時だった。

 

 遠くに黒い点が動いたのが目に入ったのである。

 

 俺はその方向を指さすと、近衛前久は「うんうん」とうなずいた。

 俺は思わず後世でいう「ガッツポーズ」で喜びを静かに表すと、早速次なる行動に移る。

 それは言わずもがな勢子を動かして、雉を鷹が仕留められる範囲までおびき寄せることだ。しかし、先ほど近衛信尹が手本を見せてくれた時よりも、遠くにその雉はいる為、困難を極めるだろう。

 

 それでも俺は豊臣家当主だ!

 

 ここは豊臣家の結束と威信を示す為にも、遠く離れた場所にいる獲物をなんとしても仕留めねばならない!

 

 そう自分に喝を入れながら、一番遠くに配置している数名の勢子を動かすことにした。

 もちろんそこまで俺の短い手足による指示が届くはずもない。そこで俺は「伝令」を使うこととしたのだ。すなわち側にいる者を呼び、一番遠くにいる勢子たちに、静かに川沿い…すなわち雉の背後に回り込むように指示をしたのだった。

 

 伝令を送ってしばらくすると、遠くに離れた数名の一団が俺の指示の通りに川沿いへとその位置を変える。彼らにはもし雉が近づいてきたら、そのまま前進して追いたてるように合わせて指示を飛ばしてある。

 つまり俺の取った作戦はこうだ。

 指示がこの場所からでも伝わる位置にいる勢子たちに、あえて後方へと雉を追いたてさせる。

 すると雉はこの小高い場所から向こう側にある川の方へと逃げていくに違いない。しかしそこには今動かした勢子たちが待ちかまえているわけで、逃げてきた雉を彼らがこちらの方へと追いたてる。

 こうして手前に近づいてきた雉を、俺の相棒が仕留める…

 

 俺はその作戦を近衛前久に小声で告げると、彼は笑顔で「うんうん」とうなずいている。その様子からして、どうやらこの作戦で問題なさそうだ。

 


「よしっ!ではやってやるぞ!」



 そう俺は腹に力を入れると、手前にいる勢子たちに向けて右手を高々と掲げたのだった――

 

 

 

………

……

 慶長11年(1606年)12月23日 夕刻――

 

「ただいま戻りましたぁ!!」


「おかえりなさいませ!!秀頼様ぁぁぁ!!

げっ!?なんですか!?かように泥だらけになって!?」



 俺が大坂城に戻った頃には、既に周囲は夕闇に包まれており、冬の寒さが城内にいても身に沁みるほどになってからであった。

 俺の帰還を首を長くして待っていたであろう千姫が、俺に飛び込んできそうな勢いで近づいてきたのだが、俺の泥まみれの姿を見て思わず躊躇したのだ。

 俺が泥だらけになっていた理由は、単純なもので、鷹狩りの最中に泥の中に身を突っ込ませたからだ。ではなぜ泥の中に身を入れねばならなかったのかと問われれば、それが鷹狩りの言わば仕上げの一つだからである。

 と言うのも、鷹が獲物を無事にとらえた後は、なんとその鷹がとらえた場所まで走らねばならないのだ。そして鷹に餌を上げてから、仕留めた獲物を鷹から引き離す。

 この鷹が獲物をとらえた場所が、泥の中であれば泥をかぶらねば獲物を得ることは出来ないという訳だ。

 徳川家康が「健康法」の一環として鷹狩りをたしなんだという理由がどことなく理解出来た気がした、そんな鷹狩りの初体験だった。

 


「はははっ!ちと失敗してしまってな!しかし、見てみろ!獲物はしっかりととらえてきたぞ!はははっ!」


「おお!さすがは秀頼様!では、早く御着替えなさってくださいな。夕げの支度が整っております」


「おっ!もしやお千が用意してくれたのか!?」



 そんな俺の問いに、千姫は顔を真っ赤にさせてもじもじしながら「一品だけ千もお手伝いいたしました」と答えた。そんな彼女の頭を優しく撫でようとしたが、手も泥だらけであることに気付き思わず引っ込めた。その事に、千姫は少しだけ不満顔となったのだが、こんな汚い手でもなでて欲しかったのだろうか…


 まあ、何はともあれまずは身を綺麗にする事が先決だ。

 

 

「うむ!では着替えてくる!今宵は、近衛前久殿と近衛信尹殿を客人として迎えて、われの鷹狩りのことなどで盛り上がろうではないか!はははっ!」



 と、俺は大きな声で笑って言った。

 

 そしてこの日の夕げは近衛親子に、今回の鷹狩りで尽力してくれた片桐且元と鷹匠の中村の二人も加えて、さながら宴のように賑やかな時間を過ごしたのだった。

 

 

 

………

……

 その日の夜――

 

 夕げも無事に終わり、各自が部屋へと下がっていく中、俺と近衛親子の三人は引き続き城主の間にて、盃を酌み交わしていた。

 

 

「いやはや、しかし右府殿は初めてとは思えないほどに、見事な采配でございましたな」



 そう上機嫌で父親である近衛前久が笑うと、それに息子の信尹が同調してうなずいていた。

 

 

「いやいや、師匠が良いからじゃ!流石は父上にも鷹狩りを指南した程の腕前の持ち主!今後も色々と教わりたいものだ!」


「はははっ!右府殿に教えられることなど、鷹狩りの他にはございますまい!」



 俺のお世辞に笑顔で謙遜する近衛信尹。

 

 

 しかし…

 

 

 俺は笑顔のままで、その目だけを光らせた…

 

 

 

「はははっ!ご謙遜されなくともよい!まだまだ多いではないか!われが関白殿より学ぶことが!」


「はて…? 一体なんの事でございましょう?」



 俺の目を見て何かを勘付いたのか、近衛親子から笑顔が消える。しかし俺は変わらぬ上機嫌さをそのまま映した、弾けるような声色で斬り込んだのだった。

 

 

「島津との付き合い方…とか」



 その言葉の瞬間、明らかに部屋の中が凍りつく。しかし、俺は彼らに何かを口にさせるいとまを与えない。なぜならこのまま相手の言葉を待てば、のらりくらりとかわされるのが落ちだからだ。

 俺は今度は声を一気に低くして続けたのだった。

 

 

「密貿易の仕方…とか」



「な…なぜそのことを…」


「ははは…もしそのことが天子様に露見されれば、折角苦労を重ねて得た『関白』の役はどうなることかのう…」



 密貿易――


 それは幕府の「朱印」…すなわち許しなく、異国と貿易によって利益を上げることだ。


 そう…


 俺は知っていたのである。


 近衛親子がわずか数年前まで薩摩の坊津という場所で過ごして、島津家の庇護のもとにあったこと。


 そしてその坊津での貿易で莫大な利益を得ていたこと…


 その貿易は…


 「密貿易」であったこと――



「ああ…冬休みはまだ半分も終わっていない。

しかし、とても楽しい休みとなりそうだ。

なにせ『色々と』教わらねばならぬからのう」



 思わず笑みが漏れると、俺はなおも凍りつく二人の盃に酒を注いだのだった。




 




次回から本編に戻りますが、この「幕間」も本編に大きな影響を与えるようなお話しになってしまいました…


さて次回は月曜日の更新になります。


いよいよ松平忠輝の婚儀が始まります。


しかしその場の出席者同士には様々な因縁があるようで…


例の「空気の全く読めない天下の陪臣」と「東北の独眼竜」という自由すぎる二人が…


どうぞこれからもよろしくお願いいたします。


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