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弟よ!幸あれ!㉞長浜決戦(14)

◇◇

――ドカァァァァン!!!



 霧隠才蔵の体に巻きつかれた火薬玉が一斉に火を吹くと、強烈な爆発音が辺り一面にこだました。その瞬間、再び鮮血が白い幕に飛び散ると、幕の中にあって才蔵の奮闘を影でしか見ることの出来ない囚われの身である真田十勇士の面々は、みな一様に顔を白くした。



「才蔵!!!いやぁぁぁぁ!!」



 幕の内側から拳を叩きつけた由利鎌之介は、その白い頬を涙で濡らし、泣き叫んでいる。その他の十勇士の面々は、その顔を伏せて地面を見つめていた。その顔はみな険しく厳しいものであった。


 どうやら幕の外では、火薬玉から発せられた煙が辺りを覆い尽くしており、しばらく夕闇の空を白くすることだろう。

 そんな中にあって、大量の火薬玉を目の前で受けた根岸兎角は、その衝撃に気を失ってしまったようで、ずるずると高坂甚内が引きずりながら小屋へと戻っていく様子が分かる。

 また才蔵はその影すら判別がつかないことから、鎌之介は大量の火薬玉によって、木端微塵となってしまったのだろうと、絶望に打ちひしがれたのであった。


 そして、高坂甚内と根岸兎角の二人が小屋の中へと消えていった事が確認できた瞬間のことであった…




「はい。おつかれさん。鎌之介。もうよいぞ」




 と、根津甚八が素っ頓狂な声を上げたのである。




「はい?」




 一体何の事を言っているのか、全く意味の分からない鎌之介であったが、目の前で仲間が自爆したとは思えぬほどに、あまりにも軽い調子の声に、思わずむっとした。



「むむぅ!やいっ!甚八!お前には血も涙もないのか!?才蔵が自爆したのだぞ!」


「おお。そうであったな。いやあ、あやつがあれほど体を張れる男とは思わなかったぞ」



 しかしそんな鎌之介などお構いなしに、甚八は才蔵に感心している。すると三好青海が口を出した。



「いつもあの役目は俺なんだがなぁ」


「ははは!ちがいねえや!その役目はいつも青海か伊三と決まっているのにな!」



 青海の言葉に、穴山小助が笑い飛ばしている。


 そのあまりにも和やかな様子に、鎌之介は怒りを通り越して、もはや「意味が分からない」と目を回している。

 

 …と、そこに猿飛佐助が苦々しい顔のまま、全員に号令をかけた。



「皆の者。ぼさっとしている暇などないぞ。早く済ませてしまうのだ。やつらの代わりの見張り役が来るまで時間がないのだから!」



 そう声をかけると、鎌之介を除く全員が幕の前でしゃがんだ。


 そして…


 幕の外側へと縛られた手を伸ばし始めたのである。



「へっ…? 何をしているの?」



 なおも訳が分かっていない鎌之介に、甚八がいら立ちながら問いかけた。



「鎌之介は何を聞いていたのだ!?」


「何を…って、別に何も聞いてなどいないけど…」



 するとそれまで黙っていた望月六郎がぼそりとつぶやいた。



「刀を打つ音…聞こえていただろう?」


「刀…打つ音…」



 鎌之介は空を見つめて、「うーん」と何かを思い出そうとしている。そこに海野六郎が声をかけた。



「刀をぶつけていた音。それが俺たちへの言葉そのものだったのだよ」


「え…そんな…」


「才蔵は刀と兎角の棍棒のぶつかる音でこう伝えていたのだ。『ひろえ じめん』と…」



 鎌之介はその海野六郎の言葉に、はっとして幕の外の地面を見た。

 そこには才蔵の懐などから落ちた大量の武器や道具が散らばっていたのだ。

 つまり才蔵が、歴然とした実力差のある相手に刀で立ち向かっていったのは、この事を伝える為であり、そして派手にやられていたのも、自然と道具や武器を地面にちりばめる為だった訳であった。


 もちろんその多くは、幕の内側から手を伸ばしただけでは掴むことは出来なかったが、それでも各々一つか二つは、何かしら得ていた。鎌之介はその様子を見て、慌てて皆に倣って幕の外側へ手を伸ばす。すると一本の「くない」を握る事が出来た。

 その「くない」の先端は面白い形をしていて、まるで何かにひっかける事が出来るように鉤型となっている。そしてその表面には何か書かれていた。



「むむっ!?『ぶたい…みぎはし…ほれ…』 なんだろう?これ?」



 鎌之介がそれを皆の前に披露すると、佐助は目を細めて言った。



「ほう…そういうことか…

ここは癪だが、あやつが柄にもなく体を張ったことに報いてやろうではないか」


「どういうこと?」



 再び眉をしかめる鎌之介。しかし佐助は鎌之介だけではなく、全員に向けて言ったのだった。



「今、この手を縛られている縄を切るでないぞ」


「え?どういうこと?佐助の手にした『しころ』(携帯用の小さなのこぎりのこと)があれば、すぐにでも縄を切って、外に出られるじゃないか?」



 そんな鎌之介の問いかけに、佐助は首を横に振る。

 そして彼は声を強めた。



「それでは俺たちしか逃げることが出来んだろう!」



 その言葉に鎌之介はまた目を大きくしたが、それは皆も同じだった。しかし佐助だけは、ニヤリと口角を上げて、言葉を続けたのであった。



「才蔵の想い…それは『明日、連れられていく舞台にて、風魔を助け出せ』ということだ!

そう!俺たちの勝負は、明日!皆の者!よいな!」



 その場の全員が力強くうなずく。それを見て、佐助は締めくくった。



「では、おのおの!ぬかりなく!」



 と…



◇◇

 慶長11年(1606年)12月20日 戌刻(およそ午後八時)ーー


 綺麗な三日月が空に浮かぶその下を、一人の忍びが重い体を引きずりながら、彼の寝泊まりしている宿に向けてゆっくりと道を進んでいた。

 「重い」と言っても、決して彼の体重が大きいのではない。ここでは、いわゆる「重体」ということであり、すなわち大傷を負っているのである。

 それでも完全に気配を消して、闇夜に紛れているのだから、彼の忍びとしての実力がどれほどのものか、うかがい知れるというものだ。



「ぐぬぅ…昌相殿…お恨みしますぞ…

あれほど『全く痛くない自爆』と教えてくれたではありませんか…」



 そのように今頃は真田家当主、真田信之のもとで精を出しているはずの出浦昌相を胸に浮かべながら愚痴を言えるのだから、重体とは言えまだ余裕はあるのだろう。


 動かなくなった左手をだらりと下げて、残った右手は数本の骨を砕かれたあばらの部分をかばうようにしている姿は、誰が見ても痛々しい。

 ところが、そんな状態でも口元は緩み、その目は何かをやり遂げた充実感に輝いている。


 その忍びとは…


 霧隠才蔵その人であった。


 彼はその顔を夜空に向ける。

 その空には、大きな三日月の他にも、星々が輝いていた。

 そして彼は口角を上げて独り言をつぶやいた。



「はは… らしくないな…俺は…」



 元より「忍者」と呼ばれる者たちは交戦を好まない。好まぬどころか極端に嫌うたちだ。

 もし彼らが手にした武器を相手に向けるとすらなら、相手が武器を持たずに油断している時…すなわち暗殺の場面がほとんどと言えよう。

 戦場に出ることもあったが、それは領主による脅迫じみた命令による場合か、自分たちの領土を攻められた時の防衛の場合でしかない。

 それは一流の忍者の部類に入る霧隠才蔵とて同じであることは、彼の得意とするものが「隠形」、すなわち相手に錯覚を起こさせてその場から姿を消すことであることからもうかがい知れよう。

 つまり忍者とは、「極端に他人との接触を嫌う人種」と言えるのだ。

 それは決して「交戦」だけを意味するのではない。

 人同士のあらゆる接触も含むものであり、こと伊賀忍者の典型とも言える才蔵は、「仲間」や「友」、さらには「忠義」「義理」といったものを、一切受け付けないたちだったのである。


 そんな彼が今、「仲間」の為に、文字通りに骨を折り、その身に決して軽くない傷を負っている。


 そしてそれだけではない…


 彼は今、溢れんばかりの充実感を抱いているのだ。

 その感情の源にあるのは、言わずもがな佐助たちを救う為に行動をやり遂げたことに対するものであることは、才蔵がいかに否定しても疑いようのないものだ。


 その事に彼は、ひどく戸惑いながらも、なるべく心の奥では平静を装って、その原因となるものを探っていた。


 心のずっと深い部分に目を凝らす。


 そこに浮かびあがってきたのは…



 一人の少年が、少女を守る為に、槍を構えた武士たちに向けて剣を構えるその姿――



 その膝は恐怖に震え、相手に届くはずもない短い刀を持つ手は定まらない。


 それでも少年の目は少女を守る為の一心に燃え、その気迫は彼を囲う数人の大人をひるませている。


 目の前にいる人の為に、自分の命を投げ打つその輝く姿を見たあの時から、才蔵の心の殻に何かひびが入ったのを、彼は思い出した。


 その少年こそ…



 豊臣秀頼――



 関ヶ原で起った大戦から逃れるように迷い込んだ山中で見せた、彼のあの姿は、霧隠才蔵の人生の歯車を、ほんの少しだけ狂わせたのだ。


 そしてそこで生じたひびを決定的に割ったのは、この結城秀康の暗殺阻止の命令が真田幸村から下されたあの夜のこと。すなわち突然、酒を片手に現れた秀頼の満面の笑みを見たあの時だった。


 『暗躍』にしか生きることが出来ない、言わば「時代の敗者」にも光を当てることは、一つ間違えれば自身の立場を危うくすることにもつながりかねない。それでも「この時代の者ではない」豊臣秀頼は、そこに光を差しこませた。


 一筋の光――


 その光は優しさと、儚さを同梱させているもの…


 霧隠才蔵は、生まれて初めて、その「他人のもたらした光」に身を委ねた。

 この時点で忍者としては「失格」の烙印を押されても、言い逃れは出来ないであろう。

 それでも彼はあの時、豊臣秀頼、真田幸村、そして仲間たちと共に酌み交わしたあの酒の味を生涯忘れることはないと断言出来る。つまり、例え「失格」であっても、後悔などしない。


 酒がこんなにも旨いものとは…


 そう…彼は、あの酒をもう一度味わいたいと「欲」を抱いていた。それは秀頼によって叩き割られた殻から生まれてきたものであり、それこそが、自らを犠牲として仲間を救おうとした原動力となっていると、彼は気付いたのである。


 もし、彼が「今の」豊臣秀頼と出会っていなければ、果たして今回の作戦で、彼はどのように振舞っていたであろうか。その事を今考えても仕方のないことだ。

 しかし、ここで明確にしておかねばならぬことが一つある。

 それは…


 豊臣秀頼が「自らの力で一人の忍者の人生を変えた」という事実だ。


 少なくとも霧隠才蔵はその事を、自らの身を持って感じている。

 そして彼はこう思わざるを得なかったのである。



――あのお方は、いつかもっと大きなものを変えてしまわれるかもしれない…



 と…


 その事を思った時、不思議と心の中に燃え上がるものを感じている。

 それも忍者という立場であれば、あってはならない感情だ。

 それでも彼はその燃え盛る興奮に身を置き続けたいと「欲」をかいている。


 そして、心に固く決意したのである。



――あの光の為に、闇で生きよう。あの光の為ならこの身を惜しまぬ。

 


 それは「あの旨い酒をもう一度飲みたい」から…


 そんな単純な欲求によるものでよい、と彼は自然と込みあげてくる笑みを抑えられぬまま、輝く三日月の下、道を急いだのであった。






決して華やかな部分ではない所にも、様々な人生がありドラマがあったのだと、私は思っております。


歴史の中で脚光を浴びることのなかった部分にも、光を当てる作品にしたかった為、この章を「暗躍」としたのです。



これからもどうぞよろしくお願いいたします。


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