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弟よ!幸あれ!⑰この世界での史実

◇◇

 後世に史実として残されている結城秀康という武将の晩年は、あまり良いものとは伝わっていない。

 

 女好きであることを暗に示すかのような、性病である「梅毒」にかかり、それが死因となること。

 そして、その病気によって、伏見城の城番の役目を下ろされたこと。

 病気によって鼻が欠けてしまい、それを隠そうとしたことを、父である徳川家康に叱責されたこと…

 

 なお、結城秀康が「梅毒」であったという事は、寛永年間に奥平忠昌と亀姫の子、すなわち徳川家康の孫にあたる松平忠明によって編纂されたとされる「当代記」なる書物によって伝わっている。

 「当代記」はその名の通り、徳川家康の一代、つまり生涯について書かれた歴史書のことだ。

 無論、この書は徳川将軍家も目にしたに違いなく、彼らの意向が大いに反映されていたことは言うまでもないであろう。

 

 今、俺、豊臣秀頼が目にしている事は、もちろん俺がいるこの世界で起こっている出来事である。

 それはもしかしたら、『本当の史実』とは異なっているかもしれない。

 

 しかし…

 

 裏を返せば、この世界こそが『本当の史実』なのかもしれない――

 

 

………

……

 慶長11年(1606年)9月16日ーー


 伏見にある一際大きな屋敷こそ、越前屋敷。すなわち結城秀康の屋敷であった。

 その屋敷に到着した俺と松平忠輝の一行を出迎えたのは、なんと結城秀康その人であった。



「よく来た!よく来た!はははっ!随分と大きくなったものよのう!辰千代(松平忠輝のこと)!!」



 豪快な笑い声をあげる彼のこの姿を見て、彼が病魔に襲われているなど誰が想像出来ようか。しかし俺の知る後世に伝わっている史実においては、既にこの頃には秀康の病状は如何ともしがたいほどに進行しているはずである。

 ところが、欠けていたとされるはずの鼻は、その筋をしっかりと立たせ、血色の良い顔は、ここ数年は咳一つしていないのではないかと思えるほどに、健康そのものであった。



「むむっ!?どうした秀頼殿!?何か驚いたように、俺を見ておるようだが?」



 俺の知っている史実上の結城秀康とは、全く異なるその姿に俺は呆気に取られて、彼を凝視してしまったのだが、そんなことなど知るよしもない秀康は眉をひそめて俺に問いかけた。



「ややっ!兄上!べ、別に変わったことなどございませぬ!

そ、それよりわざわざ仙千代を迎えに寄越していただき、ありがとうございます!」


「はははっ!かような事に、わざわざ感謝を言うでない!

俺の弟二人がここに来るからには、兄として当然の礼を持って迎えたに過ぎん!

ささっ!立ち話はここまでにして、早速部屋でくつろぐがよい!

おかか様の手は俺が引いていこう!」


「これっ!義伊松!わしを年寄り扱いするでねえ!」


「ややっ!これは手厳しい!そう言うおかか様こそ、俺のことを『義伊松』と、子供扱いしてくださるな」


「ふん!お前のその口達者なところは誰に似たのかのう」


「はははっ!さて誰ですかのう!ははは!」



 そう笑い飛ばす横顔に、彼が『叔父上』と慕っていた黒田如水の面影がちらついたことに、俺は目を見張った。それと同時に、俺の胸の内が少しだけ絞られるように痛んだのはなぜなのだろう。

 人の生き死にが後世よりも身近な戦国乱世の時代にあっても、俺の父である豊臣秀吉にしてもそうだが、偉大な人物とは死してもなお様々な人や文化に根付いているものだと実感すると、なんだか感傷的な気分に浸ってしまったのであった。

 それはどうやら俺だけではなさそうで、秀康に小言を漏らしている高台院もまた、そんな彼に向けてどこか懐かしむような目を向けている。彼女の場合、俺と同じ人を秀康に投影していたのだろうか。

 それともまた別の人なのだろうか…

 いずれにせよ、高台院のその視線は慈愛に充ち溢れ、今日の秋の空のような澄んだ色が印象的であった。

 

 そんな風に考えを巡らせている俺をよそに、秀康と忠直を先頭として広い屋敷の中を進んでいく。

 そして『元気な』結城秀康に連れられて、俺は客間に通された。

 大野治徳ら、俺のお供たちは隣の部屋にて待機させられ、部屋の中には、俺、結城秀康、松平忠輝、松平忠直そして高台院の五人だけとなった。

 すると秀康が息子の忠直に向けて言った。

 

 

「仙千代。俺は秀頼殿とここで待っているゆえ、辰千代とそのお供たちを、今宵泊まる部屋に案内せよ」


「はいっ!父上!では、忠輝様!どうぞこちらへ!」



 人見知りの忠輝は初めて訪れた屋敷の中で、俺と離れるのが不安なのだろう。青ざめた表情で俺をちらりと見たが、俺が笑顔でうなずくと、彼もまたはにかんだ笑顔を見せた。

 少しずつこうして色々な人と触れ合っていけば、もしかしたら「発狂した」とされる彼の人生も良くなるのではないか、おこがましくもそんな親心のようなものを俺は彼に抱きながら、部屋を出ていくその背中を見送ったのであった。

 

 そして部屋に残された三人。

 

 秀康は今度は高台院の方をちらりと見ると、高台院は何かを察したように、秀康に問いかけた。

 

 

「鶴子は息災なくやっておるかね?」



 鶴子とは、結城秀康の妻であり、結城宗家の養女として秀康に嫁いだ人だ。もちろん高台院とは顔見知りであり、彼女は何気なくその鶴子のことについて質したのであった。

 

 

「ええ、元気にやっております。本日、おかか様にお会い出来るのを楽しみにしておるようです」



 その言葉に高台院の顔が嬉しそうにほころぶ。

 

 

「虎松、国丸たちも元気かね?」



 この虎松、国丸とは結城秀康の子供の事だ。彼らと忠直も含めると、秀康には八人の子がいる。いずれもこの十年の中で生まれた子ばかりで、それだけでこの越前屋敷の奥は賑やかであろうことは、容易に想像できた。

 


「ええ、それはもうやんちゃで仕方ありません。全く誰に似たのやら…」


「カカカ!男の子なら手がつけられないくらいが丁度ええ!どれ、今日くらいはこのおかかが見てくれよう」


「ややっ!これは、鬼の子も黙るおかか様に見てもらえるとは、みなも喜びましょう!

おいっ!誰かあるか!

おかか様を奥へと案内せよ!」



 その声に、一人の侍女が小姓とともに姿を表すと、高台院は彼女らに連れられて部屋を後にしたのだった。

 

 こうして、秀康が計ったかのように、部屋には俺と結城秀康の二人となった。

 

 まだまだ夏の面影が残る陽射しを浴びて火照っていた顔も、涼しい屋敷の中ですっかり冷めて、頭の中は澄み渡っている。

 秀康は何か意図があって俺と二人にしたのだろうが、その理由は考えずとも明らかだ。

 そして秀康も何の躊躇いもなく、その事についての話しを切り出したのであった。

 

 

「秀頼殿。江戸はいかがだったかな?」



 この問いにどんな意図が隠されているのか、俺にはとっさに判断がつかずに、心のままに答えることにした。

 

 

「ええ、とても活気があって、素晴らしいところでございました」


「そうか、それは良かった。先の大火より、よくぞ立て直したものだ」



 そう言って秀康は目を細めて微笑みを浮かべている。

 なお、秀康の言う「先の大火」とは、慶長六年(1601年)に起こった、大火事のことで、これによって江戸の街のほぼ全てが焼失してしまったとも言われている。

 そのわずか五年で、大火の事など微塵も感じさせぬほどに街を再建した徳川将軍家に、「江戸を日本一の街にするのだ」という強い意志が感じられるというものだ。

 

 そんな事を考えているうちに、秀康はこの会話が前置きであったかのように、一歩踏み込んだ問いかけをしてきた。

 

 

「ところで、父上にも会いにいったようだが、お変わりなく元気であったか?」



 この問い…

 

――近頃は父親である徳川家康に、同じ京にいながら、顔を合わせていないのだ


 という事を、暗に示しているようにしか思えない。

 それは、結城秀康の徳川家康に対する感情の一端が見え隠れするようで、思わず俺の表情が引き締まった。

 

 なおこの頃の二人の関係だが、世間では決して「良好」とは受け止められていないようだ。

 流石に「険悪」とまでは認められてはいないが、少なくとも仲睦まじい親子とはかけ離れているように噂されている。

 

 その原因となったのが、先の「第二次柳川の戦い」での一件によるものは明らかであった。

 

 知っての通り、この戦いでは徳川家康の率いる軍は、九州に入ることがかなわなかった。

 それでも徳川秀忠の軍だけで、島津や立花といった強敵たちを次々と降伏させたことで、逆に徳川家の安泰を強烈に印象づける結果となったのだが、それでもそれは結果論であり、家康が九州に入れなかったことに対する不安や驚きの声が、世間や諸将から上がったのは確かであった。

 そしてその原因を作ったのが、結城秀康と世間ではもっぱらの噂となったのである。

 

 それは、

 

――越前卿(結城秀康のこと)が、大御所様を越前屋敷にて足止めしたらしい


 というものだ。

 確かに江戸から軍勢を率いた家康は、京に入った後、秀康の饗応に招かれるとその屋敷から数日間動くことなく、ついには二条の屋敷に引き返して全軍を待機させた。

 下手をすれば徳川家の威信に関わる一戦において、家康を二条に足止めさせたものとは一体何だったのか。

 そのことについての憶測が、様々に飛び交った。

 そのうちの一つが、「秀康が家康を足止めした」というものであった。

 中には「家康が京から出れば、その背後を越前兵が襲う手はずだったのではないか」という過激な言葉まで聞かれていたほどだ。

 

 実は俺自身も、家康があの時九州に赴かなかった理由を知らない。

 

 それでも家康と秀康の二人を知る俺としては、それらの噂のような事はなかったのではないかと踏んでいる。

 そして、徳川秀忠に次期将軍としての箔をつける為に、家康は下準備だけはしっかりと整えた上で彼に全てを任せたのではないかという、真田幸村の推測を俺も支持していたのであった。

 

 ただ…

 

 どうやら徳川家としては、その噂を上手に利用しているようだ。

 

 すなわち「結城秀康は危険」という、言わばレッテルを貼りつけ、越前に大きな領土は与えたものの、新たな幕府の枠組みからは徹底的に彼を遠ざけているように思える。

 もちろん秀康以外の家康の子供たちも、幕府による政治に直接関わってはいない。それでも後に「御三家」と呼ばれるようになる、徳川義直、徳川頼宣、徳川頼房のように、徳川姓や三つ葉葵の家紋の利用など、一門衆としての扱いは受けていないのが実情であったのだった。

 

 第二代将軍、徳川秀忠の兄でありながら、徳川一門としてすら扱われていない――

 

 その事を秀康本人はどう感じているのだろうか…

 

 彼の胸中を推し量るだけで自分の事のように鈍い痛みを感じざるを得ないが、目の前の本人は、そのような痛みや憎しみなど見せることもなく、慈しみ深い笑顔を俺に向けて、自分の父親の事を問いかけている。

 俺は未だに秀康の心情を計りかねて、思ったことを口にしたのであった。

 

 

「ええ、お元気でございました。最近は髪に白いものが混じって困ると、苦笑いされておりましたが…」


「そうか…それはよかった」



 くすりと笑う秀康の表情は、家康に対する感情が表れているようにしか思えない。それは、老いた父を気にかける心優しき息子そのものであった。

 そして…

 

 

「秀忠はどうであったか?」


「はい、義父(ちち)上は、竹千代が生まれたおかげもあってか、ますます気力溢れておられました」


「うんうん、それはよかった」



 それは兄として弟である徳川秀忠を想う顔でもあったのだった。

 家族を気遣う秀康の暖かな気持ちが、そのまま部屋の空気と変わる。

 

 そして、俺はこの時最も不思議に思っていたことを問いかけたのだった。

 

 

「兄上におかれましては、お身体に変わったところはございませんでしょうか?」



 もしかしたら他人には見せないだけで、重大な病を内に抱えているのではないか…

 そんな一抹の不安が今でもなお、俺の頭に残っていたのである。なぜならそれは、後世の「史実」とされる伝承に、彼が既に病に冒されていたと記録されているからであった。

 

 しかし、秀康はそんな俺の心配など知ることもなく笑顔で答えた。

 

 

「ははは!先ほどから俺の事を見てくると思えば、かような事を気にしておったのか!

見ての通り、病など俺の体には潜んでおらぬ。最近ちと体力が落ちたとは思うが、それでもひとたび戦さとなれば、縦横無尽に戦場を駆けてみせよう!」



 俺はその言葉に、ほっと一安心するとともに、思わず本音を漏らした。

 

 

「それを聞いて安心いたしました。しかし、兄上。今や兄上が馳せ参ぜねばならぬほどの大きな戦さなど、今の世にあってはありますまい。ご安心くだされ」



 その言葉が出た瞬間だった…

 

 ピシリという鋭く乾いた音が部屋の中にこだましたかのような感覚と共に…

 

 明らかに空気が凍りついた――

 

 

「秀頼殿…『もう大きな戦さなどない』と誠に思っているのか?」



「えっ…!?」



 穏やかな表情は変わらぬが、まるで冬の空気を感じさせるような痛みを伴うその問いかけに、俺は思わず固まってしまった。

 そんな俺を突き動かすように、秀康は言葉を重ねる。それはまるで、彼が知るはずもない将来の豊臣の存亡をかけた大戦を予感しているかのような言葉であった。

 

 

「戦さなくして、豊臣に対する仕置きを幕府が終わらせる…そう思っているのか、と問いかけておる」


「それはどういう意味で…」


「秀頼殿…薄々分かっているのではないか?だからここ一年で、江戸に訪問したり、辰千代を饗応したのではないか?」



 俺は急変したその空気に戸惑い、恐怖すら感じて言葉を出せないでいる。

 そんな俺を秀康は、彼なりに気遣っているのだろう。彼は俺の胸の内を代弁するかのように、彼自身の言葉として続きを言った。

 


 

「幕府は…徳川は…いや、もっと言えば、父上…すなわち徳川家康は、豊臣家を潰す覚悟を決めておる…ということだ」




 凛としたその言葉は、その事を知っているはずの俺の心を貫いた。

 

 俺の知っている後世の出来事が真実であるならば、それは秀康の言う通りに粛々と進んでいるのであろう。それでもここ一年で、俺が接した徳川家の人々や、徳川譜代の家臣たちは、俺が心許せるほどに友好的な者たちばかりであった。

 それは徳川家康その人にも等しく言えることであった。

 このことによって俺は、江戸訪問や忠輝の饗応を通して、もはや「大坂の陣は起こらないのではないか」とまで錯覚していたことは否めなかったのだ。

 

 しかし、歴史の流れの行きつく先は、結城秀康のように世の中を正しい目で見る事が出来る人から見れば明らかなのであろう。

 

 そう…

 

 徳川家康は、豊臣家を…大坂城を潰す気でいるのだ…

 

 そむけつつあった顔を、何かその大きな手でぐいっと戻されたような気持ちにさえさせる、秀康の視線は、俺の心を揺り動かし続けた。

 

 

「豊臣家については、他の外様たちのように、書状一つで領土没収という訳にはいかぬだろう…

そうなれば、戦さになるのは必定のことだ。

そのことから逃げてはならん」



 厳しい言葉を投げかける秀康。しかし、それでも俺に対する慈愛に満ちたその瞳の色は変わらない。

 

 そうか…

 

 この人は、俺の『兄上』なのだ…

 

 どこまでも俺の味方であり、家族なのだ…

 

 それは政略結婚によって作られた仮初めの家族の形ではない。

 

 心の奥底でしっかりと絡み合っている、そんな切れぬ絆を感じる。

 

 つまり、結城秀康は…

 

 

――俺はいつまでも豊臣家の一員である!



 と、その瞳で力強く俺に語りかけていたのだった。

 

 俺は、ようやく落ち着きを取り戻すと、一つ大きく息を吐いて、口元を引き締めた。

 

 

「兄上。われの『夢』は、世の中の全ての人が、豊かに、そして笑顔で暮らすことにございます。

それをむやみに乱そうとする者がいれば、たとえ自分よりも強大な相手であっても、立ち向かう覚悟にございます」



 これは俺の本心であった。

 

 もちろん俺だって、豊臣家が徳川家にとっては邪魔な存在であり、この後二百年に渡って続く徳川の世にあって、残してはならない家である事は百も承知だ。

 それでも今、この世の人間として…豊臣秀頼として生きているうちは、天下人の息子として、日本の民の為に生きていきたい。それは「大坂の陣」という避けられない大戦があるにしても、ぶらしてはならない「天下人の後継者としての鉄の意志」と言えるものだ。

 

 

「しかし、父上にしてみれば、豊臣家の方が世を乱す存在としてくるであろう。

世間や後の世に残す歴史など、勝者によっていかようにもねじ曲げられるものだ」


「つまり、兄上は何が言いたいのでしょう?」



 俺はその答えをもちろん分かっていて問いかける。すると、秀康もそれを覚っているのか、口元を緩めてはっきりと答えたのだった。

 

 

「この一年の秀頼殿の動きを見るに、秀頼殿は父上に膝を曲げるつもりはないのだな?

たとえ戦さになろうとも…

それをこの場で聞きたかったのだ」



 俺は静かに目をつむった。

 

 そして…

 

 静かにうなずいたのだった…

 

 

 もし…

 

 もし俺が徳川家康に対し、降伏して大坂城を引き払うのであれば、大坂の陣は避けられるのであろうか…

 

 人々を不幸に陥れる大戦は、日本の歴史上から姿を消すのだろうか…

 

 これに対する俺の答えは、もはや決まっていた。

 

 

――俺がこの膝を曲げようとも、大坂の陣は必ず起こる…



 ということだった。

 

 それは掘り下げて言えば…

 

 

――豊臣秀頼と淀殿は、どんな形になろうとも、徳川家康によって腹を切らされる



 ということだ。

 

 それを結城秀康は理解していた。

 

 そして徳川家康の子であり、将軍の兄であるという血の宿命を抱えながらも、俺をその大きな翼で包み込んだのだった。

 

 

「安心いたせ。俺が戦場で槍を向けるその先には、葵の家紋の旗印が立っているであろう」



 俺は目を大きくして秀康を見つめる。

 

 豊臣家の悲劇の運命を知る俺にとって、豊臣秀頼として生きていくのは、さながら暗闇の中に光を求めてもがき苦しむのと同じであった。

 そんな中にあって、秀康は「自分が光となろう」と、自分の立場など顧みることなく、ただひたすらに見返りのない愛情を俺に向けているではないか…

 

 なぜ…

 

 それは口にするまでもなく、秀康は笑顔を向けて語りかけてくれたのだった。

 

 

「俺は太閤殿下の子であり、秀頼殿の兄だからな」


「しかし…家康殿は、兄上にとっては血のつながった父ではございませんか…!?」


「血のつながりと、心のつながりのどちらを取ると聞かれれば、俺は即座に答えるであろう…」



 秀康は自分の胸のあたりに手を当てる。

 

 そして、瞳にいっそう力を込めて告げた。

 

 

「結城秀康は、心のつながりを取る男だ…と」



 この情熱的な決意が…

 

 彼の身に悲劇を生み、そして…

 

 俺の心に火をつけることになるなんて――

 

 


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