あなたを守る傘になると決めて…㊱三河武士な人々(5)
◇◇
――お主に今一度機会を与えてやろう…長宗我部のお家再興の機会を…
九州でまるで死んだような失意の日々を送っていた、ある男に一通の書状が届けられたのは、これよりわずか三カ月ほど前のことであった。
その書状に目を通したその瞬間、男の乾いた心に一滴の希望のしずくが沁み込んだ。
「長宗我部のお家…再興…」
その言葉を実際に口にすると、ドクンと熱い血が脈打って流れ始めるのが彼自身にも実感できたようだ。
同時に鈍っていた彼の思考は、さながら砥石で刃物を研ぐようにその錆を落としていき、徐々に澄んでいく。
すると灰色の瞳に、色が戻ってきた。
不思議な事に思考が戻れば、おのずと感情も戻ってくる。
あの日うちのめされ、憚れた時の憎しみが苦しみとなって、胸をひっかきまわしたが、彼はそれを何とかこらえた。
そうして残ったのは…
「俺のこの手で長宗我部家を再興すれば…盛親様も必ずや喜んでいただけるに違いあるまい…」
純粋すぎる野心…
彼の心の中には、彼自身の立身出世など皆無であった。
そこには「長宗我部盛親」という人物の未来しか入り込んでいなかった。
この男の名は、久武親直…
長宗我部盛親を狂信的に敬愛するその人であった…
「本多正純…本多正純…」
それは彼にとっては忌まわしい名前だ。しかし同時に、救いを与える名前でもあったのである…
なぜなら…
今彼が手にしているその希望の光のような書状は、本多正純から充てられたものなのだから…
その書状を受け取った後、彼は京に上った。
そこで彼は時を待った。
すなわち本多正純からの「機会」を待ったのである。
そして…
いよいよその時が訪れた。
本多正純から再びもたらされた報せ…
それは
――大久保忠隣を陥れよ
というものであった…
………
……
慶長11年(1606年)3月30日 未刻(約午後二時)――
江戸の町の外れのちいさなあばら家。
「いってえな!何するんだい!!」
その家の中にまるで投げ捨てられるようにして入れられた太助が、大きな数人の男たちに向かってそう叫んだ。
しかし男たちはニヤニヤした顔つきを変えない。そしてそのうちの一人が、彼の髪を乱暴に掴むと、その顔をぐいっと近づけた。
「命が惜しければ大人しくしているんだな」
その男の凄味のある口調にも、太助は怯まなかった。
「なんでおいらをかどわした!?」
「餌だ…もっと大きなものを釣る餌…」
「もっと大きなものってなんだって言うんだよ!」
その太助の言葉に、男が答えようとしたその瞬間、部屋の奥に静かに座っていた男が、ぼそりとつぶやくように言った。
「余計な事はしゃべるな…」
粗暴な男たちの中にあって、明らかに雰囲気の異なるその男の言葉に、つい口走りそうになった男は口をつぐんだ。
そして彼はゆらりゆらりと太助の側までやってくると、手にした小刀を太助の喉元に突きつけた。
「な…なにしやがる…」
強気を崩さなかった太助であっても、目の前に鋭く光る刃を見せられては、さすがに顔を青くした。
そして、男はその刃を素早く振り落としたのである。
――ビリッ!!
部屋に太助の服を切り裂く音が響く。
しかしその刃は、太助の体までは達していなかった。
あまりの恐怖に太助は口を開けて、目の前の男を凝視するより他なかったのだが、その男は冷酷な表情のままであった。
そして男は手際良く切り裂いた服の一部を切り取ると、
「これを持って行け…」
と、粗暴な男の一人にそれを持たせたのだった。
あばら家に光が差し込むと、その冷酷な表情の男の横顔が明らかになる。
それは…
元長宗我部盛親の側近、久武親直その人であった…
………
……
消えた太助を探す為に、小田原町を中心に辺りを大久保忠常と共に回っていた俺、豊臣秀頼であったが、どこをあたっても太助の目撃情報はなかった。
大久保屋敷内で匿われるようにして暮らしていた子供たちの中でも、太助だけは毎日のように屋敷を抜け出しては、あたりでいたずらをしていたらしく、それでも人々は太助がいなくなったと聞いて、みな目を丸くして心配していた。しかし、不思議なことに彼の目撃情報だけは一向に出てこなかったのだった。
何の手掛かりもないままに、一度大久保屋敷に戻ることにした俺たち。
忠常は、「これ以上は豊臣右大臣殿にご迷惑をおかけするわけにはまいりません」と恐縮していたが、乗りかかった船を下りるような真似はしたくなかったので、饗応の始まる時間ぎりぎりまでは、太助探しに付き合うことにしたのだった。
「まったく…あれ程勝手に出歩くなと言いつけておったのに…」
大久保屋敷の前まで俺たちが戻ると、別の場所を探していた大久保彦左衛門が、文句を言いながらも険しい顔つきで、ちょうど戻ってきた。
門の前には、騒ぎを聞きつけて屋敷から出てきた大久保忠隣と、忠常の妻、そしておりんの姿がある。その顔はみな一様に青くなっていた。
「あの悪がきのことだ。きっとどこぞに身を隠して、俺らを欺こうとしているに違いねえ…心配することはねえさ…」
と、忠隣は強がるが、その口調は先ほどまでの豪放さは感じられず、やはり彼も悪い予感を心に抱えているようだ。
…と、その時であった。
明らかに人相の悪い数人の男たちが、ニヤニヤしながらこちらに近づいてくるのが目に入った。
その内の一人の手には、一枚の布切れ。
俺にはそれが何なのか全く分からなかった。
しかし、それを彦左衛門が見た瞬間…
「てめぇぇぇ!!太助をどこへかどわしやがった!」
と、その男の胸ぐらに掴みかかった。
しかし男は動じることなく彦左衛門を見下ろすように冷たい視線を浴びせている。
そしてその視線と同じく、ひどく冷酷な口調で告げたのだった。
「一人だ…大久保忠隣が一人で来い。西のはずれにあるあばら家にて、このぼろい布の服をきたがきが待っている。
間違っても人数を連れてくるんじゃねえぞ。
そんなことしたら、がきの命はないと思え。
がき一人の命に引き換えにして、てめえの命可愛さに怖気付いたとなれば、世間様にはどう写るだろうな…
それにそのがきの素性がばらされたりでもしたら…
くくく…はははっ!
大久保忠隣は、終わりだなぁ!
はははっ!
おい!いい加減その手を離せ!!」
ーードンッ!
男が乱暴に彦左衛門を突き放すと、彼は尻餅をつく。それでも彼は男を睨み続けていた。
もちろん男たちはそんな彼の視線など気にするかけらすら見せず、そのまま消えていった。
残された俺たちはみな一様に険しいものを顔に浮かべ、しばらく黙り込むより他なく、ただその場所に立ち尽くしていた。しかしこのまま門の前で六人がいれば、余計に目につくと懸念した忠常の提案で、俺たちは一旦大久保屋敷の中に入ったのだった。
………
……
大久保屋敷に戻った俺たちは、再び客間にて膝をつきあわせて談判を始めた。
なお、その際「これ以上、おなごを巻き込ませるわけにはいかん」という忠隣の一言で、忠常の妻とおりんの二人は、別室に下がっている。
「父上!ここは町奉行に事の次第を話して、皆で太助を助けに行くべきにございます!」
まず話しを切り出したのは大久保忠常であった。身を乗り出しながら、必死に忠隣に進言する。
しかし、忠隣は即座には「うん」とうなずけないでいた。それは恐らく、太助の素性に問題があるからではないか、そう思った俺は彼に関する事を聞いた。
すると案の定、太助の素性には少々難があるようだ。
もちろん太助自身に問題があるわけではない。
元は彼は三河国の出なのだそうだが、彼の父親は家中の騒動で罪に問われて自害させられたのだそうだ。その後、彼の家族も皆三河国を追放された為、彼はまだ若い母親とともに江戸に流れてきたそうだ。
その母親も夫の罪から幼い太助を残して江戸を追われてしまったらしい。
つまりもし太助の素性が江戸町奉行に露見されれば、彼のことを助けるどころか、むしろ太助を誘拐した者たちが罪人を捕えたということで称賛されるであろう。
もっと言えば、大久保家は罪人をかくまっていたことになり、その罪が糾弾されるに違いない。
すなわち、町奉行に訴え出ることはかなわないことを示していた。
そう考えると、大久保家だけで事を収めねばならない。しかし、おおっぴらに大人数で指定された場所まで向かえば、たちまち目についてしまう。それに太助の命の保証もなくなるだろう。
となれば、おのずと答えは一つ…
誰か一人でその場所に行くより他ないのであった。
この後、どうしたらよいのか頭を皆で悩ますのだろうと、俺は感じていた。
しかし…
その予想は彦左衛門の一言で、見事に外れることになる。
その一言とは…
「ここはわしが一人で太助の元へ参ろう」
その場の全員が驚きの表情で、彦左衛門の方を見た。
そんな俺たちの視線などものともせずに、彦左衛門は続ける。
「もとを質せば太助らを匿い始めたのは、このわしじゃ。自分で蒔いた種くらい、自分でどうにかするわい」
「しかし、その太助らをこの屋敷に招き入れたのは、この忠隣だ。しかも、相手は俺を指名していやがる。
自分の身可愛さに叔父を敵の真っ只中に送りこんだとあれば、大久保家当主として恥となろう。
ここはやはり俺が行こう」
忠隣が彦左衛門に抗議し、自分が一人で行くと言い出す。
これは再び忠隣と彦左衛門の二人の意地の張り合いになりそうだ…
ところが彦左衛門は、燃えるような強い覚悟を腹に決めた低い声で、忠隣を諭した。
「忠隣よ…お主はこの後、城にて豊臣右大臣殿を接待する役目を言いつけられたのうちの一人であろう。
一時の恥を恐れ、お上の命を冒したとなれば、そここそ末代の恥じゃ。
お主は大久保家当主として、お主の仕事を全うすることに努めよ。
わしは、わしの仕事を全うすることに努める」
「しかし…」
なおも悔しそうに唇をかみしめる忠隣。そんな彼に彦左衛門は少しだけ声を大きくして言ったのだった。
そして…
その言葉こそ、義父である徳川秀忠の大きな愛情に触れて、この先の生き方に悩んでいた俺にとって、まさにその霧を晴らすようなものだったのだ。
「一度守ると決めたものは、何がなんでも守り抜け!それが真の侍というものだ!」
俺だけではない。忠隣も忠常もその言葉にハッとした表情を浮かべている。
そして誰かが何か言い出す前に、彦左衛門はすくりと立ち上がると、俺たちに背を向けた。
「忠隣、そして忠常よ。お主らはこの大久保家を末代まで守り抜くと決めたのであろう。
わしは太助やおりんたちを守ると決めたのじゃ。
このわしの侍としての意地を貫き通させてくれ」
その言葉を言い終えると同時に、襖の方へと歩き出す彦左衛門。忠隣も忠常も悔しさのあまりに目を真っ赤にしていたが、ついには声をかけることはなかった。
そして、いよいよ襖に手をかけた彦左衛門は、最後に一言。
「屋敷を出る前に、かわやを借りるぜ」
と、言い残して部屋を後にしたのだった。
………
……
時は申刻(約午後四時)、外はいつの間にか降り出した雨に濡れる中、その部屋では一人の女がその頬を涙で濡らしていた。
それはおりんであった。その傍らには、「かわやへ行く」と言って客間を出た大久保彦左衛門。
彼はこの屋敷を出る前に自分の覚悟をおりんに話し、残された子供たちの事を託したのであった。
「おりん…泣くでない。わしにもしもの事があれば、お主が子供たちを守っていかねばならんのだぞ」
「しかし…しかし、彦左衛門様。この状況で、泣くなというのはおりんには酷な話しでございます…ううっ…」
おりんのすすり泣く声が部屋の中にこだますと、彦左衛門は彼女の頭をそっとなでた。
「お主が日本一幸せに暮らせるような嫁ぎ先を見つけてやると言っておきながら、その約束が守れそうになくてすまなかったのう」
その言葉におりんは首を必死に横に振る。
そして彼女は自分の秘めたる想いを打ち明けようと、その顔を上げて彦左衛門を見つめた。
「おりんは…彦左衛門様のことを…」
しかし彦左衛門は最後まで言わせなかった。
「すまんな、おりん。
かような碌も少なく、うだつは上がらねえ、その上歳も中年に差しかかった冴えない男に長い事付き合わせちまって…
これからは自分の幸せの事も考えるのだぞ」
「ううっ…彦左衛門様…」
彦左衛門は、おりんに背を向けた。
そしてその背中で最後に語ったのだった。
「お主らは何も恥じる事はない。みな幸せに暮らして良い者たちばかりじゃ。だから…
だからこれからも胸を張って生きよ。
では、達者でな」
そう、この時既に大久保彦左衛門は覚悟していたのである。
ここを出れば、自分の命はもうない…と…
そんな男の悲壮な決意に、おりんは、ただただその背中を見つめながら、すすり泣いて見送るより他なかったのであった。
………
……
「なんだお主は…?身なりからして、大身、大久保忠隣とは到底思えないのだが…」
場所は、江戸の外れのあばら家。
そこに一人、大久保彦左衛門はやって来た。
小さな部屋の中だが、十人ほどの屈強な男たちが、彦左衛門の前後を固めている。
それでも彦左衛門は後ろ手に縛られ、既に体の自由を失われていた。
そして、その部屋の片隅には、手足を縛られて猿ぐつわをされた太助の姿があった。
その部屋の一番奥に、静かにたたずんでいるのが、久武親直。彼が男たちの中の頭であった。
というのも彦左衛門を囲む男たちは皆、奉公先もないあぶれ者たちで、久武親直が江戸付近でたむろす彼らを金で雇ったのだ。
そして久武親直は、大久保忠隣の事を知らない。彼はただ単に本多正純の指示通りの事を忠実に実行しているだけであった。
だが親直はこの仕事をやり遂げた後は、長宗我部家の再興がかなうことを一途に信じており、その為にはどんなに汚れた仕事もいとわない覚悟であったのだった。
不思議そうに彦左衛門の事を見ている親直に対して、彦左衛門は大声で名乗った。
「わしは大久保彦左衛門忠教じゃ!忠隣はわしの甥じゃ!そして、この太助はわしの元で身を寄せておる!
忠隣ではなく、わしが太助を迎えにくるのが筋であろう!
さあ、約束通りに一人でここに来たのだ!太助を返してもらおうか!」
それを聞いた親直は、ゆっくりと彦左衛門の元に近づく。
そして彼から少し距離を取った場所に立つと、変わらず淡々とした口調で言った。
「忠隣の叔父…か。まあよい。
こちらも聞きたい事が聞ければ、お主らには興味がない。すぐにでも自由にしてくれよう」
「では、その聞きたいこととはなんじゃ?」
その質問に一つ呼吸を整えた親直は、より一層声を低くして問いかけたのであった。
「大久保家は、無断で罪人たちを屋敷にとめおき、時が来れば徳川将軍家に弓を引かんと企んでいる…というのは真であろうか?」
それを聞いた瞬間、彦左衛門の顔は修羅のごとく厳しいものとなった。
「ふざけるなぁぁぁ!!かようなでっち上げ、誰の口から聞いたものか!!?」
部屋の中に雷鳴のような彦左衛門の声が響くが、親直の表情はピクリとも動かない。
「問いかけているのはこっちだ。彦左衛門殿。
さあ、答えよ」
「だんじてかような事はない!!」
もちろん彦左衛門はきっぱりと拒否する。しかし、親直が引くことはなかった。
「そうか…では…やれ…」
そう近くの屈強な男に指示をすると、その男はにやつきながらその拳を固めた。
「な…なにをする気じゃ…」
そう彦左衛門が顔を青くした瞬間であった。
――ドゴォォォォン!!
と、男の鉄のような拳が彦左衛門の腹に深々とめり込んだのである。
「ぐはぁぁっ!!」
思わず彦左衛門の顔が苦痛に歪む。
その様子を見つめていた親直は、淡々とした口調のまま問いかけた。
「もう一度聞こう。大久保家は罪人をその屋敷に匿い、江戸将軍家に弓を引くことを企んでおるのではないか?」
自白の強要…
大久保家の者自らが、謀反の企みを自白すれば、大久保家は失脚の道をたどらねばならないことになるだろう。
それが久武親直の狙いだったのである。
彼は問いかけた直後に彦左衛門に無表情のまま言った。
「早く吐いて楽になれ。
そうなれば、ここにいる太助とかいう者と…大久保屋敷にいるがき共が痛い目に会わずにすむのだから」
その言葉に彦左衛門の顔が、別の苦痛で歪んだ。しかし彼の言葉を待たずに、親直は男たちに指示をした。
「やれ…」
――ドンッ!!ドンッ!!
今度は複数人の男が彦左衛門を痛みつけた。
それを見ているしかない太助は既に涙を流しながら「うー!うー!」と猿ぐつわをはめられた口から呻き声を漏らしているが、そんな事を構っている者など誰一人としていない。
その後も全く同じ質問を続けた親直であったが、彦左衛門が首を縦に振ることはなかった。
その度に男たちによる暴行を受け続けると、とうとう彼は気を失ってしまった。しかし、それでも親直が許すはずもない。
そんな彼に水がバシャリとかけられると、彼は目を覚ました。
そして全身の力が入らずにぐったりとした彦左衛門に対して、親直は顔を近づけて小声で言ったのであった。
「…そう言えば、大久保屋敷には、武田逍遥軒の娘がかくまわれているようだな?
武田逍遥軒と言えば、かの武田信玄の弟で、長年徳川家康公を苦しめた天下の大罪人として処刑された者ではないか…
その娘ともなれば、同じく大罪人の身…
そんな者をかくまっているとなれば、徳川に恨みを持つ旧武田衆と何かを企んでいるとしか思えないのだが…
もしお主が吐かぬのなら、その女に吐かせてみせようか」
「や…やめろ…」
「女が吐くまで、その女の目の前で、屋敷に匿われている罪人を一人一人殺していくというのも、面白いかもしれんな…」
「やめろ…」
「その女…確か名前も聞いておるぞ…おりんとか言ったか…」
「やめろぉぉぉぉ!!」
ついに彦左衛門は叫んだが、既に体の言うことは聞かない。その鬼のような形相の顔を親直に向けるのが精いっぱいであった。
しかし…
彦左衛門の心の叫びなど、親直に届くはずもなかった。
なぜなら彼は「長宗我部家の復興」その一念しか頭になく、自分の任務を全うすることのみに異常なまでの執着をしているからである。
そして…
久武親直の矛先は変わった…
「おい!お主ら!みなを集めよ!!今からここを出るぞ!!」
「やめろ…」
「この部屋には二人だけ見張りをおいていく!
大久保彦左衛門と太助の二人は、証人としてまだまだ働いてもらうため、絶対に殺すでないぞ!」
「やめろ…」
「みなが集まり次第、大久保屋敷へ向かう!!
今は豊臣秀頼への饗応で、屋敷の中の者の多くは城にて奉公しておるはず!!
がら空きの今こそやつらの不正を暴く絶好の機会だ!!」
「やめろぉぉぉ!!」
「うるさぁぁぁい!!」
――ガツッ!!
食い下がる彦左衛門の顎を親直が思いっきり蹴りあげると、再び彦左衛門は意識を失ってしまった。
そして、しばらくした後…
既に闇夜の中、十数人にもおよぶ浪人たちの一団を引き連れた久武親直は、静まった江戸の町を、大久保屋敷に向けて進んでいったのだった。




