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あなたを守る傘になると決めて…㉞三河武士な人々(3)

◇◇

「ようこそいらっしゃいました!豊臣右大臣殿!」



 大きなしゃがれた声で俺を出迎えたのは、この屋敷の主である大久保忠隣、すなわち大久保忠常の父親であり、徳川家の初めての老中となったその人であった。

 その声の持ち主にふさわしい大きな筋骨隆々の体つきの忠隣は、人懐っこい笑顔を俺に向けてくれている。

 何かが起りそうな予感に戦々恐々としていた俺は、忠隣を見たその瞬間に、警戒心がすっかり氷解したのを実感するとともに、彼の迎え入れに呼応するように、大きな声で返したのであった。

 

 

「お出迎え、かたじけない!われも会いたかった!大久保殿!」



 その俺の言葉に余計に気分を良くしたのか、大笑いをし始めた忠隣に代わって、息子の忠常が俺に席を案内したのであった。

 部屋はどうやらこの屋敷の客間のようで、ぱっと見で大人十人以上が一度に座っても狭くはないほどにかなり大きい。それでもこの場には、俺と大久保忠隣、そして大久保忠常の三人しかいないのだから、余計に広く感じる。

 そして目の前の大久保忠隣だが、こちらはいかにも「槍働きでのし上がってきた」を地で行くような自信にみなぎった瞳をしているのが印象的だ。

 この頃の大久保家と言えば、飛ぶ鳥を落とすような勢いで徳川政権の中核へと入り込んでおり、その家の勢いをそのまま映したように、忠隣の瞳は輝いていた。

 さらに、この時彼は五十三歳のはずだが、よく日に焼けた黒い顔のせいもあるのだろうか、とても五十代には見えない若々しさと、猛々しさが全身からみなぎっている。

 俺は家康から感じたものとはまた異なった質の圧迫感に少し圧倒され気味に、彼を見つめていた。

 そして、そんな俺の視線など気にする素振りすらなく、忠隣は笑顔のままで俺に着座するように促すと、彼自身もその場に腰を下ろしたのであった。

 

 俺もその場で座ると、すぐに懐から一通の書状を取りだして忠常に差し出す。無論、忠常の義理の母親である亀姫から、彼と彼の妻に宛てた書状だ。

 近況のうかがいなど内容はたいしたものではないはずで、目を通している忠常、そしてその書状を忠常から受け取った忠隣も、穏やかな表情を崩すこともなくそれを読み終えた。

 そして忠隣は、息子の忠常の方を見ると大きな声で指示を出した。

 

 

「忠常!これはお主の妻も喜ぶに違いない。早速、持っていっておやり」


「しかし、父上。今はお客人様がおられれば、身内に構っている場合ではないのではありませんか」



 と、忠常は俺に気を使うように忠隣の指示に対して意見を言うと、忠隣は俺の方を見て尋ねた。

 

 

「右大臣殿!これの妻にも早く報せてやりたいのですが、少しの間だけ忠常が席を外してもよろしいかのう?」



 言葉こそ穏やかであるが、「否」とはとても言えないほどの迫力のある口調に、俺は思わず、

 

「あ、ああ、構わん。忠常殿。早くお主の奥方に持っていってあげるとよい」


 と、首を何度か縦に振って頷いた。

 すると忠常は「かたじけない」と、軽く頭を下げてその場を、すぐに後にしたのであった。

 

 しかし…

 

 

 彼は、忠常がその場からいなくなった瞬間にそれまでの表情を一変させた。


 そして険しい顔つきのまま、俺の方にずいっと顔を寄せた。

 

 

「目的は何であろうか?誰から何を言われてここへ来たのだ?」



 先ほどまでの穏やかな口調から、凄味のあるものに変える忠隣。その言葉からは明らかな敵対心と警戒心の両方の刃を、さながら俺の喉元に突きたてているようだ。

 思わず背中に冷や汗をかいた俺であったが、その表情だけは冷静を保って答えた。

 

 

「目的は先ほどの書状と、先の北条夫人の遺髪の件での礼を言いきただけである。誰からも何も言われてなどおらぬ」



 その俺の言葉など耳に入っていないかのように、俺の目をじっと睨みつける忠隣。

 そんな「言い逃れなど通用せん」と言わんばかりの視線を、真っすぐに俺は受け止める。

 相手を視線一つで制圧するそのやり口は、甲斐姫が何度も俺にやってきたものと同様だ。

 

――目で負けるな、秀頼殿


 そんな彼女の教えを冷静に頭で繰り返しながら、俺も顔をそむけずに彼を見つめ返した。

 

 しばらく睨み合いが続く。

 

 すると忠隣は、口角を少しだけ上げて言った。

 

 

「三河武士ってのは、回りくどいのが嫌いでのう。はっきり聞かせてもらおうか。

誰の指示で、俺たちに近づいた?」



 もちろん彼は俺の正体には気付いておらず、物事を知らない少年が、自らの意志で彼らに近づいたとは思っていないようだ。

 こうなれば素直に答えるのが、最も相手に怪しまれずにすむはずだ。なぜなら彼は、言葉ではなく俺の視線で何かを読みとろうとしているからである。

 

 

「誰からの指示でもない。われ自らの意志である」


「ほう…豊臣家の当主自らが、ただの一人で、徳川家の家臣の屋敷にのこのことやってきた訳か?」


「その通りだ」


「にわかに信じられんな。随分と油断が過ぎるんじゃねえか?」


「将軍、徳川秀忠殿はわれの義理の父である。ゆえに、この江戸はわれにとっても自分の庭のようなもの。それに外を出歩く際は必ず徳川家の者をつけておる」


「よく油断もなく、徳川家の者をお供につけられるものだ」


「大久保殿。それはどういう意味であろうか?」



 今度は俺が問いかける方に回る。

 

 ここまで彼の突き刺すような視線にも負けず、むしろ冷静にそれをいなして会話を進めていることに、彼は少しだけ目を大きくして驚きをあらわにした。

 そして俺の問いかけにずばりと答えたのである。

 


「未だに大御所様に膝を屈していないのは、豊臣右大臣殿…貴殿だけである。

すなわち豊臣家はまだ、幕府の中におらぬお家。

その事をお忘れか?それとも知らぬというのでしょうか?」



 俺はゆっくりと首を横に振ると、声を一層低くして言った。

 

 

「回りくどいのう、大久保殿」


「どういう事でしょう?」



 忠隣のどこか濁すような物言いに、俺は踏み込み続ける。ここは押し通すほうが、余計に警戒されずにすむと、踏んだからだ。



「はっきりと言えばよかろう。小牧の役(小牧・長久手の戦いのこと)以来も、未だに徳川と豊臣は敵対関係にあると…」

 

 

 俺の口から「小牧の役」と「敵対関係」という二つの言葉が出てきたことに、忠隣はさらに驚いたようだ。

 そして彼は、近づけていた顔をふと離すと、しゃがれた声でつぶやいた。

 

 

「ほう…単なる世間知らずの当主様という訳ではなさそうだな」



 その言葉に、今度は俺が口角を上げて答えた。

 

 

「はは、世間知らずである事に変わりはない。少しだけ豊臣と徳川の歴史について知っているだけである」



 すると彼は思いもよらない事を言ったのである。

 

 

「てっきり、大御所様からの言葉で、俺らに近づいたのかと思っておったわ…」



 俺はその言葉に思わず眉をしかめると、素直に質した。

 

 

「どういう事だ?徳川家康殿がわれに何か言伝したと、そう思っておったのか?」



 忠隣はコクリとうなずくと、相変わらず小さな声で答えた。

 

 

「正確には大御所様の耳に何かを吹きこんだ者の意思と言うべきか…」



 この言葉に、俺は思わず目を見開く。

 そしてふと沸いた疑問を素直にぶつけたのであった――

 

 


「よもや、本多殿の意思と…そう思っておったのか?」




 そこで俺から「本多」という名指しがくることは想定していなかったのであろう。

 忠隣の顔が、驚愕から再び警戒に変わった。

 

――しまった!急に踏み込み過ぎたか!?


 そう後悔したが、こうなればもう踏みとどまっている必要などない。

 俺は彼の口から何か出てくる前に、さらに一歩踏み込んだ。

 

 

「本多殿がこの会談の裏で糸を引いておる、そう思っているのか?」



 …と、その時であった。

 

 かっと目を見開いた忠隣は、急に立ち上がると、壁際にかけてあった槍を手にした。

 

 その身軽さに完全に立ち遅れた俺は、座ったまま彼を見上げて、睨みつける。

 

 

「何をしておるか!!?」



 と、彼を言葉で牽制したが、彼はそんな俺の言葉に怯むような男ではないのは、今までのやり取りで十分に分かっている。

 しかし、明らかに油断をしていた俺は、立ち上がることすら出来ずに、声を出すことくらいしか出来なかったのである。


 すると彼は雷を落とすような大声で一喝したのだ。



「いい加減にしやがれぇぇぇぇ!!!」



 耳をつんざくようなその一言に、俺は最初何を彼が言ったのか、全く分からなかった。

 

ーーまずいっ!意味が分からぬが、とにかくこれはまずいっ!!


 表情だけは、彼を睨みつけて冷静を保っているが、頭の中は完全に混乱し、恐れおののいた。

 突然鬼神のごとく怒り狂った筋骨隆々な男が、槍を構えている上に、こちらは完全に丸腰なのだ。

 平然と姿勢良く座っているだけでも、自分を褒めてあげたいくらいだ。

 

 そんなくだらないことを考えている間に、彼はいよいよ槍を構えると、


「うおおおおおっ!!」


 と雄叫びを上げるとともに、突進したのだった…


ーーくっ!これまでか…!お千、母上!散りゆく秀頼をお許しください!!


 俺は思わず目をつむる。


 そして…



ーーズブッ…



 鈍い音が部屋の中をこだました…



 しかし…



「あれ…?どこも痛くない…」



 そう、俺が刺された訳ではなかったのである。


 俺は急いで忠隣の方を見上げた。

 すると、彼は…


 襖を一突きしていたのであったーー



「な…何をしておるのだ?」



 俺は思わず、忠隣の背中から問いかけたが、彼はそれに答えず、静かに槍を引いた。


 その瞬間であった。大きな穴の開いた襖が突然、ピシャリと大きな音を立て開けられたのである。


 そしてその襖の外から、着物が刃物によって破られた中年の男が姿を現したのだった。



「こらぁぁ!!忠隣!!わしを殺す気か!!」


「うるさいっ!!襖の向こうから他人の会話をこそこそと側耳立てて聞くなど、女々しいにもほどがある!

同じ大久保の人間とは、とても思えぬ!!」


「何を言うか!!お主が敵と仲良くおしゃべりしているのを、みすみす見過ごすのが、忠臣のすることか!

わしは大久保家の人間の前に、徳川に忠誠を誓った本物の武士じゃ!!」



 ふーふーと鼻息を荒くして、怒る忠隣から一歩も引かないその男…



「まさか…お主が、かの大久保彦左衛門殿であるか…?」



 俺は立ち上がると、恐る恐る彼に問いかける。

 すると彼は俺のことを睨みつけながら言ったのだった。



「そうじゃ!だからどうしたというのじゃ!

ここ江戸にうまいこと潜り込んだつもりであろうが、飛んで火に入る夏の虫とはこのことじゃ!

これっ!忠隣!

槍を向ける先が違うであろう!」



 まくし立てるように彦左衛門は怒声を上げたのだが、俺はその言葉の終わりとともに、そんな彼に向かって飛びついたのだった。



「はははっ!!大久保彦左衛門殿か!!

いやぁ!これは嬉しいのう!!

まさか会えるとは思わなんだ!はははっ!!」



 そう、俺に敵意を剥き出した彼も、俺にとっては本の中でしか知ることが出来なかった偉人の一人なのだ。俺は興奮を抑えきれずに、彼に抱きつくと、目をきらきらと輝かせて彼の顔を見つめた。


 もちろん当の彦左衛門は、そんな俺の事情など知るよしもない。先ほどまでの怒った表情から、驚きにその顔を変えている。



「な、なんじゃ!?なぜそれがしの事を知っておるのか!?」


「はははっ!当たり前であろう!

天下のご意見番のことを知らずして、いかがしようというのか!?はははっ!」


「て、天下のご意見番!?それがしが!?」


「ああ!彦左衛門殿こそ、たとえ相手が将軍であっても、曲がったことは許さぬ、天下のご意見番であろう!はははっ!!」



 もちろん彼がそのように呼ばれるのは、この先ずっと後のことだ。しかし、そんなことなどすっかり抜けていた俺は、すっかり興奮のるつぼの中に入って彼の手を握りしめて、喜びに満ちた瞳を彼に向け続けていたのであった。

 すると彼は徐々に警戒を解いていくと、みるみるうちに顔を赤く変えていった。



「わしが天下のご意見番とな…」


「ああ!その通りだ!」


「天下のご意見番…」



 そう呟くと、気恥ずかしさと興奮で、すっかりゆでたこのようになった彼は鼻腔を大きくして大笑いを始めたのだった。



「がはははっ!!おいっ!聞いたか!忠隣!!

わしは天下のご意見番だそうだ!

うむっ!気に入ったぞ!豊臣右大臣殿!

がはははっ!!気に入ったぞ!」


「はははっ!!気に入ってもらって、われも嬉しいぞ!ははは!」



 二人で肩を組んで大笑いをしているのを、あっけにとられて見ている忠隣。

 そんな彼もすっかり怒気が薄れてしまったのか、気の抜けたような声でつぶやいた。

 

 

「まったく…だから最初から申したであろう…右大臣殿は敵ではないと…」



 その言葉に思わず俺が眉をしかめたのは、一つの疑問が頭をよぎったからだ。

 

 

「むむっ?もしや、お主らが喧嘩をしておった理由は…」



 するとそれまで大笑いをしていた彦左衛門は急に俺から少し距離を取って、その表情を元の険しいものに変えた。

 

 

「ふん!右大臣殿をこの大久保の屋敷をまたがせるかどうかで喧嘩しておったのじゃ!

さあ、わしと出会えてもう満足であろう!

忠隣よ、お客人がお帰りじゃ!お見送りいたせ!」



 忠常が仲裁に苦労していたという喧嘩の種は、どうやら「豊臣秀頼を屋敷に入れるか否か」であったようだ。

 彦左衛門の方が、「またがせることなど断じて許さん」と言えば、忠隣は「招き入れた上で訪問の真意を質せばよい」と引かなかったのだろうことは、容易に想像がついた。

 

 顎で指示をした彦左衛門に対して、甥の忠隣は再び顔を赤くして、その怒りを爆発させた。

 

 

「もう呆けが始まったか!!彦左衛門!!今しがた『気に入った』と豪語していたばかりなのを、もう忘れたというのか!!」


「うるさいっ!!わしが気に入ったのは、『天下のご意見番』というあだ名じゃ!豊臣右大臣殿の事を気に入ったわけではないわい!!

それに叔父に向かって、呼び捨てとはなんじゃ!!」


「それを言うなら、年長者に向かって呼び捨てとは何事だ!!

あだ名は気に入っても、あだ名をつけた人は気に入らぬとは、偏屈にもほどがある!!」



 そう、実はこの大久保彦左衛門と大久保忠隣は、叔父と甥の関係ではあるが、忠隣の方が七つ年上なのだ。

 この時代よろしく二人の上下関係ははなはだ複雑らしい。

 

 再び火がついた二人の間に立っている俺は、どうしてよいのかも分からずに、ただただ二人を交互に見比べるより他なかった。

 

 

「叔父の事を偏屈とは何事か!!そういうお主こそ、部屋に招き入れておいて、脅しをかけるような詰問するなど…

三河武士の風上にもおけぬ、その陰湿なやり口をどこで覚えおった!!

本多か!?本多から聞きおったのか!?」


「なにをぉぉぉぉ!!あの腸が腐った奴らと同じにするとは、今度という今度は、この仏の忠隣であっても許す訳にはいかぬ!!」



 本多正信と正純の事を「腸が腐った奴ら」と、忠隣は斬り捨てるように揶揄した。

 よってこの言葉から推測するに、現時点においても彼が本多親子のことを良く思っていない事は明らかであった。

 いわゆる徳川家の派閥争いのようなものが、この頃既に公然の事実として表面化していることなのだろう。

 

 さらに、この時点でもう一つ明らかになったことがあった。

 

 それは、大久保忠隣と本多正純性格の違いだ。

 なんでも竹を割ったような忠隣のさっぱりとした性格と、まるで餅をついたような正純の粘着質な性格。

 どう考えても相容れるものではないであろう。

 

――確執は必然であったということか…


 

 そして、歴史は大久保忠常の怪死と、大久保忠隣の失脚へと舵を切ることになるのだが、この分かりやすくて喧嘩早い性格が(わざわい)したことは言うまでもない。

 

 そんな事を考えているうちにも、叔父と甥の口撃はとどまる事を知らず、既に忠隣は今にも槍を突かんばかりに、その穂先を彦左衛門の胸元に向け、一方の彦左衛門も、腰に差した長い刀に手をかけて、忠隣がその槍を突こうものなら、一太刀浴びせんという殺気をその身にまとっている。


 まさに一触即発の状況であった。

 


「がはははっ!!何かあればすぐに拳に物を言わせるお主が『仏』じゃと!?聞いてあきれるわ!!」


「もうよい!!彦左衛門!これまでの事もあるゆえ、今すぐ俺の屋敷から出ていけば、その命だけは助けてやろう!早く消え失せろ!!」


「追い出すというのか!!この大恩のある叔父であるわしを!!この薄情者が!!

犬畜生でも家族は大切にすると聞く!お主は犬畜生にも劣る薄情者じゃ!!」


「うるさい!!彦左衛門の屋敷は、あのぼろぼろの屋敷であろう!!ここは俺の屋敷だ!!

追い出すも何も、もとより彦左衛門に居場所などないわ!!」



 この忠隣の言葉が放たれたその時…

 

 刹那的に、彦左衛門の目に一抹の寂しさが走ったように見えたのは気のせいだろうか…

 

 そしてそれも束の間、彦左衛門は俺たちにくるりと背を向けると、

 

「ふん…どうせここにはわしの居場所などないのだ…

その言葉でよぉくお主の本性が分かったわ。

こんな他人様の屋敷になど、もとから長居などするつもりはない!」


 と、あからさまに拗ねた様子で、その場をあとにしようとした。

 

 と、そこに忠常とその若い妻であろう人が、二人とも目を丸くして現れた。

 忠常の妻の手には、大きな盆。その上には、四つのお茶とお茶受けの菓子が添えられている。

 どうやら彦左衛門の分も含めた、四人分を持ってきたらしい。

 その忠常の妻が、彦左衛門の様子を見て、どこかとぼけたような優しい口調で問いかけた。

 


「あらあら彦左衛門様?お出かけでございますか?」



 その言葉にピタリと足を止めた彦左衛門は、忠常の妻の方を見ると、乱暴にお茶を一つ手にした。

 そしてそれを一気に飲み干すと、まくし立てるように言った。


 

「ふん!出かけるのではない!わしはわしの屋敷に帰るのだ!ここにはわしの居場所はないようだからのう!」


「あら?客間の奥の部屋で毎日寝泊まりしておられるではございませんか?そこが居場所ではないのでしょうか?」


 

 さりげなく彦左衛門が居候状態であることを暴露した忠常の妻であったが、それは他意もなく、彼女の本心から出た言葉のようだ。

 しかし、嫌味のない言葉であったからこそ、余計に彦左衛門は自分がみじめに思えたのだろうか。

 彼はその後、何も言わずに、盆の上の菓子を一つ手に取ると、その場を足早に去っていってしまったのだった。

 

 そして、彦左衛門が大久保屋敷から出ていったことで、さらなる大騒動にまで発展するのだが…


 この時俺はそんな事を知るよしもなかったのだった…




大久保彦左衛門の屋敷については、私の創作になります。


実は私は「彦左と一心太助」のドラマや映画は見た事がなく、ご存じの読者様におかれましては、そのイメージと異なっていたら申し訳なく思います。


本来の目的とは全く関係ない家族同士の喧嘩に巻き込まれてしまった秀頼。

果たして彼は、この事態にどう振舞うのでしょうか…



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