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あなたを守る傘になると決めて…㉕大将の器(2)

◇◇

「なんだか、頼りない大将だったのだのう…成田長親殿は…」



 俺、豊臣秀頼は、忍城の戦いにおいて、成田長親が大将となった経緯を聞いて、思わずそう漏らしてしまった。

 俺の勝手な「大将像」は、陣頭に立って、ぐいぐいと軍勢を引っ張っていくような勇猛果敢な人物か、本陣でどしりと腰を据えて、伝令を上手く利用して指示を送るような神算鬼謀の策略家か、いずれにせよ軍勢をしっかりと導ける人物であると思っていたのだ。

 

 実際のところ、俺はまだ戦さの大将として、戦場に立っていない。

 そしてこれからも立つことは出来ぬだろう。

 

 しかし、大坂の陣のその時は、いやがおうにも陣頭で指揮を取らねばならぬのだ。


 言わば「一発勝負」なのである。


 それまでに俺は、俺の大将として在り方を決めねばならぬのだ。

 

 俺が様々な戦さの事を聞いて回っている大きな理由はそこにあった。

 

 そして今、この忍城の戦いにおける、「大将、成田長親」は俺が思っていた大将像とは大きく異なる人物であったことに、俺は非常に強い興味を抱いたのだ。

 

 そんな俺の独り言に、甲斐姫がなつかしむように盃を見つめて言った。

 

 

「ふふ、秀頼殿も驚いているようだが、実際に頼りになど全くならん大将であったぞ、長親殿は」


「やはりそうなのか…」


「しかしな…わらわは思うのだ。確かに頼りにはならん大将であった。

しかし、立派な大将ではあったのだ」


「立派な大将…」



 頼りにはならないが、立派な大将…

 

 果たしてどんな大将であったのだろうか…

 

 そんな風に眉をひそめていると、長親の嫡男、成田長季は続けたのだった。

 

 

………

……

 天正18年(1590年)6月10日――

 

 それは忍城の城代であった成田泰季が亡くなった三日後のことであった。

 家中の主だった武将たちが城の評定の間に集められると、そこであらためて泰季の長男である成田長親が大将に任じられる会議が形ばかりではあるが開かれた。

 

 しかしこの時、誰もが長親を総大将とすることに不安であったのは言うまでもない。

 

――あの「困り顔」の長親殿がわれらの大将とは…

――もはや忍城の運命も落日なのかもしれぬ…


 そのようにあちこちから、ひそひそ声がささやかれる中、一人の大男がその場の全員に雷を落とした。

 

 

「ええい!!ぐだぐだとうるさい!!この事は奥方様と甲斐様がお決めになられたのだ!!文句を言う奴は出て行け!!」



 その鼓膜を破るような大きな声に、全員が震えあがり黙り込んでしまった。

 しかし声を上げた本人はなおも興奮を隠せぬように、鼻息を荒くしていた。

 

 この男の名は、正木丹波守。忍城の守将としてはかなりの年長者であり、曲がった事が嫌いの根っからの武士であった。

 そんな彼をなだめるように、酒巻靱負(さかまきゆきえ)という武将が、至って冷静な声で彼に言った。

 


「正木殿。ここは落ち着きなされ。それに皆の者。ここで仲間割れを起こしている場合ではなかろう。

まずは長親殿の城代としてのご覚悟を聞こうではないか」



 この言葉にみなが納得し、その場は長親の登場を大人しく待つ雰囲気となったのだった。

 

 …とその時であった。

 

 場が鎮まるのを待っていたかのように、成田長親が、甲斐姫とお石の二人を伴って部屋に入ってきたのである。

 

 しかしこの時、その場の全員が驚いた事があった。

 

 それは長親の表情…

 

 それはなんと、全くもっていつもと何ら変わらなかったのである。

 

 それは、気負っているわけでもなく、かと言って全くやる気が感じられないわけでもない。

 怖がっているわけでもなく、かと言って強がっているわけでもない。

 

 そう、まさにいつも通り。

 

 思わず彼に何かを相談してしまいそうになるほどに、何か大きな風呂敷で包みこむような穏やかな表情だったのだ。

 

 みなが驚く中、彼は声だけはいつもよりも随分と大きくして、その決意を語り始めたのであった。

 

 

「みなのもの!こたび、ここにいるお石殿と甲斐から指名をされて城代となった、成田長親である!

みなで力を合わせれば、必ずこの城を守ることが出来る!

そして小田原城でお味方が勝利すれば、おのずと敵は引く!

それまでの辛抱じゃ!みなのもの!よろしく頼む!!」



 この時、石田三成率いる豊臣軍は、およそ二万。もちろん、数々の戦を経験してきたつわものたちばかりの精鋭だ。

 対して忍城に立て籠る成田軍は三千。しかもそのうちの実に二千五百は城下の農民であった。

 

 全くもって勝ち目のない戦さとしか思えなかったが、長親はそれでも「必ず城は守れる」と言いきった。

 普段から雄弁な方ではない長親であったが、彼は同時に嘘を言うこともない男だ。

 そんな男が、短い言葉で力強く「守れる!」と宣言したことに、みな言い得ぬ希望の光を感じたのは確かであったようで、先ほどまで文句を言っていた者たちも、軒並み覚悟を決めたようなやる気に満ちた目をしていた。

 

 そんな燃えるような雰囲気の中、成田近江守という男が場の空気に冷水を浴びせるように問いかけたのだった。

 

 

「長親殿のご決意、よう分かり申した。ついてはどのように守ると言うのでしょう?

そこまで守り通せるご確信があるなら、もちろんいかに戦うかのお考えもお持ちなのでしょう?」



 甲斐姫はその言葉に思わず眉をしかめた。

 

 この成田近江守は、成田家の一門であり、泰季亡くなった直後から「自分こそが大将に相応しいはずだ」と周囲に吹聴していた者だ。

 明らかに長親を試すようなそのねっとりとした口調に、甲斐姫ならずとも多くの者が寒気を覚えたに違いない。

 しかしその問いかけの内容そのものには、みな興味はあったのは確かだ。

 

――長親殿には、隠された才覚があるに違いない…

 

 みながそう期待して、彼の言葉を目を輝かせながら待ったのである。

 

 そして…

 

 彼は口を開いた…


 その言葉は目を輝かせた者たちにとって、全くの期待外れではあったが、ある意味においては予想通りであったのである。

 

 

「むむむ…それは困ったのう…」



 と…



………

……

 天正18年(1590年)6月12日――


 石田三成の軍勢が忍城を囲ってから早くも五日ほどが経過した。

 三成としてはおよそ十倍もの兵力差があり、いかに堅牢な城と言えども、三日もあれば落とせるものだと、高をくくっていた。


 しかしいざ攻城戦が始まると、周囲を水に囲まれた忍城の攻め手は限られ、そこの防御を固めた成田軍によって、攻略は遅々として進まなかったのである。


 そして、彼が城攻めにもたつく中、小田原に布陣していた豊臣秀吉から、一つの指示が出されたのであった。


 それは…



ーー水攻めをせよ



 というものであった。



 一方の忍城内ーー


 大将の成田長親は、伝令からもたされる様々な情報にいちいち困っていた。


ーー殿!佐間口に敵が動く気配があります!


「むむむ…それは困ったのう…なんとか追い払う手立てはないものか…」


 そんな長親に、正木丹波守が進言する。


「殿!ここは一つ、正面からぶつかる振りをして、敵を深くおびき寄せて背後をつくというのはいかがでしょう!」


「なるほど!しかしそのような大任を誰に任せようか…」


「それがしに命じてくだされば、必ずや成功してみせましょう!」


「おお!さようか!よしっ!ではよろしく頼む!」


「はっ!お任せあれ!」


「くれぐれも命は大切にせよ!作戦の責任は全てそれがしが負うゆえ、早まった行動だけはしてくれるなよ!」


「はっ!ありがたきお言葉!」



 このように伝令や物見が何かを報告に来れば、その一つ一つに困り果て、その度に成田家の家臣たちが、進言をしてくれたのである。

 長親はそれらを聞き入れて、背中を押すとともに、その責任を自分にかぶせたのであった。


 それでも時には、


「むむむ…柴崎殿…利根川を背にして守るという、その策を入れた場合の利が分からぬ…困ったのう…」


「確かに自分で進言しておきながら、よく分からなくなってしまいました…」


「では、もう少し練ってみよ。よい考えではあると思うぞ!」


「はっ!かしこまりました!」


 と、その利や危険を鑑みて意見を入れぬこともあった。


 そしてさらに、時には聞き入れた策が上手くいかないこともあった。


 この日は夜襲を進言して、それを長親の許しを得て遂行した酒巻靱負であったが、それが敵に見破られて、彼自身も傷を負って戻ってきたのである。


 そんな時には、長親は、負傷兵が手当を受けている部屋に飛び込んできてすぐさま、


「すまぬ!靱負!俺の判断が甘かった!この通りだ!許しておくれ!」


 と、策を進言し、それを実行した酒巻靱負に対して必死に頭を下げる。もちろん彼に対してだけではなく、負傷した兵たち一人一人に向かって頭を下げ続け、侍女らとともに治療にも精を出せば、両手の使えぬ者には料理を自らの手で与えた。


 極限の中で必死に働く兵たちにとって、その長親の姿は胸に響くものがあったに違いない。

 例え失敗したとしても、多くの者たちが、


ーー次こそは、策が上手くいくように努力しよう!


 と、心に誓ったのであった。



 このように、彼はただ単に困っていた訳ではなかったのだ。

 

 彼は己が「そこそこの人」であることを、十分に理解していた。

 それゆえに、全てのことに真剣に悩み、そして全ての進言に耳を傾け続けた。

 さらに言えば、家臣が手柄を立てればその家臣のものに、家臣が失敗すれば自分の責任として頭を下げたのである。


 この長親の振る舞いは、多くの家臣や兵たちの心を鷲掴みにしたのだ。


 こうして豊臣軍の侵攻が開始されてから、わずか三日のうちに、長親の周囲には常に人が集まっていた。

 そして家臣たちは、自分たちで全て考え、互いの意見をぶつけ合い、より良い守備の方法を次から次へと生んでいったのである。


 豊臣軍による水攻めの為の堤防工事が始まれば、農民たちが率先してその工事の人足として潜り込み、あえて手抜き工事をして、水攻めの失敗を誘導した。

 そして堤防の決壊を家臣たち自らが進言すれば、それを速やかに実行に移すことを許可し、成功に導かせた。


 それら全ての功績に、成田長親という名は後世に残っていない。


 なぜなら彼はただひたすらに「困っていた」だけであったからだろう。

 それでも、豊臣軍がもはや水攻めではどうにもならないと諦めたその頃には、忍城の大将は、成田長親以外には考えられぬというほどに、城内は彼を中心として結束していたのであった。



 

 そして…

 天正18年(1590年)6月26日――


 ついにその報せが物見からもたらされたのである。

 

 それは…


ーー援軍!!援軍にございます!


 その大声が評定の間に響き渡った時、その場にいた全員が、安堵したような力の抜けた顔になった。

 それもそのはずである。

 皆その時、その援軍は小田原からの味方の援軍であると信じてやまなかったからである。


 しかし…


 次の瞬間…


 その顔は絶望に変わった…



ーー敵の援軍でございます!!その数六千!!



「な…なんだと…」



 誰ともなく声があがる…


 みなこの時ばかりは覚悟した…


ーーこの戦さ…われらの負けだ…


 と…


 ところが、その男は全く違った。むしろ希望の光がその胸に差しこんだのだ。



「おお!これで一つ困りごとが減ったのう!」



 そう嬉々として声を上げたのは、他でもない成田長親であった。

 思わずその場にいた甲斐姫が驚きの声を上げる。

 

 

「長親殿…それはどういう事にございますか…?」


「ははは!敵が増えたということは、敵がわれらの強さに恐れをなしているということ!

まだまだ敵に余裕があったらいかがしようか、とほとほと困っていたところじゃ!」



 そう笑い飛ばす長親の様子を見たその場の多くが、絶望によって一度抜けた力が再びみなぎる。

 そして長親はいつも通りの表情で高らかと宣言したのであった。



「よし!みなのもの!ここを乗り切れば、ついにわれらの勝利に間違いない!

亀のように固く守るぞ!」


――オオッ!!

 

 

 ところが、長親を中心としてますます結束を固める城内の様子を、面白くない様子で見ていた一人の男がいた。

 それは、成田近江守であった。彼は、最初から長親の大将としての資質を疑い、隙あらばその座を追い出そうと画策していたのだ。しかし、なかなかその機会が訪れないどころか、長親はもはや忍城になくてはならない存在にまでなってしまっているではないか。

 近江守は固執していた大将の座が離れていくにしたがって、心の闇が大きくなっていくことを、もはや彼自身が止められなかった。いや…むしろ止める気などさらさらなかったのだ。

 

――何もかもなくなってしまえばいい…ククク…


 一人うすら笑いを浮かべた彼は、その日の夜、闇夜の中に消えていった…

 

 その彼が向かったのは…

 

 豊臣軍の陣であった――

 

 

 翌日…

 


――敵襲!敵襲!!敵が大手門前まで迫っております!!



 この伝令の言葉に誰もが耳を疑った。

 

 それもそのはずである。

 

 そもそも忍城は、南に下忍門、西に持田口門、そして東に佐間口門の3つの門に囲まれている。

 その三つの門を除けば、完全に水が覆っている為、この三つの門のうちいずれかを抜けなければ、二の丸へと続く大手門に辿り着くことはできないのだ。

 そして成田軍はこの三つの門を固く閉ざし、兵を集中させて守りぬいてきたのである。

 

 しかし…

 

 敵が大手門に迫ってきている…

 

 すなわちそれは三つの堅牢な門のいずれかが、抜けられた事を意味するのだ。

 

 破壊されたのか…

 

 しかし破壊されたとなれば、その前には必ず評定の間の本陣にその一報が届くはずである。

 つい昨日までは、そんな予兆は全くもってなかった。

 

 そうなると答えは一つであった。

 

――内通者がいる!!


 誰もがその事に気付き、疑心暗鬼にとらわれたその時であった。

 

 ありえない程の大声が部屋中を震わせたのである。

 

 

「今は困っている時ではない!!!」



 その声は、大将の成田長親であった。

 彼はその言葉を発した瞬間に、部屋から飛び跳ねるようにして出て行った。

 

 

「待たれよ!!長親殿!!」

 

 

 甲斐姫が懸命に声をかけるが、もちろん長親の足は止まらない。

 

 

「こうなったのもそれがしの責任である!!責任を取って、それがしが敵を食い止める!!」



 そう叫びながら長親は本丸の外へと駆けていこうとしている。

 しかし甲斐姫もまた必死に叫んだのであった。

 

 

「誰か!!誰か長親殿を止めよ!!」



 その大声に体が勝手に反応したのだろうか。数名の小姓が、彼らの横を通り過ぎようとした長親に飛び付いた。

 

 

「ぐぬぬ…離せ!」


「いや!離してはならん!!長親殿を行かせる訳にはいかんのだ!!」



 小姓たちに抑えつけられて、完全に動きを止められた長親が、悔しそうに顔を真っ赤にしながら彼の前までやってきた甲斐姫を睨みつけている。

 そんな長親に向けて、甲斐姫は声を低くして言ったのであった。

 

 

「長親殿。お主はこの城の大将である。もしお主の身に何かあれば、誰がこの城の指揮をすると言うのであろう」


「しかし!この状況で一体誰が敵の大軍を食い止めようと言うのだ!これ以上、皆を困らせるわけにはいかんのだ!!」



 すると甲斐姫は、くるりと長親に背を向けると、気迫をみなぎらせた声で言った。

 

 

「一人いるであろう…『東国無双』と謳われたこのわれが…」


「いかん!おなごの甲斐を行かせるわけにはいかん!それではそれがしが困る!!」



 しかし甲斐姫は長親の痛切な叫び声に答えることなく、本丸中に響く声で命じたのであった。

 

 

「われの兜を持て!!浪切を持て!!そして、われとともに敵を討たんとする勇者どもよ!!集え!!!」


 

 

 甲斐姫は一歩また一歩とゆっくりと城外への出口へと向かっていく。

 

 すると一人の侍女が駆け寄ってくると、彼女の頭に兜をかぶせた。

 その直後に、次の一人が名刀『浪切』を渡した。

 

 そして、最後に…

 

――バサリッ!!


 と、えんじ色の陣羽織が彼女の肩にかけられると、彼女の出陣の準備が整ったのであった。

 

 すでに本丸の前にはおよそ二百の兵たち。

 

 甲斐姫は彼らの前に立つと、手にした刀を高々と掲げた。

 

 

「遠く西国の柳川には、雷を切る名刀を振るう立花誾千代なる女傑がいると聞く!!

ならばわれは、浪をも切る名刀『浪切』を持って、敵を斬り裂いてくれようではないか!!」



 ここで言葉を切った甲斐姫の表情が、ぐわっと変わる。

 

 

「みなのもの!!われに続けぇぇぇぇぇ!!!」


――オオオオオオッ!!!


 地響きを伴う咆哮とともに、甲斐姫が率いる二百の軍勢は、大手門に迫る浅野長政軍およそ三千に向けて突撃していった。

 

 突然大手門が開けられたと思った瞬間に、荒れ狂う龍のごとき甲斐姫の軍勢は、浅野軍を真正面から襲いかかる。

 


「われは東国無双、甲斐である!!この城内に一歩でも踏み込んだこと、後悔しながら果てるといい!!

うらぁぁぁぁぁぁ!!!」



 あまりの気迫と強さに、大手門前の浅野軍は一気に後退していった。

 

――なんだ!?なんなのだ!あのおなごは…!

――ひぃぃぃ!!鬼だ!鬼がやって来たんだ!!


 甲斐姫が次々と兵を斬り伏せていく様子に、恐れおののく浅野軍の兵たち。

 そんな彼らに、軍勢を率いる浅野長政は、

 

 

「敵は寡兵!!包みこめ!!包み込んで殲滅してしまえ!!」

 

 

 と、大きな声で指示して、兵たちを鼓舞した。

 

 しかし…

 

「囲まれればやることは一つ!!一点突破なり!!敵本陣に向かって、突き進めぇぇぇ!!」


 と、甲斐姫は雷鳴のような声を上げて、自ら浅野長政に向けて一直線に突き進んでいったのだった。

 

 

 一方その頃、忍城では、甲斐姫の育ての親であるお石もまた甲冑に身を包み、城外へと飛び出そうとしていた。

 それを必死に止めようとしているのは他でもない、成田長親。彼はお石の足にしがみつくようにしてその足の歩みを止めようと必死になっている。

 

 

「お石殿!!お石殿まで何をしているというのです!!これ以上、それがしを困らせないでくだされ!!」


「いいからお主は困っていなさい!!わらわが名将、太田資正が娘であるという事を見せてしんぜよう!!」


「お石殿ぉぉぉ!!」



 そしてお石は城を飛び出すと、「ピィ」と指笛を鳴らした。

 

 すると…

 

――ワン!ワン!


 と、数頭の犬が彼女の元に集結したのである。

 この犬たちは「三楽犬」と呼ばれる、彼女の父、太田資正が日本で初めて調教したとされる軍用犬である。

 なんと彼女もまたその父の犬を扱う術を身につけていたのだ。

 

 

「よしっ!集まりましたね!これを頼みましたよ!」



 彼女は集まってきた犬のうちの一頭に一つの書状をくくりつけると、

 

 

「行きなさい!!」



 と指示をした。

 

――ワンッ!!


 一斉に走りだした犬の群れ。その様子を彼女は祈るよう見つめていたのであった。

 

 

 そして、その犬たちにくくりつけられた書状は彼女の命令通りに、城内の他の門を守っていた正木丹波守のもとに届けられた。

 

 

「なんと!大手門の奇襲に、甲斐殿が奮戦しているというのか!!

こうしてはおられん!!われらが救援に行くぞ!!」


――オオッ!!


 丹波守は号令とともに、大手門の背後を回り込むように兵を進めていく。

 

 そして…

 

「われは正木丹波守なり!!甲斐殿!!助けに参りましたぞ!!」

 

――敵だ!!背後から成田の軍勢が襲ってきたぞ!!


――ぐわぁぁぁ!!


 正木丹波守もまた勇猛な将である。

 ふいに背後をつかれた浅野軍は、浅野長政では手のつけられないほどに大混乱に陥った。

 

 もはや後退を余儀なくされる浅野軍。中には精鋭兵である誇りを忘れ、半分以上は農民で編成された成田軍を前に泣いて逃げ出す者まで出る始末であった。

 

 

 そしてついに…

 

――バタンッ!!


 大きな門の締まる音が辺りに響くと、何者かによって内側から開けられた佐間口門であったが、甲斐姫の軍勢によって再び固く閉ざされたのだった。


――ワァッ!!


 思わず成田軍の兵たちから、大きな歓声が上がる。

 その後、未だに興奮で頬を真っ赤に染めた甲斐姫が、閉ざされた門に向かって、轟くような大声で勝どきを上げた。

 


「見たか!!豊臣軍など恐れるに足らん!!われらの勝利だ!!えいっ!えいっ!おー!!」


――えいっ!えいっ!おー!!



 一時の歓喜に沸く成田軍。

 しかしそれは同時に、誰かも分からぬ内通者を抱えた状態で、戦わねばならぬ事を決定づけた瞬間でもあった。

 

 こうして突如として巻き起こった忍城の危機は、甲斐姫や正木丹波守の活躍によって、なんとか乗り切ることが出来た。


 その様子の一部始終を、忍城の本丸の最上階から、どうなる事かとはらはらしながら行方を見ていた成田長親であったが、いつになく真剣な面持ちでつぶやいたのだった。

 

 

「これは…最終決戦も近いかもしれぬ…困ったものじゃ…」



 と…

 

 

 

日本における軍用犬は、太田資正という武将が初めて用いたとされており、その用途は主に伝令代わりであったそうです。


なお、拙作内で登場した「お石」ですが、名前はフィクションになります。

またこの時既に氏長は北条氏と対立していた太田家の娘である彼女とは離縁していたとする資料もあるようです。

しかし氏長にその後の継室はおらず、しかし「奥方」とされる人物が忍城の籠城戦に加わっていることから、彼女とはまだ離縁していなかったといたしました。


さて拙作ではあまり詳しく触れなかった「忍城の水攻め」ではありますが、様々な記録が乱立しております。


中にはそもそも水攻め自体がなかったとする説もあるようです。


また、一説には28kmにも及ぶ堤防を、なんと5日間で作ったとされているようで、この時の豊臣秀吉の威光を示した工事であったとされており、それらは「石田堤」と呼ばれております。


いずれにせよ水攻めがあったか否かは定かではございませんが、今もその堤の一部は残されており、甲斐姫や成田長親を一躍有名にしたその名残を一度は拝見したいものでございます。


次回は忍城の戦いの最終決戦の模様になります。


なんと豊臣秀頼の『剣』と『盾』となる、あの二人の一騎打ちが…

少し幕間のようなお話しが続きますが、どうぞお楽しみいただければと思います。


また、のんびりと作品は進んでおりますが、どこかでアクセルを踏みますので、今しばらく秀頼の江戸訪問記をお楽しみいただければ、幸いでございます。






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