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あなたを守る傘になると決めて…㉒笑顔と風と(3)

◇◇

 奥平信昌は、衝撃的な亀姫との出会いの場面を話すと、一旦そこで話しを切った。

 そして、彼は頬をさすりながら、



「あの時に亀殿からはたかれた左の頬…今でも痛むような気がするわい」



 懐かしむような笑顔を俺たちに向けている。

 俺、豊臣秀頼と、話しを共に聞いている千姫の侍女である高梨内記の娘は、幼い頃の亀姫の行動に、あぜんとして口を開きっぱなしでいた。

 

 そして何とか気を取り直した俺は、信昌が話しを続ける前に一つの事を問いかけた。

 

 

「ところで信昌殿には、加納御前殿を室に迎える前に、ご結婚されていたのでしょうか?」



 その問いかけに信昌は、優しい目で答えた。

 

 

「ああ…正確に言えば、結婚前…すなわちそれがしには許嫁がおったのです」



 なんと…その事実は俺には初耳であった。

 何かの本で奥平信昌は側室は持たなかったと読んだ記憶があったのだが、もし信昌の言っていることが本当ならば、亀姫とは別に奥方がいるということになる。

 俺は眉をひそめて信昌にそのことをたずねてみる事にした。

 

 

「そうなると信昌殿の側室ということになるのだな?その者は今、いずれにおるのだろうか?」



 その問いかけに信昌は優しい目で微笑む。

 

 しかし…

 

 その瞳の奥には、深い哀しみをともしていたことに、俺は胸の痛みを覚える。

 そして信昌はその哀しみの答えを、先ほどと変わらず優しい口調で答えた。

 

 

「おふうは…わが許嫁は、もうこの世にはおらぬのです…」



 再び俺と内記の娘が目を丸くする中、信昌は先ほどの話しの続きを語り始めたのであった。


 

………

……

 奥平氏は元より三河国の山奥に土着した小さな豪族であった。

 いくつかの系統に分かれていたものの、主筋となる奥平定能(おくだいらさだよし)とその嫡子である奥平貞昌(後の奥平信昌)が中心となって、その他の系統はみな自身の重臣として「七族五老」と呼んでいた。

 そうすることで、内部分裂することもなく、一団となってその血脈をつないできたのだ。

 そして奥平家は嫡子の貞昌と、その重臣の一つである日近奥平家のおふうという娘を夫婦とすることで、一族のつながりを一層強めようとしたのである。

 

 そのおふうは、山で生まれ山に育った、自由奔放で気の強い少女であった。

 そして貞昌の方は、彼女よりも年上ではあったが大らかで気の優しい、しかしそれでも芯の通った男であったのである。

 ただこの二人はその性格が逆であったがゆえに、上手くかみ合っていたのかもしれない。

 二人は幼い頃から仲睦まじく、家族同士の結びつきが強い奥平家を象徴していたと言っても過言ではなかったのだった。

 

 しかし…

 

 時代はそんな彼ら一族にも容赦なく、生き残りをかけた選択を迫った。

 

 彼らの領地である三河国の作手(つくで)は、武田信玄率いる武田家と徳川家康率いる徳川家のちょうど中間に位置する、非常に重要な場所であったのだ。

 そして山間の中とあって、山を縫うようにして進むことが出来る彼らの能力は、武田家にとっては侵攻の案内役として、徳川家にとっては地の利を活かした防衛役として、是が非でも手に入れておきたいものであった。

 

 特に元亀年間に入ってより一層上洛の機運が高まった武田家からの圧迫は激しさを増した。

 この地では山家三方衆(やまがさんぽうしゅう)と呼ばれる、奥平氏、長篠菅沼氏、田峰菅沼氏の三家が有力豪族として互いに協力をしながら治めていたのだが、信玄は巧みにこの三家に取り入ったのである。

 

 そしてついに…

 

 奥平家は武田信玄に傘下に加わったのだった…

 

 

………

……

 それは元亀2年(1571年)初め――

 

 

「いやじゃ!!絶対にいやじゃ!!おふうは九八郎殿(奥平貞昌のこと)と作手(つくで)で暮らすのじゃ!!」



 屋敷の中を駆けて逃げるおふうが大声を上げている。それを多くの奥平家の大人たちが額に汗しながら追いかけていた。

 

 

「おふう!!待たれよ!!」



 人々はなんとか彼女を捕まえようと、大きな声をかけるが、そんな彼らにまさに風のようなおふうが捕まるはずもない。

 

 そして彼女はついに屋敷を飛び出して、山の彼方へと消えていってしまったのである。

 

 

「困ったのう…武田信玄殿より申しつけられた人質差し出しの期限は迫っているというのに…」



 彼女が大人たちから逃げている理由は、おふうは奥平貞昌の正室として、武田家へ人質に出されることとなっているからである。

 

 まるで山に住む獣のように身軽に山へと消えていった彼女に、大人たちが困り果てていた中、まだ弱冠十五歳の奥平貞昌だけは冷静に、

 

「では、それがしがおふうを連れてまいります」


 と言って、彼もまた冬の山へと向かっていったのであった。

 

 

 屋敷から一歩出ると、冬の厳しさで足元から凍えていく。

 

 

「早く見つけてやらないとな…」



 こう呟いた貞昌は、とある場所へと急いでいった。

 実はこの時、貞昌は、おふうがどこへ行ったのかの想像がついていた。

 そもそも冬の山の怖さは彼女がどの大人よりも知っているはずであり、山奥まで消えていったとは考えにくい。

 そして彼女とよく遊び、よく喧嘩をした場所は、そこを除いて彼は知らなかったのだ。

 

 

 それは近くの寺の本堂の裏。

 

 

「やはりここにおったか」



 そこにおふうは小さくなってうずくまっていた。

 ちらりと貞昌の方をおふうは見ると、彼に質した。

 

 

「…九八郎殿も、おふうが武田の人質になれと言いにきたのか?」



 貞昌はニコリと微笑むと、彼女の横に座った。

 

 

「おふうは作手が好きか?」



 貞昌の問いかけに、コクリとうなずくおふう。

 貞昌はその様子を見て、さらに続けた。

 

 

「俺と一緒にずっと暮らしたいのか?」


「うん…」



 消え入りそうな声でそう答えたおふう。

 そんな彼女に対して、貞昌はその頭を優しくなでた。

 

 

「俺も、おふうとずっと一緒に作手で暮らしたい」


「ならば!!」



 貞信の言葉に、何かを言おうと瞳を強めたおふうであったが、貞昌がその言葉をさえぎった。

 

 

「だから、おふう。しばしの間だけだ。しばしの間、武田信玄殿のもとで暮らしてはくれまいか?」


「しばしとはどれほどなのです!?」


「…さあ…それは俺にも分からぬ。しかし、信玄殿は父上に約束しておるらしい。

三河国を破り、徳川家康を降伏させたあかつきには、作手の領地を安堵し、おふうたち人質も解放する…と」


「だからそれはどれくらいの時間なのじゃ!?」


「今日明日という訳にはいかないだろうな…しかし、武田信玄殿がその気になれば、さすがの徳川家康と言えども、ものの一年も持たないであろうと、父上がおっしゃっておった」


「では、一年後にはおふうは、九八郎殿とまた一緒に暮らせるのか!?」


「ああ。戦さが終わった後は、またおふうと一緒に暮らせる」



 そう言いきった貞昌は、真っすぐにおふうを見つめる。その瞳を見つめ返していたおふうは、どこか諦めたような口調で言った。

 


「約束じゃ…戦さが終わった後、おふうは九八郎殿とまた一緒に暮らす」


「ああ、約束だ。またこの寺で共に過ごそう」



 冬の寒空の中にあって、この寺の本堂の裏だけはどこか春を思わせる温もりに包まれていたのであった。

 

 

 しかし…

 

 

 彼らが交わした約束がかなうはずもない事とは、彼らは知る由もなかったのであった…

 

 

………

……

 元亀3年(1572年)9月 甲斐国――

 

 それはおふうが武田家の人質となってから、およそ一年半が経過した頃であった。

 

 武田家当主、武田信玄は多くの重臣たちを集め、高々と宣言した。

 それは待ちに待った、信玄上洛の大号令であったのである。

 

 

「わが弓は、わが欲の為に引かれるものではない!

全ては民の安楽の為なり!!

己の覇道の為に戦さを起こす愚か者に、この信玄が自ら鉄槌を下してくれようぞ!!

皆の者!!いざ進む時!!

御旗盾無!!いざ、御照覧あれ!!」


――オオオオオッ!!


 武田家家中の全員が、この時を待ち望んでいた。

 ようやく宿敵、上杉謙信の動きを封じたこの時こそ、絶好の機会であったのだった。

 

 

 後世で言う、「西上作戦」の幕がいよいよ切って落とされたのであった――


 

 この時、武田軍の総勢はおよそ二万五千。

 

 信玄の本隊、二万二千は甲斐から駿河へと入り、徳川領の遠江へと侵攻。

 一方の信玄の側近にして、「恐怖の赤備え」の軍団を指揮した山県昌景らは、山家三方衆の力を借りて、信濃から三河へと進軍を開始した。

 

 北からは山県、東からは信玄と、完全に袋のねずみと化した徳川家康は、敗退に次ぐ敗退を繰り返すことになる。

 

 そしてわずか一日で、遠江国のほとんどの城を打ち破った信玄は、破竹の勢いで軍を進めていく。

 一方の山県勢も三河の北部を完全に掌握すると、遠江国の二俣城の包囲戦で信玄の軍勢に合流した。

 

 一言坂の戦い、二俣城の戦いと相次ぐ敗戦に、いよいよ徳川家康の進退は極まる。

 

 

 そしてついに…

 

 元亀3年(1572年)12月――

 

 徳川家康の人生において、後にも先にも最大にして最悪の敗北とも言える三方ヶ原の戦いを迎えた。

 武田信玄の用兵術に、徳川家康は完全に術中にはまり、なんとわずか一刻(二時間)のうちに壊滅的な敗戦を喫してしまったのである。

 

 居城の浜松城に命からがらで戻ってきた家康。

 わずか二年前に姉川の合戦の後に凱旋してきた時の家康の表情とは、天と地ほどに異なっていたのは言うまでもないであろう。

 

 このまま武田軍三万が進軍してくれば、浜松城はひとたまりもない。

 誰もが信玄が家康に引導を渡すべく、このまま年内中に浜松城を攻め込むと思った…

 

 しかし…なぜか三方ヶ原で大勝した武田信玄はすぐに動くことはなかったのだった。

 

 

 元亀4年(1573年)1月――

 

 武田軍の進撃がいよいよ再開された。

 しかし、その進軍は前年ほどの勢いは、すっかり息を潜めた、ゆっくりとしたものであった。

 わずか四百の兵で籠る野田城に対して、三万の武田軍はおよそ半月もの期間をかけて、水を断ってまでして落城させた。

 

 そして…

 

 元亀4年(1573年)4月――

 

 あれほどまで上洛に向けて猛進していた武田軍は、理由も伏せられたまま、突如として侵攻を始めた三河から撤退していったのだった。


 

 ところが、この武田軍の奇怪な動きに目を光らせないはずもない男が一人いた。

 もちろん言わずもがな、織田信長である。

 彼は既に年明け早々には武田軍の動きがおかしいということを察知しており、畿内にくすぶっていた問題をことごとく一掃し、その兵力を武田軍に集中できるように手はずを整え始めていた。

 そして武田軍撤退を機に、彼は浜松城で失意の刻を過ごしていた徳川家康に対して使者を送ったのである。

 

 その使者が持ってきた家康あての書状。

 それは信長から家康への指示であったのだ。



ーー武田信玄を探れ…



 と…



「しかし!武田信玄と言えば、忍びの使いに慣れた人であれば、こちらから間者を送ることは出来ますまい!」



 家康は、信長が一度これと命じたことは絶対に覆ることはないことをよく知っている。

 それでもそのあまりに困難な命令に困惑した。

 しかしそんな顔を蒼白させた家康に対して、信長の使者は同情することもなく続けたのであった。



「信長様はおっしゃっておられました。

武田のことを知るなら、武田の家臣を引き込めばよい…と」


「しかし!武田信玄の軍団の結束は固く、もはや敗軍の将のそれがしになびく者などおりますまい!」



 その家康の自分を卑下する物言いに、一層冷たい視線を浴びせた。



「信長様はおっしゃっておられました。

わが友、徳川次郎三郎殿(徳川家康のこと)なら、必ずややり遂げてくれるだろうと。

かように信長様に期待されているお方が、自身を『敗軍の将』と言われるか…

それを聞かれたら信長様はどれほどにご失望されることでしょう」


「ぐぬっ…しかし…」



 言い返す言葉もない家康は、ぎりっと親指の爪を噛む。

 そんな家康に対して、助言をしたのは、彼の側近の一人である酒井忠次であった。



「殿…恐れながら申し上げるに、奥平などはいかがでございましょう?」


「奥平…」


 

 忠次の進言に考え込む家康。そんな家康に忠次は力説した。



「元より奥平定能殿は殿の傘下におられましたが、武田信玄の脅しに屈して、殿と敵対されておられるだけにございます。

ついてはもし織田殿の読み通りに、武田軍に何かあれば、殿のもとに再び戻ってこられるかもおかしくはございますまい!」


「しかし…どうすればよいのだ…」



 まだ苦い表情を崩さない家康であったが、そんな彼に向けて、信長の使者は淡々と言ったのだった。



「信長様はおっしゃっておられました。

使える物は惜しまず使え…と」


「使えるもの…」



 そして、信長の使者は、全く温度のない口調で言ったのだった。



「信長様はおっしゃっておられました…

徳川殿が使えるもの。

ご自身の領地。

ご自身の家臣。

そして…」


「そして…」



 家康はゴクリと唾を飲んだ。

 信長の使者は、変わらぬ口調で最後に言い放ったのであった。



「信長様はおっしゃっておられました。

徳川次郎三郎殿。自分の娘を使えば良い…と」


「それがしの娘…」



………

……

 それは元亀4年(1573年)5月のことーー


 岡崎城の一室は、外の雨模様とは正反対の、いつになく明るい雰囲気に包まれていた。

 それは亀姫のさながら真夏の太陽のような笑顔からもたらされていたものであった。



「父上に浜松城に呼ばれたのですよ!

しかも、母上もご一緒に!

これほど嬉しいことはございません!ふふふ!」


「これ!お亀!かようにはしゃぐのではありませんよ!」



 そうたしなめた亀姫の母、瀬名姫であったが、そんな彼女もどことなく浮かれているように思える。

 それは彼女に一つの予感がしていたからだ。


 それは…


 亀姫の結婚…


 彼女ももう十三歳。この時代では嫁ぎ先が決まっていてもおかしくはない年齢だ。


 母親としては、大事に育ててきた愛娘を手放すのは、確かに寂しいものだ。それでも瀬名姫は、娘の明るい未来を信じてやまず、その事にどうしても浮かれてしまっていたのである。


 なぜなら瀬名姫は勝手に思っていたからだ。


ーー徳川家の長女の嫁ぎ先にふさわしいのは…武田家の松姫との婚約が解消となった、織田信忠殿しかありません


 と…


 そして、


ーー織田信忠殿ならきっと娘を幸せにしていただけることでしょう


 と、どこか安心したように思っていたのであった。


 もちろん当の亀姫は、まさか自分の結婚について父から何か言いつけられるとは、つゆにも思っておらず、ただただ父と面と向かって話すことが出来るというだけで、心が踊っていたのであった。



 そしていよいよ…


 亀姫と瀬名姫の浜松城訪問の日がやってきた。


 既に季節は長雨。この日も変わらず雨がしとしとと降り続いている。それでも彼女らは、胸を弾ませながら岡崎城を出立したのであった。



………

……

「父上!亀にございます!今日はお呼びいただき、ありがとうございます!!」



 亀姫の明るい声が、浜松城の城主の間に響き渡った。

 その彼女の視線の先には、父である徳川家康。

 その家康も笑顔を浮かべながら、


「うむ、お亀は元気が良くてよいのう。

どれ、顔をよく見せてみよ」


 と、亀姫に頭を上げるように促した。

 その家康の要求に素直に応える亀姫は、満面の笑みを浮かべて、彼のことを見つめた。

 その表情に家康も、「うんうん」と言いながら、嬉しそうにうなずいている。


 一見すれば、ごく自然な親子の微笑ましいやり取りであったが、勘のいい瀬名姫だけは、家康のぎこちなさに何となく気付いていた。

 そしてその不自然さの正体は何なのかを暴くように、ずばりと質したのである。



「殿。何かおっしゃりたいことがおありなのではありませんか?」



 瀬名姫の刃物のような鋭い指摘に、家康はそれまでの笑顔から表情を少し固くする。


 そしてどこか言いづらそうにしていたところを、部屋の隅に控えていた酒井忠次が口を挟んだ。



「殿、それがしの方から申し上げましょうか?」


「いや、よい。俺の口から話そう」



 家康はそう言って忠次を制すると、亀姫と瀬名姫の方に向き直って、真面目な口調で告げたのであった。



「お亀よ」


「はいっ!父上!」


「お主の嫁ぎ先を、この父が決めたのだ」


「えっ…!?わらわの嫁ぎ先にございますか!?」



 ここまでの会話で、瀬名姫は自分の思い描いていた通りに話しが展開している事に、内心では笑いが止まらなかった。


 しかし…


 その嫁ぎ先が告げられた瞬間…


 瀬名姫の時が止まってしまうことになる…


 その嫁ぎ先とは…



「お亀よ。お主には、奥平貞昌に嫁いでもらうことにする」



 この言葉に、亀姫もそれまでの笑顔が完全に消えてしまった。

 もちろんそれは瀬名姫も同様であった。


 この二人の反応は、織り込み済みであったのだろうか。家康は


「よいな!お亀よ」


 と、念を押したのである。

 その亀姫は、あまりの事に口を開く事が出来ずに、隣の母を見た。


 その母、瀬名姫は…


 驚愕から覚め、次の感情にその身も心も震わせていたのである。


 その感情とは…


 怒りであったーー



「徳川次郎三郎!!

所詮は松平の田舎侍の出身であるその分際で、足利将軍家の奉公衆の名門家のわらわの血筋を、汚すと申すか!!」



 このあまりにも無礼な物言いに、家康の顔色がみるみるうちに赤く変わった。



「何を言い出すかと思えば、無礼千万!!」


「無礼者なのはどちらと言うのじゃ!!

大切な愛娘を、敵に寝返った裏切り者で、しかも吹いたら消えてしまいそうな弱小豪族の奥平に嫁がせるなど、どの口が申しておるのじゃ!!

そもそも未だ奥平は武田の傘下ではあるまいか!」


「ええい!それをこちらに引き込む為の婚儀なのじゃ!!

俺の苦悩も知らぬお主が口を挟むではない!!

俺は徳川を守らねばならぬのだ!

徳川に寄り添う多くの家臣や家中の者たちの命を預かっておるのだ!!」


「その中の一人が亀と言っているのです!!

これではまるで、亀は敵を味方に引き込む為の生贄ではありませぬか!!

亀は殿の道具と申されるか!!

殿自身のために、娘の幸せをないがしろにするおつもりか!!

それでは犬畜生の方がまだ愛があるというものじゃ!!」



 娘の幸せの為に一歩も引かぬ瀬名姫。

 一方の家康もまた、お家の危機を乗り切る為にここを引く事は出来なかった。武田に敗れ、織田から見放されたらそれこそ徳川は終わりなのだ。

信長の命じた「武田信玄を探れ」という指示を何としても成功させねばならない。その為には娘の幸せを引き換えにすることは、止むを得なかったのである。


 両者の罵倒に部屋の中だけではなく、外で控えている侍女や小姓たちもまた肝を冷やして、その場の行方を息を飲んで見守っていた。


 両者の睨み合いが続くそんな中であった…



「おやめくだされっ!!!母上!父上!」



 亀姫の乾いた叫び声が部屋の中に響いたのだ。

 

 突然の大声に驚き、目を見開いた家康と瀬名姫。

 そんな両親の視線をもろともせずに、亀姫は頬を興奮で紅潮させて家康に質した。

 

 

「父上…父上は、わらわが奥平家に嫁げば、徳川のお家が守れるとおっしゃるのでしょうか…?」



 その亀姫の問いかけに家康は声の調子を落として答えた。

 

 

「ああ…」



 わずか二文字の短い答え。

 しかし、亀姫はそれで十分であった。

 彼女は再び満面の笑みを顔に浮かべると家康に言ったのだった。

 

 

「父上…わらわは父上から生まれて初めて何かを命じられました。

その事がすごく嬉しゅうございます。

こたびの件、わらわが父上の為、しいては徳川家の為、精一杯勤め上げます」



 父からの愛情に飢えていた亀姫。自身に待ち受けるであろう苦難が分かっていても、その父が初めて自分を頼ってくれた喜びの方が、彼女にとっては大きな、何事にも代えがたい喜びであったのだ。

 そんな健気な彼女を見て、瀬名姫は不憫でならなかった。

 思わず涙が、瀬名姫の頬を伝う。

 

 そんな母を見て、亀姫は微笑みかけた。

 

 

「母上、泣かないでくだされ。わらわは父にこうして頼りにされて、それだけで嬉しいのです。

そして、わらわはきっと幸せになってみせます。

だから、もう泣かないでください」


「しかし…しかし…」



 瀬名姫は悔しかった。自分のせいで父から引き離され、誰よりも家族の温もりを求めていた娘の純真な心を、父親の家康が娘を欺くように利用しているとしか思えないのだ。

 こんなはずではなかった…

 自分が得られなかった『家族の幸せ』の形を、娘にはその手でつかんで欲しい。

 それだけが、瀬名姫の『夢』だったのだ。

 それが、明日はどうなるか分からない小豪族の元に嫁いだのでは、下手をすれば嫁いだとたんに、家族もろとも討ち首となる可能性も否めない。

 

 とても幸せをつかむことなど出来ない…

 

 そんな絶望感に瀬名姫は、顔を上げることすらできなかったのであった。

 

 そして…

 

 亀姫は家康に一つのお願いをした。

 

 それは、彼女の『夢』…

 

 

「父上、一つお願いがございます。

本日の夕げは、父上と母上、そしてわらわの三人で囲みとうございます」



 それは「家族団らん」という、本当に小さな、それでもかけがえのない『夢』――

 

 

………

……

 元亀4年(1573年)6月――

 

 「今まで以上の広い領地の安堵」「奥平家の姫と徳川家の譜代の家臣、本多家の婚儀」さらに…

 「徳川家康の長女、亀姫の奥平家への輿入れ」…

 

 この三つの条件で、ついに奥平家の心は大きく動いた。

 

 そして…

 

 奥平家当主、奥平定能から一つの情報が徳川家康にもたらされたのであった。

 

 それは…

 

 

――武田信玄の死去



 であった…

 

 

 これにより奥平家は再び、徳川家の傘下に加わることになった。

 

 

 ところが…

 

 この事が生み出す悲劇の瞬間は、刻一刻と迫っていたのであった。

 


◇◇

 それは天正元年(1573年)9月の事――

 

 徳川家康に寝返った、奥平家を武田信玄の跡を継いだ武田勝頼が許すはずもなかった。

 

 

「父上!!これでは約束とは違うではありませんか!!

戦さが終われば、おふうは作手に戻されるとおっしゃっていたではありませんか!!」



 普段穏やかな奥平貞昌であったが、この時ばかりは凄まじい剣幕で、自分の父親である奥平定能に迫った。

 その定能は苦しい顔つきで息子の言葉に返した。

 

 

「うむ…これも乱世のならいだ。堪忍せよ。貞昌」


「いやじゃ!!なぜおふうが…なぜ…」



 ここで貞昌は言葉を切り、父親の胸を強くつかむ。

 そして涙を流した顔で父を見つめて叫んだのであった。

 

 

「なぜ、おふうが処刑されねばならぬのです!!」



 そして…

 

 天正元年(1573年)9月21日――

 

 奥平家が徳川家康より防御を任せられた長篠城から、わずかの所にある鳳来寺の境内…

 

 奥平家から人質となって送られた、おふうを始めとする三人の人質の処刑が行われることとなった。

 

 その場に貞昌はい合わせる事は出来なかった。

 それはもちろん、敵陣の中に飛び込むようなことであり、物理的に不可能であったこともあったが、心情の上でもとてもではないが、愛する許嫁の死を目の当たりになど出来なかったのである。

 

 

 おふうは辺りを見回す。


 

 そこに彼女が探したその人の姿はない…

 

 そしてようやく諦めたのか、彼女は空を見上げると、高々と叫んだと言う…

 

 

「ああ!!もし、もし来世なるものがあるのなら!!

おふうは、犬畜生に生まれたい!!

人とはかくも浅ましき生き物なり!!

常に他人を騙し、他人を陥れることしか考えておらぬ、愚かな生き物なり!!

ならばおふうは、野山を自由に駆ける鳥獣となりたい!!

それがおふうの『夢』である!!」



 その直後…

 

 おふうの処刑は執り行われた…

 

 わずか十六の短い生涯は、乱世に翻弄された哀しきものだった。



 

 







おふうの墓は、処刑された鳳来寺(愛知県新城市)と、彼女が生まれた日近城跡(愛知県岡崎市桜形町)にあるそうです。


表向きの「長篠の合戦」は「長篠城の籠城戦」と「設楽ヶ原の戦い」の二つしか学びません。


しかしその裏には、このように乱世に翻弄された女性たちの姿があったことを、私たちは知るべきなのではないかと思います。

それはひとえに、今こうして平和な日本で暮らしていられることへの感謝の気持ちと、様々な犠牲のもとに歴史が作られ、その歴史があったからこその平和であることを忘れてはならないからだと、私は思っているからです。


さて、次回が加納城のシーンはラストになります。


長篠での戦いの裏側を知った秀頼が、取った行動とは…


これからもよろしくお願いいたします。



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