念願の戦国に転生!しかし…
俺の名前は近藤太一。高校二年生だ。部員はわすがに三人の「歴史研究同好会」の部室に俺は毎日いりびだっていた。
そこは、顧問の社会の先生の趣味の部屋と言っても過言ではなく、偉大な作家たちによる、古典的とも言える歴史小説が山ほどあるのだ。
俺はスマホを片手に、その本を読み漁っていた。
スマホを持つ理由…それは決して友達と連絡をとる為ではない。
難解な歴史用語、合戦、人物をその場で検索して、その意味や背景を深く知るためだ。そうして今は亡き偉大な書家たちと、歴史解釈について頭の中で意見を戦わせる。
――この時、彼にはこんな思惑があったのではないか?
――いやいやここでは彼が裏で手を回していたから、こんな結果になったのではないか?
それらの論争は口に出す事はないが、にやけ顔になりながらその日も妄想に浸っていた。
そう、俺は生粋の戦国マニアなのである。
そんな俺の至福の時をいつも邪魔する者が一人いる。
「こら!たっちゃん!こんなところにいた!今日はおばさんにお使い頼まれているでしょ!油売ってないで、早くスーパー行かなきゃダメでしょ!」
ショートヘアに大きな瞳。誰が見ても可愛い顔立ちをしたこの少女は、八木麻里子。俺の隣の家に住んでいる幼馴染である。まるで姉のように常に俺の事を監視し、何かにつけて叱りつけてくるのだからたまったものではない。
しかし、そんな彼女に反抗してもその倍以上になって返ってくるのは、いつものことだ。俺は「へいへい」と適当にあしらって、大人しく読書の時間に終止符を打った。
そこに待っているのは、お使いに宿題、そして幼馴染の小言…全てうっとおしい現実世界だ。
――ああ、俺も戦国時代に生まれたかったな…
そんな声にならない愚痴を胸にしまいながら、麻里子に引っ張られるようにして、スーパーへと向かったのであった。
「じゃあね!読書ばっかりして夜ふかしし過ぎないようにしなさいよ!」
既に夕暮れ、一緒に日用品の買い物を終えた俺は麻理子の家の前で、ようやく彼女と別れる時間を迎えたのだが、そこで例のごとく小言である。
――お前は俺の母ちゃんか!?
そんな風に心では突っ込みながら、口では
「へいへい」
と、気のない返事をして、俺は麻里子と別れた。
そしてすぐ隣の俺の家の門を開けようとしたその時だった。
いかにも魔術師のような大きなフードにすっぽりと身を包んだ、俺の胸ほどまでしかない背の低い人が俺の目の前に立っていた。
「うわっ!」
煙のように突然現れたその姿に、俺は思わず声をあげて驚いた。しかしそんな俺の様子などお構いなく、そのいかにも怪しい人が尋ねてきた。
どうやらその声からして、若い女性のようだ。
「お主…戦国の世界に転生してみたくはないか?」
普通の人間なら、怪しい女の怪しい質問に対して、無視するか否定をしてその場をやり過ごすであろう。
しかし俺は違った。
いや、その問いかけの内容が俺の意を得ていたから、俺は迷わずに即答したのだ。
「戦国武将であれば、転生してみたい」
その「転生」の意味することなど深く考えることなどなかった。
家族は、友人は、そして幼馴染は…
そんな周囲の事など全く考えることもなく、俺は欲望のままにその女性の言葉に返事をしてしまったのである。
その答えに表情の見えない女が、確かに笑った気がした。
「うむ!そなたのその願い、聞き入れてしんぜよう」
その女の言葉とともに、急に強い眠気が襲ってきたと思うと、目の前が真っ暗になって意識が遠のいていった。
◇◇
「殿!殿!だいじょうぶですか!?」
――むむ…「殿」だと?
しかしそれは確かに俺を呼ぶ声だ。
俺はゆっくりと目を開けた。
その視界に入ってきたのは、くりっとした瞳の可愛らしい少女の、心配そうな顔だった。
「ああ、大丈夫だ」
俺はひとまずその少女の顔から心配を取り除こうと、声を出した。
思いの外高い声…俺はまだ声変わりをしていないのか?
その手を確認すると、やはり小さい。かなり年少なようだ。
そして身につけている服装は、綺麗な青が特徴的な和服のようだ。
どうやらあの怪しい女の言う通りに、俺はどうやらかなり昔に転生してきたようだ。
しかしそれが果たしてどの年代なのか、そして俺自身が誰なのかまでは分からない。
そんな風に頭を働かせていると、目の前の少女が頬を膨らませて、注文をつけてきた。
「まったくもう…急にお倒れになられたので、心配してしまいました。
あまり千に意地悪しないで下さいな」
――ん…?今、自分の事を「千」と言ったな…
俺はもう一度頭を働かせて、その少女の名前から自分が何者なのかを想像する。
その少女は俺の事を「殿」と言った。
つまり、それは俺たちが、こんなに若い時分から、夫婦関係ないしは将来夫婦である事を約束された関係である事を意味するのではないか、とあてずっぽうに近い想像を働かせる。
そしてその相手が「千」…
そしてあの怪しい女の言う通りであれば、ここは戦国時代だ。
戦国時代で、若くして「千」という姫と婚姻関係を結んだ男…
俺の知っている限り、そんな男は一人しかいない。
あの怪しい女め…
なんと言う人物に転生させたのだ…
その人物こそ、豊臣家のラストプリンス…藤吉郎秀頼…その人だ。
――やったぁぁぁぁ!!念願の戦国時代にタイムスリップしたぁぁ!
俺は嬉しさのあまり、絶対にこの時代にはないであろう「ガッツポーズ」を派手に決めた。
目の前の千姫は目を丸くしてそれを見つめている。まるで、異人でも見ているかのように…
しかし浮かれた気持ちはすぐ冷めた。
――まてよ…豊臣秀頼だと…
――これはまずい…
なぜならこのままでは数年後に俺は大坂城とともに、没落してしまうからだ。
俺は時代の荒波に翻弄され、やがては自害に追い込まれる運命なんてごめんだ!
そうなる前に、なんとか歴史を変えなくてはならない。
その為に大事なのは年代だ。
徳川家の姫である、千姫と婚姻関係にあると言うことは、もしかしたら父である豊臣秀吉は既にこの世を去っているかもしれない。
そうなると、関ヶ原の戦いの以前か以後かで、俺の立場は大きく異なるであろう。
それを確認する必要があった。
そこで俺は千姫にたずねることにした。
「わがお父上のお加減はいかがかのう?」
千姫の表情が曇る。
――やや…これはもしや…
そして俺の予想通りに、千姫は答えた。
「何を言ってるのかしら?すでに2年も前にお亡くなりになられてるわ!
本当にだいじょうぶ?」
2年前…
すると今は1600年か!!
関ヶ原の戦いが勃発した年そのものだ。
では月は?
「千!今は何月だ!?」
「はぁ!?今は葉月でしょ?」
葉月…すなわち8月!
関ヶ原の戦いは9月だ!
――よぉし!間に合った!まだ関ヶ原の戦いは起こっていない!
がばっ!
俺は嬉しさのあまりに、千姫に抱きついた。
「な…なに!?ど、どうしたの!?」
じたばたしながらも少し嬉しそうにしている、千姫。
そう言えばこの頃、千姫と秀頼は婚約はしていたものの、結婚はしていなかったはずだぞ…
なんで千がここにいるのだ…?
しかし俺はそんな事を気にしている余裕などなかった。すでに次のことに頭を働かせていた。なぜなら豊臣の斜陽を決定的にした大戦…関ヶ原の戦いをなんとかしのがなくてはならないのだ。
しかも弱冠7歳の身で…
しかし俺は全く悲観などしていなかった。燃え上る闘志が俺自身の心を覆っていたのは、俺自身が身も心も若いからゆえであろうか。とにかくこの時の俺は、今後訪れるであろう荒波に立ち向かう気持ちで溢れていたのだった。
そして俺はこの世界を目一杯満喫してやるんだ。
俺の平穏は、俺の手で手に入れてみせる!
そう心に決めると、
「さあ!始めよう!豊臣の底力を見せてしんぜよう!」
と、一人息まいて高らかと宣言したのだった。
この後俺に襲いかかる過酷な運命など知ることもなく…