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あなたを守る傘になると決めて…⑯佐和山で待つ夢(5)

◇◇

ーー母上…では、この戦さが終わったあかつきには、『左近の南天』の大木のもとで、またお会いしましょう


 その言葉を胸にうたは毎日を生きてきた。

 それは石田宗應の三男、すなわちうたにとっても三男にあたる石田佐吉が、佐和山城の戦いを前に彼女に残した言葉だ。

 

 うたにとってはその言葉こそが生きがいであり、いつかそれが叶う日を『夢』に見て生きてきた。

 

 しかし彼女は井伊家の屋敷の奥の方でひっそりと匿われながら生き長らえてきた。

 無為に過ごす日々の中で、彼女はもはや生きる希望すらわかず、ただただ自分の哀しみに誰かが気付く事を祈って泣き続けた。

 もうそれしか出来なかったのである。

 

 そして、今この時…

 

 豊臣秀頼という『希望』を体現したような一人の少年の出現によって、それが『夢』から実現に変わろうとしていたのだ。

 

 彼女の心はどれほど喜びにうち震えたことであろう。

 

 感謝しても感謝しきれぬ想いは、やはり涙としてだけしか出てこない。

 

 ところが…

 

 運命とは残酷であるがゆえに、運命と言えるのかもしれない。

 

 彼女のその暖かな涙が再び悲嘆の冷たいものに変わろうことなど…

 

 「左近の南天」に向かう一行の誰も思ってなどいなかったのであった。



………

……

 雨はだいぶ弱くなってきた。

 雲のその先の太陽の光が、雲の色を薄くしていることから、もうすぐ雨上がりの爽やかな景色を覗くことが出来るはずである。

 

 それでもまだ振り続ける雨に、俺、豊臣秀頼は何かを予知すべきであったのかもしれない。

 

 井伊家の屋敷を出た、俺、井伊直継、井伊直孝、木俣守勝、甲斐姫そしてうたの六人は、時折互いに笑顔を見せながら、屋敷のすぐ隣にある清凉寺を目指していた。

 

 この清凉寺とは、もとは島左近の屋敷があった場所であり、屋敷が灰塵と化した後に井伊家によって寺が建てられた。

 しかし随所に焼けのこったもとの屋敷のものが使われており、寺に似合わぬ大きな門も、元は屋敷の門であったらしい。

 

――ウウウウゥゥン!!!


「のわっ!!」



 突然その門からした唸り声に俺はおののいた。

 その様子を眉をしかめて甲斐姫が質す。

 

 

「どうしたのだ?秀頼殿」


「いやたった今、門が唸ったであろう!?」


「はあ!?門が唸るわけなかろう!全く…冗談も休み休み言いなされ!」



 と、甲斐姫に一喝されたのだが、確かに門が唸ったような気がする…

 

 その他にも、「ドン!!」という太鼓の音が聞こえるはずもない場所から聞こえてきたり、突然大きな木が泣き叫ぶ女性に見えたりと、どうもこの寺には「何かいる」としか言いようのない現象が俺を襲っていた。

 しかしそれらはことごとく他の者には分からぬことのようで、このわずかな時間で俺はすっかり「奇人」扱いされてしまったのだから、たまったものではなかったのだった。

 

 …と、その時であった。

 

 

 突如として彼は現れたのである…

 

 

 あの石田宗應に瓜二つの若い僧侶が…

 

 

 俺たち一行よりも数歩先に…

 

 

 その姿を見て、俺は思わず叫んだ。



「佐吉殿!お主が石田佐吉殿であろう!!」



 その呼びかけに若い僧侶が、ニコリと微笑んだ。ような気がする。

 その表情は微笑んでいるようであり、泣いているようでもあって、とても不思議なものなのだ。

 

 しかし…

 

 

「おい!秀頼殿!!誰もいないではないか!まだ冗談を言うか!?」



 と甲斐姫がいい加減怒りだしそうな剣幕で俺に問いただす。

 

 

「何を言っているのだ!?すぐそこにおるではないか!?あっ!向こうへ行ったぞ!!待ってくれ!佐吉殿!!」



 俺は背中を向けて歩き出した彼の後ろを追いかけるように駆け出した。

 

 しかし彼はゆっくりと足を進めているとしか思えないのに、必死に追いかけても全く追いつかない。

 

 

「はあはあ!一体なんなのだ!!?」



 と俺はその様子をいぶかしく思いながらも、とにかく彼を見失わないように懸命にその背中を追いかけたのだった。

 

 

 そして…

 

 

「あれ!?どこへ行った!?」



 忽然と彼はその姿を消したのである。

 

 俺は周囲を見回すがそこには誰もいない。

 

 そして目の前には大木が悠然とその姿を見せていたのであった。

 

 

「まさか…これが『左近の南天』か…?」



 俺はその大木の周りを彼がいないかを確かめながらぐるりと回る。

 もちろんそれでも彼の姿を確認することは出来なかった。

 

 そしてその大木をぺたぺたと触ったのだが、もちろん木の中に隠れるような場所もない。

 

 

「どこへ行ってしまったのだ…?」



 俺は奇怪な現象に混乱が収まらぬまま、辺りをうろうろとするより他なかったのだった。

 

 

「何をやっているのだ!?秀頼殿。勝手に走りだしたかと思えば、かようなところでうろうろと…」



 そうこうしているうちに、うたの手を取ってやってきた甲斐姫だけではなく全員がその大木の周りまでやってきた。

 

 

「確かにここにいたのだ!佐吉殿が!」



 その言葉にうたが、哀しげな微笑みを浮かべて俺をなぐさめるように言った。

 


「秀頼様…もう大丈夫でございます。こうしてあの子と約束した大木の元まで足を運べたのですから。それだけで十分にございます」



 うたの気遣いが心に痛む。

 

――確かにここまで歩いていたのに…どうして…

 

 と、もはや言葉に出す事をはばかれる思いが、俺の顔を歪ませていたのであった。

 


「まだ雨が降っておるし、今日のところはもう戻りましょう。御身体を崩されたら一大事にございます。

明日以降、天気がよい頃を見計らって、それがしがうた殿をお連れいたしましょう。

うた殿にしてもお外に出られれば、良い気分転換になることでしょうし」



 井伊直継が気を利かせてこのように提案すると、俺以外の全員がうなずきその足を井伊の屋敷に向かわせようとしていた。

 

 

 その時であった。

 

 

「おや…かようなところにお人が来られるとは…珍しいこともあるものです」



 と、一人の若い侍が、俺たちに言葉をかけてきた。

 今はどこかに奉公しているわけではないのだろうか。あまり裕福とは言えない、質素な服装に、穴だらけの笠をかぶっている。

 しかしその立ち姿からして、かなりの剣と槍の腕前であることは、とっさに見分けがついた。

 ただその侍の名前は俺は知らない。それはどうやら俺だけではないようで、この場の全員が、突然声をかけてきたその青年にいぶかしい視線を浴びせていたのだった。

 

 ところがその侍もたいした度胸の持ち主で、甲斐姫や井伊直孝といった歴戦のつわものたちが向ける視線などもろともせずに、俺たち一人一人の顔をじっくりと見ている。

 

 そして…

 

 その視線が、うたのところに移った時であった。

 

 

「おお…お主の言葉は確かに正しかった…」



 と、漏らすと突如として頬を大粒の涙で濡らしたのである。

 

 何がなんだか全く状況がつかめない俺たちのことなどお構いなしに、その男はうたの目の前までやってきた。

 

 

「おい…何者かは知らぬが、これ以上近づけば、この成田甲斐が容赦せんぞ」



 と甲斐姫がすごめば、井伊直孝と木俣守勝もうたの脇を固める。

 

 俺は彼の背後に静かに立ち、その様子をうかがった。

 

 すると彼は…

 

 突如としてその場に座り込むと、深々と頭を下げたのである。

 

 

「奥方様…!お久しぶりにございます!津田清幽が嫡男…津田重氏にございます!長らくお待ち申し上げておりました!」



………

……

 津田清幽とは、織田信長を大伯父に持つ人物で、その主君は織田信長、徳川家康と移り変わってから、関ヶ原の合戦の時には石田正澄の家臣として働いていた。

 そして津田重氏はその嫡男であり、父に従って同じく正澄に仕えていた人である。この時年齢は三十に満たない青年であったが、その顔は苦労によって彫られたであろう深い堀がいくつも刻まれている。

 

 俺たちは、彼が石田家の元家臣で、うたに敵意がない、むしろ彼女の支えであった人物と知ると、警戒を解いて、雨をしのげる本堂の部屋の一室を住職から借り受けて話しをすることにした。


 各々が自分の好きな位置で座ったところで、津田重氏はどこか言いづらそうな悲痛な面持ちで、ゆっくりと口を開いた。


 そして彼は言うのである。


 衝撃的な事実を…



「今日はちょうど命日なのです…清幽の…」



 その重々しい言葉に、俺は不思議に思いながらも、彼をなぐさめようと言葉を発した。



「清幽とはお主の父上のことであるか…

それはお主にとってはさぞかし悲しいことであるな…

お悔やみ申し上げる」



 すると重氏はうつむいたまま呟くように言ったのだった。



「いえ…違います…」


「何が違うと言うのだ?」


「それがしの父は生きております。

別の清幽にございます…」



 この言葉で、俺は一つの事が頭を支配した。


 そして、それは皆も同じであったようで、一様に顔を青くしている。


 その様子を見た重氏は、覚悟を決めて言ったのだった…



「清幽…それは、石田治部少殿の三男、石田佐吉の号にございます…」



 その言葉が発せられた瞬間…



ーーウァァァァァァ!!!



 という絶叫とともに、うたが慟哭を始めた。

 同じく涙を浮かべた甲斐姫が彼女の肩を強く抱きしめて、必死になだめている。


 しかし、うたの号泣は続く。


 なんと無念なことであろうか…


 ようやく会えると思って、約束の地を訪れて見れば、その子の死が知らされたのである。


 深い谷底に突き落とされたような絶望に彼女は戻されてしまったに違いない。


 なおも泣き続けるうた。


 そんな彼女の泣き叫ぶ声がようやく少し収まったその時、重氏が再び口を開いた。



「清幽のこと…うた様と離れたその時からの事をお話しいたしたく存じます。

それが清幽の望みでもあり、彼の供養にもなるかと思いますゆえ…」



 俺はそんな彼の様子に、頭を軽く下げていた。

 


「津田殿、よろしくお願いいたす」



 そして彼はゆっくりと話しを始めた。


 それは、うたが屋敷からその命を救われた佐和山城の戦いの続きの事であった。



………

……

 慶長5年(1600年)9月18日ーー


 徳川勢の佐和山城への猛攻が始まってから半日。いよいよ日付が変わった。


 それでも戦況は少しずつ五倍以上の戦力差を誇る徳川勢に有利へと傾いていき、佐和山の山頂にある本丸にもいよいよ危機が迫ろうとしていた。


 そんな中、その本丸の評定の間には、石田家の重臣たちが集まって、今後のことを協議していたのであった。



「なんと…長谷川守知(はせがわ もりとも)が寝返るとは…」


 

 そうつぶやいたのは、石田三成の父石田正継。

 そしてその事を報告しに来たのは、三成の兄である石田正澄だ。

 彼は大手門を破られた後、本丸へと続く道の途中の切通しにて激しい戦いを小早川秀秋の軍勢と繰り広げていたのだが、本丸から援軍にやってきた長谷川守知が徳川勢に寝返ったことで、切通しからの侵入を許してしまったのであった。


 それでも何とか二の丸前の城門で敵を食い止めると、そこで日没となり、徳川勢のこの日の攻撃は一度止められた。


 …とそこに、二人の武将が評定の間に姿を表した。


 一人は老武者、一人は若武者の親子。しかしその「老」と「若」という二つの文字で表す以上に、この二人の放つ勇猛な雰囲気は、彼らが只者ではない事を如実に物語っていた。


 それは津田清幽と津田重氏の親子。


 彼らは、わずかな兵を率いて、水の手口門の守備に当たっていた。

 その場所で田中吉政の軍勢らをきりきり舞いにしていたのだが、大手門と切通しの二点が破られたことで、背後を小早川軍に突かれる形となった。

 そして水の手口門が開けられると、前からは田中軍、背後から小早川軍と完全に囲まれる形となってしまったのである。

 それでも、彼らは背後の小早川軍に斬り込んでいき、そこを突破すると、なんと敵兵のうち名のある将を人質に奪いながら二の丸まで撤退したのである。

 さらに彼ら二人は、二の丸に押し寄せる敵兵をもなぎ倒していき、その門を固く閉ざしたのであった。


 しかしそんな無双の強さを誇る清幽であったが、席に座るなり、石田正継に低い声で言った。



「どうやらここらが潮時なようじゃな。

治部少殿が敗れた今、この城に立て籠もってこれ以上の犠牲を増やしても仕方あるまい」



 その清幽の言葉に、石田正澄が顔を赤くして反論した。



「しかし、たとえ治部少が負けても、まだ大坂城には毛利輝元殿が控えておられる!

大坂に治部少が戻ることが出来れば、再起が図れるはずだ!」


「既に、毛利輝元は大坂城を離れたと聞く」


「な…なんですと…

し、しかし、徳川内府の軍も相当な打撃を受けておるから、ここまで攻めてこないのではないのか!?」


「残念じゃが…徳川内府の軍は無傷。

そしてすぐそこまで来て本陣を構えおった」


「な…なに…」



 そこまで絶望的な状況であったことに、唖然とした正澄は、


「もはやこれまでか…」


 と、観念して涙を床にこぼしていたのであった。


 重臣たちのすすり泣く声で部屋は、無念さに包まれていく。

 そんな重々しい空気の中、石田正継が口を開いた。



「津田殿…一つ頼まれてくれぬかのう…」


「なんじゃ?わしに出来ることなら…」



 と、清幽は言葉尻を濁した。


 なぜならこの時点で、正継が何を彼に頼もうとしているかが、それとなく分かってしまったからだ。


 そして、正継はそんな清幽に向けて頭を下げて言った。



「徳川殿に城を明け渡すということを伝えて欲しいのだ」


「…条件は…?」


「この石田正継の腹」


「それがし…石田正澄も腹を切ります!」


「父上!この石田朝成も続きます!」



 石田三成の父、兄そして甥の三人が腹を切る代わりに、城内に残された兵、子供たちに、女たちの助命を約束して欲しいとのことであった。



「随分と難しい頼みをしてくれるものだ」



 と、清幽は大きなため息をつく。

 しかし大きな期待を寄せる目で清幽を見つめてくる彼らの視線に、諦めたように口を引き締め直した清幽は、


「元より徳川内府とわしは気心知れた仲じゃ。

無理は承知でやってみようではないか」


 と、ため息まじりに答えたのであった。

 そして…



「重氏!ついてこい!行くぞ!」


「はいっ!父上!いずこに行かれるのでしょう?」



 その重氏の問いかけに、清幽はニヤリと笑みを浮かべて言ったのだった。



「徳川内府の本陣じゃ!」



 この後、津田清幽と重氏の親子は、先の防衛戦で捕虜とした将を盾にとり、たったの二人で徳川家康の本陣まで使者としてたどり着いた。

 そして、石田正継の希望通りに、正継を含めた三名の自害と城の明け渡しを条件に、城に残っている子供たちと女たちの助命を見事に取りつけたのである。

 その城の明け渡しはその日の昼と決まり、その合図として明け渡しの使者が今度は徳川家康の方から送られるということで決着したのであった。



………

……

 津田親子が佐和山城の本丸を出てしばらく経ったその頃…


 城の中の一室では十人以上のまだ幼い子供たちが、すやすやと寝息を立てていた。

 彼らは石田家の子供たちであった。


 その中に、およそ十歳の佐吉の姿もあった。


 彼だけは他の子供たちとは異なり、一人で起きて窓の外から見える月を眺めていた。


 …と、そこに二人の青年が部屋の中に入ってきた。


 一人起きている佐吉を見つけた青年たちが、他の者を起こさないように小さな声で、彼に声をかけた。



「おや…そこにいるのは佐吉かい?」


「そのお声は…朝成殿にございますか…?」



 暗がりの中を月の明かりを頼りに目を凝らす佐吉。その視線の先には、彼の従兄にあたる石田朝成の姿があった。そしてその隣には、徳川家康のもとから戻ったばかりの、津田重氏。

 どうやら彼らは部屋の子供たちの様子を見にきたようで、足音を立てないように忍び足で佐吉の側までやってきた。


 そして朝成が小声で話し始める。



「佐吉よ。眠れないのか?」



 すると佐吉は照れたように苦笑いを浮かべながら言った。

 

 

「母上の事が心配で…」



 部屋の中ではあるが、佐吉はちらりと麓にある屋敷の方を見る。

 この時彼は屋敷のある場所から煙が上がっていたことを知っていた。そしてそれは朝成も同様だったのである。

 朝成は佐吉を安心させようと声をかけた。

 

 

「きっとお主の母上は無事でおる。そうそれがしには思えるのだ」



 根拠のない断言しか出来ない朝成。しかしそんな彼の励ましの声が佐吉には嬉しかったようで、穏やかな顔で佐吉は答えた。

 

 

「はい。それがしもそう思っております。なぜなら約束したのです。

こたびの戦さが終わったあかつきには、『左近の南天』の大木のもとでお会いしましょうと」


「そうであったか…そなたの母上は約束は必ず約束は守る律儀なお人とうかがっておる。

そのように約束したなら、必ずや今もどこかでそなたの事を想い、元気にされておられることであろう」



 佐吉はその言葉に、頭を軽く下げることで返礼とした。

 

 その様子に朝成も、口元に微笑みを浮かべると、

 

「明日は早い。夜明けとともに、そなたも含めたこの部屋の全員が、ここにいる津田重氏殿に連れられて城を出る手はずとなっておるのだ。

だから少しでも寝ておくとよい」


 と、優しく声をかけてその場をそっとあとにした。

 

 

 部屋から離れていく石田朝成と津田重氏の二人。

 

 そして大きな月が綺麗に見える廊下まで出たその時であった。

 

 朝成は突然振りかえると、重氏の手を取った。

 

 強く…強く握られる両手。

 

 朝成の頬には涙が伝っているが、その瞳からは決意の色を濃く表している。

 

 

「佐吉のこと…よろしく頼む…!

心優しき男なのだ。あやつが無事母のうた殿と再会できるように守ってやってくれまいか…

友であるお主であるからこその願いだ…どうか!」



 重氏はその重い言葉に戸惑いを覚えたが、幼い頃からの親友である朝成の最期の頼みに応えねば、それこそ血の通った人とは言えぬであろう。

 重氏は力強くうなずくと、

 

「ああ。それがしに任せておけ。必ずや、佐吉とうた殿の再会を果たしてみせよう」


 と答えた。

 

 その言葉に朝成は、涙を流しながら

 

「ありがとう…ありがとう…」


 と何度もお礼を言って頭を下げている。

 

 そしてしばらくすると、彼は何か言いづらそうに重氏につぶやいた。

 

 

「それともう一つ…」



 重氏は、ニコリと微笑みながら朝成に言った。

 

 

「なんじゃ?この際だから何でも聞いてくれよう」



 その言葉に肩の力が抜けたのか、朝成は頭を下げてもう一つ頼みごとをしたのだった。

 

 

「豊臣秀頼様…生まれたその日から、それがしが仕えてきたそのお人のこと…

どうか、このお方も守ってはくれまいか…

はなはだ失礼な話しではあるが、それがしにとっては可愛い弟のような存在なのだ。

世の中の事を何も知らない無邪気なあのお方が、可哀想で愛おしくてたまらないのだ。

ああ、もしこの身が二つあるならば、今すぐにでも西へと走り、その身をお守りいたすのに…

どうか、お主の手で守ってはくれまいか…?」



 重氏は微笑みながらうなずく。

 

 

「もし、秀頼様に何かあったその時には、必ずやそれがしが力となろう」



 その重氏の言葉にも、頭を深々と下げた朝成は、最後に月を見上げると、一句詠んだのであった。

 

 

――気にさそな にしに心は いそかるる かたふく月も 今はいとはし



 静かな夜…

 


 夜明けまでのわずかな時間を、最後の平和とたのみ、人々は各々の『夢』にふけっていた…

 

 

 

 しかし…

 

 

 それは突然のことであった…

 



――敵襲!!!!田中吉政の軍勢!!二の丸に火を放っております!!



 と耳をつんざくような物見の声がしたと思うと、城は右に左に大騒ぎとなった。

 

 

 そしてこれが…

 

 

 佐和山城の『地獄』の時間の始まりであった――


 

 


津田清幽は、父に織田信氏、その織田信氏の母が、織田信長の妹にあたる血筋の人物になります。


織田信長に仕えた後、十年もの長い間、徳川家康に仕えました。

そして何らかの理由があり、徳川家を出た後、その家康の口添えで、石田三成の兄である石田正澄の家臣として仕えたそうです。


佐和山城の戦いは、関ヶ原の戦いの中に埋もれた戦いではありますが、ここでの悲惨な出来事は、後世に正しく伝わるべきことでしょう。


それは「戦争とは、『大義名分』などという戦争を引き起こした側のエゴや自己満足に過ぎない、言わば綺麗事だけでは進まないものなのだ」ということを如実に示す戦いであるように思えるからです。



さて、佐和山でのお話しがクライマックスではありますが、次回は幕間になります。


どうしてもこのタイミングで挟まねばならない理由があるのです。


それは…


明日…すなわち3月11日は、とある方の命日にあたるからになります。

その方に送る物語を心を込めてつづりたいと思っているからになります。


では、次回もどうぞよろしくお願いいたします。



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