表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

184/374

あなたを守る傘になると決めて…④軍備

………

……

 慶長11年(1606年)3月2日、学府の学長屋敷にて行っている「豊臣幕僚会議」は、「徳川家康攻略の為に、徳川家康の息子を調略する」という、言ってみれば型破りな調略の話しを終えると、次に軍備の事へとその話題は移っていった。

 

 そこで俺、豊臣秀頼は、武器についての言及を始めることにしたのである。

 

 

「先ほどから話しであがっている通り、徳川幕府の狙いは『鉄砲および弾薬の調達制限』である事は明確だ。

それほどまでに、今の世における『鉄砲』の役割は大きいと言えよう」



「ええ…それは異国においても、全く変わりませんでした。

鉄砲を所持している量が、そのまま戦力差に直結していると言わざるを得ません」



 と、俺の言葉に対して、明石全登が淡々とした口調で答えた。

 俺もその言葉に同調するように頷くと、その『鉄砲』について石田宗應に意見を求めた。

 宗應は姿勢を正すと、すらすらとその現状を語り始めたのである。

 


「鉄砲の調達については、大きくは二つ。

一つは鉄砲鍛冶を抱えることによる生産。もう一つは、異国からの輸入にございます。

しかし生産についてはその拠点となる、堺、国友、近江の各拠点は完全に徳川の手に落ち、異国からの輸入についても、今や徳川の独占状態。

こうなると、商人たちにわずかに流れてくる物を、高額で買うしか他ございません」



「しかし、先ほどの全登殿の言う通り、鉄砲の量はそのまま戦力差になるであろう?

どうすりゃいいのだ?親父殿!」



 宗應の言葉に、悲観するように堀内氏善が俺の方に話しを振ってくる。

 そこで俺は自分の考えを述べることにした。


 それもこの世界の『型』にはまらない方法。



「やはりここで作るより他にあるまい」



「ここ…とは…まさか…豊国学校で…ということでございますか…?」



 その大谷吉治の驚きのあまりに、途切れがちになりながら問いかけてきた。



「秀頼様。それはなりませぬ」



 宗應が厳しい表情を俺に向ける。

 俺はその表情に対して、一歩も引かぬように鋭い視線を彼に向ける。

 すると宗應は、その表情と同じく、厳しい口調で続けた。



「この豊国学校を、鉄砲の生産拠点としたならば、たちまちその事が徳川に露見してしまうに違いありません。

なぜならこの学府は、徳川にも開かれた学府なのですぞ」



「宗應殿。かような事は、十も承知である。

それでもこの学府で行なってもらわねばならぬ」



「しかし!それは無理と…」



 と、宗應が声を大きくしたところで、俺は彼を手で制した。



「鉄砲そのものを作るのではない。

鉄砲を作る為の『設計図』を作ってもらうのだ!」



「設計図…ですと…」



 宗應がいぶかしい顔で言葉につまると、俺はその真意を語り始めた。



「学府では、鉄砲の設計図を作り、鉄砲の生産は別の場所で行うこととする」



「しかし!それでも鉄砲の生産を行なっているところが分かれば、たちまち徳川の手で止められてしまうに違いありません!

鉄砲鍛冶たちが徳川の手に落ちるだけにございます!」



「それはない!断言しよう!鉄砲鍛冶たちをとっ捕まえるのは、徳川には無理な話しである!」



 そう胸を張って宣言した俺に対して、全員が不思議そうに見つめている。

 

 彼らの視線は、期待と不安が入り混じったものだ。それらが俺に集中しているのは、非常に気持ちがいい。


 そして俺は『型破り』な事を告げた。




「なぜなら鍛冶職人などいらないからである」




「なっ…なんですと…」



「学府で作るのは『設計図』。

それは、部品ごとの鋳造や加工の仕方を記したものとする。

その部品を、豊臣領内の寺社領内で作らせる。

寺社にはそれなりの修繕を施したり、報酬を払ったりするのだ。

境内の外で鉄やら木やらを加工するくらいなら、神仏の罰も当たるまい」



「では…鉄砲の部品を個別に作り、それを最後に組み立てると…」



「うむ!その通りじゃ!

なお組み立ては長居の蔵にて行う。

大坂城で組み立てれば、色々と厄介そうだからな。

それに、長居の蔵であれば、大量の物資が運び込まれても、それがあからさまに鉄砲という形でなければ、徳川の目が光ることもないであろう!」



 俺の提案は、もとの世界では「当たり前」に存在していた形だ。いわば、部品工場と組み立て工場を分けた形の分業である。

 しかしこの頃ではまだ、鍛冶職人たちが全ての工程を一人でこなす事が常識であった為に、目の前にいる彼らにとってみれば、驚きであったのかもしれない。

 言わば豊臣領内全体を一つの工場に見立てたマニュファクチャだ。


 しかし石田宗應だけは、その先についても気にかけていたようで、すぐに冷静さを取り戻して、俺に問いかけてきた。



「しかし長居にて組み立てた鉄砲を、大坂城に運ばねばなりますまい。いかに長居の蔵が広大とは言え、その許容量には限りがございましょう。

その点はいかがいたしましょうか」



「ふむ、長居から安全に、しかも隠密に、物資を運ぶ方法はないものであろうか…」



 そうみなで悩み始めたその時であった。


 大崎玄蕃がぼそりと口を開いたのである。



「地下道…はいかがでしょうか…」



 その発言に、真田幸村が食いついた。



「百足衆…でございますか!!

これは妙案かもしれませぬ!」



 彼に似合わぬ興奮した様子で、幸村は嬉々として言うと、その後を玄蕃が続けた。



「古くから武田家は、百足衆と呼ばれる、いわゆる金山衆…金山を掘る者たちを抱えておった。

武田家が滅亡した後は、一族は散り散りになったと聞くが、未だに甲斐のどこかでひっそりと暮らしているそうじゃ。

彼らを再び、それがしの元に集結させ、長居から大坂城をつなぐ地下道を作れれば、鉄砲だろうが人だろうが、自由に行き来出来るに違いありませぬ」



 その提案に、俺はいたく感動して、思わず身を乗り出した。



「おお!!玄蕃殿!!さすがじゃ!!」



 すると今度は、相変わらず渋い顔をした桂広繁が、低い声で言った。



「もし、長居から大坂城まで地下道でつなぐということであれば、出城である真田丸の地下に、巨大な蔵をお作りになってはいかがでしょう。

すなわち、長居の蔵から、真田丸の地下の蔵までを繋ぐということにございます」



「なるほど!!それもよい!!

では、地下道の建設には、玄蕃殿!

そして真田丸の地下の蔵の普請は、桂殿!

お主らに全て任せる!!頼んだぞ!!」



「かしこまりました。では、百足衆を集めるところから着手いたします」


「御意にございます。それがしの方は、すぐにでも取り掛かります」



「うむ!頼んだぞ!そして、宗應殿!」



 と、俺は宗應の方へと顔を向けると、彼はにこりと微笑んで、ゆっくりとうなずいた。



「ええ、分かっております。

設計図を作るのに最適な人間を、それがしの方で選抜いたします。

さらに、設計図だけではなく、部品を作るための設備も整えさせましょう」



「うむ!よろしく頼む!!」



 これで鉄砲の調達には目処がたつ可能性が高いだろう。

 すると残された課題は…弾薬だ。


 弾薬の原料は、火縄銃であれば、確か木炭、硫黄、そして硝石である。

 このうち、木炭と硫黄については、恐らく問題なく今でも調達することは出来るであろうが、硝石は日本では採取することが難しい。

 その為、そのほとんどを輸入に頼っているのが現状なはずである。


 そのことに、甲斐姫も気づいているようで、俺にたずねてきた。



「しかし鉄砲はどうにかなるとして、硝石はどうするよ?

あれの輸入も徳川が牛耳っているのであろう」



 このことも俺は、俺なりにこの世界で勉強していた。


 そしてその結果、一つの『型破り』な方法に行き着いたのである。


 それは…



「輸入できないのであれば、作るより他ないであろう!!」



 ということであった。



「はぁ!?硝石を作るだって!!?」



 そう驚く甲斐姫に対して、俺は自分の考えをぶつけた。



「かつて本願寺では、硝石のもととなる硝酸を、ヨモギに馬の尿をかけて生産していたと、何かで読んだことがあるぞ」


 その事については、宗應が丁寧に解説を続けた。



「大量のヨモギを乾燥させた後、雨風を避けた土の上に、それを並べる。

その上に馬の尿や蚕の糞をかけて、再びヨモギを重ねる。

最後にそれらの上から土をかける。

そして四年ほど待てば、硝酸が出来ましょう。

しかしこれを実現するには、『大量のヨモギ』と『雨風を避けた土』の確保が大事になりましょう。

その点はいかがいたしましょう」



 そう問いかけてきた宗應に向けて、今度は玄蕃が少し興奮気味に答えた。



「一領具足じゃ!長宗我部盛親殿の一領具足たちを活用して、領内の空き地に大きな薬草畑を作らせたらいかがでございましょう!」


「うむ!そこでヨモギを大量に作るのじゃな!よいぞ!玄蕃殿!」


 そんな風に興奮した俺と玄蕃に対して、宗應が続けた。



「では『雨風を避けた土』は…いかがいたしましょう」



 その事については、氏善が恰幅のよい体に似合わないほどに小さな声で言った。



「親父殿、それなら寺の建物の真下の土はどうだろうか…?」



 そのつぶやきに全員の目が氏善に集まった。

 氏善本人は、場違いな事を言ってしまったのではないかと、首をすくめると


「申し訳ない!わしには出すぎた真似であったわい!」


 と、なぜか必死に謝っている。

 しかし…

 


「堀内殿!!それは妙案でございますぞ!!」



 と、宗應が大きな声で喜びをあらわにすると、その場の全員が「わあ!」と声を上げた。

 当の氏善は何が起ったのか、自分でもよく分かっていない様子で、きょろきょろと周囲を見渡している。

 

 そしてひと段落したところで、俺は大きな声で氏善に指示をした。

 

 

「よし!この件は全て堀内氏善殿!!お主に任せよう!!

大坂城の俺の小姓たち、すなわち木村重成、大野治徳、そしてお主の息子である堀内氏久の三人を率いて、薬草畑の開墾、そして寺社の屋敷の下にて硝酸の生産にあたっておくれ!」



 その俺の言葉に、ようやく自分の意見が通った事に氏善が顔を真っ赤にさせて喜ぶと、

 

「御意にございます!!必ずやこの堀内氏善、親父殿のお役に立ててご覧いれましょう!!」


 と、拳を固めてやる気をみなぎらせていた。

 そんな氏善に対して俺は、その期限を設定した。

 

「この件の期限は来年の慶長12年(1607年)いっぱいで整備をして欲しい。

氏善殿には、その後に大きな仕事を任せたいのじゃ!」



「おお!親父殿!!!何でもお任せあれ!!ガハハ!!」



 と、氏善が大きな胸をバンバンと叩きながら大笑いしている。

 

 そんな中…



「馬!馬の尿も大量に必要なようだが、それはいかがするのだ!?」



 と、甲斐姫が思い出したかのように疑問を投げかけた。

 

 その事について俺は、全く考えていなかったが、もはやこうなれば一つしか思いつかなかった。

 

 

「豊臣領内の各農家に馬を貸し与えることにしよう。移動や乾いた土を耕す程度なら農耕にも利用できるはずじゃ。

そして糞尿を献上させる代わりに、馬の飼育代として金銀を施す。

既に宇治の茶の栽培には、馬を活用しておると聞く。きっと役に立つはずじゃ。

民たちに馬が行き渡るまでの間は、大坂城内の馬小屋や馬問屋より尿を得ることにしようではないか」



「そうなれば民の生活は豊かになり、なおかつ軍備にも役立つと…妙案でございますな。

となると後は馬の調達ですか…」



「その点については、玄蕃殿。お主に甲斐国の馬産地についても、どれほどの馬を提供できるか調べてきていただきたいのだが、いかがであろう」



「今はどうなっているかは分かりませぬが、現地で調べてみる価値はありそうじゃな。よし、お任せあれ!」



「うむ!よろしく頼む!」



 これで、鉄砲の製造と弾薬の調達についての目途が立った。

 俺はほっと一安心して椅子に腰かける。

 

 ところが…

 

 

 胸の内に一つの不安がよぎった…

 

 

――調略と鉄砲、この二つだけでは、言わばこの乱世の世において、『型』にはまっているものだ…

 

 

 もっと…もっと何かが欲しい…

 もう一歩踏み込んだ何かがないと、このままでは時代の歯車を味方につけた大坂の陣における徳川軍を撃退するには至らないのではないか…

 

 そう思えてならないのだ。

 

 鉄砲の目途が立ったことで、どこか喜びに沸く周囲に対して、俺一人あまり浮かれた顔はせずに考え込んでいた。

 言い得ぬ不安の影が、心を覆い尽くし、周囲の人々が春の陽気ような雰囲気なのに、俺はまるで晩秋の曇り空ような心持ちだったのだ。

 

 そんな時であった…

 

 一筋の光に成りうる素朴な問いかけが、純朴な大谷吉治の口から投げかけられたのは…

 

 

「ところで秀頼様のもといらした時代においても、鉄砲が最も強力な武器なのでありましょうか?

鉄砲よりももっと強力な武器があるのなら、見てみたいものですな!ははは!」



 俺はその問いかけに、何か雷に打たれたような衝撃が走った。

 そして大きく目を見開く。

 

 鉄砲ではない、もっと他の強力な武器…

 

 

「ど、どうされたのですか…?秀頼様!?」



 吉治が心配そうに俺の顔を覗き込んできたところで、俺は突然立ちあがった。

 

 

「のわっ!!と、突然どうされたのですか!?」



 そんな風に顔を青くして驚いている吉治を見て、俺は満面の笑みで叫んだ。

 

 

「武器だ!!新たな武器の開発に着手するとしよう!!」



「しかし…今の世では、鉄砲以上の強力な武器は…」



「確かに鉄砲は強力だ。しかし鉄砲には二つの大きな弱点がある!

それは射程が限られている点と、連射が出来ぬ上に重量のある今の鉄砲では、接近戦に弱いという点。

この二つを補う武器を作ろうではないか!」



「しかし、具体的にはどのようなものを…」



 その吉治の問いかけに、俺は抑えきれぬ興奮で顔を赤くして答えた。

 

 

「この時代よりも後の時代に出来た武器を考えればよかったのだ。

今の技術を発展させれば可能となるものとして、今の時点で思いつくところでは二つ…」



「その二つとは…」



 みなの視線が再び俺に集まった。

 

 俺はそれらの視線に対して、気持ちを強く持って受け止めた。

 

 これが正解なのかは分からない。

 それでも動かなければ、もがかなければ何も変わらないのであれば、仮に不正解であったとしても、行動するしかない。

 

 そう俺は信じて、噛みしめるように自分の考えを告げたのであった。

 

 

「銃剣と、グレネードランチャー…いや、この時代では…擲弾(てきだん)…この二つである!」



 と…



 この後、新たな武器の件、および新たな農作物の栽培の研究を進めることを、宗應が請け負ったところで、初めて行われた「豊臣幕僚会議」は幕を閉じた。


 外に出てみると、ほっとするような穏やかな空気に全身が包まれる。しかし俺の気持ちはまだもやもやしたままであった。


 出来れば今日話し合った事が無駄になって欲しい…

 そんな風に願ってやまなかった。


 なぜなら…


 もし仮に歴史を変えることが出来たとしても、豊臣と徳川が戦うだけで、悲しむ人が近くにいるから…



 

 

 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ