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あなたを守る傘になると決めて…③調略

◇◇

 慶長11年(1606年)3月2日ーー

 

「徳川対策… もっと言えば、徳川家康の攻略作戦である!」


 俺、豊臣秀頼の宣言に、全員が色めき立った。

 

 なぜなら今までの俺の言動を見ていれば、徳川家に対して非常に友好的に接しており、現時点では対立しているとは見えないからであろう。

 その象徴とも言えるのは、千姫との結婚だ。

 将軍徳川秀忠の娘との婚儀によって、豊臣家は言わば将軍家の一門と言っても過言ではない。

 また千姫と秀頼は外から見ても仲睦まじく、まさか秀頼がこの時点で「徳川家康の攻略」を考えていようとは、みな思っていなかったのだ。

 

 そんな驚く周囲と一線を画していたのは、石田宗應であった。

 

 彼はこの事を予想していたかのように、冷静に振舞い、心なしか喜んでいるように思える。

 

 その彼は、俺の真意を全て訊き出そうと、俺と問答を始めたのであった。

 

 

「秀頼様は、『徳川家とは友好な関係を望んでいらっしゃる』とばかり思っていたのですが、それは違うということでございますか?」



「いや、俺としても出来る限り友好な関係を保ちたいと思っておる」



「では、なぜ徳川家の対策を、この密室にて極秘裏に行う必要があるのでしょう?

たとえその協議内容が徳川に筒抜けであろうとも、徳川とよしみを結ぶ方法であれば、大坂城でそれを話しあっても問題ないのではございませんか?」



「ここではっきりとしておく。あくまで大名たちとの友好的な外交については、引き続き大坂城にて決めるつもりである。

それは相手が徳川家においても同様だ。

もし徳川家が引き続き当家と友好な関係を保つということであれば、その関係をより深める為の協議は、引き続き大坂城にて行う」



「なるほど…では、ここで『徳川対策』としたのは、秀頼様がご存じの未来においては、徳川家…特に徳川家康は、秀頼様と友好的な関係を築けなかったという事にございますね」



 その宗應の問いかけに、俺はグッと言葉につまった。

 なぜなら、俺は未来の事を口に出すことが出来ない。すなわちこれより十年もしないうちに、徳川家康が全国の大名たちを引きつれて大坂城を総攻撃する未来を、彼らに伝えることが出来ないのである。

 

 ところが、俺は、言わば俺の「弱点」とも言える、この特徴への対策をある程度考えていた。

 

 俺はちらりと合図を送るように傍らに座っている真田幸村の方を見る。

 そして、その合図に気付いた幸村は、こくりとうなずいた。

 

 

「その事は秀頼様の口から申し上げる事は出来ません。

しかし、裏を返せば、秀頼様が言葉に出せぬ事は、未来について言い当てている事に同じとお考えくだされ」



 その言葉に、宗應はにこりと微笑んだ。

 

 

「なるほど…それは妙案でございますね。

では、先ほどのそれがしの言葉に黙られたということは、少なくとも大きくは外れていない、という事にございますか。

すなわち、徳川と豊臣は敵対していく…と。

ふふ、あの古狸のことです。

いつかはそうなると思っておりました」



 という宗應の本性を表したかのような言葉に、堀内氏善などは青い顔をしていた。

 

 俺は興奮し始めた宗應に対して、水を浴びせるように続けた。

 

 

「勘違いしないで欲しいこととして、豊臣は徳川に対して戦さを自ら仕掛けるような事はせぬ。

しかし、徳川将軍家は今や大名たちを束ねる、日本の総大将のようなものだ。

もし仮に、徳川の号令によって徳川だけではなく、全国の大名たちと対峙せねばならなくなった場合の事を想定して、外交および軍事を固めなくては、いざ事が起ってからでは遅いという事だ」



 すると今度は甲斐姫が、先を急かすように言った。

 

 

「分かったよ。もうごたくはよい!いずれにしても、万が一徳川との戦さになった場合でも、勝てるように準備を進めるということであろう。

具体的に何をするのだ?」



 その甲斐姫の問いかけに、俺は声を低くして答えた。

 

 

「軍備と外交」



「強くなり、味方を増やす…という事か」



 甲斐姫がニヤリと口角を上げる。

 すると今度は大谷吉治が、口を出した。

 


「しかし、味方を増やすという点については、かの黒田如水殿の計をもってしても、上手くはいきませんでした」



 吉治の「黒田如水」という言葉が出た瞬間に、にわかに熱気を帯び始めた面々の表情が沈痛のものに変わった。

 この時までに、明石全登にも黒田如水の死と九州で味方を得る事の失敗については、真田幸村の口から語られている。

 如水に強い恩を感じていた彼は、その話を聞いた時には、人目をはばからず涙にくれていたようだ。

 その全登もまた、暗い顔をしてうつむいていた。

 

 しかし、俺は甲斐姫との剣術の一戦の前に心に決めていたのだ。

 

 『型』にはまっていては歴史には勝てぬ、その為に『型』を破るということを…

 

 九州の件は、言わば『型』にはめて、形容すれば「綺麗に」進めようと、その名分や段取りにこだわった作戦であった。

 しかし、もはやそのような「綺麗に」という点に構っている余裕などないはずだ。

 そもそもこの後に起る、大坂の陣における、徳川軍の侵攻の理由は、言いがかりにも程があるような「綺麗」なものではないと思っている。

 

 であれば、俺も「綺麗に」という点にはこだわらない。それこそ『型にはまらぬ』やり方のように思えてならないのである。

 

 俺は、とある計画を口にした。しかしそれは周囲の度肝を抜くような事であった。

 

 

 

「徳川に対抗する為に、徳川を味方につける」

 

 

 

「な…なんですと…」



 と、流石の石田宗應すら、驚愕に顔を青くすると、今までほとんど表情を崩さなかった桂広繁ですら、その目を大きく見開いている。

 そして大崎玄蕃が、胸のうちの混乱を隠すようにして、静かな口調で問いかけてきた。

 

 

「秀頼殿。一体どういうことか…教えてくだされ」



 その問いかけに対して、下手に未来の事を口にしようとして、例の発作が起ってしまうのを避ける為に、俺は言葉を選ぶようにして、ゆっくりと語り始めた。

 


「それを説明する前に、まずは『徳川以外の大名』を味方につけることの難しさは、先の九州の件で、もはや実証済みであろう」



 その言葉に間髪いれずに甲斐姫がたずねる。



「しかし、だからと言って『徳川』を味方につける、ということは、無理としか言えんだろう?」



 俺は再び慎重に答えた。

 そして、ここが肝だ。

 ここの部分を乗り切れば、後は一気に語れるはずだ。

 

 

「これはあくまで推測であるが、徳川家中は、果たして一枚岩と言えるのであろうか」



「どういうことだ?」


 

 甲斐姫が首をかしげると、幸村が俺の代弁をした。

 

 

「すなわち秀頼様の知る未来においては、徳川家は決して完璧にまとまっていたとは言えぬ、ということにございましょう」



「なるほど…幸村は便利な奴だな!ははは!!」



 と、いらぬところで甲斐姫は感心して大笑いしている。

 そして俺は続けた。その俺の言葉には石田宗應が返した。



「特に家康殿には、自分の子に対する偏愛の傾向が強い」



「すなわち、寵愛している者と、そうでない者に分かれている…と」



「ああ…身近なところで言えば、結城秀康殿などは、秀康殿には申し訳ないが、幼い頃は特に寵愛されていなかったと言えるのではないか」



 その言葉にみな頷いている。

 それもそのはずだ。近頃ようやく結城秀康と徳川家康の二人は和解したとの噂であったが、未だにその秀康は、自分の子供である松平忠直を引きつれて、俺のいる大坂城に時折やって来ると、まるで家族のように接してくれる。

 徳川と豊臣とどちらとより強い絆で結ばれているかと問われれば、恐らく秀康本人も「豊臣」と答えるのではないかと、俺は思っている。

 そんな風に逡巡していると、宗應が懐かしいように微笑を携えて言った。


「だから、太閤殿下の元に養子に出されたという事にございますね。

ふふ、秀頼殿が小姓組の中で虎之助たちと相撲を取っていた頃がなつかしゅうございます」



「家康殿が、我が子を寵愛しているか冷遇しているかを示す事として、俺は『養子』であると思っておる」



「ほう…すなわち、冷遇されている家康の子は、『養子』に出されている…と」



 その宗應の言葉に、今までほとんど黙ったままだった、堀内氏善が大きなだみ声を発した。

 

 

「松平忠輝殿か!!」



 俺はこくりとうなずいた。

 

 そう…俺が考えた、味方につけるべく調略を考えている相手は…

 

 松平忠輝…

 

 徳川家康の六男にして、今は信濃国川中島12万石の大名だ。

 

 彼は「その顔が、忌まわしき家康の長男徳川信康に似ている」とか「双子に生まれた為縁起が悪い」とかいう取って付けたような理由で、家康から遠ざけられていた。

 遠ざけられている本当の理由までは良く分からないが、そんな彼も、嫡子のなかった長沢松平家に「養子」として出され、結城秀康と同じように、「松平姓」を名乗ることは許されても、「徳川姓」を名乗ることは許されていない。

 さらに、ここ数年で徳川将軍家の都合の良いように、何度も国替えをさせられるなど、とにかく冷遇されているのは事実としか思えないのだ。

 

 俺はそこに目をつけた。



「徳川を調略する利点は二つある。

一つは、仮に調略が露見されても、その調略相手を表立って罰する事が難しいことだ。

まさか、九州の時のように、大軍を持って成敗するなどという事は出来ない」



「確かに…それでは、徳川が徳川を攻めることになりますからな」



 と、こちらも今までだんまりしていた桂広繁が口を開いた。

 

 その言葉に俺は口角を上げると、さらに続けた。

 

 

「次の利点は、徳川の特権を利用しやすくなる」



「例えば…?」



 その甲斐姫の問いかけには、石田宗應がすらすらと答えた。

 


「鉄砲の調達に、港の利用、さらには異国との貿易などにも手が回せるかもしれませぬ」

 

 

 この頃、既に徳川幕府は、各大名への締め付けを始めていた。

 その代表的なものが、鉄砲の入手経路の制限である。

 国内の生産拠点を徳川の直轄領に絞り始めており、異国からの調達もほぼ独占状態。このままだと、翌年の慶長12年(1607年)には幕府が完全に鉄砲の調達を統制する形になるであろう。

 そうなれば、未だに臣従の礼を取ろうとしない豊臣に対して、徳川家にその銃口が向けられるかもしれない鉄砲を、そうやすやすと調達させるとは思えない。

 

 その鉄砲の調達と共に重要なのが、弾丸の生産だ。

 その材料となる硝石の調達は、異国からの輸入がもっとも手っ取り早い。しかし、それらの調達も幕府は独占しつつあるのだ。

 特にシャム(後世のタイ国のこと)やカンボジアといった東南アジアからの輸入は、昨年頃よりすでに寡占状態である。

 それを可能としているのが、港の利用と異国との貿易を、幕府が統制しているからであった。

 

 

「つまり一度調略に成功してしまえば、手が出されにくく、その上武器の調達が大いにしやすくなる…という事だな」



 と、甲斐姫は感心したようにうなずきながら言うと、その場にいる全員が同じくうなずいた。

 

 そして俺は口角を上げながら続けた。

 

 

「それだけではない。徳川の中でも、松平忠輝を味方につける事は、もう一つ大きな利点があるのだ」



 その言葉に、宗應の顔がみるみるうちに興奮の為に赤く染まっていく。

 彼にはどうやらその利点が分かったようで、それをつぶやくように言った。



 

「それは…伊達政宗…」



 再びその場にいる全員が驚きに言葉を失うと、俺は言葉を選びながら続けた。

 

 

「松平忠輝を調略すれば、伊達政宗との距離が縮まる可能性が高い」



「慶長4年(1599年)に伊達政宗の娘、五郎八(いろは)姫と松平忠輝殿は婚約しておりますが、その婚儀が近い未来のこと…ということですかな」

 

 

 その宗應の言葉に俺は、沈黙する形で答えると、宗應はその様子に、ニコリと笑ってうなずいた。

 唖然とした表情のまま、氏善がぼそりとつぶやく。

 

 

「東北の雄である伊達とのつながりが出来るとなれば、かなり情勢は変わってくるでしょうな…」



 その言葉にみながうなずきつつも、今度は明石全登が重い口を開いた。

 

 

「しかし、いきなり松平忠輝殿に接近したとなれば、徳川殿もあやしむことでしょう。どのようにして近づくおつもりでしょうか」



 つい最近まで、様々な研究者たちを説き伏せてきた彼にとって、特定の人物に近づくことの難しさは、身に沁みて分かっているに違いない。

 そんな実感が言葉の節々から伝わってきた。

 

 しかし…

 

 その点についても、俺には一つの糸口をつかんでいた。

 

 実は昨年、すなわち慶長8年(1605年)にその松平忠輝は、俺の右大臣就任の祝いとして、大坂城に側近とともに訪れており、既に俺と彼とでは面識があるのだ。

 もちろん、たった一度顔を合わせただけのことで、糸口になるとは到底思ってなどいない。

 

 ところが、この面会において俺はその糸口を見つけていたのである。

 

 それは…

 

 彼の連れてきた側近であった。

 

 

「松平忠輝の側近…すなわち家老を通じて、接近を図ったらいかがであろう」



 と、俺は水面(みなも)に石を投げるように、一つの問いかけを幕僚たちに投げかけた。

 そして、その問いかけにいち早く食いついたのは真田幸村であった。

 

 

大久保長安(おおくぼながやす)殿…でございますか…?」



 俺は、思いの外早い幸村の反応に、微笑を浮かべると、

 


「あまり良からぬ噂の多い男である…と」

 

 

 とつぶやいた。

 そのつぶやきの後を継ぐように、宗應が微笑みを浮かべながら続ける。

 

 

「その尻尾をつかんで、手繰り寄せれば…」



「おのずと松平忠輝につながっているのではないか…という事だ」

 


 と、俺が()めた。

 

 

「つまり…大久保長安の弱みをつかみ、松平忠輝に近づく。

そして見事に調略が成功したそのあかつきには、徳川への揺さぶり、武器の調達そして伊達政宗とのつながりが成し得ると…そう言うことか?」



 そんな風に綺麗にまとめた甲斐姫の言葉に、俺は満面の笑みを浮かべると、大きな声で指示を出した。

 

 

「その通りじゃ!!この調略に、異論がなければ早速動きだすぞ!!吉治!!」



「はっ!!」



「お主は霧隠才蔵とともに越後へと赴き、大久保長安について探りを入れよ!」



「御意!!」



「期限は葉月(八月の事)終わりだ。よいな?」



「かしこまりました」



 

 こうしていよいよ徳川家康の息子に接近するという『型破り』な調略が幕を開けることになった。

 実はこの調略が、意外な事に大きな影響を与える事になるのだが…

 

 それは俺も想像する事が出来ぬ、まだ先の話であった。

 

 

 

 そして、もちろん会議は、この調略についてだけで終わらせるつもりはなかった。

 

 仮に大坂の陣が起った場合、松平忠輝はその大坂の陣に参陣を許されておらず、戦力として計算することが出来ないからだ。

 彼の調略は、先の甲斐姫の発言の目論みのみにとどまる可能性が高い。

 

 すなわちこれだけでは弱いのだ。

 

 もっと、動かなくては歴史の歯車を味方につけた徳川家康を打ち負かすのは困難であろう。

 

 そこで、俺は次なる議題へと話しを移していくことにした。

 

 それは…

 

「次に軍備についてである!」


 そう…軍事力を高めることについての事であった。


 


 


念のため補足になります。


松平忠輝が双子かどうかという点については、


忠輝君双生故、大成記作レ兄(幕府祚胤伝)


という記述を採用いたしました。



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