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英雄との共通点

◇◇

 慶長10年(1605年)5月8日ーー


 本多正純は、高野山を訪れていた。

 それはそこで極秘のうちに開かれる予定であった打ち合わせの参加者たちに対して、とあることをお願いする為であった。



「では、よろしくお願いしますね」



 本多正純は、いつも通りの澄まし顔。

 そしていつも通りの微笑を浮かべて、極めて穏やかな声でそう念押しをすると、静かにその場を後にした。


 そしてその部屋に残されたのは、五人の男たち。

 彼らは皆一様に顔を見合わせて、苦々しい表情を浮かべた。


 そんな中、そのうちの一人が口を開いた。



「とにかく全てを穏便に済ませるように、我々が力を合わせてどうにかせねばならぬ」



 そう発言をしたのは、名を織田老犬斎(おだろうけんさい)、またを織田信包(おだのぶかね)と言う。

 彼はかの織田信長の弟にして、その信長が存命のうちは、織田一門衆の中でも序列第三位の実力者であった。

 彼はこの時既に齢六十を超える老人であったが、その丸みを帯びた顔と同様に、あまり争いごとを好まぬ穏やかな性格であった。


 そんな織田老犬斎と織田信長の共通点は、『度胸』。


 その為か、織田家の中でも外交を得意とし、信長にも太閤秀吉にも重宝された人物だったのだ。


 その信包の発言に対して、一人の中年の男が口角を上げながらのんびりした口調で話した。



「穏便に…その果てはどうなってしまうのでしょうな…大坂城と織田家は…かくなる上は、徳川の言いなりになるしかないと思うがいかがであろうか」



 誰にともなく投げかけられる疑問。


 その疑問を投げた男の名は織田有楽斎(おだうらくさい)、またを織田長益(おだながます)

 この者も織田信長の弟であり、老犬斎の弟にあたる。

 しかし老犬斎とは歳が十以上も離れており、まだまだ働き盛りと言っても過言ではない年齢なはずだが、さながら老人のような雰囲気を醸し出しているのは、彼のどこか達観したような性格ゆえのことであろう。

 有楽斎はとかく諦めと切り替えが早い男であった。

 ゆえに一見すると穏便に見えて、それは単に自身の目論見が上手くいかなかった時の諦めでしかない。


 そんな織田有楽斎と、織田信長の共通点は『野心』。

 

 そしてこの時の彼は、本多正純の話しを聞いた時点で一つの野心を捨てたがゆえに、こうしてのんびりした口調で誰ともなく問いかけるように言葉を漏らしたのであった。


 その野心とは…


 織田家が再び天下に覇を唱えることと、その第一歩としての大坂城の乗っ取り…


 しかし一つの野心を捨てれば、すぐに別の野心が浮ぶ。それが織田有楽斎という男の特徴であった。


 その新たな野心とは…


 と、その時であった。


 その有楽斎の言葉に、鋭く反応した若者がいた。

 

 

「父上!!そう簡単に徳川の勝手にさせてよいものではありません!!

我らが織田の誇りにかけて、わが従姉(いとこ)である淀殿を助け、織田家が再び天下に覇を唱えるべく、その足を進める時にございます!!」



 そう顔を赤くして声を大きくしたのは、織田頼長(おだよりなが)

 有楽斎の子であり、齢は二十五。

 血気盛んなその性格が、その赤い顔によく表れている。


 そんな織田頼長と織田信長の共通点は、『情熱』。


 そんな彼もまた、父の有楽斎と同じく、織田家が再び天下を治める世を夢見ており、父とは正反対に諦めは悪く、どこまでも情熱的に理想を追い求めていたのであった。

 

 さて、ここには他にもまだ二人の人物がいるのだが、ここで明らかにせねばならぬことがある。

 

 それはこの織田老犬斎と織田有楽斎の二人は、豊臣秀頼の母である淀殿にとっては二人とも「おじ(伯父と叔父)」にあたる関係であるということだ。

 

 太閤秀吉が亡くなり、関ヶ原の合戦で徳川家康が勝利して以降、大坂城にあった淀殿は、家康の次の矛先が豊臣家と大坂城に向くことをひどく憂慮した。

 

 しかし彼女にしてみれば「豊臣家の滅亡」を恐れたものではない。

 愛する我が子の「豊臣秀頼の不幸」を何よりも恐怖に感じたのである。

 

 そこで彼女は秀頼を守る為に一つの決断を下した。

 

 それは「織田一門による豊臣秀頼の補佐」である。

 その事は、戦国乱世を渡り歩いてきた織田一門衆に、豊臣領の執政を委ねることを意味していたのだ。

 その為彼女は、自身のおじや従兄弟(いとこ)たちを積極的に大坂城へと招き入れたという訳である。


 その代表格とも言える者たちが、今この高野山に集まっている男たちであった。


 ところが招集された織田一門衆の中には、織田家としての誇りを忘れていない者もおり、それが織田有楽斎と頼長の親子だったのである。

 そのことを事前に聞かされていた老犬斎は、どうにか穏便に事を進めようと画策する為に、ここ高野山で極秘に打ち合わせを行い、今後の織田一門衆の動きについてすり合わせるつもりだったのだ。


 ところがその目的はまさかの本多正純の来訪により、全て瓦解したのである。

 なぜ本多正純がこの会談の事を知っていたのかは分からない。

 しかし今はそのような事はどうでもよかった。

 彼らは正純の突きつけた要求について、それに応じるか否かを選択することを迫られてしまったのだ。


 その要求とは…


ーー大坂城に入られましたら、逐一豊臣家の動きを報告くだされ。そして、気づかれぬように、豊臣秀頼殿が、少しずつ将軍様に対して、臣下の礼を取るように誘導するのです…


 というもの。


 そしてその条件とは…


ーーもし事がなれば、織田家はどこかの国の国主として、その領土と地位をお約束いたしましょう…


 さらに…


ーー逆にもし逆らえば…これ以上は言わずともお分かりでしょう。亡き織田信長公のご血縁者として恥じぬようなご英断を…


 というものであった。


 これは「徳川に協力して豊臣家を陥れれば織田家の再興を約束しよう。しかしもし逆らえば容赦なく潰すぞ」という、ある種の脅迫に近いものであったのだ。

 

 

 さて、情熱的な頼長の言葉に、あくまで穏健な老犬斎が、のんびりとした口調で問いかけた。



「では、頼長は本多殿の言うことは聞かずに、豊臣を守るべく、我ら織田一門が矢面に立つのが良い…

こう言うのであろうか?」



「その通り!織田の永楽銭の旗印の誇りにかけて、正々堂々と徳川と渡り合おうぞ!!

その先に織田家の天下はあるはずじゃ!!」



 と、頼長は鼻息を荒くして拳を固く握っている。

 そんな息子を見て、有楽斎はため息をついた。



「はぁ…誇りなどという目に見えぬ物で天下が取れるなら、誰でも天下人になれるわ。

かくなる上は、徳川殿に従って、この場にいる全員が知行を貰い受けるのが一番であろうに…」



「しかし父上!それではまるで徳川の犬ではありませんか!?」



「犬で結構。しかし飼い犬が飼い主を噛むということも、ままあることじゃ」



「それはどういうことかな?有楽斎」



 と老犬斎が有楽斎に聞くと、彼はニタリと笑った。



「情報なぞはくれてやる。

しかし豊臣に臣下の礼をとらせることは、そう容易くはさせぬ。

徳川に対して、値を釣り上げるだけ釣り上げて、十分な値がついたら、その時は豊臣を動かせばよい。

つまり大坂城にあって、我らが豊臣はおろか徳川をも動かす。これがわしの新たな野心よ」



「父上!!かような姑息な手を使ってまでして、徳川に媚を売られるおつもりか!」



「頼長よ、お主は若い。控えておれ」



「何を申すか!いくら父上とは言え、それがしも武士である以上は、屈辱的な言葉には反論せねばなりますまい!!」


 と、頼長が父の有楽斎に詰め寄ると、老犬斎はその間に入って、困った顔で言った。



「おやめなされ!ここはひとまず、信雄の意見を聞こうではないか!」



 そんな老犬斎の振りに、今まで黙ってその場を見ていた一人の男が、けげんそうな顔をした。


 その男の名は、織田信雄。

 織田信長の次男にして、信長が存命中は、嫡子の信忠に次いで、序列第二位という、言わば織田家の重鎮と言ってもよい地位にいた。

 さらに言えば、過去には徳川家康と手を組んで、豊臣秀吉と真っ向から対峙した経験も持つ。


 そんな織田信雄と織田信長の共通点は…



「ああ…めんどくさいから、ほどほどにやっておけばよい」



 それは…『うつけ』。


 もちろん信長のそれは、彼が周囲を油断させる為に、そう演じているだけであったが、信雄の場合は、地で行くだけで『うつけ』であったのだった。



「すまぬ…お主に聞いたのが、誤りであった…」



 と、その場の全員が呆気に取られている中で、老犬斎が頭を下げた。



「分かればよいのだ。この信雄は心が広いゆえ、伯父上を許してやろう」



 などと、あまり意味が分からないことを、にこにこしながら裏表なく言っていたのであった。



 …とその時であった…



「あははは!!皆さま!!

なんとも奇妙な話し合いをされておられますなぁ!!」



 と、大笑いした者がいた。



「秀信…どうしてそのように笑うのだ?」



 老犬斎が相変わらずの困り顔で苦言をていした。


 その大笑いした人物の名は、織田秀信。

 織田信長の孫に当たり、かつては三法師と呼ばれた織田家の正統な後継者であった。

 この時、齢二十五、それは頼長と同じである。

 そして、その豪放な生活と、配流の身でありながら派手さを感じるそのいでたちは、見る者の目を引く独特な雰囲気を醸し出していた。

 彼は三法師と呼ばれたその頃から、織田家の嫡子として、太閤秀吉には丁重かつ愛情を持って育てられてきた。

 最終的にはその官位も正三位の中納言に任じられて、居城もかつて祖父信長が天下布武を唱えた岐阜城を与えられていたほどに、太閤秀吉に大切にされてきたのである。

 それも幼い頃から彼が放つ、いわゆる英雄気質のようなものを、秀吉が感じていたからではなかろうか。

 それほどに、秀信は祖父の信長との共通した何かを兼ねそろえていた。

 関ヶ原の合戦においては、石田方に味方した為に、領地を没収されて高野山に流されたのだが、それでも彼は腐ることなく前を向き、かつて戦場で生死を共にした者たち一人一人に感状を送るなど、一介の将であることへの誇りを忘れずに行動してきたのだった。


 そんな織田秀信と織田信長の共通点は数多いのだが、一言で表せばそれは『器』となろう。


 そんな彼の言葉は、まさにそれを感じさせるものであり、その場の一人を除いた全員の心をうつものであったのだった。



「親族である淀殿、そしてその息子である豊臣秀頼殿、この二人が今、窮地に立たされようとしているのだ!

今や織田家と豊臣家は同族も同然。

ならば、豊臣家をお助けすることに、何のためらいがあろうか!

しかし、忘れてはならぬのは、それは徳川家と織田家は昔から切っても切れぬほどに強い絆で結ばれた盟友同士であるということである!

ゆえに、仮に我らが敵対しても、そのよしみを語れば、きっと分かってくれるであろう!

織田、豊臣、徳川の三家が手を取り合って、新たな天下を作っていくように、我らが動かずして、誰がそれを成しえようか!!

小さき事に怯えておったら、亡き祖父に天から笑われるであろう!!

今が動く時!!

さあ!行こうではありませんか!!」



 そう輝く程に明るい表情で宣言した秀信。

 その顔を見て、声を聞けば、自然と無理が道理になりそうな高揚感を覚えるのだから、不思議なものである。


 それこそまさに、織田秀信の『器』であった。


 そしていち早くその言葉に反応したのは、織田頼長。

 彼は『情熱』をもって熱く答えた。



「秀信殿の言うことはごもっとも!!

俺も織田、豊臣、徳川の三家が手を取り合って、天下を作る世にしたい!!」



 そんな頼長を見て、織田有楽斎も心に期するものがあったようだ。

 彼は『野心』をもって言った。



「ほう…もしそれがなれば、織田の取り分は…ふふふ…楽しみですな」



 この場が収まりそうなことに安心した表情を浮かべた織田老犬斎。

 彼は『度胸』をもって告げた。



「では、これから皆で大坂城に入り、それがしが淀殿にその話しをいたしましょう。

その後に伏見に行き、次は家康公にお話しいたします。

うまくいくとよいですな」



 みなの意見が一致したところで、一斉に立ち上がると、高野山を出る支度は整った。


 そして最後に、織田信雄が…



「めんどうな事に巻き込まれなければ、俺は何でもよい」



 と、『うつけ』をもって、にこにこして言ったのだった。


 その信雄の様子に、有楽斎などは「『うつわ』と『うつけ』では一文字しか変わらないのに、どうしてこうも違うのか」と、内心複雑なものを感じていたのだが…

 もちろんそんな事など口にすることなく、秀信の配流地であったその部屋を出たのであった。



 こうして織田一門衆は、決意を新たに高野山から大坂城を目指す道のりへ、一歩踏み出した。


 各々どこかに稀代の英雄、織田信長との共通点を抱えたその男たちは、その中でも英雄に最も近い『器』の持ち主である織田秀信を先頭にして、大いなる野望を叶える為に歩み始めたのであった。



 長雨の季節はまだ少し先であるが、この日はあいにくの空模様。

 それでも興奮に火照った身体を冷ますにはちょうど良い小雨がぱらつく程度であり、男たちは頭に笠をかぶっただけで、足早に山を下りていった。




 そんな時であった。



 間もなく山を下り終えようかというその途中。


 托鉢からの帰りなのだろうか…

 僧たちの列が麓から、秀信たちの真正面から登ってきた。


 あまり広くはない山道だ。

 

 秀信たちはその足を止めると、少しだけ道を横にそれて、僧たち一行を先に通すことにした。

 


「あいにくの天気だと言いますのに、精が出ますな」



 と、老犬斎が口元に笑みを浮かべながら、有楽斎に話しかける。



「托鉢でございますか…」



 有楽斎も老犬斎に同調するように漏らす。


 …と、その時であった。

 有楽斎が違和感を感じたのは…




「なにか…おかしい…」




 托鉢…


 もしそうだとするならば、山を下から上に登ってきたということは、それは帰り道であるはずだ。


 しかし、帰り道だとすればありえないことがあるのだ。



 誰の鉢の中にも、施しがないーー


 

 考える間もなく、有楽斎は大声で叫んだ。



「秀信!!気をつけよ!!」



 その声に驚いた秀信が、五人の最後方にいた有楽斎の方を振り向いた。


 その時…


 先頭を歩いていた僧侶がよろめいたかと思うと、秀信の方へと倒れ込んできた。


ーードン…

 

「だ、大丈夫か?」


 秀信はその僧侶を受け止めると、突然のことに目を見開いた。



 しかし…

 僧侶は返事をしない…


 そして…



「何だ…?」



 と、秀信が自分の腹の方へと目を向けると…



 自分の着物が真っ赤に染まっていた…



 己の血でーー



ーーゴフッ…



 と、秀信は口から大量の血を吐き出すと、がくりと膝をつく。


 一同その様子に、驚愕する。



「敵かっ!?おのれ!!」



 雷鳴のごとく叫んだ頼長が刀を抜くと、僧侶の列の中に斬り込んでいく。

 しかし僧侶たちは蜘蛛の子を散らすように、山の中へと散り散りになって消えていった。


「秀信!!秀信!!」


 と、老犬斎が必死の形相で秀信の肩を抱いて叫ぶが、既に秀信の意識は朦朧としているようで、目の焦点が合っていない。


 そんな彼は、老犬斎の袖を掴むと、口から出た血をそのままに、必死に言葉を出そうとする。


「お…お…織田を…」


「無理をするでない!もうしゃべるな!」


 もう息も絶え絶えで、呼吸をしているだけでも苦しいはずだ。

 それでも秀信は、涙を流しながら周囲に集まってきた有楽斎らに対して、必死に何かを伝えようと口を動かした。



「織田を…頼む…誇りを忘れ…ず…に…」



 そう言い終えるとともに、秀信は事切れた。


 偉大すぎる英雄の孫として生を受け、時代に翻弄され続けた彼の、短すぎるわずか二十五年の人生。

 しかしその人生に、彼は一度も悲観したり恨んだりすることなどなく、英雄の誇りを守るために駆け抜けた…そんな人生であった。



 物言わぬ姿に変わってしまった秀信の周囲で、涙を流す面々…


 しかし一体何者が秀信を…


 織田有楽斎は、目の前の青年の死を悼む気持ちを、既に切り替えて、そういぶかしく考えを巡らせていた。


 かつて秀信の祖父である織田信長が高野山の僧侶たちを弾圧したこともあり、彼は配流地である高野山から追い出されることになっていた。

 それでも僧侶たちが、今更彼を害するとは考えにくい。

 もし仮に害するつもりであれば、流されてきたその日に襲ってきたはずだ。

 さらに、秀信を一撃のもと仕留め、その後消えるように逃げ去っていった、鮮やか過ぎるその姿。

 それは明らかに僧侶とは思えないほどに、人を殺すための動きに洗練されていたものであった。


 そう考えると、いきつく答えは一つ…


 忍び…


 …と、その時であった…


 深く笠をかぶった男が、悲しみにくれる織田の面々たちの前に現れた。


 その男が、冷たい声で言った。



「だから申し上げたでしょう…よろしくお願いしますよ…と…」



「本多正純…」



 そう…それは本多正純その人であった…


 頼長が涙を拭いて正純を睨みつける。

 しかしそんな彼の視線など気にもとめずに、正純は淡々とした口調で告げた。



「犬は犬らしく、主人の言うことを聞いて、尻尾を振り続ければよいのです」



 そう言い残すと、正純は背中を向けた。


「これ以上、織田を冒涜することは許さぬ!!」


 と、頼長は刀に手をかけて、その背中に斬りかかろうとした。


「やめよ!!頼長!!」


 と、老犬斎の一喝が響くとともに、頼長はとてつもない怪力によって抱きかかえられた。


「ぐっ!はなせ!!」


「離すものか。これ以上のめんどうは起こさないでくれよ。色々と大変だからさ」


 と、どこか間の抜けた声で頼長を抑えていたのは、織田信雄であった。

 どこからそのような力が湧いてくるのか不思議でならないほどの、恐ろしい力によって、頼長は本多正純から一歩二歩と遠ざけられていったのだった。



「ふふ、織田家の中にも、賢者がいるようですね。

安心しましたよ。

これ以上、それがしも他人の血を見たくはありませんでしたから…」



 と、振り返りもせずに言い捨てると、正純はゆっくりとその場を後にしていったのであった。



 いつの間にか降り出した小雨の粒が大きくなり、打ちつける雨は、秀信の亡骸を洗っているようだ。


 そんな中、有楽斎は諦め切った声でつぶやいた。



「かくなる上は、徳川の犬となるしかあるまい…」



 その一言に重い沈黙が流れる。


 だが…


 一人の男は、立ち尽くす彼らを置いていくように、その足を前へと進め始めた。


 それはもちろん…織田信雄。



「めんどうだし、早く終わらせようよ」



 と、彼は軽い調子で言った。


 そんな彼の背中に向けて、老犬斎が声を絞り出すようにして、問いかけた。

 


「どういう意味だ…?」



 すると信雄は、くるりと振り返って告げたのだった。



「豊臣をつぶせばいい…ってことだろ」



 その顔に浮かぶのは、無邪気な笑顔であった…

 

 

 


 

読んでいただきありがとうございます。


織田秀信は、かつて「岐阜宰相」豊臣呼ばれるほどに、太閤秀吉に重用された人物であったそうです。


そして史実でも1605年5月8日に命を落としたとされております(一説には5月27日とも)。

その彼の死も未だに謎が多いまま…


それを今回は物語といたしました。


さて、次回は秀頼に話しを戻します。

いよいよ、あの人が帰ってきます。


次回は「帰還と完成」。

お楽しみいただければと思います。


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