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豊臣秀頼様謁見大作戦③ 豊国祭礼

………

……

 

 私が大坂城への突進に失敗したその日、結局「記憶があやふやになってしまった」という事情を私はパパにも話した。

 なおもいぶかしがるパパをママが優しくなだめた事で、この世界でも私は屋敷の中で不自由をすることなく過ごす事が出来るようになったのだ。


 本当にママには感謝の言葉しかない。

 

 そして、この屋敷に来て初めて感じた「私はもしかしたらお嬢様なのかも?」という考えはどうやら間違っていたようで、決して貧乏というわけでもないが、裕福という訳でもない、現代で言えば「中流家庭」と呼ばれるような家であった。

 それでも時折、梅さんと一緒に城下町にお買い物にお出かけしたり、屋台で売られているお餅を食べたりと、私は私なりにこっちの世界を満喫していた。

 

 意外とこっちの世界も楽しいものね!

 と私は素直に感じて、毎日を楽しく過ごしていた。

 たっちゃんがどんな毎日を過ごしているのか分からないけど、彼が「ああ、戦国時代や江戸時代の生活を満喫してみたいなぁ」といつも漏らしていたその意味がなんとなく理解出来た気がしたわ。

(なお、この頃たっちゃんが甲斐姫という鬼のように怖い人から、毎日地獄のような稽古や躾を受けていたことを私は知るはずもない)

 

 私がこっちの世界にやってきた頃はまだ寒さも残る季節だったのだけど、あっという間に季節は移ろい、暑い夏を迎えた。

 とはいえ、コンクリートの照り返しもない大坂の街の夏は、元の世界のそれよりも随分と過ごしやすい。

 それでもこの頃になると、無駄な外出はなるべく控え、家の中でのお仕事を手伝うようにした。

 それは炊事や洗濯、それにお掃除と一通りの家事を覚える為だ。

 それはまさしく「花嫁修業」って感じで、分からないことだらけで、すごく戸惑うことが多かったのだけど、

 

「お伊茶様はなんて飲み込みが早いのでしょう!」


 という梅さんが驚く姿や、何よりも私が何か一つでも出来ることが増えると、わがことのように喜んでくれるママの姿を見るのがたまらなく嬉しかったので、どんどん私は家の事が出来るようになっていった。


 

 そして…

 

 そうこうしているうちに、いよいよその日を迎えた。

 

 慶長9年(1604年)8月14日――

 

「ではお母様!行ってきます!」



「父上とお梅さんから離れてはだめですよ」



「はい!」



 そんな短いやり取りを終えて、私は京で行われる豊国祭礼に向けて、大坂にある屋敷を出立した。

 ママは体の事もあって屋敷に残ったのだけど、パパと梅さんと三人で参加することにしたのだ。

 

 

「すごい人の数ですね…」



 私は屋敷を出たその瞬間から、目の前の光景に目を見張った。

 

 右を見ても、左を見ても、人、人、人…

 

 まるで大坂の街から人が一人もいなくなってしまうのではないかと思うくらいに、多くの人が京の街に向かって、まるで大きな川のようにうねって進んでいた。

 

 

「絶対にはぐれてはならんぞ!」


「お伊茶様、梅の手をしっかりと握っていてくださいね!」



 と、パパも梅さんもその様子に、圧倒されるように私に注意を促してくれている。

 私も梅さんとパパの手をぎゅっと結んで、人の波に飲み込まれないようにしながら進んでいった。

 

 そして、その人の波にゆられるようにしばらく歩いていると、今度は本物の川の前に出てきた。

 

 私はその光景にも圧倒されてしまったのである。

 

 

「な…なにこれ!?」



 思わずその光景に驚愕の言葉が漏れる。

 

 それは…

 

 無数の舟が川を覆い尽くしている光景であった…

 

 こんな光景見た事ない…

 

 十や二十ではきかないくらいの大量の舟が、所せましと川を埋め尽くし、そこに次から次へと人々が乗船していっている。

 

 

「ここからは三列に並べぇぇ!!いいか!!列を乱した者は、この堀内氏善によって斬られると思え!!」



 と、まるで大きな熊のような毛むくじゃらな男の人が大声を上げている。

 人々もその熊のような男の人の指示に従って、綺麗に列を作って、整然と舟に乗り込んでいるのだ。

 

 そしてよくよく見れば、川を上っていく舟と、こちらに下ってくる舟が、一定の秩序を持って航行している。

 どうやらそれも、あの熊のような男の人が仕切っている様子であった。

 

 

「あの人…ただ者じゃないわね」



 私が漏らすと、なぜか目を輝かせている梅さんが私の脇腹をつんつんと突いて、耳もとでささやいた。

 

 

「あのお方は、『豊臣七星』と称されているうちの一人の、堀内氏善様です。

秀頼様の側近として、ご活躍されてらっしゃるようなのですよ!

『豊臣七星』の方を、初めてお目にかかることが出来て、感動しております!」



「豊臣七星?」



 私は聞いた事もないその言葉に、思わず眉をしかめた。

 そして、城下町のおばさまたちとの井戸端会議が生活習慣と言っても過言ではない梅さんが、ご近所の噂話から得た豊富な知識を持って、私にこっそりと教えてくれた。

 

 

「なんでも、秀頼様がご自身の側近を集められて『そなたらはまるで空に輝く北斗七星のように、われの未来を照らしておる!まさに豊臣七星と呼ぶにふさわしい』と、おっしゃったようなのです!

城下町みなさんの間でも、この話しが広まって『豊臣七星』は、今すごく人気なのですよ!!

あ!堀内様がこっちを見てくださった!!きゃっ!!」



 と、まるでアイドルにぞっこんな乙女のように、梅さんは目を輝かせて顔を赤らめている。

 

 しかし…

 

 なんだかますます「一般の人」と「大坂城内の人」の壁が高くなったような気がしてならない。

 

 思い返せば、城下町で暮らしていても、大坂城の中にいる人々がどこで何をしているのかなんて全く分からないし、気にしてもいなかった。

 それはまるで住む世界が全く違うような気がしてならないのだ。

 

 実は、目の前の梅さんの反応のように、言わば大坂城内にいる人々はスクリーンに映された俳優さんや女優さんたちのようなもので、城下町で暮らす人々にとってみれば、一種の憧れの的のような存在なのかもしれない。

 そんな事を、私は今更ながら感じていた。

 

 そして、何気なく梅さんに一つの質問を投げかけた。

 

 

「ところで、豊臣秀頼様はどんな方なの?」



 その問いかけに、梅さんはさらに目を輝かせた。

 

 

「それはもう…町の娘たちにしてみれば、天の上の人。憧れなどという言葉では言い尽くせないほどに、輝いておられる存在ですわ!

秀頼様はまだお若い身であるにも関わらず、今回の祭礼の全てを取り仕切られておりますし、これから向かう『天下一の学府』と名高い、豊国学校も秀頼様のご指示で建設されました。

『日の本にいる全ての民の暮らしを豊かにする』という高尚な目標を高々と掲げられて、多くの優秀な人々を指揮されてらっしゃるのです!

そして何よりも、あの婚儀で見せた御振舞いといったら…

もう!たまりません!!」



 まるで堰を切ったかのように、梅さんの口から次々と豊臣秀頼の話しが出てくる。

 その全てについて、もちろん私は知らない。

 それはまるで、私の知らない幼馴染の一面を聞かされているようで、私は眩暈を覚えるとともに、心に大きな不安が渦巻いてきた。

 

 いつも私の側にいた幼馴染のたっちゃんが、ずっと遠い存在になってしまっている。

 

 でも、元いた世界では、たっちゃんの事で知らないことなんてなかったはずだ。

 

 本が大好きな事、言い訳ばっかりするところ、箸の持ち方が少し変な所…

 

 全部私は知っている。

 

 でもこの世界のたっちゃんは違う。

 住んでいる所も、接している人々も、その生活も…

 

 それはまるで「城下町」と「大坂城」のように、絶対に踏み入れる事がかなわない場所に行ってしまったようで…

 

 なんだかすごく切ないのだ。

 

 

 そして、その追い討ちをかけるように「婚儀」という言葉…

 

 そう…

 

 たっちゃんは結婚したのだ…

 

 その事実を思い起こすだけで、再び我を忘れてしまいそうな、憤りと悲しみが襲ってくる。

 

 

「…大丈夫ですか?お伊茶様!?お顔色が優れないようですが…」



 と、ぺらぺらとしゃべり続けていた梅さんが、私の背中を優しくなでながら、心配そうに私に問いかけてくれた。

 

 

「ええ、大丈夫」



 と、私は取り繕うような笑顔でそれに答えたのだが、それでも梅さんは心配そうに私を見ていた。

 

 その時…

 

 

「舟に乗る番だぞ。さあ、早く!」



 と、パパが私に手を差しのべながら、舟に乗りこむように促している。

 私は胸のうちを覆っていた不安を取り除くように全身をぶるぶると震わせて気を取り直すと、パパの手をしっかり握って舟に乗りこんだのであった。

 

 

………

……

 梅さんの話しによると、大坂城の城下町に暮らす人々が京の街に行くには、普段は歩いて向かうらしい。

 大人の足でおよそ半日。朝出て夕方頃に到着するらしい。

 ところが今回の豊国祭礼においては、豊臣秀頼の提案で、大坂の人々は舟で京の街に向かうことが許されたとのことだ。

 しかもその船賃は全て豊臣秀頼が負担しているらしいのだ。なんという太っ腹だろう…

 さらに舟も改良されたもので、朝出立した私たちは昼過ぎには京に到着した。

 

 その京の街も、人で埋め尽くされていた。

 

 私たちはところどころにある、お茶屋の軒先で休ませてもらいながら、少しずつ奥へ奥へと進んでいった。

 

 

 もうすぐ…もうすぐたっちゃんに会える…

 

 

 そう思うと、なぜか妙に緊張して手に汗が出てくる。

 ちょっと前まで毎日顔を合わせていたのに…なぜなのだろう…

 そんな自分の疑問を忘れるように、「なんとかしてたっちゃんと直接話しをして、元の世界に戻らなくちゃ」という強い使命感を秘めて、私はパパと梅さんに手を引かれながら、一歩ずつ京の街の中心部に向かっていったのだった。

 

 

 休み休みしながら、しばらく歩いていると、いつの間にか夕刻になっていたようで、空はオレンジ色に染まっていた。

 そして…

 


「うむ…ここらが限度じゃな」



 と、パパが険しい顔で言うと、ぴたりと足を止めた。

 どうやらこれ以上先に進むには、人が多すぎて難しいようだ。

 

 

「お父様!ここからでも秀頼様が見えますでしょうか!?」



 と、私は真剣な顔でパパに聞いた。だって、ここまで来て「会えませんでした」ではすまされないからだ。

 ところがパパは難しい顔をして、

 

「それは分からん…」


 と、答えると、私は思わずうつむいてしまった。

 

 どうにもならない事は分かっているつもりではいるが、それでもやるせない気持ちに顔を上げる事が出来なくなってしまったのだ。

 

 

 …と、その時であった…

 

 

 突然、私の視界が地面から空に変わったかと思うと、人々の頭を見下ろす様に高く持ち上げられたのだ。

 

 

「え…え…!?何!?」



 私が困惑して声を出して下を見ると、そこには同じく困惑しているパパと梅さんの姿が入ってくる。

 どうやら私は、すごく大きな人に肩車をされているようなのだ。

 

 一体誰が…!?

 

 そんな風に混乱していると、私を担いでいるその人から大きな笑い声が聞こえてきた。

 

 

「がははは!!こんなにもかぶいた祭りに、お嬢さんのような暗い顔は似合わねえぜ!!」



「ちょっと!?どなたですか!?」



 私は怖くなって必死にもがくが、その大きな男の人は怪力で、びくともしない。

 すると、その男の人は、大声でパパに向かって言った。

 

 

「このおなごの父親かい?」



「そ、そうだが、お主は一体何をしているのだ!?娘を放せ!」



「ガハハ!!せっかくの祭りなんだ!娘っ子一人笑顔に出来ねえでどうするよ!!

まあ、親父さんはそこでおとなしく見てなされ!」



 パパはその男の人の有無を言わせぬ物言いに、唇を噛んで黙ってしまった。

 それでもこの男の人からは、私に危害をもたらすような悪い感じが全くしないのだから不思議ものだ。

 

 するとその男の人が大きなかすれた声で言った。

 


「お嬢さんは豊臣秀頼殿を見たいのであろう!?ならばここから真っすぐを見てみるといい!」



 私はその声に渋々従って、真っすぐ先を見る。

 そこには大きな建物が目に入った。

 

 

「建物が見えるだろう?あれがこの祭礼の為だけに作られた、秀頼殿の観覧席じゃ!あそこの高欄に、間もなく秀頼殿が出てくるはずじゃ!!」



 私はその言葉に大きく目を見開いた。

 


「あの場所に…豊臣秀頼が…」



「おうよ!!」



 すると、遥か前方から、

 

――ワァッ!!!


 と、歓声が上がったと思うと、人々の興奮が地響きになって伝わってきた。

 どうやら何か人々の最前線の方で現れたのかもしれない。

 

 

「いよいよだな!!お嬢さん!!」



 と、私の足をつかむ、その男の人の手の温度もグンと上昇している。

 

 私の動悸も最高潮まで達した。

 

 

 そして…

 

 

 次の瞬間――

 

 

――ワァァァァァァァア!!!



 という耳がつんざくような、大歓声が京の街を空気ごと震わせた。

 

「うぉぉぉぉぉぉ!!!」


 と、私を担いでいる男の人も雄たけびを上げていれば、

 

「キャアアアア!!!」


 と、梅さんも黄色い声を上げている。

 

 そして私の目に飛び込んできたのは――

 

 ずっと前方にある大きな建物の高欄に現れた、一人の少年の姿。

 

 その姿に私の心は完全に奪われてしまった。

 

 白を基調とした着物に、紺色の袴。そして鮮やかな青の上掛けを着て、手には金色の扇子。

 顔はよく見えない。

 それでも私と同じくらいの年齢の少年であることは確かに分かる。

 

 

「お嬢さん!!見えるかい!!あれが豊臣秀頼殿、その人だ!!!」



「うん!見える!!見えるよ!!おじさま!!ありがとう!!!」



「おじさまってのはよくねえ!!俺は前田慶次郎って親から貰った名前があるんでえ!!」



「うん!!ありがとう!!前田慶次郎おじさん!!!」



「がはは!!面白いお嬢さんでえ!!手を振ってみな!!もしかしたら気付いてくれるかもしれねえぜ!!」



 私は言われるがままに、両手を振った。

 もう手がちぎれてしまうのではないかと思うくらいに、一生懸命。

 

 この時、もう私は分かっていたのだ。

 

 あれが豊臣秀頼であること…いや、私の知っている近藤太一、その人であるということを。

 

 

 その秀頼が扇子を振って、懸命に何か叫んでいるが、全く私の耳には届かない。

 

 しかし、秀頼から何か号令がかかったのであろう。

 

 

――ワァァァァァァァア!!!



 という大歓声が再び京の街に一陣の風となって吹き荒れた。

 

 

 そして…

 

 次の瞬間の光景を見て…

 

 私の胸に何か矢のようなものが突き刺さった――

 

 それは…

 

 一人の鮮やかな黄色の着物を着た少女が、秀頼の隣に現れて、その手をそっとつないだのである。

 

 

「誰…?あの子…?」



「がははは!!野暮なこと聞くもんじゃねえよ!!あの方は千姫様じゃねえか!!秀頼殿の奥方様よ!!

いいねえ!!見せつけてくれるじゃねえか!!!がははは!!」



「あの子が…秀頼様の奥さん…」



 私は目を疑った…

 

 明らかに子供…今の私よりもさらに幼いではないか!!

 

 そうか…政略結婚ね!!

 

 確か歴史の教科書で、豊臣秀吉の息子と徳川家康の孫娘が若くして結婚させられた、というのを読んだ気がする。

 

 しかし、それにしては仲が良すぎるような気がするのは気のせいかしら…

 いや気のせいではない!!

 

 秀頼は千姫という幼女と言っても過言ではない女の子の手をしっかりと握って、何やら嬉しそうににこにこしている。

 そして、千姫も同じようにとても嬉しそうなのが、遠目でも分かった。

 

 

 なんかすごくイライラしてくると、私は思わず叫んだ。

 

 

「このロリコン!!その手を放しなさい!!逮捕されるわよ!!」



「おい、おい、おい!!お嬢さん!!何言ってるかさっぱり分からねえが、とにかくそこで暴れないでくれ!!」



 前田慶次郎というおじさんが慌てたように私に大声を上げているけど、私の耳に届くことは残念なことになかった。

 私は我を忘れて叫び続けたのだった。

 

 

「やっと見つけた…今度という今度は許さないんだから!!覚悟しなさい!太一!!」

 

 

 この時私は心に決めた。

 

 ここから始める「近藤太一奪還作戦」を絶対に成功させて、首根っこつかみながら、元の世界に戻ってやろうということを…

 






一旦ここまでで、幼馴染の麻里子の話は切ります。


このプロローグでは、

・同じ武家でも身分の違いが大きいと、城主に謁見することすら難しかったのではないか…

・豊国祭礼の参加者側の視点(交通や盛りあがり)

をポイントにいたしました。


さて次はプロローグの第二幕です。


豊臣秀頼の転生記がいよいよ動き出すシーンからの開始になります。

(こちらの方が本当のプロローグかもしれません…)



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