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豊臣秀頼様謁見大作戦② 作戦の始まり

◇◇

「今日は一体どうしたのだ!?伊茶!」



 と、私のこの時代のパパが、困ったような怒ったような複雑な表情で私を見つめている。

 私はそんなパパの前で正座をしながら、うつむいていた。

 

 ここは私…伊茶の住んでいるお屋敷。

 豊臣秀頼…たっちゃんが結婚したという事を、梅さんから聞いて感情を爆発させてしまった私は、後先考えずに大坂城へと突進していったのだけど、もちろんその手前の城門で、門番の男の人たちに止められてしまった。

 それでも「豊臣秀頼に会わせて!」と大声で手足をばたつかせながら足掻いていたら、騒ぎを聞きつけたパパがやってきて、抱えられながら屋敷に戻されたってわけ…

 

 今思うと、その無鉄砲さに、自分で自分が情けなく…

 

 私はこうしてパパのお説教を聞きながら、深く反省していた。

 

 

「どうしてそれほどに豊臣秀頼様にお会いしたいのだ?答えなさい。伊茶」



 と、パパは有無を言わせぬ瞳で私を見てくる。

 でも…まさか「元の時代に連れて帰るため」なんて、口が裂けても言えたものではない。

 私は助けを求めるように、部屋の隅で控えている梅さんの顔をちらりと見た。

 

 しかしその頼みの綱である梅さんも、「諦めてお話しください」と言わんばかりに、首を横に振っている。

 

 困った…すごく困った…

 私はたっちゃんのように、ぺらぺらとおしゃべりをするのは得意ではない。

 つまり誤魔化すのが、物凄く下手なのだ。

 

 今ここが現代の裁判で、「黙秘権」なるものがあれば、すぐにそれを採用していただろう。

 

 しかし、それは許されない事は、目の前のパパから放たれる威圧感からも明らかだ。

 

 どうしよう…

 

 私はいつもの癖で、髪の毛の先を右手でいじりながら、必死に考えていた。

 

 しかし…

 

 

「早く答えなさい。伊茶」



 と、パパは急かすと、私にぐいっと顔を近づけてきた。

 

 うう…もうだめ!!

 

 私は意を決して本当の事を口にしようとしたその時であった。

 


「あら?お前さん、今日はお帰りが早かったのですね」



 と、その部屋にか細い透き通った声が響いた。

 

 私はすぐさまその声の持ち主の方を向く。

 

 そこには一人の綺麗な女性が微笑みを携えながら立っていた。

 

 艶やかで綺麗な黒髪、それに透き通る程に白い肌、触れたら壊れてしまいそうなほどに細い体は決して健康的とは言えないが、それさえも彼女の美しさに色をくわえているように思える。

 そして何よりも、私を見つめる優しい瞳に、私は思わず見惚れてしまった。

 

 

「お(いと)様!動かれてはなりません、とお医者様に言われているのでは…!?」



 と、梅さんが慌てて、その女性に介添えするように彼女の背中を支えた。

 

 

「今日はなぜか気分が良いのです。伊茶の元気な声が聞こえたからかしら」



 お糸様…どうやらこの綺麗な女性が私のママのようだ。

 私もこの時代にいれば、こんな綺麗な女性に育つのだろうか…

 


「糸!何をしに来たのだ?お前は体が悪いのだから、寝ていなさい」



 パパは厳しい口調で、ママに注意したのだけど、ママはそんなことをお構いなしに、パパに言った。

 

 

「伊茶が縮こまっているではありませんか。一体何があったのですか?」



「ごめんなさい…豊臣秀頼様に会いたくて…大坂城に入ろうとしたのです」



 と私は正直に、絞り出すような声でママに答えた。

 

 するとママは私の前に座って、じっと私を見つめる。

 何か心の奥底まで覗かれているようで、妙なくすぐったさを感じる。

 

 そして、しばらくしてママはパパに優しい口調で言った。

 

 

「お前さんはまだ奉公中のお時間でしょう?ここはわらわにお任せくださって、お城にお戻りなさってくだされ」



「しかし…」


 

 困ったような顔つきでママを見つめるパパ。

 でも、ママの頑として譲らないようなそんな瞳を見て、パパは「はぁ」と大きくため息をつくと、



「伊茶や。もう二度とかような無茶をしてはならぬぞ」



 と、私にちくりと注意をして、部屋を後にしていった。

 

 ひとまず一難去ったわ…

 

 とほっとしたのも束の間。

 なんと今度はママがさっきのパパと同じ質問をしてきたのだ。

 

 

「伊茶。どうしてそんなにも豊臣秀頼様にお会いしたいの?」



「それは…」



 私は再び言葉につまる。

 そして、また同じように無意識のうちに、髪の毛の先を右手でいじり始めた。

 

 ところが…

 

 うつむいて困っている私の肩に、そっとママの細い手が乗せられると、ママは優しく沁み渡るような声で私に言ったの。

 

 

「言いたくなければ、言う必要はありませんよ。伊茶」



 その言葉を聞いた瞬間――

 

 私の目から涙がぽろぽろとこぼれ出した。

 

 自分でもなぜ泣いているのか、全く分からない。

 

 それでも何か張り詰めていたものが、ぷつりと切れたような音がして、それとともに涙が抑えきれなくなってしまったのだ。

 

「ご…ごめんなさい…」


 私はそう漏らすように謝るのが精いっぱいで、その後は涙で声がつまってしまったように、言葉を出す事が出来なくなってしまった。

 

 そんな私の背中を、ママは優しく撫でてくれる。

 

 その手が暖かくて、そしてどこか切なくて…

 

 私の涙はますます溢れてきてしまったのだった。

 

 

………

……

 私はかなり長い時間泣き続けていたのだけど、その間ずっとママは優しく「大丈夫よ、大丈夫だから」と言いながら背中を撫で続けてくれていた。

 そして、私は泣きやむと同時に、自分の記憶があやふやである事と、とにかく豊臣秀頼という人に会いたいという事を伝えたのだった。

 

 

「豊臣秀頼様ね…いくら伊茶の願いとはいえ、すぐに叶えてあげるのは難しいわ…」



 と、ママも困ったような顔つきで私に答えた。

 私は梅さんが持ってきてくれたお茶菓子の大福を頬張りながら、ママの言葉を聞いている。

 そしてママは、どうして私が豊臣秀頼という人に会うのが難しいのかを説明してくれた。

 

 

「豊臣秀頼様は、大坂城の中で…いや、この日本の中でも最もお偉い方のお一人なのよ」



「偉い人?」



「そう、武家の中では徳川家康様と並んでお偉い方です」



 私はママの言葉にびっくりした。

 


「へえ!あの徳川家康と同じくらい偉いってすごいのですね!!」



 そんな私を見て、ママは優しく笑っている。

 そして続けた。

 

 

「だからすぐ近くにいるけど、すごく遠いお人なの」



「でも、パパ…父はその大坂城で働いているのですよね?

であれば、父の口添えで会えたりしないのですか?」



「ふふ、伊茶はなかなかずる賢いことを言いますね」



「ずる賢いというわけでは…」



「いえ、よいのです。知恵を絞るということは、良き事だとわらわは思っておりますよ。

しかし、残念な事にそれも難しいでしょう。

なぜなら、伊茶の父上は、勘定方の中でも低いご身分。

大坂城の金銀を管理する勘定総奉行の津田宗凡様でもない限り、大坂城の全てをまとめてらっしゃる豊臣秀頼様とお会いするのは難しいというものです」



 私はママの言葉に深いため息をつくと、少し話しはそれるが、気になっていることをたずねた。

 


「そもそも勘定方とは何ですか?」



 その私の問いかけにママは

 

 

「お父上のお仕事に興味をもたれるというのは、母として大変喜ばしいものですね」



 と、嬉しそうに言うと、その問いかけに答えてくれた。

 

 どうやら勘定方というのは、大坂城や豊臣家の領地経営における収支を計算して、それを出納帳なる帳簿につけていくお仕事らしい。

 数字があまり得意ではない私には、とてもじゃないが勤まらないであろうそのお仕事をするパパに、私はえらく感心した。

 

 

「父はすごいお方なのですね!」



 そんな私の様子に嬉しそうに目を細めていたママが、ある事を思い出したかのように、パンと手を叩いた。

 

 

「そうだ!伊茶も豊臣秀頼様を一目見るくらいなら出来るかもしれません!」



 なんと!!

 

 私はその言葉を聞いた瞬間に目を輝かせて、ママにその先を催促した。

 

 

「ママ…間違えた!お母様!それはどういうことでございますか!?」



 そして…

 

 ママは一つの提案をしてくれたの。

 

 それこそ、私の「たっちゃん奪還大作戦」…もとい「豊臣秀頼様謁見大作戦」の始まりを告げる出来ごとになることを…

 

 

「豊国祭礼よ!!」



「ほうこくさいれい?何でしょう?それは?」



 ママの言葉が嬉しそうに弾んでいる。

 なぜか私もその調子に合わせるように、心が弾んでいくのだから不思議で仕方ない。

 

 

「豊臣秀頼様が主催される、亡き太閤殿下の七回忌の法事なのだけど、その後に京の街でお祭りを催されるとのことなのよ。

それに秀頼様もいらっしゃることになっているらしいから、そのお祭りに参加すれば…」


「会えるかもしれない!!!ってことね!!お母様!!」



 今まで真っ暗だった未来に、一気に光が差し込んできた気がする!

 

 うん!絶対にそう!!

 

 私の未来は明るい!!

 

 この時はそう確信していたの…

 

 まさかその「豊国祭礼」が私の心をさらに苦しめることになるとも知らずに…







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