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想いを乗せて!踊れ!豊国祭礼②

◇◇

 俺の人生において、前いた時代も含めて、これほど身近な人物の死は始めての体験であった。

 そりゃ遠い親戚のおじいちゃんが亡くなったとか、クラスメイトの祖母が亡くなったなど、人の死を全く感じたことがなかったかと言えば、それは嘘だ。

 しかし、黒田如水の死は、亡くなった方々には失礼だとは思うが、俺の心に与えた衝撃は、今までに感じたことがないもので、その扱いに俺は戸惑った。


 彼は、加藤清正や明石全登らを俺に引き合わせ、俺の父である太閤秀吉亡き後に、俺の側近たちをまとめてくれた、言わば筆頭家老であり、時には相談に乗ってくれる父親がわりであり、そして大切な友でもあった。

 そんな彼が遠い九州の地で、俺の知らないところでその生涯を閉じたというのが、全く信じられなかったのだ。


 俺はその真偽を明らかにすべく、大谷吉治と霧隠才蔵を九州に派遣したが、それでも彼らが帰ってきたのちの報告でも、その真実は全く変わらなかった。


 そう…黒田如水は死んだのだ…


 その死因の詳細は不明であったが、病死とされた。もとより何らかの持病を抱えていたことは、身近な人々には周知の事実であったらしい。

 しかし、俺が勃発していたこと自体知らなかった久留米の戦いの直後に亡くなったその事実から、戦さの責任を取って自害したのではないか、と見られてもおかしくはなかった。

 ただし、キリシタンである如水に自害は許されないはずであったので、故人の遺志を汲み取る形で病死とされたのだ。


 そして如水の死によって、九州取次としての失態と、立花や島津の裏で手引きをしていたことへの責任は、豊臣家に及ぶこともなく、ただ彼一人がその責任を被ることで、全てが決着した。


 さらに言えば、如水の死後は、柳川城に入った徳川秀忠が九州の仕置きを見事にまとめ上げた。


 その結果、立花宗茂を含めた立花家の人々は全て助命されたものの、立花家は、その領地を陸奥国の一万石に減らされ、その上、当主の立花宗茂は、徳川秀忠の御伽衆として、その側に仕えることとなった。


 一方の島津義弘は、久留米の戦いから薩摩に戻ると、そのまま息子の島津忠恒に家督を譲って隠居した。

 島津家当主となった忠恒は、薩摩に戻った後も休むことなく、正室の亀寿を伴ってすぐに薩摩を発つと、伏見の徳川家康のもとへ訪れた。

 そこで彼は、もはや彼の代名詞となった、見る者の心をうつ美しい土下座を繰り出すと、徳川家康をも唸らせた。無論、忠恒から謝罪を受ける前から、家康としては久留米の戦いでの彼の戦功を鑑みて、島津の本領安堵は決めていたが、その土下座を見て、思わず近くの小太刀与えたという…


 こうして、徳川家康の念願であった九州の仕置きは、全て完了した。


 それは、慶長7年(1602年)も暮れの12月のことであった。


 そして…


 年が明けた…


………

……

 自分にとって身近な人の死というのが、これ程までに心に打撃を受けるものであろうとは…

 如水の死の報せを受けてから、早三ヶ月たとうとしていたが、俺の心には穴が空いたような心地のままであった。


 俺はこの三ヶ月の間、まさに無策のまま、いたずらに時を過ごしてきた。

 もちろん九州の件が俺たちの思惑通りにいかなかったということもあり、何も打てる手がなかったというのもある。

 しかしそれ以上に、


ーーまた何か動こうものなら、再び親しい者を失ってしまうのではないか…


 という思いに囚われて、何も考える気力が湧かなかったのだ…


 慶長7年(1602年)1月ーー

 俺は伏見で年を越した大名たちからの年賀の挨拶を受けていた。


 しかし、この年の挨拶など、もはや形ばかりのもので、俺に取り入ろうとする者など誰もいない。


 それは徳川家康からの言いつけを守っているだけ…


 そうでなくともこのところ何をするにしてもやる気がおきない俺は、彼らとの会談に心を傾けるつもりはなかったのである。

 そして、俺はこの日も上の空で、その相手の声に耳を傾けていた。


「…というわけなんですよ!秀頼様!

秀頼様からも伯父殿に何かおっしゃってくださいよ!」


「うん?ああ、まあ…」


「うん?ああ、まあ…

じゃないですよぉぉ!!

そこは、漢らしく『俺に全てを任せておけ!』ではないのですか?」


 何やら目の前のこの大名は、妙に俺に絡んでくる。


「徳川内府殿にも恥をしのんでお許しをいただこうと頭を下げてみれば、

『それはわしが許すことではない』

って…

そりゃあないですよねぇ!?

あれだけ『当主が謝罪にくれば許してやる』っておっしゃっていた割には、肝心な所を許してくれないんだもんなあ!

いや、別に、本領を安堵いただいたのは、肝心なことではあるんですよ!

それとこれとは話が別と言いますか…

…って、秀頼様!?聞いておられます!?」


 …と、その大名は、俺の顔を覗き込んできた。お世辞でも色男とは言いにくいその顔が、ぐいっと近づいてきたので、思わず顔をそらす。すると、その顔は俺の顔を追いかけるようについてきた。

 そこでようやく我に返った俺は、肝心なことを聞くことにした…


「ところでお主は誰じゃ?」


 一瞬、時が止まったような沈黙が流れる…


 ………


 そして目の前の大名は、みるみるうちにその顔を真っ赤に染めると…


「はぁぁぁぁぁあ??」


 と、絶叫をあげたのだった。


………

……

「秀頼様…今日はもうお休みになられた方がよろしいかと…」


 その声がした方に、ふと目をやると、俺の側近である真田幸村が、穏やかな表情で俺を見つめていた。

 その表情こそ、いつもと変わらぬ優しいものであったが、その目からは明らかに心配の色が浮かんでいる。


「ああ…そうさせてもらう…

しかし、先ほどの大名…名は何ともうしたかのう…」


「島津忠恒殿にございます」


「そうであったか…彼には悪いことをしたのう…」


 と、俺は色のない声でそう答えた。


「ご心配にはおよびませぬ。

島津殿には、それがしの方から上手く申し上げておきましたところ、たいそうご機嫌なご様子で、最後は『真田殿は日の本一のつわものよのう』と、笑い声をあげながら、お帰りになられましたゆえ…」


「そうであったか…では今日のあとのことは、よろしく頼む」


「御意にございます」


 そう言って頭を下げる幸村を横目に見ながら、俺は謁見の間から自室へと戻っていったのだった。


………

……

 部屋に戻った俺は、何をするのもおっくうな為、そのままベッドの上に横たわった。


 そしてそのまま目を瞑ると、かつて前にいた時代でよく行っていた空想にふけることにした。


ーーなんだか想像していたのと、全然違うな…


 それが真っ先に浮かんできた言葉であった。


 俺が『想像』していたこの世界での生活は、もっと華やかで、楽しいことにあふれたものであった。


 しかし、現実はどうであろう…


 俺はこの時代にやってきてから、常に何かに追われて生活してきた気がしてならない。

 そして、一つでも失態を犯せば、例えそれまでに多くの実績を積んで、高名な武将であったとしても、その命をもって責任を果たさねばならないことを知り、何をするにも怖くて仕方ないのだ。


 それは俺が、豊臣秀頼という、史実の上でも逆境の中でその短い人生を終えた人物に転生してきたからであろうか…


 いや…もし仮に、転生先が徳川家康であったとしても、この時代の居心地は、さして変わりはないはずだ。


 それはまるで、薄氷の上に立っているようであった。


 息苦しい…

 怖い…


ーーこんなはずじゃ…


 そんな根暗な思いだけが、一人となった俺の心を、まるで大雨が降る前の空のように、覆い尽くしている。


 そして…


 一つの思いが、ついに芽を出した…


 それは、俺自身がもっとも恐れていた思い…


 どんなに辛くても、どんなに孤独を感じても、心の奥底に封印してきた禁断の願いだ…


 しかし、この時代で豊臣秀頼として生きていくことの厳しさと苦しさに絶望した今、その封印は音を立てて崩れようとしていた。



ーー帰りたい…もといた時代に…



………

……

 時は流れ、慶長8年(1603年)2月1日ーー


 それは史実と全く同じ日であった…


 ついに…



 徳川家康が征夷大将軍に任じられた。



 そして…



 江戸幕府が開かれたーー



 その後の歴史を知っている豊臣秀頼であるならば、何としても阻止せねばならなかったはずのその出来事にも、俺は全くもって危機感を覚えることもなく、むしろ興味すらわくことはなかった。


 なぜならこの頃、俺の興味は…


ーーどうやったら帰ることが出来るのだろう…


 ということだけだったからであった。


 しかし、その糸口すら見当たらないし、そもそもどのようにしてこの世界にやってきたのかも、はっきりしない。


――あの謎の女に、もう一度出会うことは出来ないのか…


 俺をこの世界にいざない、亡くなる寸前の太閤秀吉の前にも現れたその女の存在に、俺は心を囚われ続けていたのだった。



そして、さらに時は流れた。


 季節は春を過ぎ、眩しい太陽が照りつける真夏を迎えたそんなある日のことだった。


 この頃になると、甲斐姫からの文武の稽古は以前と変わらぬように続けられていた。もちろん俺はそんな稽古に身が入るはずもなく、言われたことだけを無難にこなして、ただひたすら稽古の時間が過ぎるのを待つ日々を送っていた。


 そしてこの日も、いつもの通りに稽古を終えて、一人で空想にふけるために部屋に籠っていたのである。


 そんな俺の部屋に、断りもなく一人の少女が、真田幸村が九度山から連れてきた高梨内記の娘という侍女を連れてずかずかと乗り込んできた。


「秀頼さま!!見てくださいな!!」


 俺はベッドの上から、その高い声の持ち主の方を、めんどくさそうにちらりと見た。


 そこには、満面の笑みを浮かべて、目を輝かせた千姫の姿があったのである。


「この黄色の着物と、桃色の着物ではどちらの方が、千にお似合いかと思いますか?」


 と、彼女は透き通るような声で快活に俺に問いかけると、侍女に持たせていた、向日葵を思わせるあざやかな黄色の刺繍が施された布地と、桜のような淡い桃色の刺繍が施された布地の二つを俺に披露したのであった。


 そんな千姫のことも、正直今はどうでもよかった。


 俺は気のない口調で、彼女の質問に答えた。


「ああ…どちらでもよい。着物が欲しいなら、どちらも作ればよろしいではないか」


 その返事に、千姫は両方の頬をぷくりと膨らませて、俺に抗議した。


「どちらか片方でなくてはならないに決まっているではありませんか!!」


 彼女がどうしてどちらかを選ばねばならないのかという理由など、今の俺には全く関係のないことであり、少しでも早く、彼女には部屋を出ていって欲しかった。


「ならばお千の好きな方を選べばよいではないか…わざわざ俺に聞くでない」


「千は秀頼さまに選んでいただきたいのです!!」


 それでもなお食い下がろうとしない千姫。俺はこれ以上、無用な問答をしてもらちが明かないと観念し、


「では、桃色の方にしたらよい」


 と、抑揚のない口調で答えると、その布地を指差した。


 しかし、千姫はそんな俺の様子が気に入らなかったのか、ふるふると震えている。


――また豪快に俺を殴るのであろう…まあ、そんな事で出て行ってくれるなら、それでよい…


 と、俺は多少の痛みなど覚悟の上で、千姫の目すら見ようとはしなかった。


 そして…


「秀頼さまなんか、だいっ嫌いじゃぁぁ!!!」


 お決まりのその台詞。


――さあ、殴ってそのまま走り去るがよい…


 しかし…


 千姫は俺を殴ることもなく、そのまま走り去っていった。

 殴られることなく、彼女を追い出すことに成功した俺は、


――今回は幸運だったな


 くらいしか思わずに、彼女が去ったその直後から、布団にくるまった。


 すると、その様子を見ていた侍女が吐き捨てるように漏らしたのである。


「秀頼様って、本当に最低な男ですね」


――侍女の分際で、無礼な…


 と、心の片隅では久しぶりに怒りの感情が芽生えたが、それ以上に気だるい状態に、俺は布団から出ることはなかった。そんな俺にその侍女は続けた。


「せっかく千姫様が、秀頼様との婚儀の後のお色直しに羽織る着物を、三日三晩ろくに寝ずに必死になってお選びになられていたのに…そんなことを知ろうともせずに、ああやって突き放すなんて…

こんな男と夫婦(めおと)にならねばならない、千姫様が哀れでなりませぬ!」


 そう言い捨てると、彼女は荒々しく襖を開け締めして、その場をあとにしていったのであった。


――どうせ政略結婚なんだ…形だけの婚儀に何の意味があろうか…


 この時の俺は、どこまでも腐っていた。自分で言うのもなんだが、「クズ」であった。


 こんな自分は、自分でも嫌いだ。


 こんな俺が、どこまでも天真爛漫で、さながら夏の日の太陽のような千姫の夫に相応しいだなんて、口が裂けても言えない。

 しかしそれでも良いと思っていた。たとえ彼女に嫌われようとも…


 いや、むしろ俺の事を嫌ってくれた方が好都合だ。


 なぜなら…


 たとえ歴史を知っている俺がこの時代にいたとしても、歴史は変わることなどないからだ。


 すなわち、豊臣家最期の時の後に、彼女は別の男と幸せに暮らすことを、俺は知っているのだから――



………

……

 慶長8年(1603年)7月28日――


 その日も朝から蒸し暑い日であった。

 空には太陽が早くも高い位置で輝き、空には雲一つない晴天。まさに晴れの日に相応しい日よりだ。


 そう、大坂城では、俺と千姫との婚儀が執り行われる日をいよいよ迎えたのである。


 すでに天下を名実ともに治めている徳川家と、かつて天下を治めていた豊臣家の晴れの婚儀は、世の中の情勢に全く興味のない民の間であっても、大いに話題となっており、みなそれを歓迎していた。


 その一方で、まだ右も左も分からぬ少年と少女が夫婦にならねばならぬことを知っている彼らは、程度は違えども、俺らに対して同情の目を向けているようだ。

 それでもこの結婚こそが、天下泰平の世の中の始まりを告げる、一種の儀式のようなものであることに、多くの民は安堵し、心から喜んでいたのであった。



 しかし…


 事件はそんな祝賀の雰囲気に溢れる大坂城内で起った…




――千姫様がどこにもおられません!!!




 なんと、この婚儀の主役である千姫が、その姿をくらましたのだった…


 大坂城は騒然とした。


 

 だが…


 そんな大事件すら、俺の心を動かすには至らず、俺は全く関心など示すこともなく、婚儀が始まるのを自室で、ぼけっと待ち続けていたのである。


 その時であった…


 俺の目に一通の書状が目にとまったのは…


――そう言えば、中身に目を通してもいなかったな…



 それは…


 黒田如水が、死ぬ間際に書いたであろう、俺に宛てた書状。


 彼の死があまりに衝撃的であった為、開封すらしておらずにいたのだが、今となっては放置したまま、その存在すら忘れていたのだ。


 俺は何も考えずにそれを手に取った。


――暇つぶしくらいにはなるか…


 その程度のことしか思わずに、その書状を開いたのであった…










いよいよ第一部の完了まで、あと二話となりました。


果たして秀頼と千姫の婚儀の行方は…


そして豊国祭礼は…


どうぞこれからもよろしくお願い申し上げます。



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