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想いを乗せて!踊れ!豊国祭礼① 

◇◇

 史実において、多くの人に親しまれている国の重要文化財の屏風がある。

 その名も「豊国祭礼図屏風」――


 その屏風には、多くの町民たちが楽しげに踊りに熱中している、壮大な様子が描かれている。


 その舞台になった祭りこそ、豊臣秀吉の七回忌に執り行われた「豊国祭礼」であった。


 それは、豊臣秀頼と淀殿が見せた豊臣家の底力とも言えるほどの美麗かつ圧巻の祭りであったらしい。


 しかし…


 俺、豊臣秀頼が催すこの祭りは、この史実の様子を、はるかに凌ぐ「大」祭礼となる。


 だが、その祭りを催すまでの葛藤や乗り越えるべき壁があった。


 これは悲嘆にくれた大坂城から始まり、歓喜に沸く京の街の祭礼に至るまでの俺の物語――



◇◇

 慶長7年(1602年)10月13日ーー


 広い謁見の間で俺は霧隠才蔵を迎えると、一通の書状をもらいうけた。


「おおおお!!如水からの返書か!!嬉しいのう!!如水殿は元気であったか?」


「はい、何ら変わったところはなかったようにお見受けいたしました」


「おお!それは良かった!いやぁ、嬉しいのう!」


 と、その書状を手にしたその時、俺は思わず舞い上がって、下手くそな踊りを披露した。この時代にやって来る前に、幼馴染と強引に学芸会でやらされたものだ。

 もちろん目の前の真田幸村にしても、霧隠才蔵も見た事もない、そのへんてこな俺の踊りに、目を丸くしていた。


 黒田如水が大坂城を後にしてから早数ヶ月が経っている。


 その以前は、時折ひょっこりと顔を出してくれては、俺の知らない昔話などを話してくれた如水。彼が顔を見せなくなってからまだわずかな時間しかたっていないが、よく見た顔が見れなくなるのは、寂しいものだ。


 そんな彼を気遣って、俺は彼へ手紙を書いた。

 もちろん初めて自分の字で書く手紙だ。書き方など全く分からずに、俺は甲斐姫に頭を下げて、彼女に手伝ってもらったのだった。


 そしてこの日、その手紙に返書がきたのだ。


 こんなに嬉しいことはない。


 俺は無意識のうちに、体を動かしていたわけだ。


 …と、そんなところに、


「秀頼さま!!何を奇妙な動きをされているのですか!?」


 と、千姫が驚きの眼差しを向けて部屋にやってきた。

 その傍らには、母の淀殿も微笑みを携えて立っている。


 俺は急に恥ずかしくなって、踊りをやめると、顔を赤くして千姫に抗議した。


「き、奇妙とは心外じゃ!こ、この踊りには列記とした名前だってあるのだぞ!!」


 俺の言葉に眉をしかめる千姫。


「秀頼さま…それは踊りでしたのね…ちなみに何という名前の踊りなのですか?」


「それはだな…

あれっ…なんだったかな…?

あれれ?」


 その踊りの名前を全く思い出せない。俺は顎に手を当てて、唸りながら考え込んだ。

 と…そんな風に困っていた俺を見て、


「豊国踊り…そう名付けましょうよ」

 

 と、淀殿がそう助け舟を出してくれたのだ。


 しかし、その「豊国踊り」というのは、史実においては、豊国祭礼で踊られたものであり、俺が踊ったこんな下手くそなものではないはずだ…

 だが、ここで変な口出しをしようなら、色々と面倒な事になりそうな気がする。


「母上!それはよい名ですね!

ささっ!お千!こっちへ来て共に踊ろうではないか!」


 と、開き直った俺は、そう答えると、目の前で怪訝そうな顔をしていた千姫の手を強引に取った。


「ちょ、ちょっと秀頼さま!!千は恥ずかしいです!」


「はははっ!諦めよ!お千!こうなったらお主も共に踊ってもらうぞ!」


 と、顔を真っ赤に染めている千姫。そんな彼女に対して、うる覚えではあるが、踊りを教えたのだった。



 幸村と淀殿、それに才蔵には手拍子をしてもらって、俺と千姫が踊る。


 するとそこに…


「なんか騒がしい音がすると思って見て見れば、なんだぁ?その珍妙な動きは!?」


 と、甲斐姫が、木村重成、大野治徳、堀内氏久、明石レジーナを連れてやってきた。


眉をしかめている甲斐姫に対して、手拍子をしながら、淀殿が笑顔で答える。


「豊国踊りという踊りですよ。それ甲斐殿も一緒に踊りなされ」


 すると甲斐姫は、やれやれといった感じでため息をつくと、


「わらわはよい…それより、お前たちが踊れ!」


 と、重成たちに大きな声をかけた。


「はいっ!!」


 と、こちらも負けじと大きな明るい声で返事をした重成たちが、踊りに加わる。重成たち男たちには、俺の方から踊り方を教える。

 そして、普段表情を全く変えることのないレジーナまでもが、千姫から踊りを教わりながら参加していた。

 さらに甲斐姫らが手拍子を始めると、今度は淀殿が突然幸村の手を取って踊り始めた。


「わらわたちも踊りましょう!ささっ!源二郎!」


「奥方様!こ、困ります!!」


「ふふ、よいではありませんか!それとも源二郎は踊りが苦手なのですか?」


 淀殿が強引に引っ張り入れると、幸村も渋々踊りの輪に加わる。


 そしてなんと、その場には…


「おお!親父殿!!何やら楽しそうではないですか!この堀内氏善も加わりますぞ!」


 と、船の建造の報告に来た氏善が参加し、息子である氏久から踊り方を習っている。

 もちろん、その氏善とともにやってきた大谷吉治も加わり、彼は義理の兄である幸村から教わっていた。


 またしばらくすると今度は、堅物の桂広繁がやってきた。

 彼は長居の砦の建設完了の目処がたち、ここまでやってきたらしい。

 そして、踊りなど絶対に参加しないだろう彼であったが、共にやってきた甚兵衛と弥兵衛の二人の少年につられて、ぎくしゃくした動きで不器用ながらも笑顔を見せて踊り始めた。


「な…何をしてるんですか…?」


 そこにやってきたのは、加藤清正だ。

 彼も二条城の建設をほぼ終えて、福島正則や浅野幸長とともに、俺の様子を見にきたらしい。


「踊りと言えば、この浅野幸長をおいて右に出るものなどおらぬ!俺の踊りで度肝を抜かれるなよ!」


「なんだとぉ!この福島正則の踊りを知らんのか!長満!」


「いやいや、俺の方が太閤殿下に褒められたことがあるのをお主らも知っておろう!」


 と、三人は相変わらず喧嘩しながら、踊りを見よう見まねで始めたのだった。


 いつの間にか手拍子をする人の中には、大蔵卿や片桐且元、大野治長といった大坂城の面々が加わっている。


「よぉし!おめえら!ついてきやがれ!!」


 と、甲斐姫が大きな号令をかけると、その手拍子の速度を一気に上げた。


 すると踊りは激しくなる。


 どんどん手拍子の速度を上げていく甲斐姫。

 そんな彼女についていくように、俺たち踊り手は一心不乱に踊り続けた。


 目の前の千姫の汗が光っている。

 俺が彼女の目を見つめると、彼女は幼くて純真な笑顔を見せた。


ーー楽しい!!秀頼さま!千は楽しい!


 そんな気持ちが直接心に響いてくる。


ーーああ!楽しいな!!俺も楽しいぞ!お千!


 俺もそんな風に彼女の心に直接返した。


 ふと皆を見渡すと、その場にいる全員が笑顔だ。


 上手とか、下手とか、そんなことはどうでもよかった。


 その場にいる全員が、さながら一つの大きな生き物のように感じられるほどの一体感が、俺の心も躍らせる。


 この時…


 大坂城は一つになった気がした。


 この『豊国踊り』によって…



 そして…


 手拍子が最高潮に達したその時に…


「締めるぞぉぉぉ!!えいっ!えいっ!」


 と、甲斐姫は大声を上げると、


「よぉぉぉぉ!!はいっ!!」


 と、いうかけ声とともに、


ーーパンッ!!


 と、最後に大きく手を打った。


 その割れるような音とともに、踊り手たちが動きを止める。


 皆肩で息をして苦しそうだ。


 だが…


「ガハハ!さ、さ、最高だぜ!お、親父殿!!」


 と、息も絶え絶えに堀内氏善が笑い出すと、その場にいる全員が、一斉に笑い出した。


「お主の踊りは下手くそであったのう!市松!」


「何を言うか!そういうお主こそ、拍子から遅れておったぞ!虎之助!!」


「ふふ、源二郎、なかなかお上手でしたよ」


「そういう奥方様こそ、お上手でした」


「あら?そこは『素敵』とか『美しい』とか言ってくれたら女は嬉しいものなのですよ」


 互いに評価しあっている皆の顔には満足感や、充実感が感じられる。


 そして、片桐且元が用意させたのであろう。皆にお茶が配られると、全員がその場に座ってお茶を口にしながら、充足感に浸っていたのであった。


「お千!よく頑張ったな!すごく上手であったぞ!」


 と、俺はまだ肩で息をしている千姫の背中をさすってあげた。


「へへっ。秀頼さまに褒められて、千は嬉しいです!」


 と、彼女は心の底から幸せそうな顔で、横にいる俺に笑顔を向けていたのであった。



 その時、ふと俺の頭には、黒田如水の事が浮かんだ。


「次に皆で踊る時は、如水殿や宗應殿、それに全登殿もいてくれれば、もっと楽しいのにのう!」


「ああ、軍師殿はああ見えて、踊りの達人だからな!」


 と、加藤清正が言うと、


「違いねえ!それに比べて佐吉は、踊りはからっきしだからなぁ…」


 と、福島正則が笑顔で話す。


 そんな風に和やかな雰囲気に包まれて、しばらく皆で雑談に興じていたのだった。




 …と、その時であった…


 

 七手組のうちの一人が、血相を変えて、真田幸村の側までやってくると、彼に耳打ちをした。


 普段滅多にその穏やかな表情を変えることがない幸村であったが、その報せを耳にした瞬間、明らかに大きく歪んだ。

 まだ興奮のうちにある場の雰囲気を乱すまいと、幸村は必死に声を出さないように口元を引き締めているが、その苦悶の表情から、ただ事ではない報せを受けたことは、誰の目から見ても明らかであった。


「おい、幸村。何があった?」


 と、甲斐姫が怪訝そうな顔でたずねる。


 幸村は明らかにその言葉を発することをためらっている。その様子に、甲斐姫は舌打ちをすると、


「大蔵卿殿、子供たちを先に連れて行ってはくれまいか?」


 と、事の重大さを察知して、大蔵卿に頼んだ。大蔵卿も口を引き締めると、重成たちに退出を促すと、彼らもその指示に大人しく従って、部屋をあとにしていった。

 だが、千姫だけは、俺のもとを離れたくない、と言って聞かなかった為、淀殿とともに俺のそばにいたのだった。


 こうして部屋の中は、大人たちだけとなると、先ほどまでの和やかな雰囲気が一変して、さながら評定の時のような緊張感に包まれる。


 そんな中、俺は幸村ではなく、その報せを持ってきた七手組の一人に声をかけた。


「幸村に代わって、お主の方から皆の者に報告せよ」


「御意…」


 明らかに暗いその声色に、みな心が穏やかではなさそうだ。


 そして…


 その報せが部屋の中にこだましたその瞬間ーー


「そんなの嘘だぁぁぁぁ!!」


 と、俺は泣き叫び、部屋を飛び出した。


「秀頼ちゃん!!

源二郎!秀頼ちゃんを頼みます!」


「はい!!秀頼様!!」


 元いた部屋の中からも、すすり泣く声が聞こえてくる。


 しかし俺は振り返ることなく、ある場所を目指して一直線に、城の中を駆け抜けていく。


ーー嘘だ!嘘だ!元気だって…何ら変わりないって…


 上へ、上へ…


 天守の最上階を目指して、ぐんぐんと加速していく。


ーー戦さは起こさない…と、言っておったではないか…それなのに…なぜ!?



ーーバンッ!!


 俺はその襖を勢い良く開けると、その場所へ一目散に飛び込んだ。


 そこは…


 黒田如水と共に、最後に見た『夢』が覗ける場所…


 最上階にある俺の部屋の外の廻縁(まわりえん)


 そこの高欄を両手で掴む。


「うわぁぁぁぁぁ!!!」


 俺は慟哭して、しゃがみ込んでしまった。



ーー黒田如水死す…



 その報せに、俺は立つことはおろか、顔を上げることすら出来なかったのであった…






いよいよ第一部最後のシリーズのスタートになります。


どうぞこれからもよろしくお願いします。



なお、新作と並行しながらの連載になります。


昨日公開の新作の方もお楽しみいただけると、幸いにございます。


◇新作情報

倫魁不羈(りんかいふき)と呼ばれた男~天翔る戦国の無双譚~

http://ncode.syosetu.com/n0175dt/


私が思う「戦国最強」であり、「戦国一の破天荒」であり、「戦国一の愛すべき馬鹿」である、水野勝成の物語になります。

転生ものではなく、史実に基づいたフィクションに挑戦いたしております。

是非ご一読いただけると、幸いにございます。




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