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第二次柳川の戦い【終幕】 道に迷わじ

◇◇

 慶長7年(1602年)10月7日ーー


 黒田如水は、筑後山下城の一室にて静かにその時を待っていた。


 久留米の戦が反徳川勢の終焉で終わった後、如水はこの城に戻った。しかしそれは城に立て籠もって一戦交えんという目的ではない。

 城に戻ってきた彼は、すぐに武装を解くと、彼の指揮下のもと行動をともにした千五百の兵にいとまを出した。

 一戦もせずにいとまを出されたことに納得しない者も少なくなかったが、皆それまでの報酬を受け取ると、渋々山下城から立ち去っていったのだった。


 こうして城の中は、出陣のさながら真夏を思わせるような野心に燃えた熱気とは正反対の、真冬を匂わせる厳しい静寂に包まれていたのであった。


 如水とともに城に残ったのは、わずか数名の小姓、門番二人と、彼を慕う三人の側近のみ…


 そんな中、如水のもとに一つの報せが届いた。


ーー柳川城が開城。立花宗茂以下、家中の者は全て降伏…


 それを聞いた如水は、静かに目を閉じた。


「いよいよか…」


 その一言が重い。

 彼の近くに座している栗山善助、井上九郎右衛門、母里太兵衛も沈痛の面持ちであった。



………

……


 なお、久留米にて大友義統が徳川勢に寝返り、島津忠恒が島津義弘の軍を無力化してからは、まるで雪崩のように、今まで如水が積み上げてきた思惑を飲み込んでいった。


 懸命に鍋島軍を抑えていた龍造寺高房と政家の親子であったが、やはり兵の数の上で圧倒的に劣っていたこともあり、最後は耐えきれずに彼らの軍は壊滅した。

 その後親子は近くの寺まで逃げ込むと、二人とも自害して果てた。

 その様子は、負けたことに対して無念さを滲ませていたものの、思いの丈を全てぶつけることが出来た事への達成感を感じさせる、どこか爽やかな表情を浮かべていたという。

 また、彼らの介錯は、鍋島軍先鋒隊の副将格でもある後藤茂綱が行った。


九州の三傑とまで呼ばれた龍造寺家にとってはあまりに悲しい最期であった…



 …が、この時誰が予想しただろうか…


 この後ずっと後世になり、この時の龍造寺高房の無念は晴らされることになることを…


 そのことは史実と全く同じであった。

 さながら龍造寺高房の『怨念』の実をつけることが、どんな道を歴史がたどろうとも、宿命であることを意味しているようであった…


 それは、高房が切腹を間近にして、涙を流す後藤茂綱に対して、遺言を残したことから端を発する。

 すなわち茂綱が高房の遺言を実行したことが、龍造寺の無念を晴らすことになったのである。


 ではなぜ、龍造寺高房は、敵将である後藤茂綱に対して、遺言を託したのだろうか…


 それは後藤茂綱が、龍造寺宗家の血を引く者であり、龍造寺高房にとっては従兄弟にあたる血筋だった為である。


 すなわち後藤茂綱は、「龍造寺を継ぐ者」だった。


 では、高房が茂綱に託した遺言の内容とは何か。それは…



――いつか鍋島を「お飾り大名」にしてくれ…



 というものであった。


 そして…


 なんと、その遺言はこれより四十年以上先に現実のものとなる。


 すなわち、この後藤茂綱は、この後に鍋島茂綱と名を変えると、佐賀藩当主の鍋島勝茂をよく助け、佐賀藩の政務を全て取り仕切る執政となった。

 そして、執政となるとすぐに龍造寺の血を引く者たちで周囲を固めて、佐賀藩は藩主こそ鍋島家ではあったが、その実態は龍造寺による藩政支配となって後世まで続くことになるのだ。


 つまり…


 鍋島直茂によって「お飾り大名」とされた龍造寺であったが、直茂亡き後は、逆に龍造寺によって鍋島が「お飾り大名」となったのであった。


 こうして龍造寺高房と政家の親子の無念は、見事に達成されることになるのだが、それはまだ先の話である。



………

……

 さて、話を九州の仕置きに戻す。


 久留米を出立した徳川の大軍は、立花宗茂が戻ってきた柳川城を取り囲んだ。

 最後まで抵抗するかと思われた立花宗茂であったが、宗茂と家臣たち全員の助命、および宗茂の妻である誾千代を弔った良清寺を徳川が責任を持って庇護するという条件を提示した徳川秀忠に対して、ついに頭を下げて、城を明け渡したのである。


 一方の島津は、結局当主である義弘は最後の最後まで徳川秀忠に頭を下げることなく、薩摩へと戻っていった。

 その代わりに、彼の息子であり次期当主である島津忠恒が、徳川秀忠に対して柳川城で謝罪した。

 その様子を見た者に言わせると、


ーーあれ程までに綺麗な土下座を見た事はない…


と、感心するほどに、心のこもったものであったらしい。

 この時既に徳川家康から「島津忠恒については、島津家当主として扱うように」というお達しを受けていた秀忠は、喜んでその謝罪を受け入れた。


 こうして第二次柳川の戦いは、多くの兵の犠牲を伴ったものの、立花と島津から謝罪を受けるという徳川の目的を見事に達成して、終了した。

 しかもそのことを徳川家康抜きで、その息子である徳川秀忠が成し遂げたという現実は、『徳川家は盤石』ということを世に知らしめるには十分すぎる宣伝となるのである。


 全ては徳川家康の思い描いた通りに進んでいただけの事であるなど、この時一部の者を除き、誰一人として知る者はいなかったのだが…



………

……

 柳川城が開城されたことを、穏やかな面持ちで聞いた如水は、小姓に一つの事を命じた。


「台所の奥にある酒を注いでここに持ってきてくれ」


「皆さまの分もお持ちいたしましょうか?」


 気を利かせた小姓は、その場にいる善助、九郎右衛門、太兵衛たちの事を見て、如水に問いかけた。


「いや、わしの分だけで構わない」


「かしこまりました」


 少年らしい透き通った声で返事をした小姓は、そのまま城の奥へと消えていった。


 少年の声によってにわかに色づいたのも束の間、彼が立ち去っていくと、その部屋は再び外の空の色と同じような灰色にその色を戻していた。


 そんな重い空気の中、如水が思いの外軽い調子で語り始めた。


「二年前、わしが言ったことを皆は覚えておるか?」


 誰ともなしに問いかけた如水。それに栗山善助が答えた。


「はい、昨日のように覚えておりますとも」


 その答えに如水は、口元を緩ませて命じる。


「ではなんと言ったか申してみよ」


「はい。殿は『わしは何でも手に入れたい』とおっしゃっておりました。

天下も欲しければ、秀頼様にもお会いしたい…と」


 その答えに如水は、「うんうん」とうなずいている。


「たしか、お天道様が微笑むために!と張り切っておられましたのう!」


 と、善助の横から太兵衛が豪快な声を上げると、そんな太兵衛を、善助と九郎右衛門の二人はちらりと冷たい視線を送った。その視線に気づいた太兵衛は気まずそうに頭をかく。


「あれ…?何か俺はまずいことでも言ってしまったかのう?」


「…空気を読め。太兵衛よ…」


 と、九郎右衛門がいさめるが、そんな様子に如水は、


「カカカ!よいよい!確かにわしは、何でもかなえたいと言い、そんな欲張りな奴にお天道様は微笑む、と言った」


 と、場の空気を少しでも明るくしようとしたのか、笑い飛ばした。

 乾いたその笑い声が、どこか滑稽に重い空気の中にこだます。


 そんな中、先ほどの小姓が酒の入った杯を持ってきた。


「殿、お持ちいたしました」


「うむ、そこに置くがよい」


「かしこまりました」


 命じられた通りに盃を乗せた膳を、如水の目の前に置いた。


「うむ、ご苦労であった。

善助、ではあれを…」


「御意」


 と、栗山善助に如水が指示を送る、善助は懐から包みを取り出して、小姓の前に置いた。


「これがお主への報酬じゃ。これを受け取った後は、故郷に帰るがよい」


 そう言われた小姓の少年は、うやうやしくその包みを受け取ると、その重さに驚いた。


「殿、かように多くの報酬を受け取る訳にはまいりませぬ。それがしは殿たちが戦場に赴いている間も、この城の中で留守を預かっておりましただけでございますし…」


「カカカ!よいのだ!お主には病気がちの母がおろう。その金で母の面倒をよく見るがよい。

ただし、決して無駄遣いをしてはならんぞ」


 如水が母の事を知っている事にさらに驚きを隠せない小姓であったが、その如水の優しさに胸を打たれたようで、泣きながらその場をあとにしたのだった。



 小姓で出ていった後は、再び暗い沈黙が部屋を支配する。


 そんな中、如水が口を開いた。


「これでこの城には、お主たちとわずかな者たちの他に人がいなければ、金目の物も全てなくなった訳じゃな」


 その如水の言葉に、善助が答えた。


「はい、もう何もございません」


 如水は、肩の力をふと抜くと、しみじみとした口調で続けた。


「うむ。わしは長い人生を懸命に生きてきたが、結局手元には何も残らなかったというわけじゃ」


「殿!俺らがおります!!」


 と、太兵衛が顔を赤くして反論した。


「カカカ!それはすまん!

天下に人は多いが、お主らのような忠臣は少ないものじゃ。

そういった意味では、何も残らなかったというのは、語弊じゃったのう」


 と、如水は自分の過ちを素直に認めて笑う。それでも、場の雰囲気は重いままであった。


 するとこのぎくしゃくした雰囲気にたまらなくなったのか、ついに善助が如水に問いかけた。


「殿、これからどうされるおつもりでしょうか?」


 この場にいる全員が気になって仕方のないことであったに違いない。先ほどまでとは異なる真剣な面持ちで、全員が如水の顔をのぞきこんだ。

 そして、如水は静かに語り始めた。


「それを答える前に、お主らに言っておかねばならぬことがある」


「なんでございましょう…」


 と、九郎右衛門が低い声でたずねた。


 皆息を飲んで如水の言葉を待つ。


 そんな彼らに目を細めて如水は語った。


「お主らも知っての通り、わしの打った博打は見事に外れてしまった。

いや、既に結果が仕込まれていたのだから、博打とは言えぬ…

あえて言えば、徳川内府との勝負に敗れた、となるかのう」


「しかし!まだこれからじゃ!俺らの目の黒いうちは…」


 と、悔しそうに太兵衛が身を乗り出すと、それを目で制して如水は続けた。


「いや、もうよいのじゃ。わしの完敗じゃ。

徳川内府という男は、わしの思っていた以上の男だった…ということじゃ」


 如水がそこで話を切ると、さらに重い沈黙があたりを支配した。


「しかし、ここまで完膚無きまで叩きつぶされると、どうじゃ…

不思議な事に全く悔しくなどないわ。

むしろ、せいせいしとる」


「殿…」


 昔からすぐに涙を見せた善助が、思わず涙を床に落とすと、それを見た太兵衛ももらい泣きをしている。九郎右衛門だけが、ぐっと唇をかみしめて堪えていた。


「これで思い残す言葉など、もうないのう。

道に迷うこともない。なすがままになるだけじゃ…」


「殿…では…」


 と、九郎右衛門が何か言いかけると、如水はその言葉の後を継ぐように答えた。


「わしらはこの後、大坂には戻らぬ。このまま、長政の福岡のどこかに屋敷でも構えて、のんびりと余生を過ごそうではないか」


 その如水の落ち着いた言葉に、どこかほっとした表情を浮かべた三人。

 そんな彼らに向かって、如水は指示を出した。


「お主たちはこれよりすぐに出立の支度をして、今日のうちに城を発て。

わしは知っての通り、足が悪い。

そこでお主らに願いたいのだが、長政に輿で迎えをよこすように手配いたしておくれ。

もう馬に乗るのもしんどくてのう…

それくらいの贅沢をしたところで、罰が当たるものでもあるまい」


「かしこまりました」


 と、三人はさしたる疑問も持たずに、その場を後にした。


 しかし結局最後まで重い雰囲気は変わらないままだった。



………

……


 秋の空は暗くなるのが早い。ましてやこの日のように、雲が厚い日は、余計に明かりが必要となるのが早く感じられた。


 如水は、先ほど小姓に持たせた盃に口をつけずにそのまま、小さな自室に持って行くと、近くの机にそれを置き、小さな明かりをつけた。


ゆっくりと墨を水で溶く。

ごりっごりっというその音が、静寂の中に響くと、如水の心はさらに鎮まり、いよいよ澄み切った水のように濁りがなくなった。

その心境のまま筆を取ると、一通の書状を、流れるような筆使いで書き始めた。


「これでもうよい…」


 と、筆を置いた如水は、ふぅと大きく息を吐いた。


 …と、その時であった。


「黒田様…」


 と、部屋の外から太い男の声が聞こえてきた。

 既に城には如水の他には誰もいないはずである。であれば、その男は来訪者か侵入者…

 しかし、来訪者であればこのような深夜に訪れるのはおかしな話であるし、逆に侵入者であれば、堂々と声などかけるのはおかしい…

 如水はすこしいぶかしく思いながらたずねた。


「お主は何者じゃ?」


 するとその声の持ち主は、部屋に押し入るようなこともせずに、外から小さな声で答えた。


「霧隠才蔵でございます」


 その意外な来訪者に驚きつつも、如水は彼を部屋の中に迎え入れた。


「霧隠才蔵…たしか、真田左衛門佐の使い忍であったな?真田殿からの言伝であろうか?」


 旅人の格好をした才蔵は、その如水の問いかけに対して、首を横に振った。


「いえ、こたびはこちらを…」


 と、才蔵は一通の書状を如水に渡した。


 如水はその書状を手に取り、その送り主から確認すると、その名前の目を大きく見開いた。


「秀頼様…」


 その書状は、なんと幼い豊臣秀頼からのものだったのだ。


 如水の澄み切った水のような心に、一つの波紋が出来ると、胸がざわめく。


 彼はすぐにその書状を開いた。



 そこには…



――大変だろうが、寒くなってきたゆえ、体には気をつけて、引き続き九州取次の任に精を出しておくれ



 覚えたてなのであろう…つたない字…


しかし、一生懸命に書かれたのがよく分かる。


 この書状を書いたその時は、秀頼は九州で戦が起こっていることなど知らないはずだ。

 なぜなら、如水は最後まで「九州では戦は起こさぬ」と公言して、秀頼のもとから去っていったからである。


 すなわちその字には如水の体を案ずる「純粋な想い」が込められていたのだ。



 もしかしたら幾度となく書き直したのかもしれない。

 少し震えた箇所は、緊張に手が震えていたのかもしれない。



 小さな秀頼が、真剣な面持ちで机の前に向かっているその様子が、目に浮かぶ…




「ありがたいのう…」




 そうつぶやいた如水は、ゆっくりと机の上に腕を伸ばすと、いましがた書き上げた書状を手にして、それを才蔵に渡した。


「これはたった今書き終えたばかりの、秀頼様に宛てた書状じゃ。

霧隠殿…これを持っていってくれまいか…」


「かしこまりました」


 と、書状を懐に入れた才蔵は、短い返事をしたと思うと、既に如水の目の前から姿を消していたのだった。



 再び一人になった如水。


 静寂に包まれる部屋…


 小さな明かりの中で如水の丸まった背中が浮かび上がっている。



 しばらく時間が過ぎた、その時であった…



 その小さな背中が小刻みに震え始めたのである。



「あり…がたい…のう…」



 必死に声を漏らす如水。その目からは滂沱として涙が流れていた。



 心に生じた波紋は、今大きなうねりとなって如水の胸のうちをかき乱している。



 そして…


 ぐいっと盃の中の酒を飲みほした。



 ゆっくりと立ち上がる。


 そしてそのまま寝床に横になった。


「さて…夢でも見るかのう…」


 と、彼は静かに目を閉じたのだった。


………

……


 黒田如水は夢の中にいた。


――官兵衛と半兵衛で『りょうべえ』じゃな!カカカ!

――殿、その呼び方はおやめください。そう思いますよね、官兵衛殿?


 彼が心から愛した二人の声が聞こえる。


 むろん、それは彼の主君である豊臣秀吉と、親友とも言える同僚の竹中半兵衛だ。


 ああ、懐かしいのう…


 しかし瞼の裏にその二人の姿は浮かばない。


 その夢は、声だけの夢…


 それでも如水は幸せであった。


 なぜならその声だけで、秀吉が両脇にいる如水と半兵衛の二人の肩を組んで、嬉しそうに笑顔を浮かべているのが、分かるからだ。


 すると秀吉の快活な声が再び胸の中に響いてきた。


――のう、官兵衛や。お主、もう思い残すことはないのかね?


 その言葉に如水の言葉がつまる。


 すると今度は半兵衛の声が聞こえた。


――殿。何も思い残すことない者などおられましょうか。皆何かしら心に欲を抱えているものです


――カカカ!そうじゃったのう!わしなんか未練ばかりじゃったからのう!


 半兵衛の言葉に秀吉が笑う。


 何度も体験したその事が、今はなぜか新鮮に感じている。

 そんな不思議な感慨に浸っている如水に、半兵衛が声をかけた。


――官兵衛殿。ご苦労様でした。そのご活躍、この目でしかと見ておりましたよ


――わしはもうちとだけ見てみたかったがのう…


――ふふふ、殿の場合は、秀頼様をもう少しお助けして欲しかっただけでしょう?


――なっ!?何を言うか!!わしがそんな自分の可愛い息子のことしか考えない薄情者に見えたのか!?半兵衛!!


 その秀吉と半兵衛のやりとりに対して、じっと耳を傾けていた如水であったが、ぼそりと言葉を発した。


――結局…わしは秀頼様の為に何も残してやれなかった…情けないのう…


 そう肩を落とした如水であったが…


 バシッとその肩を強く叩かれたと思うと、秀吉の高い声が頭に響いてきた。


――おめえは相変わらず暗いのう!暗い!!長い事牢屋に入っておったから、そのように暗くなったのではないか!?


――これこれ、殿!殿が明るすぎるのです。官兵衛殿が困っているではありませんか


 その時…


 徐々に如水の視界が鮮明になり始めた。


 すると…


 目の前に、秀吉と半兵衛の姿がくっきりと見えたのである。


――殿!半兵衛殿!!


 如水は二人に懸命に声をかけた。

 そのかけ声に、秀吉と半兵衛は笑顔で彼を迎えた。


 そして、半兵衛が如水に言った。


――官兵衛殿が秀頼様に何を残されたか…それを共に見に行きましょう


 半兵衛がそっと如水に手を差し伸べる。


 如水は…



 その手を強く握った――



 それを見た背の低い秀吉は、満面の笑みを浮かべると、二人の間を割るように、背中から二人の真ん中に飛びついてきたのだ。


――さあ、行くかぁ!!


 両腕を二人の肩にかけて、まるでぶら下がって戯れるようにしている秀吉。


――殿!重い!!

――おやめ下され!!それがしは脚を悪くしておるのじゃ!!

――うるさい!!いいから早う進むのじゃ!!


 三人の明るい声が、暗闇の夢をほのかに照らす…



 そんな夢を如水は見ていた。




 穏やかに…温もりに包まれながら――




 翌日――


 山下城に、如水を福岡城まで運ぶ籠を持った黒田長政の兵たちと、栗山善助らがやってきた。

 門番たちも小姓たちも、如水に「迎えがくるまではわしの部屋を開けるな」と言いつけられていたとのことに、善助らはいぶかしく思いながらも、如水を迎えに部屋の外から彼の名前を呼んだ。


 しかし…


 その返事は返ってはこない。


 善助らが急いで襖を開けると、そこには布団に入ったまま眠るように息を引き取っていた黒田如水の姿――


「殿!!目を覚ましなされ!!ううっ…殿…」

「うわぁぁぁぁ!!とのぉぉぉぉぉ!!」

「殿…!!」


 三人の側近たちの崩れる表情とは裏腹に、如水のそれは、どこまでも穏やかなものであった。


 そして…


――おもひをく 言の葉なくて つゐに行く 道はまよはじ なるにまかせて


 という辞世の句が書かれた紙が、机の上に置かれていた。


 それは


――もはや思い残す言葉などない。道に迷うことなく、なすがままに行こうではないか…


 という如水の最期の言葉…



 この日の晩秋の空は、前日とはうって変わって、晴れ渡っている。


 どこまでも先を見通せる、真っ青な空。


 これなら道に迷うことはないだろう。


 

 天下一の軍師… 

 黒田官兵衛。


 ここにその生涯を終えた。









史実では1604年に享年59歳でその生涯を終える黒田如水でしたが、拙作ではそれよりも2年早くその生涯を閉じたことになります。


史実においてはその死因は何らかの病気とされておりますが、拙作では読者様のご想像にお任せしたいと思います。


第一部も残すところ、最後のシリーズとなりました。


もちろんその主人公は、豊臣秀頼になります。


どうぞこれからもよろしくお願い申し上げます。



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