新たな味方
◇◇
慶長5年(西暦1600年)8月21日――
石田三成との会談を失敗に終えた、俺…豊臣秀頼は、例のごとく自分の部屋にこもって、悶々と過ごしていた。
幸いなことに今日は口うるさい千姫はこの部屋にはいない。
一人で静かに次のことを考えるには最適な状況ではあった。
…しかし…
何も出来ない!!
これが俺を悶々とさせる大きな要因である事は言うまでもない。
「ええい!どうすればいいのだ!!?」
こう頭を抱えて苦悶するよりほかなかったのである。
◇◇
実は石田三成との会談を終え、真田信繁と別れた一昨日から、俺は次なる手を打とうと必死に考えてきた。
もう時間がない!
そんな焦燥感が俺の心に渦巻き、とにかく頭を働かせるように鞭を打ち続けていたのである。
そこで俺はもう一つの「カード」を切ることにした。
それは「名目上」の西の総大将である毛利輝元と会談することであった。
早速実行に移そうと俺は、一昨日の夕げの時間、前日と同じように
「秀頼は毛利大納言にあいとうございます」
と、母である淀殿に無邪気に懇願した。
俺に甘い淀殿のことだ。きっと快く受け入れてくれるに違いない、そんな風に高をくくっていたのだが、その返答は思いがけないものであった。
「会いたくないそうです」
いつも通りの穏やかな口調で、俺の要求はあっさりと拒否されたのだ。
これは俺にとっては大きな驚きであったとともに、手足をもがれたような強烈な衝撃を与えた。
理由までは教えてくれなかったが、毛利輝元はかたくなに俺との会談を受け入れてはくれなかったのである。
「時間の無駄である」
と、漏らしたというのを耳にもした。
しかし淀殿にこれ以上無理は言えない。
ただでさえ石田三成を叱りつけたことで、何か怪しまれた可能性はある。これ以上、淀殿に感付かれるような言動は慎むべきだ。
しかし、真田信繁と淀殿という二人の大人の「つて」を失った俺に、残された他人との接触の機会は非常に少なかった。
いつもしかめ面の俺の乳母である大蔵卿局くらいなものか…全く話したことはないが、絶対に苦手なタイプだ。それに常に奥にいた彼女に大名や武将たちとのパイプがあるようには思えない。あっても七手組(豊臣秀頼の警備をしていた馬廻り衆)くらいであろう。
その七手組ときたら、揃いも揃って無言…あいさつをしても黙って頭を下げるだけである。
これではお話にならない。それに彼らにしても大名たちと俺とを簡単に引き合わせるような人脈などないに違いない。
つまり、俺が大人を使って毛利輝元などの大名と会談することが不可能になったということだ。
もちろん大坂城という大きな鳥かごの中の小鳥である俺が、自由に外を闊歩して直接会いにいくなどもってのほか…
「ちくしょう!!なんてことだ!!」
俺はあらためて自分の「ままならぬ」ふがいなさに腹を立てていたのであった。
そしてそれは翌日も全く状況は変わらず、刻一刻と迫る大戦を指をくわえてみるよりほかなさそうな状況に追い込まれていったのである。
◇◇
さてそんな中迎えた8月21日。その日も昼すぎまでは全く状況に変化はない。
自然とコンペイトウに手が伸びる回数が増えているのも仕方のない話しだ。
俺はイライラしながら、洋風の椅子から下りると、部屋の中をぐるぐるし始めた。
ふと目の前には大きな窓がある。
俺は元の世界の事を思い返していた。
新興住宅地にありがちな、窓を開けたらすぐ隣の家の窓…俺の家もそれに違わぬ作りであった。気分転換をしようと窓を開けたら、隣の窓から幼馴染の八木麻里子と鉢合わせになって理不尽に頬を張られたた事も、なんだかすごく昔のような事の気がする。
実際は俺のいるこの時代の方がはるかに昔なのにな…
そんなくだらない回想をしながら、俺はさりげなく部屋の大きな窓を開けた。
そこには…
人の顔があった…
俺はそっと窓を閉じる。
そして深呼吸をした。
ここは5階。高さにして約60mはある。
窓の外に人の顔…そんな馬鹿なことあってはならない。
「今のは錯覚だ」
俺は乾いた笑いを浮かべて、もう一度だけ窓を開けてみることにした。
そぉっと確かめるように引き戸形式になっている窓を開けてみる。
やはりそこには…人がいた。
高欄付廻縁(天守の最上階にあるバルコニーのような回廊)に、黒い装束に身をつつんだ一人の男が片膝を立ててこちらをじっと見ているのだ。
顔まで黒い布で覆い、鋭く光った目だけがこちらに向けられている。
「ひぃ!!」
思わず短い叫び声が腹の底から口をついて出てくる。
こ、これは錯覚じゃない!となると…夢だ!夢であってくれ…
祈るような気持ちで頬をつねってみたが確かに痛い。非常に残念なことに、どうやら夢ではなさそうだ。
ではなぜこんなところに人がいるんだ?天下の名城の大坂城の天守閣だぞ?
この時、俺の頭によぎった「理由」はただ一つであった。
「秀頼、暗殺…」
この考えが浮かんだ瞬間、俺の全身から汗が一気に噴き出してきた。
そしてそれを意識して目の前の男を見た瞬間、その眼光がキラリと一瞬光った気がする。
俺はあまりのことに立ちくらみを覚えながら、震える声で一言発するのが精いっぱいであった。
「た、助けて…」
そして意識を失いかけてそのまま後ろへ倒れ込む。
短かったな…俺の秀頼としての人生…そんな事を考えながら、俺は意識を落としていこうとした。
しかし強い力が俺の背中を支えたかと思うと、一気に俺の体は抱き起されたのだ。
ふと目を開けると先ほどの装束の男が俺を抱えている。
そしてその怖い格好からは似合わないような優しい低い声で
「よかった。拙者も秀頼公をお助けするように言いつけられていたのでござるよ」
と、俺に語りかけてくれたのだ。
「え?どういう事だ?」
俺はその優しさに目を覚ます。しかし、それでも怪訝な顔をして男の顔を見つめた。
すると俺から手を離した男は、一歩下がると右手を開いて差し出してきた。
「これは…まさか…」
驚く俺に向けて男は先ほどと同じような優しい声で続けた。
「拙者は霧隠才蔵。主人である真田左衛門佐信繁殿に命によって、殿下を助けに参上いたしました。これがその証でござる」
と、差し出した右手を見る。
握手…確かにこの時代にはまだない風習だ。
そしてそれを知りえる人間は一人…
俺が自ら「握手」を教えた人間、真田信繁だ!
そして助けに来てくれた男の名前は霧隠才蔵…後世では「真田十勇士」としてその名を残す男の一人…
その人が俺を助けにきてくれただと…?
先ほどまでの冷や汗が、熱のこもった汗に全て入れ替わった。
「うぉぉぉぉ!!やったぁ!!」
腹と心の底から喜びが爆発してガッツポーズとして出てしまった。
そして差し出された右手を両手で掴むと、力強く上下に振った。
「頼む!よろしく頼む!!」
俺は新たな味方の出現に、真っ暗だった道が一気に明るく開けたような、そんな感動を覚えていた。
いよいよ次からテイストをがらっと変えて動かしていきます。
真田十勇士を出して欲しいというリクエストにお応えして、そのうちの一人を出しました。
引き続きキャラ出現のリクエストはお待ちいたしておりますので、
お気軽にメッセージ願います。




